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白銀竜たちは碧空に舞う  作者: 葦笛吹き
第三部:図書館、町の広場、老鴉
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(七)(三九)

 リウェルとフィオリナは、その後の幾日かを図書館通いに費やした。二人は朝も早くに図書館を訪れると、その後は(ひる)過ぎまで、入学試問に備えるために費やした。数日とはいえ毎日同じ頃に図書館を訪れたことで、二人は図書館の係員たちにも顔を覚えられ、それによって入館の手続きも至って手際よく行われるようになった。手続きを終えた二人は館内へと進むと、書架の森の中を彷徨(さまよ)い歩きながら目的の本を探し出し、脇目も振らずに読み耽った。二人が手に取ったのは、係員の助言もあって、主に歴史に関する本だった。ヒト族や獣人族それぞれの神話や伝承に始まり、或る(いち)地方の領主と思しき者が編纂させた史書や、どこの誰とも知れない者が残した手記に至るまで、目に留まった本を手当たり次第に読み進めた。二人は他の利用者を遥かに超える速さで頁を捲りながら、獲物を探し求める獣のように頁の上から下まで目を走らせると、すぐに次の頁へと進み、再び頁に目を走らせた。始めから終わりまで頁を捲る速さは変わることなく、二人は何冊もの本を読み進めた。

 (ひる)を過ぎた頃、手にしていた本の最後の頁を読み終えた二人は、ゆっくりと顔を上げると、ややあって互いに顔を見合わせた。書架の森を包み込む薄闇の中、金色に輝く瞳を見詰め合うこと暫し、二人は再び頁に目を落とすと慎重な手つきで本を閉じた。古びた表紙の本に爪を立てないようにしながら元の位置に戻した二人は書架の森を抜け出すと、そのまま一階へと向かい、受付での手続きを済ませ、図書館を後にした。その後、二人は町の広場を目指し、歩みを進めた。二人は連日同じ広場に赴くと店の一つで昼食を買い求め、同じ長椅子に腰を下ろし、広場を見遣った。

 二人が食事を始めると、おこぼれ目当ての鳩たちが次々に広場に降り立った。鳩たちは長椅子のほうへと向かいながらも時折立ち止まり、躊躇(ためら)いがちに二人をちらちらと見上げた。二人は、服に落ちた麺麭の欠片を指で摘まむと、鳩たちに向かって放り投げた。たまたま近くに居た鳩が一目散に駆け寄ると欠片を啄み、すぐに腹に収めた。その後は、その鳩も、おこぼれに預かれなかった他の鳩たちも、どことなく次の欠片を期待するかのように二人に視線を向けた。

 鳩たちのさらに先には、闇色の羽を纏った鴉たちが姿を見せた。鴉たちは、食べ物を求めて歩き回る鳩たちに気を配りながらも、長椅子に腰を下ろした二人にも視線を向けた。鴉たちは、数歩進んでは立ち止まり、首を伸ばして周囲を見回すと――鳩たちと二人に目立った動きがないとわかると――、姿勢を直し、再び歩き始めた。鴉たちが広場に降り立つと、決まって大柄な一羽も二人の前に姿を見せた。はじめの頃は遠くから二人を眺めることの多かったその一羽も、二人が連日広場を訪れることで慣れたのか、無遠慮ともみえる態度を取ることもあった。その一羽は、闇色の光を放つ瞳で()め付けるかのように二人を見ながら首を傾げると、そのまま二人を見詰め、暫し後に反対側に首を傾げ、再び二人を見詰めた。幾度も首を傾げる仕草は、解けない問いに頭を捻る学生のようでもあった。二人はその一羽を前にしても牙を見せることはなかった。その鴉を追い払いもせず、むしろ、興味深いとばかりに鴉の仕草に見入った。その鴉は、二人の射貫くような金色の瞳に動じる様子も見せず、やがて、見飽きたと言わんばかりに二人の前を離れ、広場の端のほうへと向かった。その後、その鴉は、どこからともなく現れた子どもたちと追いかけっこを演じ、夕刻が迫る頃には他の鴉たちと共に広場を飛び立ち、空の向こうへと姿を消した。広場を飛び去る鴉たちを見送った子どもたちは、その後は子どもたちだけで遊びに興じていたが、広場の中に建物の影が長く落ちる頃になると、それぞれの親たちに呼ばれて家路に就いた。広場が薄闇に包まれる頃、住人たちの姿も疎らになったのを見届けると、二人も長椅子から立ち上がり、広場を後にした。


