(一〇)(六二)
「――ところで、どこで食事にするつもりなの?」リウェルは前を行くロイとテナに訊ねた。
講義室のある建物を出たロイとテナ、リウェルとフィオリナの四人は、学院の敷地内に作られた道を進んでいった。ロイが先頭に立ち、ロイの傍ら半歩ほど下がったところでテナが付き従い、その後ろをリウェルとフィオリナが並んでいた。
「学生のための食堂なのだが……、」ロイは歩みを止めることなく肩越しに後ろを振り返った。「君らはこれまで一度も行ったことはないのか?」
「『食堂』?」「それも、『学生のための』ものなの?」リウェルとフィオリナは互いに顔を見合わせると、ややあって、揃って前を向いた。
「いや、ない。」「行ったことはないわ。」二人はロイの顔を見た。
「そうか。」ロイは前を向いた。「学院の学生であれば皆知っているものだと思っていたのだが……。」ロイは首を捻りながらも顔をわずかに上へと向けた。
「お二人は寄宿舎住まいではない、のですよね。」テナが後ろを振り返り、片方の耳をリウェルとフィオリナに向け、もう片方の耳をロイに向けた。
「寄宿舎住まい、ではないわ。」フィオリナが答えた。「古い知り合いのところに――リウェルのご両親の知り合いのところに――身を寄せているの、リウェルと一緒に。」
「そうでしたか……。」テナは後ろに向けた耳を二度三度と上下させた。「道理で、普段お姿をお見かけしないわけですね。」テナは自身に言い聞かせるかのように首を縦に振った。
「テナ、そのような話は後でもよかろう……、着いたぞ。」ロイはテナを見、次いで、リウェルとフィオリナを見た。
四人が辿り着いたのは、学院の敷地の中でも西寄りの、学生のための寄宿舎が建ち並ぶ一角だった。幾つもの縦に伸びる建物が立ち並ぶ中にあって、四人も前にあるのは横に長い一階建ての建物だった。
「ここが目的地だ。」ロイが言った。「開いているのは――『食事が供されるのは』という意味だが――朝と昼と夕の短い間だけだ。だが、我々のような学生にとっては頼りになる存在だ。町の店で買い求めるに比して、半分か、あるいは、それよりもさらに安く済ませられる。」
ロイを先頭に一行は建物の中へと進んだ。四人は、壁に囲まれた短い通路を他の学生たちと共に通り抜け、卓と椅子とが整然と並べられた大きな部屋へと入ると、学生たちの流れを避けるようにして立ち止まった。数人掛けの卓と椅子とが整然と並べられた部屋の中では学生たちが思い思いの席で食事を摂っており、そこかしこから沸き上がる話し声が重なり合いながら部屋を満たしていた。部屋の中を見渡したロイは食堂の一角に目を遣った。テナとリウェルとフィオリナもつられるかのように目を向けた。四人の視線の先、食堂の一角では、町の広場に出されている屋台を思い起こさせる情景が見られた。一人分に小分けされた包みが幾つもの台の上に並べられており、学生たちが列をなして買い求めていた。
「今日は外で食べるとしよう。」ロイは学生たちの列を見ながら言った。「早くしないと買いそびれてしまうぞ。」ロイは三人の言葉を待つことなく独り歩き出した。
テナと、リウェルとフィオリナは顔を見合わせた。テナはしかたないと言わんばかりに軽く肩を竦めると無言のままロイの後を追った。リウェルとフィオリナも後れまいとばかりにテナの後に続いた。
包みを求める学生たちの列に並んだ四人はそれぞれ自身の分を買い求めると、再び建物の外へと向かった。昼食の包みを片手に持ちながら、小石の敷き詰められた道を急ぐ様子も見せずに進み、やがて、図書館の聳える姿が目に入るところまで進むと道を逸れ、短く刈り込まれた草の上を数歩進み、そこで立ち止まった。四人はその場に腰を下ろすと誰からともなく包みを解き、食事を始めた。包みの中身は、乳酪が塗られた堅く焼き締められた麺麭が二枚、その間には薄く切った塩漬けの肉が一枚と青菜の酢漬けが数枚とが挟み込まれただけの簡単なものだった。リウェルとフィオリナは手に持った麺麭を物珍しそうに眺めると、勢いよく齧り付いた。そのままいとも簡単に噛み千切ると、ゆっくりと味わうかのように顎を上下に動かした。テナも、上下左右四本の牙を見せ付けながら、いとも簡単に麺麭を噛み切り、目を細め、ゆっくりとしかし確実に噛み締めた。独りロイだけは、麺麭に噛みついたもののそのまま噛み切ることも叶わず、腕の力も借りてようやく噛み千切った。その後、麺麭を噛み締めるロイの顔は苦行に耐える修行者のようにも見えた。
