(八)(四〇)
鴉の姿で羽ばたきの練習に励むこと一刻半、リウェルとフィオリナは、跳び上がると同時に両の翼を羽ばたかせることにより、ヒト族の姿のときの、背の高さまでは体を浮き上がらせることに成功した。しかし、二羽自身の翼で達成できたのはそこまでだった。そのまま羽ばたきを続けるも、二羽の体は地面に向かって徐々に降下を開始し、暫し後に地面に降り立った。その後、幾度も上昇を試みるも結果は全て同じだった。
〈翼の力だけで飛ぶのがこんなに難しいなんて。〉何度目になるかわからない試みの後、地面に降り立ったリウェルは翼を畳みながらフィオリナに念話で語りかけた。〈この姿でも飛竜の魔法を使えるから、飛ぶことそのものは簡単だけれど、〉リウェルは再び両の翼を広げた。その翼を羽ばたかせることなく、リウェルの体は空を目指すように真上に浮き上がった。そのまま小屋の屋根の高さまで上昇を続けると、その後はゆっくりと下降に転じ、すぐに地面に降り立った。〈このとおり、翼を使わないのだったら、鴉の姿に変じた意味がない。〉リウェルは両の翼を畳み込んだ。
フィオリナもその場で翼を広げた。両の翼を羽ばたかせることもなく、フィオリナの体は音もなく上昇を開始し、小屋の煙突の高さまでに達すると下降に転じ、音もなく地面に降り立った。〈町の外だったら、飛翔の魔法を使えると思うけれど、〉フィオリナは自身の体を見下ろした。〈それなら、元の姿に戻ったほうがいいわね。〉フィオリナは翼を畳み込むと顔を上げ、リウェルを見た。〈町の中と町の近くで飛ぶのだったら、翼を羽ばたかせて飛ばないと、絶対に怪しまれるわ。練習するより他に方法はなさそうね。〉
〈それより他になさそうだ。〉リウェルは大きく息をついた。〈練習もせずにできるようになるのなら苦労しない。飛竜の魔法も覚えるのに苦労したのだから、鳥の姿で空を飛ぼうとするなら苦労しないはずがない、か。〉
〈でも、今日のところは、これでいいのではないかしら。〉フィオリナはリウェルを見たまま首を傾げた。〈鴉らしく見える姿に変じることができて、翼の力で飛ぶことができた――上に行くだけで、前にも進めないけれどね――。ゆっくり、しっかり、練習しましょう。〉
〈フィオリナの言うとおりだ。〉リウェルはフィオリナを見、肩を竦めるかのように両の翼を動かした。〈少しずつでも着実に、だね。〉
二羽はどちらともなく互いに歩み寄ると、嘴を触れ合わせ、次いで、横顔を擦りつけ合った。二羽の仕草は元の姿のとき――白銀竜の姿のとき――そのままだった。その後暫し頬を擦りつけ合った二羽は、嘴の先が触れるか触れないかの距離で向かい合った。
〈このまま、もう少し練習しよう。〉リウェルはフィオリナの瞳を覗き込むと、首を巡らせ、空を見上げた。リウェルの視線の先に広がる空は、未だ夕刻には至らないものの、碧さを増しつつあった。〈陽が暮れるまでには、まだ間がある。〉
〈セレーヌさんがお戻りになるまでにも、まだ間があるわ。〉フィオリナも空を見上げると、顔を下ろし、周囲に聳える木立を見遣った。〈でも、この姿のことは、もう少し内緒にしておきたいところね。鴉の姿に変じて飛ぶ練習をしていることも。〉
〈今のこの姿をセレーヌさんに見られても、どうということはないと思うけれど、〉リウェルは顔を下ろし、フィオリナの見詰める先の木立に視線を向けた。〈セレーヌさんを驚かせる楽しみが減ってしまうのはもったいないかもしれない。〉
〈正体を知られているのだから気にすることはないとしても、〉フィオリナはリウェルを見た。〈セレーヌさんの驚く顔を見てみたいのは確かね。それなら、鴉の姿で飛べることをお目にかければ、もっと驚かせることができるかもしれないわ。〉フィオリナは両の翼を広げた。