    ◇


 〈フィオリナ、〉リウェルは念話で語りかけた。〈今日は広場に行かずに、小屋まで戻ろう。〉

 〈いいわ。〉フィオリナはリウェルを見た。〈鳥の姿に変じて、飛び方の練習するのよね?〉

 〈そう。〉リウェルもフィオリナを見た。〈そろそろ試してみてもいいかなと。〉

 〈これまでたくさん観たものね。〉フィオリナは笑みを浮かべた。

 その日の朝、二人は学院の図書館を目指し、木立の中を進んでいた。樹々の間に伸びる道は既に終わりに近づき、二人の頭上を覆う枝も疎らになりつつあった。その枝の間からは陽の光が降り注ぎ、二人の進む道を照らし出すとともに、地面の上で舞い踊った。二人は暫し見詰め合った後、再び前を向いた。

 〈リウェル、鳥の姿のときの、羽の色は何色にする?〉フィオリナは思い出したかのように訊ねた。〈今のこの姿は――髪の色と肌の色のことだけれど――、町に居る間は変えられないけれど、鳥の姿だったら別の色を選べるわ。〉フィオリナは探るような目でリウェルを見た。〈鴉の姿に変化(へんげ)するつもりなのでしょう?〉

 〈そのつもり。〉リウェルはフィオリナを見ると、首を縦に振った。〈鴉たちと同じ、夜闇の色がいいかな。そのほうが、闇に紛れて町の外に行くのにちょうどよいと思う。〉

 〈そうね。〉フィオリナは前髪を指で摘まむと、両目を寄せた。〈白い羽の鴉では目立ったしまうわ。今だって、ずいぶん目立っているもの。黒い羽の鴉たちに混じって、白い羽の鴉が、それも二羽も姿を見せたとしたら、何事かと思われるかもしれないわ。〉フィオリナは指を離すと、何度か首を横に振り、髪を調(ととの)えた。

 〈羽の色は、町に居る鴉たちに合わせよう。あとは、体の大きさも同じくらいにしておこう。あの体の大きな鴉は特別みたいだから、あの大きさに合わせるのはよいとは思えない。他の鴉たちと同じ大きさなら、二羽くらい増えても誰にも気づかれないと思う。〉

 〈それに、リウェル、お腹()いていない?〉フィオリナは体をわずかに屈め、リウェルの顔を斜め下から覗き込んだ。

 〈少し、ね。〉リウェルもフィオリナに目を合わせた。

 〈でしょう?〉フィオリナは我が意を得たりとばかりに大きく頷くと姿勢を直した。

 〈町の中で狩りはできないからね。〉リウェルはかすかに肩を竦めた。

 〈狩りをするのなら、どうしたって、町の外に行かなければならないわ。前にも話し合ったことだけれど、この姿のままで――ヒト族の姿で――町を出たとしたら、どうなるかしら。陽が昇っている間は元の姿には戻れないから、狩りをするのは夜しかないわ。町の門が閉まるのは夕刻だから、それよりも前に町の外に出る必要があるわね。もし、夕刻に町の外に出て、夜になってから元の姿に戻って狩りをして、次の日かその次の日に町に戻ったとしたら、町の住人にどう思われるかしらね。町の中で暮らしている限り、誰も好き好んで町の外に出ようとはしないようだから。畑の世話をするために町の外に出ることもあるみたいだけれど、それだって、陽が高い間だけよ。陽が暮れる前には町に戻ってくるわ。〉

 〈ヒト族の姿で町の外に行くのは――この姿で壁を越えられないことはないけれど、誰かに見られるかもしれないことを考えると――、止めておいたほうがよさそうだ。〉

 〈そうね。この姿でも飛翔の魔法を使えるけれど、見られたら、怪しまれるわ。〉

 〈誰にも見られずに壁を越えられる場所を探すのも手間だしね。〉

 〈ええ。それはそれで、また怪しまれるわ。『あの二人は何をしているのだろう』、って。『始終、頭巾を被ったまま、壁の内側を歩き回って、いったい何を企んでいるのだか……』、そう思われてもおかしくないわ。〉

