(一一)(四三)
その後数日に亘り、リウェルとフィオリナは鳥としての飛ぶための練習に励んだが、はかばかしい結果を得るには至らなかった。両の翼の羽ばたきによってその場から上昇することに問題はなく、上昇した後に羽ばたきを止め、そのまま滑るように地上に向かうことにも問題はなかったが、その他の点では問題があった。二羽は、両の翼を羽ばたかせても前に進むことができなかった。前に進めない以上、鴉の姿で移動することも叶わず、町を離れて狩りに赴くという目的も達せられていなかった。鳥として飛ぶことは叶わずとも飛竜の力を――飛翔の魔法を――使えば飛ぶことそのものは可能だった。飛竜の力を以てすれば姿形がどうであれ、宙を舞い、空を駆けることは造作もなかったが、飛び立つときも降り立つときも空を駆けるときも翼を羽ばたかせることがないのであれば、町の住人の目に触れた際に怪しまれるかもしれないとあって、二羽は自身の翼で空を舞うための練習に励んでいた。
鴉の姿での練習に何の成果も上げられないまま幾日かが過ぎた或る日の午過ぎのこと、広場に赴いたリウェルとフィオリナは屋台で昼食を買い求めると、広場の中を歩き回りながら空いている長椅子を探し出し、崩れ落ちるようにして腰を下ろした。
〈うまくいかないね。〉リウェルは長椅子の背もたれに体を預けると、大きく息をついた。〈何がよくないのかな。ここ何日かは同じところを行ったり来たりだ。〉
〈羽ばたけば体が宙に浮くということは、〉フィオリナも力なく背もたれに寄りかかると、広場を見遣った。〈少しはよいところはあるということよね。そうでなければ、地面に立ったまま羽ばたくだけになるはずだから……、せめて、そう思いたいわ。〉フィオリナは自身に言い聞かせるかのように付け加えた。
〈そう思いたいね。〉リウェルは小さく息をつくと肩を落とした。〈どうしたものか……。〉リウェルは視線を彷徨わせた。リウェルの前に広がる広場は午過ぎを迎えて活気に溢れ、多くの住人たちの行き交う姿が見られた。〈こうなったら、セレーヌさんの仰っていたことを確かめてみる、か。〉リウェルは顔を上げ、背筋を伸ばした。
〈『セレーヌさんの仰っていたこと』って、〉フィオリナは傍らのリウェルを見た。〈もしかして、『鴉に話しかける』ということ?〉
〈そう。〉リウェルもフィオリナを見、ゆっくりと首を縦に振った。〈そもそも、僕らの言葉が通じるのかもわからないけれどね。〉リウェルはわざとらしく肩を竦めてみせると、再び広場に目を遣った。〈通じなかったとしても不思議ではないから、試してもいいかもしれない。〉
〈それなら、〉フィオリナも広場へと顔を向けた。〈ちょうど、いつもの大柄な一羽が近づいてくるわ。話しかけてみる?〉
〈そうだね……。〉リウェルも広場の一角を見詰めた。
二人の視線の先、長椅子から十歩は離れた広場の中を、一羽の大柄な鴉が堂々とした足取りで二人に近づきつつあった。その鴉は、二人が広場を訪れる際に決まって姿を見せ、二人に向かって無遠慮な視線を投げかけていた、本物の鴉だった。鴉は、二人が腰を下ろしている長椅子から数歩というところで立ち止まると、値踏みするかのように二人を見詰めた。
〈話しかけるの?〉フィオリナは前を向いたまま背もたれから体を起こすと姿勢を正した。
〈やってみる。〉リウェルも背筋を伸ばすと、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
二人は、昼食を摂るのは二の次とばかりに大柄な鴉を見詰め返した。一対の黒い瞳と二対の金色の瞳とは互いに相手を射貫かんばかりに光を放ち、住人たちが行き交う広場の中、一羽と二人の周囲はそこだけ広場から切り取られたかのように沈黙が降りた。
〈おまえたちは何者なのだ?〉
リウェルが語りかけようとしたそのとき、二人は何者かの念話を聴き取った。二人は目を大きく見開くと顔を上げ、広場を見渡した。幾度か左右に視線を走らせた二人は、どちらからともなく互いに顔を見合わせると、そのまま見詰め合った。二人が目にしたのは、普段よりも幅を減じた瞳――針のように細くなった瞳――と、狼狽えた様子の互いによく似た姿だった。
〈何者なのだと問うておるのだが、我の声が聞こえぬのか?〉
二人は再び念話を聴き取った。二人は周囲を見回したが、広場を行き交う住人たちは皆それぞれに歩き回り、二人を気にする様子は見られなかった。幾度か左右を見渡した二人は、目の前といえるほどの場所に佇む、一羽の鴉へと視線を向けた。
〈今の声って……、〉リウェルは鴉を見詰めたままフィオリナに語りかけた。
〈あの鴉の声としか……、〉フィオリナも狼狽えた様子でリウェルに答えた。