「君らの歯は相当に切れ味がよいようだな。」ロイはやっとのことで一口目を飲み込むとリウェルとフィオリナを見た。「加えて、君らの顎も相当に頑丈と見える。あの場所で売っている麺麭が町で売っているものよりも安いのには、それだけの理由があるのだ。」ロイは手に持った食べかけの麺麭に目を落とした。「私の歯と顎では噛み切るのにも噛み砕くのにも苦労する。」ロイは顔を上げ、テナを見た。「獣人族にとってはそうでもないようなのだが。」
テナは口に含んでいた麺麭を飲み下すとロイを見、リウェルとフィオリナを見た。「この程度でしたらどうということはないのですが、ヒト族であるロイ様にとってはお辛いことのようなのです。」テナは弁解するかのように言った。「町の中ではもっと柔らかい麺麭も売られているのですが、私が買い求めましょうかと申し出ましても、ロイ様がお許しになりませんので。」
「節約のためだ、しかたあるまい。」ロイは肩を竦めた。「いつ何時、入り用になるかわからぬ。私が耐えればよいだけのこと。」ロイは麺麭との格闘を再開した。
テナはロイを見、その後、リウェルとフィオリナを振り返った。テナの耳は幾分下がり、量の眉も耳と同じように下がり気味だった。
「本人がいいと言っているのだから、それはそれでいいのではないかしら?」フィオリナはロイを見、テナを見た。「本人が言うほどいいようには見えないのも正直なところだけど。」フィオリナは目だけでロイを見た。
「強がっているとしか見えないけど、」リウェルもロイを見た。「無理しないほうがいいと思う。楽しいはずの食事なのに。」
ロイは片手を挙げるだけでリウェルに答えた。
「リウェルさんもフィオリナさんも平気なのですね。」テナは二人が手にしている食べかけの麺麭に目を落とした。
リウェルとフィオリナも自身が手にしている麺麭に目を落とし、その後、テナを見た。
「普段はこれよりも硬いものを口にしているからね。」リウェルが答えた。「これくらいならどうということはない。どちらかというと柔らかいくらいだ。」
「そうでしたか。」テナは感心した様子で頷いた。「種族が異なれば食べる物も異なりますものね。町と村とでも異なりますし、森の民と草原の民とでも異なりますし。」
「そうね。」フィオリナが頷いた。「普段口にするものとはずいぶん違うから、それはそれで興味深いわ。」フィオリナは麺麭に齧り付いた。
テナと、リウェルとフィオリナは食事を終えた。独りロイだけが難敵を前に奮闘を続けた。
「あの、」テナが遠慮がちにリウェルとフィオリナを見た。「もし差し支えなければなのですが、普段はどのようなものを口にされているのかを教えていただけたらと。お二人の話し振りからすると……、」テナは片方の耳を前に向け、もう片方の耳を後ろに向けた。
「ええと、それは……、」リウェルはフィオリナを見た。
「それは……、」フィオリナもリウェルに顔を向けた。
〈どこまで話すの?〉フィオリナがやや焦った様子でリウェルに念話で訊ねた。
〈全部を話すのは無理だけど、〉リウェルは穏やかな口調で答えた。〈肉を食べていることは話してもいいと思う。僕らがいつも口にしている――〉
〈骨付きの肉――獣の肉――のこと?〉フィオリナはリウェルの言葉を引き継いだ。
〈そう、それ。草を食む獣一頭を食べるのも、肉を食べるのと同じようなものでしょう?〉リウェルは当然とばかりに訊ねた。
〈『骨付きの肉』……、ではあるわね。肉も骨も一緒に噛み砕いて。〉フィオリナは自身に言い聞かせるかのように、ゆっくりと首を縦に振った。
〈それでいこう。〉リウェルはフィオリナを見た。
〈わかったわ。〉フィオリナは金色の瞳をリウェルに向けた。
リウェルとフィオリナは揃ってテナを見た。
「だいたいは獣の肉だね。」リウェルが答えた。
