(二一)(七三)
リウェルを先頭にロイとテナが続き、最後尾をフィオリナが務め、四人は木立の中を進んだ。四人の頭上、互いに競い合うかのように伸びた枝は、陽の光を少しでも受けようと葉を茂らせ、四人が進む道とも言えない道を薄暗がりに包んでいた。時折、枝葉の隙間から陽の光が射し込み、地上に光の絵を描き出し、それらは風に揺れる枝葉に合わせて形を変え、ゆらゆらと舞い踊った。四人が歩みを進めるほどに、鳥たちの悲鳴ともとれる声が木立の中に響き渡るも、かすかな羽ばたきの音を残し、すぐに消え去った。無言のまま進む四人の足音は、いつしか揃い、まるで一人が歩いているかのようにも聞こえたが、やがて再び足音は乱れ始めた。
「リウェル、」ロイは、前を行く少年の後ろ姿に向かって呼びかけた。
「何、ロイ?」リウェルは前を向いたまま足を緩めることもなく答えた。
「どうにも居心地が悪いのだが……、」ロイは周囲を見回しながら、幾度か肩を上下させた。
「私もです。」テナも顔を上げ、頭上に覆い被さるかのような枝葉に視線を向けた。
「どのように感じるの?」フィオリナが前を進むテナに向かって訊ねた。
「何と言いましょうか……、」テナは両の耳を頻りに振りながら、左右を見回した。「このまま前には進みたくないという気持ちが強くなっておりまして……、すぐにでも向きを変えて引き返したい、この場から立ち去りたい、とでも言えばよろしいでしょうか……。」腰から伸びる尻尾は何かに引っ張られでもしたかのように落ち着きなく上下に動いた。
「テナも私と同じか。」ロイは自身に言い聞かせるかのように呟いた。「君らは何ともないのか?」ロイは前を進むリウェルに訊ねた。「テナと私が感じているような――」
「フィオリナと僕は飛竜だからね。」リウェルは肩越しに振り返った。「ロイやテナほどには効かない。それでも、訊かないわけではないけど、実のところ、効かないに等しい。」リウェルは前を向いた。「鳥や獣や蟲にも効かないはず。」
「そのような答えでは何やら要領を得ぬが、」ロイは眉根を寄せた。「ヒト族や獣人族には効き目のある、何らかの仕掛けがある、ということでよいのか? テナと私は感じるような、何らかの仕掛けがある、と。」
「そう思ってもらってかまわない。」リウェルは答えた。
「ロイとテナの二人だけでこの道を進むのは、やめておいたほうがいいと思うわ。」フィオリナが言った。「そのうち、前に進めなくなって、引き返すことになるでしょうから。」
「それを仰いましたら、」テナは両の耳を伏せた。「先ほども申しましたように、今すぐにでも引き返したいのですが……。」テナは顔を俯け、背を丸めた。
「それは私も同じだ。」ロイは肩越しにテナを見、すぐに前を向いた。「このまま進めば、よくないことが起きるのではないかと思えてならない。」
「これで、仕掛けに効き目があることは確かめられた。」リウェルは肩越しに後ろを振り返り、フィオリナに笑いかけた。
「二人の言葉をお伝えしたら、喜ばれるかもしれないわ。」フィオリナも笑みを浮かべた。
ロイは呆れ半分に、前後を進むリウェルとフィオリナとを交互に見た。「君らは喜んでいるようだが――」
「ロイ、手を繋いで。」リウェルは肩越しに振り返り、片手を差し出した。
「あ、ああ。」ロイは言われるままに、リウェルの手を取った。
「どうかな?」リウェルはロイの顔を見た。
「先ほどよりは、幾分ましになった気がするが。」ロイはリウェルの顔と手とを見比べた。
「テナも、私と手を繋いで。」フィオリナが、前を進むテナに向かって片手を差し出した。
「はい。」テナは歩きながらも斜め後ろを向き、フィオリナの手を取った。「先ほどよりは楽になりました。」テナは伏せていた耳を立て、背筋を伸ばし、ゆっくりと息をついた。