〈違いない。〉リウェルはフィオリナを見、首を縦に振ると、両の翼を広げた。〈今日のところは翼の力だけで飛べそうにないけれど、練習しないことにはできるようにならない。〉
〈そうね。いつになるかわからないけれど、何もしなかったらいつまでもできないままだわ。〉
二羽の鴉たちは翼を羽ばたかせた。
◇
空地の周囲に聳える樹々の梢の先、既に碧さを増した空には、紅く照らされた雲が棚引いていた。空地には夕闇が迫り、畑の作物も、その中を伸びる小径も、小屋とその後ろに控える離れ家も、その中に溶け込みつつあった。薄闇の中、頻りに両の翼を上下させていた二羽は、顔を上げると首を巡らせた。首を傾げながら周囲を見回した二羽はやがて、同じ方向に目を遣った。両の翼を羽ばたかせるのをやめ、きれいに畳み込むと、小屋の前に伸びる小径を半ばまで進み、そこで立ち止まった。二羽は西へと顔を向け、そのまま闇の先を見詰めた。程なくして二羽の目は、樹々の間から抜け出たセレーヌの姿を捉えた。セレーヌは数歩進んだところで立ち止まると、地面に立つ二羽に目を遣った。薄闇の中、金色に輝く二対の瞳を前にして、セレーヌは眉を顰め、ゆっくりと身構え始めた。
〈セレーヌさん、おかえりなさい。〉リウェルはセレーヌに念話で挨拶した。
小屋の主は、闇を纏ったかのような二羽の鴉たちを交互に見ながら、目を大きく見開いた。
〈おかえりなさい、セレーヌさん。〉フィオリナも念話で挨拶した。
セレーヌは半ば口を開いたまま、よく似た姿の二羽の鴉たちを見比べた。一羽に視線を向け、次いで、もう一羽を見、再び、はじめの一羽に目を遣った。
〈これだけ驚いてくださるのなら、〉リウェルはフィオリナを見た。〈目的は達せられたわけだけれど、もう少し後になってお目にかけたのなら、もっと驚いてくださったかな。〉
〈或る意味、成功ね。〉フィオリナもリウェルを見、嬉しそうに答えた。〈リウェルの言うとおりかもしれないわ。私たちの元の姿をお目にかけたら、もっと驚いてくださるかしら?〉フィオリナはその場で体を起こすと、両の翼を幾度か羽ばたかせた。
〈僕らの元の姿のほうが、今よりも驚かれないとも考えられる。〉リウェルは首を傾げた。〈セレーヌさんは僕らの正体をご存じなのだから、元の姿をご覧になっても、『ああ、そうなのね』と思われるだけかもしれない。〉
〈言われてみれば、〉フィオリナは首を縦に振った。〈そうかもしれないわね。元の姿で念話を使っても、何も不思議なことはないもの。〉
二羽の鴉たちは互いに顔を見合わせながら、頻りに頷いた。
「リウェルと……、」セレーヌは構えを解きつつ、互いに向かい合う二羽の鴉たちを見比べた。「それに、フィオリナ……、なのよね?」
〈はい。〉〈はい、セレーヌさん。〉リウェルとフィオリナはセレーヌに向き直ると、本物の鴉よろしく跳びはねながら近づいた。すぐにセレーヌの前まで進んだ二羽は、鴉の姿のまま翼を幾度か上下させ、首を左右に振ると羽の乱れを直し、姿勢を正した。
「ええと、どちらがどちらなのかしらね……。」セレーヌは、すぐ目の前に立つ二羽の鴉たち――姿見に映したかのように大きさも色も見分けのつかない二羽の鴉たち――を交互に見た。「リウェル?」幾度も二羽を見比べたセレーヌは降参とばかりに少年の名を呼んだ。
〈はい。〉一羽の鴉が片方の翼を持ち上げた。その鴉はセレーヌの向かって右に立つ鴉だった。その仕草は、学び舎の学生が教師に名を呼ばれたときの挙手を思い起こさせるものだった。
「ということは……、」セレーヌはもう一羽の鴉――翼を持ち上げた鴉の傍らに立つ、翼を畳んだままの鴉――を見た。「あなたがフィオリナね。」