〈どうやら、我の声が届いているようであるな。〉声は半ば呆れた様子で言った。〈我の声が届いているのであれば、我の問いにも答えられるであろう。〉鴉は畳んだままの翼を数度動かした。〈おまえたちは、いったい、何者なのだ?〉鴉はリウェルとフィオリナを見据えた。
二人は椅子に腰を下ろしたまま身動ぎすると、再び姿勢を正した。
〈リウェルと申します。〉〈フィオリナと申します。〉二人は鴉を見詰め返した。
〈それは、おまえたちの『名』であろう。〉鴉は両の翼を広げると、すぐに畳み込んだ。〈そうではない。おまえたちは何なのだ? ヒトともケモノビトともつかぬ。我らの足の先に伸びるような曲がった爪を持ち、鱗に覆われた肌を持つおまえたちは、何者なのだ? 我は未だ嘗て、おまえたちのような輩を目にしたことはないぞ。ここ幾日か、おまえたちはこの広場に姿を見せておったが、見れば見るほどに不思議に思えたのでの。見たところ、親許を離れ独り立ちしたばかりの雛のようだが、見た目どおりではあるまい。〉鴉は射貫くかのように二人を見た。〈おまえたちは何者なのだ?〉
〈正直に話すべきかな。〉リウェルは鴉を見据えたまま、フィオリナに念話で語りかけた。〈見た目どおり、普通の鴉ではないのは確からしい。〉
〈少なくとも、敵意はなさそうよ。〉フィオリナも顔を動かすことなく念話で答えた。〈念話も使える。それに、言葉も通じているわ。話が通じるかはまだわからないけれどね。〉
〈『話が通じるか』……、か。通じるとは思うけれど……。〉
〈『けれど』?〉フィオリナは先を促した。
〈何となく、あの鴉の話し方はセリーヌさんを思い起こさせる……、そう思わない?〉
〈それは私も思ったわ。『年の功』というのかしら?〉
〈そうかもしれない。見当違いの答えを返したら、何を言われるか。〉リウェルはゆっくりと息を吐き出した。〈僕らのことも或る程度は話したほうがいいと思う。〉
〈そうね、そのほうがいいかもしれないわね。でも、『或る程度』って、どれくらい?〉
〈僕らの正体と、町に来た目的と……、それくらいかな。この町は鴉たちの縄張りでもあるはずだから、僕らのほうにも敵意はないことを示しておいたほうがいいと思う。〉
〈町の住人たちに知られるわけでもなさそうだから、それくらいはいいかもしれないわね。〉
〈念のため、あの鴉がヒト族や獣人族と話せるのかを確かめておこうと思う。〉
〈正直に答えるかしら?〉
〈さあ? でも、僕らが丁寧に頼めば、あの鴉もそれなりに答えるはず。そうでないときは……、そうでないときはそのときに考えよう。〉
〈わかったわ。そうでないときにならないことを願うわ。〉
〈確かに。〉
リウェルとフィオリナはわずかに顎を引き、鴉に視線を向けた。
〈相談事は終わったのか?〉鴉は二人を見詰めたまま首を傾げた。
〈僕らのことをお話しする前に、教えていただきたいことがあります。〉リウェルが答えた。
〈何だ?〉鴉は傾げた首を元に戻した。
〈あなたは、ヒト族や獣人族と言葉を交わせるのでしょうか、あるいは、他の種族と?〉リウェルは鴉を見据えたまま訊ねた。
〈何故、そのようなことを知りたがる?〉鴉は先ほどとは反対側に首を傾げた。
〈念のために確かめておきたいのです。〉フィオリナが答えた。
〈なかなかに用心深いようだの。よいことであるな。〉鴉は満足そうに言うと、傾げていた首を元に戻し、両の翼を幾度か動かした。〈我の問いに答えを返したのは、おまえたちの他にはおらぬ。他の者は、我の問いが耳に入らなかったのか、あるいは、耳に入ったとしても聞こえぬ振りをしたのか、それは我の知るところではないが、答えを返すことはなかった。まるで見当違いのことを吐かしよることはあるにはあったが、少なくとも、我の言葉が通じることはなかったと言ってよいであろう。〉鴉はその場で両の翼を広げ、二度三度と羽ばたかせると、すぐに翼を畳み込み、二人を見詰めた。〈今の我の答えで満足か?〉
〈はい。〉〈ありがとうございます。〉リウェルとフィオリナはゆっくりと首を縦に振った。
〈であれば、我の問いに答えられるということでよいのか?〉鴉は首を傾げた。
〈はい。〉リウェルとフィオリナはゆっくりと息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。
〈僕らは、〉リウェルが答えた。〈飛竜です。〉
〈何?〉鴉はリウェルを正面からリウェルとフィオリナを見詰めると、頭から首の後ろにかけての羽を逆立てた。〈『飛竜』とな?〉
〈はい、飛竜です。〉フィオリナが重ねて答えた。
〈飛竜の中でも、『白銀竜』と呼ばれている種族です。〉リウェルが続けて答えた。