「これも君らの力なのか?」ロイがリウェルを見た。
「そう。」リウェルは首を縦に振った。「効き目をなくすことはできないけど、弱めることはできる。僕らと一緒に来ればわかると言ったのは、このこと。試したのは初めてだったけど、僕らの力が効いてよかった。」リウェルは前を向いた。
「何やら不穏な台詞を耳にしたような気がするが、」ロイは目を細めた。「ともかく、私たちから君らの許に赴くことはできぬ、ということか。」
「そもそも、お二人のご都合をお伺いもせずに、こちらから伺うのは失礼に当たるかと。」テナは、前を歩くロイに向かって言った。「こちらからお伺いしようとしましても、ロイ様と私だけでは途中で引き返すことにもなりますし。」
「確かに。」ロイは考え込むかのように、地面に目を落とした。「テナの言うとおりだ。」
「学院に来れば、どこかで会えるはずよ。」フィオリナが言った。「特に、図書館であれば、学院の中を探すよりも会えるはずよ。」
「それでは、もし、お目にかかりたいときは、そのようにいたします。」「フィオリナの言うとおりにしよう。」獣人族の少女とヒト族の少年は、それぞれ白銀竜の少女と少年を見た。
手を繋いだ二人と二人は木立の中を進んだ。リウェルとフィオリナが行き来していることもあり、薄らとした道らしきものは見て取れたが、町の中の道とは比ぶべくもなく、そこにも落ち葉が降り積もっていた。四人が足を進めるたびに、地面を踏み締める音が木立の中に響いた。やがて、木立は唐突に終わりに達し、四人はセレーヌの小屋の建つ空地へと到った。四人は歩みを止め、周囲を見渡した。
「ここまで来れば平気だと思う。」リウェルはロイの手を離した。「気分は、どう?」リウェルはロイの顔を覗き込んだ。
「問題ない。」ロイは片手を胸に当てた。「これと言ったことは、何もない。」
「テナは、どうかしら?」フィオリナはテナの手を離すと、茶色の瞳を覗き込んだ。
「平気です。」テナは耳を一振りし、尻尾も左右に一振りした。「先ほどの、引き返したいという思いも今はありません。フィオリナさんの手を離していても平気です。」
フィオリナは笑みを浮かべ、テナを見た。
「ここが、君らが世話になっているお方の住まわれるところなのか。」ロイは空地を見渡すと、北の端に建つ小屋に目を留めた。「あれが、お住まいなのか?」
「手前に見えるのがセレーヌさんの小屋で、」リウェルが答えた。「その奥に見えるのが離れ家。僕らはそこで寝起きしている。」
「ずいぶんと、その、双方、ずいぶんと質素な建物に見えるが、」ロイは言葉を濁した。
「ヒト族が町の通りで寝起きするのは、よろしくないのでしょう?」リウェルはロイを見た。
「それはそうだが……。」ロイは、小屋とリウェルとの間で視線を行ったり来たりさせた。
「僕らとしては、雨風を防げれば、それで問題はないから。」リウェルは離れ家を見遣った。「それに、」リウェルは再びロイを見た。
「『それに』……、何だ?」ロイが促すかのように見た。
「いや、今は止めておこう。」リウェルは首を横に振った。「後にしよう。」
ロイはテナを見、フィオリナを見た。テナは片耳を倒し、フィオリナは穏やかな笑みを浮かべた。ロイは再びリウェルを見た。
「ロイ、本当に、僕らの元の姿を見たい?」リウェルは射貫くかのように、金色の瞳でロイの緑色の瞳を見つめた。
「是非、お願いしたい。」ロイは力強い口調で答えた。
リウェルは、ロイの後ろに控えるテナに目を向けた。
テナはリウェルを見返すも、両の耳は幾分後ろに倒されていた。