〈はい。〉フィオリナも片方の翼を――リウェルとは逆の翼を――持ち上げた。
二羽の鴉たちは翼を下ろすときれいに畳み込み、金色の瞳でセレーヌを見上げた。
〈この姿、いかがですか?〉リウェルは両の翼を半ば広げ、その場で一回転してみせた。
〈鴉らしく見えますでしょうか。〉フィオリナが続けた。フィオリナも同じように両の翼を半ばまで広げると、その場で跳びはねながら一回転してみせた。
再びセレーヌに向き直った二羽の鴉たちは、両の翼を畳み込み、姿勢を正した。
「一目見た限りでは、」セレーヌは自身の膝の高さほどにある二羽の顔を見詰めた。「町の中を歩き回っている鴉のようではあるわ。」
リウェルとフィオリナはセレーヌを見上げながら、翼を幾度も上下させた。
「でも、」セレーヌは目を凝らした。「瞳の色はヒト族の姿のときと同じなのね。そこだけは鴉らしくないようにも見えるわ。元の姿のときでも瞳の色は同じなのよね?」
二羽の鴉たちはセレーヌから目を逸らすと、あらぬ方向を見遣った。
「何だか、言い訳を考えている学生みたいね。」セレーヌは笑みを浮かべた。「今のあなたたちの様子が答えなのかしら。姿を変じたとしても瞳だけは元の姿と同じようね。そこだけを気にしていれば、本物の鴉と見分けがつくということね。」
〈目立ちますでしょうか。〉リウェルはセレーヌを見上げた。
「よくよく見れば、よ。」セレーヌは体を屈めると、リウェルを見詰めた。「あなたたちの顔をじっと見れば気づくだろうけれど、遠目にはわからないわ。どこかの高い枝にとまっていたら、まずわからないわね。空を飛んでいたら、なおのこと、地上からは見えないわ。」
〈それほど心配しなくてもいいのかもしれないわ。〉フィオリナはリウェルを見た。〈誰かが私たちに近づいてきたら、飛び立って離れましょう。あとは、もう少し鴉らしく振る舞えるように練習する必要があるわね。〉
〈確かに。〉リウェルは顔を下ろすとフィオリナに歩み寄り、嘴を擦りつけた。
フィオリナもリウェルに近づき、横顔を擦りつけた。
「そういうところは番らしく見えるわね。」セレーヌは横顔を擦りつけ合う二羽の鴉たちを見詰めた。「仲の良い二羽だということはすぐにわかるわ。さて、」セレーヌは体を起こすと周囲を見回した。「すっかり暗くなってしまったわ。夕食にしましょう。」
〈はい。〉二羽はセレーヌに向き直ると念話で答えた。
一人と二羽は小屋へと向かった。リウェルとフィオリナは鴉の姿のままセレーヌの横を進むも、セレーヌの歩く速さについていけず、時折早足になったり跳びはねたりしながら距離を縮めた。横に並ぶものの一人と二羽との距離は開き、二羽は再びセレーヌを追った。
「夕食の支度を終えるまで少しかかるけれど、」セレーヌは扉に手をかけたところで、足許の二羽を見た。「まだその姿のままでいるのかしら。私が戻るまで何かしていたのでしょう?」
〈飛ぶ練習をしていました。〉フィオリナが答えた。〈自身の翼で飛べるようにと。〉
「それなら、」セレーヌは二羽の顔を交互に見た。「もう少し練習していてもいいわよ。夕食の支度を終えたら声を掛けるから。」
〈それでしたら、もう少し続けます。〉リウェルはセレーヌから距離を取った。
〈リウェルと一緒に練習します。〉フィオリナが続けた。
「それじゃ、後で呼ぶわね。」セレーヌは小屋の扉を開け、中へと進んだ。
リウェルとフィオリナはその場で、セレーヌが小屋に入るのを見送った。小屋の扉が閉められ、中を歩き回っていた足音が小屋の奥のほうで静まる頃になって、二羽は顔を見合わせた。
〈続けよう。〉〈ええ。〉二羽は両の翼を大きく広げ、羽ばたきを開始した。
◇