「骨も一緒に食べてしまうわ。噛み砕いて、ね。」フィオリナが続けた。
「それは……、また……、」テナは目を大きく見開き、息を呑んだ。「まるで、町の外に生きる獣人族のようでもありますね。狩りの獲物を皆で分け合うような……。」
「あら、テナも獣人族なのでしょう?」フィオリナはテナの毛並みに覆われた三角形の耳に目を遣り、次いで、耳と同じ色の毛並みに覆われた、腰から伸びる尻尾を見た。
「それはそうなのですが、」テナは視線を彷徨わせた。「私たちの一族は町に住むようになってからずいぶんと経っていますから、骨を口にする機会もめっきりと減っておりまして……。」
「そうなんだ。」リウェルが感心したかのように言った。
「そうであっても、そなたが骨を好きなのは確かであろうが。」ロイが指摘した。「食事が終わっても嬉しそうに口にしていたではないか。」
「ロイ様。」テナは声を荒らげ、紅い顔で主を睨み付けた。
「いつまでも嬉しそうにしゃぶっておって、終いには残さず平らげていたはずだが……、今でもそれほど変わりあるまい。」ロイは残り少ない麺麭を噛み切った。
「と、いうことだけど?」フィオリナは笑みを浮かべてテナを見た。
「ロイ様の……仰るとおりでございます。」テナは耳を伏せ、顔を俯け、リウェルとフィオリナに答えると、恨めしそうに再びロイを見た。
「町に住む獣人族にとって、肉を食した後に残る骨は菓子のようなものなのだ。」ロイはリウェルとフィオリナに向かって説明した。「今一度炙るなり何なりすれば、それこそ菓子のようになる。それを待てないほどに好物であるということだ。」
「ロイも骨を食べてみたら?」リウェルはおもしろがるかのように笑みを浮かべ、ロイを見た。「そうすれば、今食べているような硬い麺麭も難なく食べられるようになるかもしれない。」
「そうね、慣れれば問題ないはずよ、きっと。」フィオリナもロイを見、テナを見た。
テナは弾かれたかのようにリウェルとフィオリナに顔を向けた。両の耳を二人に向け、目を見開き、口をわずかに開くと、尻尾を一振りした。
「テナの味方を二人も増やしてしまった。」ロイは芝居がかった所作で肩を竦め、あらぬ方向を見つめた。
テナとリウェルとフィオリナは顔を見合わせると、暫し後に笑みを浮かべた。
ロイが麺麭の最後の一欠片を飲み込み、長い戦いに終止符を打ったのは、テナとフィオリナが会話に花を咲かせる頃だった。ロイは片膝に肘を置き、頬杖を突きながら、とりとめもない会話を交わす少女二人と黙したままの少年とを見つめた。
リウェルは、一仕事終えたかのような表情を浮かべるロイを見た。「食べ終わった?」
ロイは目だけをリウェルに向けた。「ああ。」ロイは体を起こし、座り直した。「食事のたびに余計に疲れている気がするが……、未だに慣れぬ。」ロイは片手で顎を撫でた。
テナとフィオリナが話を止め、ロイを見た。
「慣れてください、ロイ様。」テナは幾度か耳を前後に振った。「お屋敷のおいしいお食事をいつまでも食べられるわけではありませんので。時には、ロイ様が手ずからお作りにならなければならないこともあるかもしれません。」
「料理については、そなたに任せておる。」ロイは投げやりな口調で言った。「そなたのほうが、私よりもよほど上手であろう。私ではせっかくの材料を無駄にしてしまいかねん。」
「私のほうが料理の腕が上だというのは確かですし、お誉めの言葉をいただき、認めていただき、ありがとうございます。」テナは姿勢を正し、ロイを正面に見つめた。「ですが、二人で買い物をしまして、二人で作りまして、二人で食事にしましたほうが、よりおいしく感じられると思うのですが、いかがでしょう。」テナは姿勢を正したまま、わずかに首を傾げた。
ロイはテナの視線を受け止めるも眉間に皺を寄せ、口を尖らせ、顔を逸らした。「考えておこう。」ロイの耳は赤みを増していた。
テナは傾げていた首を元に戻すと笑みを浮かべ、尻尾を左右に大きく振った。
「ところで、これからのことだけど、」リウェルはフィオリナを見、不服そうなロイと上機嫌なテナとを交互に見た。「僕らは図書館に行くつもりだけど、二人はどうする?」