リウェルは笑みを浮かべ、テナを見た。「ロイとテナは、そこに居て。」リウェルは空地の中ほど、畑の前まで足を進めた。セレーヌの小屋まで延びる小径の端に立ち止まったリウェルはそこで向きを変え、空地の端に立つ三人を正面に見た。「このまま元の姿に戻ると、畑の作物を傷めてしまうからね。」リウェルは階段を登るかのように片足を持ち上げた。そのまま、リウェルの片足は宙に留まると、リウェルの体は本物の階段を登るかのように持ち上がり、宙に浮いたまま静止した。
ロイとテナは息を呑み、緑色の瞳と茶色の瞳でリウェルを見つめた。
「それも、君らの力なのか?」ロイは驚きを隠す様子もなく訊ねた。
「浮いています……。」テナは両の耳を立て、地面とリウェルの足許とを見つめた。
「飛翔の魔法を使っているの。」フィオリナが答えた。
ロイとテナは後ろを振り返ると、揃ってフィオリナの足許に目を落とした。
「私は地面に立っているわ。」フィオリナはその場で足を上下させた。「今はリウェルを見ていて。」フィオリナはロイとテナを促すかのように見た。
ロイとテナは、フィオリナに言われるままにリウェルに向き直った。
「今から元の姿に戻るよ。」リウェルはその場で蹲った。宙に浮いたままのリウェルの体にすぐに変化が現れた。霧に包まれたかのように体の輪郭が薄れたのも束の間、リウェルは白銀竜の姿へと変じた。長い口吻、金色の瞳、長い首、獣を引き裂くかとも見える鉤爪の延びる強靱な四肢、長い尾、畳まれてはいるが背には一対の翼、体を覆うのは空に浮かぶ雲のように輝く白銀色の鱗だった。リウェルは首を動かし、金色の瞳をロイに向けた。〈ロイ、これで満足かな?〉リウェルは念話で語りかけた。
ロイは口を半ばまで開き、目を見開き、その場に立ち尽くした。息をするのも忘れたかのような姿は、時の流れを閉じ込めた彫像のようにも見えた。そのすぐ後ろに立つテナも、恐れるのさえ忘れてしまったかのように主の少年と同じ表情を浮かべていた。
〈ロイ……?〉リウェルは躊躇いがちに訊ねると、首を傾げた。〈ロイ、僕の声は聞こえている?〉リウェルは赤毛の少年に向かって念話で訊ねた。
「あ、ああ……、聞こえている。」ロイは夢から覚めたかのように、首を左右に振ると口を閉じ、白銀竜の姿のリウェルを見つめた。「これが、君の――リウェルの――本当の姿か。白銀竜の姿をこれほど間近で目にすることができるとは。」ロイはその場から一歩を踏み出した。
蹲った姿勢のリウェルは宙に浮いたまま、その場で一歩後ろに下がった。
ロイはリウェルの足許に目を遣ると、次いで顔を上げ、リウェルの目を見た。ロイは無言のまま怪訝そうな表情を浮かべ、再び一歩を踏み出した。
リウェルはロイから逃れようとするかのように首をわずかに引き、さらに一歩後ろに下がった。長い尾の先が持ち上がり、左右にゆらゆらと揺れた。
「リウェル、何故、そのように後退るのだ?」ロイはリウェルを見上げながら、眉根を寄せ、かすかに首を傾げた。
〈僕は飛竜だ。見てのとおり、白銀竜。〉リウェルはロイと目を合わせながら答えた。
「それはわかっている。今こうして目の前に居るのだからな。」ロイは当然だとばかりに言った。「問うているのは私だ。未だ私の問いに答えていないぞ。それで、何故そのように後退るのだ?」ロイは重ねて訊ねた。
〈この姿を見ても、怖いとは思わないの?〉リウェルは震える声で訊ねた。
「怖くないわけがなかろう。」ロイは声を荒らげた。「お伽噺の世界から抜け出したような白銀竜が目の前に居るのだぞ。私一人を喰らうなど容易いであろう姿の白銀竜が、今、目の前に、だ。『南の黒竜、北の白銀竜』と言われる、その白銀竜が目の前に居る。怖くないわけがなかろうが。」ロイはさらに一歩を踏み出した。「それで、未だ私の問いに答えていないぞ。」
宙に浮いたままのリウェルは、その場からさらに一歩後ろに下がった。〈それは……、〉リウェルは消え入りそうな声で答えた。