リウェルとフィオリナはその後も自身の翼で飛ぶための練習を続けたが、さらなる成果を上げるには至らなかった。両の翼を羽ばたかせるも、二羽の体はその場からわずかに浮き上がるばかりで、本物の鴉のように舞うまでには至らなかった。二羽が何度も上昇と下降とを繰り返す中で、小屋の周囲に迫る闇はさらに濃さを増し、闇色の羽を纏う二羽の体をも包み込んだ。ただ、金色の瞳だけは空から降り注ぐ仄かな光を受け、闇の中に輝いた。
〈なかなかうまくいかないものだね。〉リウェルは何度目になるかわからない羽ばたきの後、地上に降り立つと、両の翼を畳みながら大きく息をついた。〈広場に居た鳥たちは皆、軽々と飛んでいたようだったけれど、見るのと試すのとでは大違いだ。〉
〈さっきも言ったけれど、〉フィオリナは羽ばたきを止めると、両の翼を畳み、リウェルを見た。〈練習もしないでできたら苦労しないわ。鳥たちだって、生まれてから独り立ちするまでに飛ぶための練習をしているはずだもの。雛の頃から巣の中で練習して、それでやっと飛べるようになるはずよ。鴉の姿に変じて鴉の真似をしている私たちが、たった半日の練習で飛べるようになるなんて思えないわ。〉
リウェルは体を捻り、首を巡らせると、嘴を使って背中の羽を梳いた。幾度か嘴を羽の間に差し込みながら梳いた後、顔を上げ、前を向き、乱れた羽を調えようとするかのように身震いすると、かすかに首を傾げ、フィオリナを見た。〈明日は、広場に行って、鴉たちを観よう。〉
〈お手本を観るのね。〉フィオリナはリウェルの瞳を覗き込んだ。
〈そういうこと。〉リウェルは姿勢を正すと、フィオリナを見詰め返した。〈今までは、ただ何となく鴉たちを観ていたけれど、明日からは飛び方を観てみよう。特に、翼の使い方をね。〉
〈ただ羽ばたくだけではなさそうだものね。〉フィオリナは首を縦に振った。〈羽ばたくだけだったら、上に行くだけだったもの。〉フィオリナはその場で両の翼を広げると、羽ばたかせた。わずかに上昇したフィオリナはすぐに地上に降り立った。〈ちっとも前に進めないわ。同じところで上に行くだけよ。〉フィオリナは翼を畳み込んだが、再び半ばまで翼を持ち上げ、嘴を使って何枚かの羽の向きを調え、再び畳み込んだ。
〈明日のお楽しみに。〉リウェルはフィオリナに歩み寄ると、嘴を触れ合わせた。〈図書館で過ごして、その後は広場に。〉
〈少し早めに図書館を出る?〉フィオリナもリウェルに嘴を擦りつけた。
リウェルは嘴を離すと、フィオリナを正面に見、次いで、あらぬ方向に目を遣った。〈明日、考えよう。〉リウェルは再びフィオリナに向き直った。〈明日のことは明日になってから考えよう。朝から午まで図書館で勉強して午頃から広場に向かうのは、いつもと変わらない。〉
〈わかったわ。〉フィオリナはリウェルを見詰めた。〈明日、また考えましょう。〉
二羽の鴉たちは互いに歩み寄ると、元の姿のときそのままに嘴を触れ合わせ、次いで、横顔を擦りつけ合った。
「リウェル、フィオリナ、準備できたわよ。」セレーヌが小屋の扉を開け、二羽の鴉たちに呼びかけた。扉の隙間からは暖炉の炎を思わせる光が流れだし、周囲の闇を照らした。
〈はい。〉リウェルとフィオリナは揃って小屋に顔を向けると扉に向かって歩き出した。二羽はそのまま小屋に歩み入るとセレーヌの横を通り過ぎ、小屋の奥のほうへと進んだ。
「あら、今日はまだその姿でいるつもりなの?」セレーヌは笑いながら小屋の扉を閉め、暖炉へと歩み寄った。「その姿で食事をするのはたいへんなのではないかしら? 手も使えないから匙も持てないでしょう? 熱いから、冷めるまで待つ?」セレーヌは暖炉の前に置かれた椅子に腰を下ろすと、暖炉の火に掛けられた鍋の中身を杓子でゆっくりとかき混ぜた。
