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白銀竜たちは碧空に舞う  作者: 葦笛吹き
第一部:旅立つ前の故郷での日々
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(五)

 セリーヌの(もと)を訪れた翌日から、リウェルは新しい魔法式の構築に取り組み始めた。構築するのは、変化(へんげ)の魔法を起動した際に――特にヒト族の姿に変じる際に――服と靴の脱ぎ着を同時に行うための補助的な魔法式だった。それ自体で効力を持つものではないとはいえ魔法式であることに変わりなく、構築は一日二日で成し遂げられるものではなかった。しかし、魔法式の構築に取り組むに当たって、リウェルは日頃の訓練を(おろそ)かにすることはなかった。ひととおりの魔法を覚え、狩りもできるようになったとはいえ、飛竜としての力はまだまだ子どものものであり、リウェル独りだけで生きていくためには技術も経験も十分とはいえなかった。

 リウェルはそれまでにも増して両親の課す訓練をこなし、それらの合間を縫うようにして魔法式の構想に費やした。陽が空にある間は、落ち着いて新しい魔法式を構築する暇はないに等しかった。わずかな合間――狩りと食事の後の休憩、移動のために空を駆けている間、或る訓練から別の訓練までの間、など――は、腰を据えて一つのことに打ち込むにはあまりにも短すぎた。陽が西の山々のその先に姿を消し、空を染め上げた紅みも失せ、一面に星々が輝き始める頃になると、リウェルは昼間の疲れのためかすぐに眠りに就いた。リウェルが独りになれるのは、夜も明けきらぬ朝早くの、両親が目を覚ますまでの間だけだった。リウェルはその間に、前の日の昼に練った構想を基に魔法式を構築していった。それまでに両親から教わった全ての魔法式を参考にしつつも、教わった魔法式の組み合わせだけでは求める魔法式を構築できないことを明らかにしていたため、石を一つひとつ積み上げるかのように独自の魔法式を構築していった。昼の間に構想を練り、翌朝に構築を行うということを繰り返すこと数日、リウェルはついに魔法式の原型を完成させた。そのときのリウェルの落ち着きのなさはカレルとリラの目を見開かせるには十分なものだったが、リウェルは両親の思いに気づくこともなく、首を傾げながら見上げるばかりだった。その日リウェルは、翌日にフィオリナと湖で会う約束をしていたこともあり、陽が暮れると同時に(ねぐら)で丸くなり、寝息を立て始めた。

 空に残る薄明かりも未だ消えやらぬ頃から塒の岩山で丸くなり寝息を立て始めたリウェルを、カレルとリラはじっと見詰めた。二頭の視線の先のリウェルは首と尾を自身の体に巻き付けて丸くなり、規則正しくわずかに胸を上下させていた。その姿は白い岩の塊のようにもみえた。

 〈ここ数日、いつになく張り切っておったようだが、〉カレルは、かすかに寝息を立てるリウェルを見下ろしながら念話を発した。〈何かあったのかの?〉カレルはリラの顔を見た。

 〈そのようね。〉リラは丸くなったリウェルを見詰めたままカレルに答えた。〈どうやら、新しい魔法式を作っていたようよ。〉リラはカレルに顔を向けた。

 〈『新しい魔法式』とな?〉カレルは意外だと言わんばかりにリラの言葉を繰り返した。〈リウェルが、か?〉カレルはリウェルとリラとを幾度も見た。

 〈そう、『新しい魔法式』よ。〉リラは伴侶を見詰めながら、首を縦に振った。〈リウェルとしては、まだ私たちには内緒にしておきたいみたいよ。〉

 〈そうか、『新しい魔法式』か。〉カレルは感慨深げにリウェルを見下ろした。〈しかし、何故そなたはそうとわかったのだ?〉カレルはリラの言葉を解せぬとばかりに首を傾げた。

 〈この頃、リウェルったら、普段よりも早起きだったでしょ? そのときに聞こえたのよ。〉リラは種明かしした。〈念話で独り言のつもりだったみたいだけど、聞こえていたの。〉

 〈それは……、盗み聞きではないのか?〉カレルはリラを白い目で見た。〈いくらリウェルのこととはいえ、それはあまり、ほめられたことではないと思うが……。〉カレルはリラを睨むかのように見た。ヒト族であれば眉間に皺を寄せていたかもしれなかった。