「君は、いったい、何を恐れているのだ?」ロイは柔和な笑みを浮かべながら穏やかな口調で訊ねると、さらに歩みを進めた。
リウェルは宙に浮いたままその場から下がることもなく、首を引くこともなく、金色の瞳でロイを見つめた。すぐに一人と一頭との間は縮まり、ロイはリウェルのすぐ傍で立ち止まった。ロイは自身の顔ほどの大きさもある金色の瞳を見上げた、リウェルは縦長の瞳で赤毛の少年を見下ろした。白銀竜の少年とヒト族の少年は無言のまま、互いの瞳を覗き込んだ。
「これでは、私のほうが飛竜よりもよほど恐ろしいもののようではないか。」ロイは冗談めかして言った。「吹けば飛ぶような私のほうが、よほど恐ろしいとでも言うのか。」ロイは笑みを浮かべ、大きく息をついた。「しかし、君らが町を去らなくてよかった。」
〈それは、何故?〉リウェルは目を瞬かせた。
「君らは、礼も述べさせずに、町を去るつもりだったのか?」ロイは口角を引き上げた。
〈それは……。〉リウェルは目を逸らした。
ロイは手を伸ばし、リウェルに触れた。リウェルは顔を逸らすこともなく、体を引くこともなく、ロイの触れるままに任せた。
「存外、温かいのだな。」ロイは鱗に手を触れながら、驚いた様子で言った。「鱗に覆われているのであるから、もっと冷たいものだと思っていた。」
〈ロイは、僕のこの姿が怖くないの?〉リウェルはロイを見つめた。
「私の姿を前にして後退る飛竜など、恐るるに足りず。」ロイは鼻から勢いよく息を吐くと、胸を張り、リウェルを見上げ、芝居がかった口調で答えた。
〈ロイ……、〉リウェルは赤毛の少年に横顔を擦りつけた。
獣人族の少女と白銀竜の少女は空地の端に立ったまま、ヒト族の少年と白銀竜の姿を見つめた。二人の視線の先、宙に浮かんだままの白銀竜は、猫が頬を擦りつけるかのように、地上に立つ少年に口吻を擦りつけていた。
「フィオリナさんも、リウェルさんと同じ……、」テナは、主の少年に横顔を擦りつける白銀竜を見つめながら、独り言のように呟いた。
「ええ。」フィオリナが答えた。「今の私たちは、元の姿でも同じくらいの大きさよ。もう少ししたら、リウェルのほうが大きくなるでしょうけど。」フィオリナはリウェルを見た。
テナはフィオリナを見た。「今よりも――今のあの姿よりも――、さらに大きくなられるのですか?」テナは両の耳を立て、フィオリナに向けた。
「私たちはまだ子どもだもの。」フィオリナは首を縦に振った。「親許を離れたばかりの、この世界のこともほとんど知らない、子どもの飛竜。あなたたちと同じ……なのかしら?」
「そうかもしれません。」テナは神妙な表情を浮かべた。
「リウェルと一緒に、この世界を見て回って、」フィオリナはどこか遠くを見つめるかのような表情を浮かべた。「縄張りを構える場所を探して、リウェルと子を生して、子どもたちを育てて、大きくなった子どもたちをこの世界に送り出す……、あなたたちと同じよ。」フィオリナはテナを見た。
「そうですね。」テナもフィオリナを見た。「ロイ様と私も、そう遠くない将来には……。」
二人は無言のまま向かい合った。やがて、フィオリナが首を傾げ、柔和な笑みを浮かべた。
「テナは、私のことを怖いと思わないの?」フィオリナの白銀色の髪がさらさらと揺れた。
「嘘偽りなく申し上げますと、」テナは芝居がかった台詞を口にした。「怖くないわけではありません。お二方は飛竜ですので、どうしても、」テナは立てていた両の耳を後ろに向けた。「どうしても、怖いと思わずにはいられません。」
「ええ。テナの耳を見ていれば、すぐにわかるわ。」フィオリナは、毛並みに覆われた三角形の耳に目を向けた。