リウェルとフィオリナは小屋の中央附近で立ち止まると、互いに顔を見合わせ、幾度も左右に首を傾げた。その後、二羽の鴉たちは姿勢を正すと正面に向かい合った。
〈この姿で食事するのはやめておこう。〉リウェルはフィオリナに語りかけた。〈今日はうまく食べられないと思う。〉
〈味も感じ方が違うかもしれないわね。〉フィオリナが続けた。
〈この姿で食事するのは後に取っておくとして、今日のところは、ええと……、ヒト族の姿に戻ろう。〉リウェルは二度三度と首を横に振った。
〈『元の姿に戻ろう』と言いそうになったのでしょう?〉フィオリナがからかうかのように言った。〈ここで元の姿に戻ったら、小屋を壊してしまうわ。それじゃ、ヒト族の姿になるわね。〉フィオリナは少女の姿へと変じた。白銀色の髪が暖炉の炎を受けて紅く輝き、金色の瞳が悪戯っ子のような煌めきを放った。
続いて、リウェルも少年の姿へと変じた。白銀色の髪がさらさらと揺れ、金色の瞳と目尻の鱗が貴石のように光を放った。
ヒト族の姿へと変じたリウェルとフィオリナは、互いの姿を見せ合うようにしてその場で向かい合った。頭から足先まで目を遣り、服も外套も靴も問題ないことを確認した二人は満足そうに頷き合い、ゆっくりとセレーヌに向き直った。二人が目にしたのは、鍋の中身をかき混ぜるのも忘れたかのように、目を大きく見開き、口を半ばまで開けたまま二人を見詰めるセレーヌの姿だった。セレーヌの後ろの暖炉の中で、炎を纏った薪がかすかな音とともに崩れ落ちた。暖炉の傍に置かれた椅子に腰を下ろすセレーヌは、鍋の側面を覆うように火の粉が舞い上がったことに気づく様子もなく、二人を見詰めていた。
「セレーヌさん?」リウェルは恐る恐るといった口調で『森の民』の女性の名を呼んだ。
「いかがされたのでしょうか。」フィオリナも気遣うように呼びかけた。
セレーヌは目を瞬くと慌てた様子で口を閉じ、暖炉に向き直った。すぐに、手にしていた杓子で鍋の中身を何度かかき混ぜると、再びリウェルとフィオリナにゆっくりと顔を向けた。「ごめんなさいね、取り乱してしまって。」セレーヌの視線は二人から離れ、暖炉の右の壁、小屋の扉、左の壁、床に林立する本の塔の間を彷徨い、再び二人に落ち着いた。「あなたたちが姿を変じるのを目にするのは初めてだったから、驚いてしまって。」
「そうでしたでしょうか?」リウェルは意外だとばかりにセレーヌを見、わずかに首を傾げた。次いで、問い掛けるかのように傍らに立つフィオリナを見た。
「セレーヌさんの仰るとおりのはずよ。」フィオリナもセレーヌを見、フィオリナを見た。「この町に来てからはずっとヒト族の姿だったもの。町の中で姿を変じたのは今日が初めてよ。」
「言われてみれば、確かに……。」リウェルは片手で顎に触れた。「セリーヌさんの前では何度も姿を変じていたから、あまり気にしていなかった。」
「元の姿もセリーヌさんにはまだご覧に入れていないわ。」フィオリナが指摘した。「今の姿から元の姿に戻るのをご覧になったら、もっと驚かれるかしら?」フィオリナは悪戯を思いついた子どものような笑みを浮かべ、セレーヌを見た。
「たぶん、もっと驚くわ。」セレーヌは降参とばかりに肩を竦めた。「さあさ、おしゃべりはこれくらいにしておいて、食事にしましょう。二人とも、椅子を持ってきて、座ってちょうだい。」セレーヌは皿を手に取ると、鍋の中身を皿に盛り始めた。
「はい。」リウェルとフィオリナは、小屋の隅に置かれていた椅子を手に取ると、暖炉の前まで進み、セレーヌの前に椅子を置いた。腰を下ろした二人は、セレーヌが差し出す皿と匙と順に受け取った。
セレーヌは最後に自分の分を皿に盛ると、二人を見た。「それじゃ、食べましょうか。」
三人は匙を口に運んだ。
◇