〈髪と鱗と瞳の色は、元の姿のときと同じものです。〉フィオリナがさらに付け加えた。
〈『飛竜』だと? それも、『白銀竜』だと?〉鴉は嘴を大きく開き、全身の羽を逆立てるも、我に返ったかのようにすぐに嘴を閉じ、羽も元のとおりに鎮めた。〈失敬。これほど驚かされるなど久しくなかったのでな。見苦しいところをお目にかけてしまった。〉鴉は二人から顔を逸らすと首を巡らせ、背の羽に嘴を通した。そのまま嘴で何度か羽を梳いた鴉は前を向き、再び二人を見据えた。〈して、その白銀竜が、このような町の中でいったい何をしておるのだ? 先ほども申したとおり、おまえたちは独り立ちしたばかりの雛のようにも見えるが、飛竜であれば飛竜らしく、空を駆けて生きていくのが道理ではないのか?〉
〈それは……、〉リウェルとフィオリナはそれまでの経緯をかいつまんで伝えた。
〈――なるほど。若い飛竜は親許を離れると、旅に出る、か。この広い世界を巡り――おまえたち飛竜にとってはそれほど広くはないのであろうが――、伴侶を探し、その伴侶と共に縄張りにふさわしい地を探し出し、いずれ、子を生す、と。〉鴉はリウェルとフィオリナとを交互に見た。〈見たところ、おまえたちは既に番のようであるの。伴侶を探す必要はないであろうから、あとは、世界を巡ることと縄張りとする地を探すことだけか。〉
〈私たちは正式な番ではないのですが……。〉フィオリナが弁解するかのように答えた。
〈そうであるか。〉鴉は首を傾げた。〈おまえたちは実に仲の良い番に見えるがの。正式ではないというだけで、番であることに変わりはあるまい。〉
〈縄張りを持っていない間は、伴侶を得ていたとしても、正式な番とはみなされないのです。〉リウェルが付け加えた。〈僕らは将来、番になることを決めてはいますが、〉リウェルは傍らのフィオリナを見た。〈見てのとおり、『独り立ちしたばかりの雛』ですので。親許を離れたばかりの――飛竜にとっても広い、この世界の、まだほんの少ししか目にしていない――僕らでは、胸を張って番であると言うことはできません。〉リウェルは鴉に向き直った。
〈私たちが両親の許を離れて旅に出てから――両親の縄張りの外へ出てからということですけれど――、まだ一月も経っていません。〉フィオリナはリウェルを見、次いで、カラスに顔を向けた。〈どこにも寄らずに、この町に来ましたので。〉
鴉はわずかに嘴を下げるも、すぐに顔を上げた。〈訊きたいことはまだあるのだ。〉鴉は二度瞬きすると、翼を二度上下に動かし、頭を二度左右に振った。〈何のために、この町に来たのだ? 世界を巡る旅の途中なのであろうが、それにしても何故、わざわざ、飛竜からしてみれば小さな世界に過ぎない、この町を――ヒトやケモノビトの町を――訪れたのだ?〉
リウェルとフィオリナはゆっくりと互いに顔を見合わせた。
〈これも話す?〉
〈話したほうがいいと思うわ。今更、隠してもあまり意味がない気もするもの。〉
〈僕らから頼み事をするのであれば、話しておいたほうがいいかもしれないね。〉
〈飛び方のこと?〉
〈そう。何故かと訊かれたら、理由を答えられるようにしておかなければならない気がする。〉
〈そうね。そのとおりかもしれないわ。〉
二人は再び鴉に向き直った。
〈この町にある学院で学びたいと思いまして。〉リウェルが答えた。〈ヒト族や獣人族のことについても知りたいと思っています。〉
〈なんと。〉鴉は嘴を半ばまで開き、白銀竜の少年少女を交互に見た。〈飛竜が、空を駆ける種族たる飛竜が、ヒトやケモノビトの学び舎に通うというのか。〉鴉は翼を広げ、何度か羽ばたかせた。〈向かうところ敵なしであろうおまえたちが、その身をヒトの姿に変じ、町を歩き、しかも、学び舎に通う、とは。我はいったい何を耳にしたのだ?〉鴉は羽ばたきを強め、その身を浮き上がらせた。しかし、すぐに地上に降り立った。〈長生きもしてみるものだの。ヒトやケモノビトの学問を修めようという連中に相見えるとは。〉鴉は両の翼を畳み込むと幾度か上下させ、羽の乱れを調えた。〈おまえたち、文字の読み書きはできるのか? できぬとあれば、学院の門を通ることも叶わぬぞ。〉
〈読み書き算術でしたら、ひととおり学びました。〉フィオリナが答えた。〈小さい頃に、故郷の近くにあった村の学び舎に通っていましたから。リウェルと一緒に。〉
〈『小さい頃』とは、おまえたちが幼子であった頃のことか?〉鴉はリウェルとフィオリナとを交互に見た。
二人はゆっくりと首を縦に振った。