テナはわずかに俯いたが、意を決したかのように顔を上げ、耳を立てて前に向け、フィオリナの金色に瞳を見据えた。「フィオリナさんの元の姿を拝見してもよろしいでしょうか。」テナは目を逸らさずに訊ねた。
フィオリナは目を見張るも、すぐに視線を彷徨わせた。空地の周囲に聳える樹々、セレーヌの小屋、その後ろに建つ離れ家、空地の中に延びる小径、畑の畔と作物、寄り添う一人のヒト族の少年と一頭の白銀竜、ついには懇願するかのような表情を浮かべる獣人族の少女に到った。フィオリナは目を瞑り、大きくゆっくりと息を吸い込むと、静かに息を吐き、再び目を開いた。「本当に……?」フィオリナは射貫くかのように、金色の瞳でテナを見た。
テナは、立てた両の耳をフィオリナに向けたまま、茶色の瞳を逸らすこともなく、かすかに首を縦に振った。
フィオリナは再び目を瞑り、息をつくと、目を開いた。「わかったわ。テナは、そこに居てね。」フィオリナはテナの横を通り過ぎ、リウェルとロイから十数歩離れた小径の上に立ち止まると、テナに向き直った。
テナは無言のままフィオリナを見つめた。
階段を登るかのように一歩を踏み出したフィオリナの体は宙に浮き上がった。宙に浮いたままその場で蹲ったフィオリナの体は形を失い、リウェルと見紛うほどの、白く輝く鱗に覆われた白銀竜の姿へと変じた。〈これで満足かしら?〉フィオリナは念話でテナに語りかけた。
「手を触れてもよろしいでしょうか。」テナは恐る恐るといった様子で訊ねたが、耳はフィオリナに向けられていた。
〈いいわ。〉フィオリナは金色の瞳をテナに向けた。
テナは足許を確かめるかのようにフィオリナに歩み寄り、口吻に手を伸ばした。「本当に温かいのですね。」テナは感嘆したかのように呟いた。「鱗が貴石のようにも見えます。姿見のように私の姿も映っていますし……。」テナは鱗の一枚一枚をまじまじと見つめた。
〈ありがとう。〉フィオリナは笑いながら答えた。
「この姿で子どもなのでしたら、おとなになったフィオリナさんとリウェルさんは、どれほどの大きさなのでしょうか……。」テナは白銀竜の少女を見上げた。
〈そうね、一倍半にはなるかしら。でも、まだまだ先のことよ。ね、リウェル?〉フィオリナは体一つほどの距離に浮かぶ、将来の伴侶に声をかけた。
リウェルはロイの体から顔を離し、フィオリナを見た。〈まだまだ先のことだよ。この町でいろいろなことを見て、〉リウェルはロイを見、次いで、テナを見た。〈この世界をいろいろと見て回って、〉リウェルはフィオリナを見た。
〈どこまでも空の上を進んで、〉フィオリナもリウェルを見た。
ロイとテナはいつしか寄り添い、互いに見つめ合う二頭の白銀竜たちを見上げた。
「君らの長い旅の中で、」ロイが言った。「私たちが居たということを胸に刻んでいただけるのなら、これほど嬉しいことはない。」
「お二方のことは誰にも話せませんが、」テナが言った。「好き旅となることを願っております。」
〈まだ早いかもしれないけど、〉リウェルはロイとテナに目を合わせた。〈ロイとテナも、お幸せに。それに、僕らのこの姿のことも誰にも話さないように『お願い』ね。〉
ロイとテナは体を引き、顔を顰めた。
〈いずれ、お祝いに行くわ。〉フィオリナもロイとテナを見つめた。〈念のため、私からも『お願い』ね。〉
ロイとテナはさらに顔を顰めた。
リウェルとフィオリナは宙に浮いたままぴたりと寄り添い、地面に立つロイとテナを見つめた。ロイとテナも顔を上げ、リウェルとフィオリナを見上げた。二頭と二人とは無言のまま向かい合った。
〈送るよ。〉リウェルが念話で語りかけた。
「その姿でか?」ロイがからかうかのように問い返した。
〈ロイが望むのなら、〉リウェルは口角を引いた。〈それでもかまわない。ただ、ロイも僕も町には居られなくなると思うけど、どうする?〉リウェルは二度瞬きをした。