ロイははっとした様子でリウェルを振り返った。テナも耳を一振りすると、意向を伺うかのようにロイに顔を向けた。
「私たちは……、」ロイはテナに顔を向けた。「私たちも図書館に赴くつもりだ。よいな?」
「はい。」テナは背筋を伸ばし、耳を一振りした。「先ほどの講義の内容についておさらいしておきませんと。明日の講義の準備もありますし。」テナは目礼した「お供いたします。」
「というわけだ。」ロイはリウェルを見た。「夕刻までは図書館に籠もることになるだろう。君らも同じようなものか。」
「そうだね。」リウェルが答えた。「そういうことになりそうだ。」
「それでも、」フィオリナが笑みを浮かべた。「図書館にはたくさんの本があるから、すぐには読み終えられないわ。」
ロイとテナはフィオリナに顔を向け、じっと見つめた。フィオリナは笑みを浮かべたままわずかに首を傾げ、ヒト族の少年と獣人族の少女とを見つめ返した。
「あの、まさかとは思いますが、」テナは耳を幾分伏せ、顎を引き、上目遣いにフィオリナを見た。「本当に、本当に、図書館に収められている全ての本をお読みになるおつもりなのですか?」テナは恐る恐るといった調子で訊ねた。
フィオリナはリウェルを見、リウェルもフィオリナを見た。二人は暫し顔を見合わせたまま何度か頷くと、揃ってテナを見た。
「そのつもりよ。」フィオリナが答えた。「図書館に収められている全ての本に目を通すのは無理だとしても、読めるだけは読んでおこうと思っているわ。」
「何年かかるか、わからないけどね。」リウェルは肩を軽く上下に動かした。「どうやら、本は日々増えていっているらしいから。さっきの『いつ、本を読んだのか』の話の続きにもなるけど、入学試問の準備のときから図書館に通って本を読んでいる。通い始めたときに比べても増えているみたいだから、全ての本に目を通すとしたら、本当にどれだけかかるか。」
テナは口を半ばまで開き、フィオリナを見た。ロイも同じように口を開き、白銀色の髪の少年少女を見つめた。やがて二人は申し合わせたかのように互いに顔を見合わせた。
「ロイ様、どうしましょう。」テナが問うた。テナの耳は半ばまで伏せられた。
「何をどうしろと言うのだ。」ロイは邪険に答えると、眉間に皺を寄せた。
「私たちが講義のおさらいをしようとしているのに、お二人はずっと先を行かれています。」
「気にすることはない。私たちは私たちなりの道を進めばよい。とはいえ、」ロイはリウェルとフィオリナに顔を向けた。「もしよかったらなのだが、何に関する本を読めばよいのか、どのように読み進めればよいのか、について教えていただけたら、幸いだ。」ロイは視線を彷徨わせながらも二人の金色の瞳を見た。
「私からもお願いいたします。」テナもリウェルとフィオリナを見つめ、耳を正面に向けた。
「特にこれといったことはないよ。」リウェルは、かしこまった様子の二人を前に答えた。「棚にある本を端から読んでいっているだけだから。」リウェルはフィオリナを見た。
「リウェルの言うとおりよ。」フィオリナはリウェルを見ると、ロイとテナに顔を向けた。「図書館に勤められている方の助言もあって、歴史についての本から読み始めはしたけど、それくらいよ。」
ロイとテナは再び口をわずかに開き、そのままゆっくりと、油の切れた扉のような動きで互いの顔を見た。緑色の瞳と茶色の瞳とはそれぞれに向かい合った従者と主との姿を映し出した。
「詰まるところ……、」ロイが口を開くも、その言葉は次第に消えていった。
「『詰まるところ』……?」テナは主の言葉を繰り返し、耳をかすかに揺り動かすと前に向け、主の顔をじっと見つめた。
「近道はない、ということだ。」ロイは自身に言い聞かせるかのように、テナの言葉に続けた。「長い道のりも一歩一歩進まねばならない、と。私たちも一冊一冊読み進めなければならない。当然と言えば当然のことではあるが。」
「そうですね。」テナはゆっくりと頷いた。「自身の足で進むにしても、馬車で進むにしても、道を進まなければなりませんものね。鳥のように空を進めるわけでもありませんから。」