〈そうか。〉鴉は二人の顔をしげしげと眺めた。〈幼子の頃から学に親しみ、独り立ちを機により深く学びたいと思い立った、と。何とも殊勝な心がけだ。……いや、物好きと言うべきか。おまえたち、ヒトやケモノビトの学問なぞ、おまえたちの暮らしには何の足しにもならぬのではないか? 空を駆ける種族たるおまえたちが、地を這う獣であるヒトやケモノビトの作り出したことを学ぶなぞ、何の意味もないであろうに。それに、おまえたちは、おまえたちの文字も持っておらぬであろう。空を待つ鳥たちも、地を這う獣たちも、いずれも文字を持たぬ。そもそも、ヒトやケモノビトのような言葉を持たぬ。文字と言葉とを持つのはヒトやケモノビトと、あとは、森に棲む変わり者のヒトくらいか。〉
〈役に立つか立たないかについては、〉リウェルが答えた。〈どちらとも言えないと思います。知ろうとしなければ知らないままで生きていけると思いますが、僕らは既に知ってしまいました。それに、僕らの知っていることはほんの少しだということも。ヒト族や獣人族は、僕ら飛竜種が考えもつかないことをやってのけます。理解できることも多くありますので、すぐには役立たなくても、僕らが生きていく上で何かしら役に立つかもしれません。もちろん、理解できないこともあります。最近、学院の図書館の本を読んで知ったのですが、ヒト族や獣人族どうしで何度も殺し合いをしているようです。どうやら、縄張り争いが主な原因のようでしたけれど、僕らには理解できませんでした。何故、同族で殺し合う必要があったのか、と。〉
〈同族どうしの争いについては、〉フィオリナが続けた。〈ヒト族も獣人族も数が多いということが原因の一つかもしれないと思いました。これだけの町を――見上げるほどに高い壁に囲まれた町を――造るくらいに数が多いのであれば、縄張り争いが激しくなってもしかたないのかもしれない、とも。町を造るにふさわしい地は限られているでしょうから。私たちの種族は数が少ないですし、一つ所に集うこともありません。それぞれの家族が縄張りを定めて、そこで暮らしていますから、互いに顔を合わせることもそれほど多くはありません。ですから、私たちとは異なる種族のことを知るのは、興味深いと思っています。私たちがどのように暮らしていくかを考える切っ掛けや手がかりにもなりますので。〉
鴉はリウェルとフィオリナをじっと見詰めた。二人も負けじと鴉を見詰め返した。一羽と二人は先に目を逸らしたほうが負けとばかりに互いを見据えた。彫像のように身動ぎもしない一羽と二人を残し、広場のざわめきが遠のいた。
〈巣立ったばかりの雛にしては、〉鴉はわずかに頭を傾けた。〈いろいろと考えておるようだの。雛なりに考えておる、と。我にしてみれば、ヒトやケモノビトの学問なぞ暇つぶしにもならぬようにも思えるが、おまえたちには意味がある、と。〉鴉は姿勢を正した。〈図書館の本を読んだと言っておったが、学院でも多くのことを学んでいるのであろう?〉
〈いえ、〉リウェルはわずかに首を横に振った。〈僕らはまだ学院の学生ではありませんので、学院で学んでいるわけではないのです。〉
〈どういうことだ?〉鴉は首を左右に傾げた。〈学問のためにこの町を訪れたのであろう?〉
〈学院で学ぶには学生である必要があるのですが、〉フィオリナが答えた。〈私たちはまだ学生ではありません。学生になるためには試問を受ける必要があるのですが、私たちはそのための準備をしているところなのです。図書館には学生でなくとも入れますので、そこで本を読んで、試問のための準備をしています。〉
〈何とも面倒なことであるな。〉鴉は呆れた様子で大きく息をついた。〈おまえたちのことだ、鳥にでも姿を変じて、忍び込むなり何なりすればよいではないか。〉
リウェルとフィオリナは互いに顔を見合わせた。暫し見詰め合った二人は肩を落とし、姿見の内と外とのように項垂れた。
〈どうした? 何ぞ、気になることでもあるのか?〉鴉は二人を交互に見た。
リウェルとフィオリナは顔を上げると、揃って鴉に向き直った。
〈姿を変じただけでは、変じた姿にふさわしい振る舞いはできないのです。〉リウェルが切り出した。〈変じた姿でいろいろと練習しないことには、それらしく見えるようになりません。〉
〈私たちがヒト族らしく振る舞えているのも、〉フィオリナが続けた。〈両親に教わりながら練習したからです。本当にヒト族らしいかと問われると、自信はないのですが。〉
〈鳥の姿になったとしても、そのままでは飛ぶこともできません。もちろん、歩くくらいはできますが、自身の翼で空を飛ぶのは不可能です。翼の動かし方さえわかりませんでしたから。〉
〈自身の翼で飛べるようになるには、まずは翼の使い方を知る必要があると思いまして、この広場に来ていました。午までは図書館で過ごして、午過ぎには広場に来て、鳩や鴉たちの飛び方を観ていました。長椅子に腰を下ろして、夕刻まで。〉