「それは困る。」ロイは芝居がかった身振りで答えた。「テナも困るであろうし、フィオリナもそうであろう。」ロイはテナを見、フィオリナを見た。
テナは主の少年を見つめ、ゆっくりと首を縦に振った。フィオリナはリウェルに顔を向け、表情を変えることもなく金色の瞳を覗き込んだ。リウェルはフィオリナから目を逸らし、梢の先に広がる碧い空を見上げた。ロイとテナは笑みを浮かべながら、二頭の白銀竜たちを見た。
「ところで、帰り道も君らと共に進んだほうがよいのか?」ロイが訊ねた。「この場所に近寄らせない仕掛けがあるのであれば、出て行くにはそれほど問題にならないとも思うのだが。」
「私も、早足になるくらいだと思うのですが。」テナが言った。
リウェルとフィオリナは揃って、ロイとテナに顔を向けた。
〈二人の言うとおりだとは思うのだけど――〉リウェルが答えた。
〈お送りしましょう。〉フィオリナが続けた。〈念のため、よ。お客様の身にもしものことがあったら、たいへんだわ。〉
〈それに、〉リウェルは木立の奥を見遣った。〈転んで怪我でもしたらたいへんだ。木立の中は、それなりに足許が悪いからね。〉
「そこまで粗忽者ではないつもりではあるが……、」ロイは呆れ半分といった様子で答えつつも、二頭の白銀竜たちから顔を逸らし、考え込むかのような表情を浮かべた。「いや、君らの言葉に従おう。」ロイは傍らのテナを見た。「よいな?」
「ロイ様の仰せのままに。」テナはロイを見ると、目を瞑り、再び開いた。
ロイとテナはリウェルとフィオリナに向き直った。「送ってくれ。」「よろしくお願いいたします。」二人は二頭の白銀竜たちを見上げた。
〈承知いたしました。〉〈お供いたします。〉リウェルとフィオリナは笑いながら答えると、その場でヒト族の姿へと変じた。宙に浮いたままだった二人は、階段を降りるように地面に降り立ち、ロイとテナの前に立った。
「お送りいたします。」リウェルとフィオリナはロイとテナを見た。
「頼む。」「よろしくお願いいたします。」ロイとテナも白銀竜の少年少女に目を合わせた。
その後四人は、リウェルを先頭に木立の中を西へと進んだ。
木立を抜け、学院の敷地に到った四人は、道の端に立ち止まり、周囲を見渡した。陽は既に中点を過ぎていたものの夕刻には間があり、そこかしこに落ちる樹々の影は未だはっきりと形を保っていた。道を行き交う学生たちの姿が少ないことを除けば、普段と変わらない午後の一時であるかにも見えた。
「ここまででよい。感謝する。」「ありがとうございます。」ロイとテナはリウェルとフィオリナを見た。
「どういたしまして。」リウェルとフィオリナは木立を背にしながら、ロイとテナを見た。
「もう数日もすれば、講義が再開されるはずだ。」ロイが言った。「そのときにでも、また会おう。」
「図書館でもご一緒できれば、と。」テナが言った。
「講義が始まる前でも、」リウェルが言った。「図書館に行けば会えるかもしれない。」
「図書館に居なければ、」フィオリナが言った。「空を駆けていると思っていてね。」
ロイとテナは目を見開いたが、すぐに笑みを浮かべた。
「では、帰るとするか。」ロイはテナを見た。
「はい。」テナもロイを見た。
ロイとテナはフィオリナに向き直った。「では、いずれ。」「失礼いたします。」
「またね。」「気をつけて。」リウェルとフィオリナは笑顔で答えた。
ロイとテナは目礼で答えると、白い小石の敷き詰められた道を進んだ。
リウェルとフィオリナは、学院の敷地を進むロイとテナをその場で見送った。
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