「そういうことだ。」ロイは従者の言葉に満足したかのように頷いた。
リウェルとフィオリナは、考え込んだ様子のロイとテナを前に、顔を見合わせた。
〈図書館の全ての本を読もうなんて考えないものなのかしらね。〉フィオリナは念話でリウェルに語りかけた。
〈考えないのかもしれない。〉リウェルはフィオリナに目を合わせながら念話で答えた。〈ヒト族や獣人族の生きる時の長さを考えると、読み終わる前にこの世界を旅立つことになるのかな。読み切れないほどの本があるのは確かだから。〉
〈そこまでではないとしても、〉フィオリナはリウェルを見つめ返した。〈毎日の暮らしに追われていれば、本を読む間もないはずよ。本を読めるのは学生のときくらいなのかしらね。もしかしたら、本を読もうとするのは学生だけかもしれないわね。〉
リウェルとフィオリナは頷き合うと、ロイとテナへと顔を向けた。二人の見つめる先で、赤毛の少年と灰色髪の少女も二人へと顔を向けた。四人は黙したまま向かい合った。四人が四人とも互いに視線を向け合う中、ロイが片手を口元に当て、咳払いした。
「さて、こうして向かい合っていても埒が明かん。」ロイは一人ひとりに目を合わせた。「まずは図書館に赴くとしよう。」
テナと、リウェルとフィオリナとはそれぞれ頷いた。
やがて四人はその場に立ち上がり、図書館に向かって歩みを進めた。
◇
リウェルとフィオリナは、前日まで読み進めていた本が収められている書架の前まで進むと、一冊の本を書棚から抜き出した。二人はぴたりと寄り添い、共に本を支えながら表紙を捲り、頁の端から読み進めた。二人の金色の瞳は頁に書かれた字句を逐一追い、やがて頁の終わりに達すると、一人が本を支え、もう一人が頁を捲り、再び端から目を通すといったことを繰り返した。二人が頁を捲る速さは、ロイとテナを仰天させるのには十分なものだった。ヒト族の少年と獣人族の少女は、書架の前に揃って立ったまま恐ろしい勢いで頁を捲る二人の様子を前にして、息をするのも忘れたかのように目を大きく見開きながら呆然として見つめた。テナに至っては両の耳を天井に向かってぴんと伸ばした。
「リウェルもフィオリナも、」ロイが小声で語りかけた。「それで本当に読んでいるのか? 私には、ただ頁を捲っているようにしか見えぬが……、いや、二人が文字を目で追っているということは理解できるのだが。」ロイは、なおも頁に目を走らせる少年少女を見つめた。
リウェルとフィオリナは顔を上げ、ロイとその傍らに寄り添うテナを見た。
「読んでいるよ。」リウェルが小声で答えた。「僕らにとっては普通のことだけど、他の種族からするとそうでもないらしい。図書館に勤めている係員たちにも驚かれたから。」
「でも、はじめから今みたいに読めたわけではないわよ。」フィオリナが補足するかのように言った。「学び舎で文字を習い始めた頃は、それこそ、一つの文を読むにもつっかえつっかえだったもの。何度も声に出して読んで、間違っていたら正しく読めるまで読み直して。」
「たくさん読んでいるうちに今みたいに読めるようになった、というところかな。」リウェルが締め括った。「何度も繰り返して、文字を目で追うだけで読めるようになったら、それまでよりもずっと速く読めるようになった。声に出して読んでいた頃よりも、ね。」
「そうでしたか……。」テナが溜め息交じりに言った。「お二人の真似をしようとしても私たちにはできませんね、ロイ様。」テナは傍らのロイを見た。「先ほどロイ様が仰いましたように、私たちは私たちで道を進みましょう。」
「ああ。」ロイはテナを見、静かに頷いた。「だが、先の講義の内容に関係のある本が置かれている場所くらいは訊ねてもよかろう。」ロイはリウェルとフィオリナを見た。
「それなら……、」リウェルは手にしていた本をフィオリナに預けた。「こっちの棚にあるはず。」リウェルはロイとテナを案内した。
四人が図書館を辞したのは、長く伸びた影が形を失い、薄闇の中に溶け込む頃のことだった。
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