〈ここ数日、広場でおまえたちの姿を見かけるようになったのは、そのような理由があったからか。〉鴉は納得したとばかりにゆっくりと嘴を上下させた。〈見慣れぬ二人連れが姿を見せるようになったと思っておったが、我らを観るためであったとは。して、成果はあったのか……、と訊くまでもないようであるな。そもそも、何故我らの姿に変じようと思ったのだ?〉
〈それは……、狩りに行くためです。〉リウェルが答えた。
〈『狩り』だと?〉鴉は首を傾げた。〈狩りに行くのであれば、いつでも好きなときに町を出て、狩れるだけ狩ればよかろう。何ぞ、気にすることでもあるのか?〉
〈僕らは、今のこの姿で町に入りました。〉リウェルは自身の体を見下ろした。〈ヒト族のような、この姿で。〉リウェルは顔を上げると、再び鴉を見た。〈ヒト族の姿に変じて、ヒト族の振りをして町の中で暮らすからには、ヒト族のように振る舞う必要があります。ヒト族の姿で町の外に出たら、ヒト族の姿で町に戻る必要があります。そうしないと、いつ町に戻ってきたのかと怪しまれるかもしれません。町を出る姿を見られているのに町に戻る姿を見られていない、というのはあまりにも不自然です。〉
〈それに、〉フィオリナが続けた。〈町の中で暮らしているのに、町の外に出て、その日は町に戻らずに、次の日かその次の日に町に戻るのも不自然です。町の外に出るのであれば、その日のうちに――遅くとも暗くなる前に――町に戻るか、どこか別の町に向かって戻らないか、です。次の日やその次の日に戻ったとすると、それはそれで怪しまれるかもしれません。町の外は、ヒト族や獣人族にとっては心安まる場所ではありませんから。それなのに、町の外で夜を過ごして次の日に戻ったとすると……、どうでしょう。〉
〈それならば、〉鴉は嘴をしゃくり上げた。〈町が寝静まった頃に、町の外に出ればよかろう。その頃には、起きている者もほとんどおらぬであろうが。我らを含め、他の種族の鳥たちも塒で過ごしているであろうから、騒ぎ立てることもないであろう。〉
〈それでも、この姿でいる以上は誰かに見られるかもしれません。〉リウェルは眉根を寄せ、鴉を見た。〈誰がどこに居るのかわかりませんし。町の外に出るのに都合のよい場所も探さなくてはならないとなると、予め調べておく必要があります。〉
〈それに、〉フィオリナはどこか遠くを見遣るかのような表情を浮かべた。〈町の中は寝静まっていても、壁の上はそうではないようなのです。〉
〈それは、どういうことなのだ?〉鴉はフィオリナを見、首を傾げた。
〈夜の間は壁の上で篝火が焚かれるのです。〉フィオリナは鴉に目を遣った。〈この町に入る前に、壁の上を一周するように焚かれているのを、空の上から見ました。夜の間中、見張りを立てているようでした。〉
〈ですから、〉リウェルが続けた。〈今のこの姿で町の外に出るのはよろしくないだろう、ということになりました。〉
〈それで、わざわざ鳥の姿に変じて、町の外に向かうことになったのだな。〉鴉は念を押すかのようにリウェルを見、フィオリナを見た。
〈はい。〉リウェルとフィオリナはかずかに首を縦に振った。
〈ヒト族の姿ではなく、鳥の姿に変じれば――鴉の姿に変じれば――、夜の闇に紛れて町を出られると思ったのですが……、〉リウェルは肩を落とした。
〈どうしたのだ、何ぞ、あったのか?〉鴉は気遣うかのように訊ねた。
〈飛べないのです。〉フィオリナが溜め息交じりに答えた。
〈は?〉鴉は嘴を半ばまで開き、幾度か目を瞬いた。両の翼は力が抜けたかのように地面すれすれまで垂れ下がった。〈『飛べない』、だと?〉鴉は何を言われたのかわからないとばかりにフィオリナを見、リウェルを見た。
〈正しくは、『体を浮き上がらせることはできるが、前に進めない』、です。〉リウェルが続けた。〈翼を羽ばたかせれば、その場で体を浮き上がらせることはできるのですが、前に進めません。体の向きも変えられません。羽ばたくのを止めれば、滑るように落ちていって地面に降り立つことはできるのですが、それだけです。鳥のように空を舞えるようになるのは、いったい、いつになるのか、というところです。〉
〈今のままですと、町の外には行けません。〉フィオリナが付け加えた。〈羽ばたいても上に行けるだけです。前に進めないので、町から出られません。〉
〈おまえたちは飛竜なのであろう? 飛竜の力を以てすれば、わけもなかろう。〉鴉は呆れたと言わんばかりに二人を見た。既に嘴を閉じられ、両の翼を元のとおりに畳まれていた。