 〈あら、聞こえてしまったものは、しかたないわ。〉リラは悪びれずに答えつつも、カレルから顔を逸らした。〈聞こうとしたわけではなくて、聞こえてしまったのだもの。〉

 〈全く……、〉カレルは溜め息交じりに言った。〈リウェルがどのような魔法式を作っているのか、我も知りたいところではあるが、今はまだ知らない振りをするつもりぞ。〉

 〈まあ、珍しい。〉リラは驚いた様子でカレルに顔を向けた。〈あなたらしくもない。いつもだったら『我にも教えろ』って言い出すでしょうに、どうしたの、いったい?〉

 〈別にどうということはない。〉カレルは鼻を鳴らした。〈楽しみは後に取っておくものだ。遅かれ早かれリウェルが我らの前で披露するであろう。それまで待っておればよいだけのこと。〉

 〈わかったわ。〉リラは何度も頷いた。〈私も知らない振りをしておきます。リウェルが教えてくれるまではね。〉リラは、地面で丸くなり寝息を立てるリウェルを見詰めた。〈そんなに待つことはないはずよ。明日フィオリナちゃんと会って、そこで完成させるみたいだから。〉

 〈リラよ……、そこまで盗み聞きしておったのか……。〉カレルはわざとらしく目を剥き、鼻から勢いよく息を吐き出すと、呆れた様子でリラを見た。〈キールの奴は気に食わんが、フィオリナちゃんはよい子であるからの。いずれ、リウェルと(つがい)になるであろうな。〉カレルもリウェルへと顔を向けた。〈リウェルもその気なのであろう?〉

 〈ええ、そうなってもおかしくはないと思いますよ。〉リラはカレルを見た。〈とても仲が良いですし、フィオリナちゃんは礼儀正しい、よい子ですもの。〉

 〈ああ、そうだ。フィオリナちゃんはよい子だ。しかし、キールの奴は気に食わん。〉カレルは苦いものでも口にしたかのように顔を顰めた。〈彼奴(あやつ)め、何かと我と張り合おうとしおる。我のなすこと、真似ばかり。〉

 〈キールとあなたって、本当に仲良しなのね。〉リラは笑みを浮かべた。

 〈どこが『仲良し』なのだ?〉カレルはさらに顔を顰めた。

 〈それはもう、全てですよ。〉リラは何を今更と言わんばかりだった。〈本当に子竜みたいに。雄って、いつまで経っても子竜みたいなのね。レイラも言っていたわよ、『キールったら、カレルさんのことが大好きなのよね。気に食わない、気に食わない、ってしょっちゅう言っているけれども、本当に気に食わないのだったら気にも留めなければいいのに。それなのに、事あるごとに、気に食わない、気に食わない、って言ってばかり。本当に仲良しね』って。〉

 カレルは何かを言い返そうとするかのように口を開けた。しかし、カレルの口からは反論も咆哮も出ることはなかった。カレルは口を閉じ、ふてくされたような様子でリラから顔を逸らし、長い首を自身の体に巻き付けるようにして丸くなった。〈もう遅い。明日も早く目覚めなければならぬ。今日は休むぞ。〉カレルは目を閉じた。

 〈はいはい、おやすみなさい。〉リラは、悪戯好きの手のかかる子竜を前にしたかのようにカレルに声を掛けた。〈さてと、本物の子竜のことも気にしないとね。〉リラは体を丸めたカレルから丸くなって眠りに就くリウェルへと顔を向けた。

 リウェルはカレルとリラとの念話に気づいた様子もなく、規則正しい寝息を立てていた。

 〈よく眠っていること。よかったわ。〉リラはリウェルを見詰めた。

 と同時に、リウェルの体はその場から上昇を始めた。リラの背中の高さほどまでに上昇したリウェルの体は、宙を滑るかのように横に移動し、リラの背に達した。リラは翼を畳んだまま、付け根からゆっくりと持ち上げた。やがて、宙に浮いていたリウェルの体は翼の陰となるリラの背中に落ち着いた。リラは、リウェルが目を覚ましていないことを確かめるかのように鼻先で触れると、持ち上げた翼をゆっくりと下ろし、リウェルの体を包み込んだ。

 〈おやすみ、リウェル。よい夢を見られますように。〉リラは独り呟き、長い首を自身の体に巻き付け、丸くなった。

 闇に沈んだ山々の中腹で、二頭と一頭の寝息だけがかすかに響いた。


    ◇


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