〈それも考えたのですが、〉リウェルは目を伏せると再び鴉を見た。〈飛び立つときも降り立つときも羽ばたかない鳥を目にされたら、どのようにお思いになりますでしょうか。それも、真上に向かって上昇したとしたら、あるいは、真下に向かって下降したとしたら?〉
鴉は、リウェルからもフィオリナからも顔を逸らすと、広場の一角を見詰めた。鴉の視線の先にあったのは、住人の誰かが撒いた食べ物に群がる鳩たちの姿だった。鳩たちは地面に散らばった食べ物を啄むも、時に早足で歩き回ったり、時にその場で飛び上がったりを繰り返した。鳩たちを暫し見詰めた鴉は再びリウェルとフィオリナに顔を向けた。鴉は暫し鳩たちを見詰めると、再びリウェルとフィオリナに顔を向けた。〈羽ばたきもせずに舞い上がるとなれば、其奴は鳥ではなかろう。鳥の姿をした別の何かであろうと考えるのが真っ当な鴉であろうな。鳩たちが何を思うかは我にはわからぬが、おそらく、我と似たようなものであろう。彼奴らは我らよりも臆病であるからの。……そうか。飛竜の力を以てしたのでは鳥の振りはできぬ、と。鳥らしく振る舞えぬ、と。〉
〈はい。〉〈仰るとおりです。〉リウェルとフィオリナはゆっくりと首を縦に振った。
〈しかし、鳥の姿に変じるのであれば――おまえたちは鴉の姿を選んだわけだが――、〉鴉は二人を正面から見据えた。〈それこそ、夜、町が寝静まった頃であれば、飛竜の力を使うことになんら問題はないであろう。ヒトもケモノビトも同族のことは気にかけるであろうが、鳥のことなぞ気にかけることもないであろう。夜の闇にも負けぬ羽を持つ我らの姿であるならば、ヒトもケモノビトに見られることを心配する必要もはなかろう。〉
〈それはそうなのですが、万が一のことを考えますと……、〉リウェルは眉根を寄せた。
〈おまえたちは、体は大きいが、気は小さいの。〉鴉はリウェルを見、次いでフィオリナを見ると、呆れた様子で息をついた。〈いや、『気は小さい』ではないかもしれぬな。『用心している』と言うべきか。そうでなければ、『用心が過ぎる』とも言えるかもしれぬ。〉鴉は翼を何度か羽ばたかせた。〈今のおまえたちにはそのくらいがちょうどよいであろう。独り立ちしたばかりの雛であるおまえたちにとっては、何事も用心するに越したことはない。訪れて間もない地で暮らすにせよ、おまえたちであれば、用心しすぎて何もできぬ、ということにはならぬであろうが。〉鴉は自身に言い聞かせるかのように頷いた。〈それで、鳥の振りをできぬおまえたちは、この後どうするつもりなのだ? 飛ぶ練習を続けるのか? その場で浮き上がることができるのであれば、その後はいくらでもごまかすことはできるであろうが。〉
リウェルとフィオリナは互いに顔を見合わせた。〈頼んでみる?〉〈飛び方を教えてほしい、ということ?〉〈そう。はじめに相談したように、頼んでみるのも一つの方法だと思う。言葉も話も通じることはわかった。〉〈そうね。頼んでみてもいいかもしれないわね。〉〈それなら。〉二人は再び鴉に向き直った。
〈相談事は終わりか?〉鴉は左右に何度か首を傾げ、瞬きをした。〈どうした? そのように思い詰めた顔をしおって。失敗することがわかりきっている狩りに赴くようであるぞ。〉鴉はおかしくてたまらないとばかりに嘴をわずかに開いた。
〈お願いがあります。〉リウェルは鴉に目を合わせた。
鴉は嘴を閉じるとリウェルの視線を受け止め、姿勢を正した。〈言うてみろ。〉
〈私たちに飛び方を教えてほしいのです。〉フィオリナも鴉に目を合わせた。〈鳥としての飛び方を、私たちに教えてほしいのです。〉
鴉はリウェルとフィオリナとを見比べた。〈ほう、『飛び方を教えてほしい』、とな?〉鴉はわずかに嘴を開いた。〈飛竜種たるおまえたちが、風を切り裂き空を駆ける種族たるおまえたちが、翼を持つ我らでは追いつくことも叶わぬおまえたちが、我に教えを請う、とな? 鳥としての飛び方を教えてほしい、と?〉鴉は嘴を半ばまで開くと両の翼を持ち上げ、今にも飛び立たんばかりに幾度も上下させた。〈飛竜が鴉に向かって飛び方を教えてほしいと頼むとは、おまえたち、おまえたちも相当な変わり者であるぞ。我は鴉としては長く生きたと思っておったが、そのようなことを頼まれたのはこれが初めてぞ。〉鴉は笑いながら翼を何度も動かした。
リウェルとフィオリナはぽかんとした表情を浮かべ、鴉を見た。闇色の翼が作り出した風が二人の白銀色の髪を揺らし、髪は陽の光を受けて輝きを放った。ヒト族や獣人族であれば腹を抱えて笑い転げているであろう鴉を前にしたまま、二人はゆっくりと互いに顔を見合わせた。二人が目にしたのは、驚きとも呆れとも諦めともとれる表情を浮かべた互いの顔だった。二人の瞳に映る姿は顔立ちから仕草まで、姿見に映したかのように似通っていた。
〈ここまで笑われるとは思っていなかった。〉リウェルはフィオリナに語りかけた。〈何か言われるだろうとは思っていたけれど、ここまで言われるなんて。〉
〈私たちは、鴉からみても『変わり者』なのね。〉フィオリナは自身に言い聞かせるかのように呟いた。〈他の種族に教えを請うのは、確かに、変わっているとは思うけれど。〉
〈セレーヌさんも仰っていたね。僕らのことを『変わり者』だって。〉
〈ということは、父様と母様も同じね。〉
〈父上と母上もね。〉
〈他の飛竜にはまた会ったことはないから比べたこともないけれど、気にしないでおきましょう。私たちは私たちで前に進みましょう。〉
〈そうしよう。〉
リウェルとフィオリナは再び鴉に向き直った。
鴉はようやく笑いを止めると、嘴を閉じ、両の翼を畳み、首を巡らせて羽繕いを始めた。鴉は二人の視線に気づいたのか、羽繕いを止めると、ゆっくりと顔を上げた。〈すまぬの。見苦しいところをお目に掛けてしもうた。〉鴉は幾分ばつが悪そうに釈明しながら、どこか遠くを見詰めるかのように頭を傾けた。〈飛び方を教えるに当たり、対価を求めようと思っておったが、何も要らぬぞ。〉
リウェルとフィオリナは互いに顔を見合わせるも、すぐに鴉に向き直った。
〈教えてくださるので?〉リウェルは身を乗り出さんばかりに訊ねた。
〈教えるぞ。〉鴉は胸を張った。〈お代は要らぬ。しっかり笑わせてもらったのでの。〉
〈ありがとうございます。〉リウェルとフィオリナの声が重なった。
〈おや、礼を言うのはまだ早いぞ。〉鴉は首を横に振った。〈おまえたち、飛び方は当然としても、鳥としての――鴉としての――振る舞い方を学ぶのであろう?〉鴉は念を押すように訊ねながら、リウェルとフィオリナとを交互に見た。
〈はい。〉二人は意図を掴めないとばかりに首を傾げた。
〈よかろう。〉鴉は満足そうに頷いた。〈どこから見ても鴉と思えるほどに、鴉としての振る舞い方を教えようぞ。おまえたち、覚悟せよ。〉鴉は芝居がかった口調で宣言した。
〈はい。〉二人は姿勢を正すと体を硬くさせ、鴉に答えた。
〈よい返事だ。さて、さっそく教えたいところではあるが、〉鴉は何度か首を横に振った。〈その前に、おまえたちが手にしているものを食すがよい。腹が減っていては翼も動かせぬぞ。〉
リウェルとフィオリナは初めて気づいたとばかりに、自身の手に目を落とした。
〈食べるのを忘れていた。〉リウェルは溜め息交じりに言った。
〈そうね、話に夢中で、忘れていたわ。〉フィオリナも肩を落とした。
〈味は変わらないから、食べよう。〉
〈そうね。〉
二人は手にしていた麺麭を口に運んだ。
〈どれ、我もおこぼれに与ろうかの。〉鴉は二人のほうに近寄ると、地面に落ちた欠片を頻りに啄んだ。
広場は午後の一時を迎えていた。広場を行き交う住人たちの数も減り、その日の品を売り切った屋台の店主たちも後片付けを始め、広場を満たしていた喧騒は既に町の通りへと流れ出てしまったかに見えた。
〈さて、おまえたちに鳥としての飛び方を教えるのはよいとして、〉鴉は顔を上げると二人を見た。〈どこで教えたものか。鳥の振りをしようというおまえたちが、この場で姿を変じるわけにもいくまい。衆目に晒されるこの場で姿を変じては大事になるのでな。ましてや、今のおまえたちでは鴉の姿のままこの場から逃げることも叶わぬ。どうするのだ?〉
リウェルとフィオリナはあらぬ方向に目を遣るも、すぐに再び鴉を見た。
〈誰にも見られないであろう場所にご案内いたします。〉リウェルが答えた。〈お越しいただきたいのですが……、ええと、〉リウェルは目を泳がせた。
〈どうしたの、リウェル?〉フィオリナが不思議そうにリウェルを見た。
〈大切なことを忘れていた。〉リウェルもフィオリナを見た。
〈『大切なこと』?〉フィオリナは表情を変えることなくリウェルを見詰めた。
〈そう、『大切なこと』。〉リウェルはフィオリナに頷いてみせると、鴉に向き直り、姿勢を正した。〈もしよろしければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。〉リウェルはさらにかしこまった口調で訊ねた。
フィオリナもわずかに息を呑むと、鴉に向き直った。
〈『名』だと?〉鴉はリウェルを見、首を傾げた。
〈はい、あなたのお名前を。〉リウェルは答えた。
〈我の『名』、とな?〉鴉は反対側に首を傾げ、目だけをフィオリナに向けた。
〈申し訳ありません。お名前もお伺いせずに。〉フィオリナも背筋を伸ばした。
〈我らは名を持たぬ。〉鴉はリウェルとフィオリナとを交互に見た。〈おまえたちは名を持っておるのであったな。親から子へ、そのまた子へと伝えゆくものがあるのであれば、名を持っておったほうが都合がよいのであろう。しかしながら、我らが伝えゆくものはごくわずかだ。せいぜい、己の翼を以て空を舞うことと、然るべき時と場所で、腹に収められるものを探すこと、くらいか。他の鴉たちは、我のように、声を出すことなく話すこともできぬ。我は鴉の中でも『変わり者』であるようだが、これまで我と同じような同族に出会ったこともない。名などなくとも困らぬのだ。〉
〈ですが、僕らがあなたのことをお呼びするときに困ることになります。〉リウェルは首を傾げた。〈種族としての名でお呼びするのも……。〉リウェルはフィオリナを見た。
フィオリナも助けを求めるかのようにリウェルを見た。
〈であれば、〉胸を張り、首を伸ばした。〈『コルウス』とでも呼ぶがよい。太古の昔の、遠い異国の言葉で、『鴉』を表すとのことだ。これも種族の名を表す言葉ではあるが、知る者とて多くはなかろうから、かまわぬであろう。あるいは、おまえたちが我の名を付けてみるかの?〉鴉はからかうかのように嘴を和すかに開いた。
リウェルとフィオリナは揃って鴉を見た。
〈コルウス殿とお呼びいたします。〉リウェルはきっぱりとした口調で答えた。
〈誰かの名を付けるのは、今の私たちには荷が重すぎます。〉フィオリナも決然と答えた。
〈ときに、尊称は要らぬぞ。〉コルウスは嘴を閉じると、二度横に振った。〈尊称なぞ、ヒトやケモノビトが使うものであるからの。我には無用のものだ。〉
〈それでは、コルウスさん、とお呼びいたします。〉リウェルはかしこまった口調で答えた。
〈私たちができるのはここまでです。〉フィオリナは一歩も引かないとばかりに鴉を見た。
〈相わかった。〉コルウスは愉快でたまらないとばかりに、両の翼を上下させた。〈名を付けるのは、おまえたちの子が生まれるときまでとっておくのがよかろう。どんな子が生まれるのか、今から楽しみではあるが、その頃には我もこの世界を旅立っているであろうから、顔を見ることは叶わぬ。おまえたちの子に、我という『変わり者』の鴉が居たことを伝えるがよいぞ。我がおまえたちに教える、鴉としての飛び方を、おまえたちがおまえたちの子に教えるときにでも、我のことを語って聞かせるがよい。〉
〈はあ。〉リウェルとフィオリナは気の抜けた返事をした。
〈僕らが子を生すのは、〉リウェルは弁解するかのように言った。〈五十年は先のことですが。子育てのための縄張りも探す必要がありますので、その頃には町を離れています。〉
〈どこかの山奥に縄張りを探します。〉フィオリナが続けた。〈ヒト族も獣人族も足を踏み入れないような場所を探して、そこで子育てをします。もちろん、私たちの子にも、ヒト族や獣人族の学び舎で学ばせるかもしれませんが。〉
〈おまえたちが子育てに奮闘する姿が目に浮かぶようだ。〉コルウスは笑いながら目を閉じるもやがて目を開き、翼をきれいに畳み込むと二人を見上げた。〈さてと、おまえたちに飛び方を教えるに当たって、場所をどこにするのだったかの? 話の途中であったはずだが。〉
〈セレーヌさんのところでいいよね。〉リウェルは念を押すようにフィオリナに訊ねた。
〈他にないと思うわ。〉フィオリナは虚空を見上げるも、すぐにリウェルを見た。
〈僕もそう思う。〉リウェルはフィオリナを見、次いで、コルウスに向き直った。〈今からご案内いたしますので、お越しいただけますでしょうか。〉
〈町の中にある、森の中か?〉コルウスは首を傾げた。〈姿を見られることはないというのであれば、そこくらいであろうが。〉
〈はい。〉フィオリナが答えた。〈私たちが今お世話になっている方のところであれば、誰にも見られることはないと思います。〉
〈承知した。案内せよ。〉コルウスは傾げていた首を元に戻した。〈いや、おまえたちは普段どおりにその場所に向かえばよい。我がおまえたちの後を追うのでな。〉コルウスはその場で伸び上がり、羽ばたく真似をした。〈おまえたちのその姿は目立つ故、空からでもすぐにそれとわかる。では、案内せよ。〉コルウスはその場から飛び立つと、広場に面した建物の屋根を越え、空へと舞い上がった。
リウェルとフィオリナはコルウスの姿を目で追った。碧い空の中、闇色の点が舞い続けるのを見詰めていた二人は、互いに顔を見合わせた。
〈僕らも行こう。〉
〈ええ。〉
リウェルとフィオリナは長椅子から立ち上がると、広場の外へと続く道を目指して一歩を踏み出した。
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