 〈確かに。狩りのために町の外に出るのであれば――〉

 〈ヒト族の姿でなければ、それほど怪しまれることはないはず。それこそ、この前リウェルが言っていたように、鳥の姿で町を出て、町から遠く離れたところで元の姿に戻って、狩りをして、食事をして、また鳥の姿で町に戻ればいいと思うわ。〉

 〈何日か姿を見せなくても、宿に()もっていた、くらいの言い訳はできそうだしね。〉

 〈そうね。あまりとやかく言われるようなことはないはずよ。〉

 〈となると、なおさら、鳥の姿で飛べるようにならないと。鳥らしく、鴉らしく、飛翔の魔法を使わずに空を飛べるようにならないと怪しまれる。〉

 〈練習するより他にないわね。練習しないでできるようになることなんて、あったかしら?〉

 〈あるにはあるはずだけれど、すぐには思いつかないね。〉

 木立を抜けたリウェルとフィオリナは、白い小石の敷き詰められた道を辿り、図書館へと向かった。二人の歩みとともに小石は規則正しい音を響かせ、それらは未だ眠りに沈む学院の建物へと吸い込まれた。二人の足取りはそれまでにも増して軽やかであるかにみえた。程なくして図書館に着いた二人は早々に入館の手続きを済ませ、前の日に目を通していた本が保管されている書架を目指した。壁のように聳える幾つかの書架の横を通り過ぎ、目的地の書架の前に達した二人は、書棚の中から一冊の史書を取り出すと、寄り添うようにして支えながら慎重な手つきで表紙を開いた。その後、二人は頁に目を落とすと、脇目も振らずに読み進めた。

 〈――これまで本を読んでいて思ったことなのだけれど、〉リウェルは頁に目を落としたまま、フィオリナに念話で語りかけた。〈ヒト族や獣人族は縄張り争いばかりしているらしい。〉リウェルはすぐ傍らに立つフィオリナに顔を向けた。〈群れを作って、群れどうしで争って……、群れの大きさはいろいろだけれど、やっていることはそれほど変わらない。縄張りを巡って群れどうしで戦って、争って、殺し合って――〉

 〈争わないことには解決できなかったのよ、きっと。〉フィオリナも顔を上げると、鼻先に触れんばかりのところにあるリウェルの顔を見た。〈戦う前はどちらが強いかわからないから、互いに血を流すまでわからない――私たちは戦う前から或る程度はわかるけれど――。それに、ヒト族も獣人族も、短い寿命のせいですぐに忘れてしまう。覚えていられるのは、せいぜい数十年というところのようね。それだけの時が過ぎれば――過ぎなくても――、次の争いが起きているわ。そのたびに大勢が命を落として、またすぐにそのことも忘れてしまう。〉

 〈戦いの中で大勢の敵を倒せば栄誉を受けるらしいけれど、町で暮らしている中で誰かを殺めれば罪に問われる。同族を殺めることに変わりはないはずなのに、時と場所が異なれば同じことが別の意味を持つ。僕らの種族の場合だと、どうなるのだろう。フィオリナ、今まで同族を殺めたことについての話を聞いたことはある?〉

 〈ないわ。父様と母様との話の中でも聞いたことないわ。リウェルは?〉

 〈僕もない。父上からも母上からも聞いたことはない。もしかしたら、父上も母上も知っているのに、僕に話していないだけなのかもしれない。〉

 〈私たちの種族は元々数が少ないから、というのもあるかもしれないわ。数が少ないから争いそのものも少ない。リウェルと私はお隣どうしだけれど、それでも、飛翔の魔法を使っても半日以上かかるくらいには離れているもの。ヒト族や獣人族からすれば、どれほど離れていることになるのかしらね。数日で行けるようなところではないと思うわ。それこそ、幾つもの国を隔てるくらいのところかもしれないわね。それでも、私たちからしたら近いのだけれどね。〉

 〈数が多いことと、縄張りを構える場所が近すぎることが原因なのかな。町を造るにしても、作るにふさわしい場所は限られているみたいだ。僕らの種族が縄張りにする場所も限られているのと同じで。町の傍にはだいたい河がある。この町もそうだ。〉

 〈河のないところだとしても、水は必要ね。飲み水にも、ものを運ぶのにも使っているみたいだから。ヒト族も獣人族も空を飛べないから、地上で運ぶしかない。荷車よりも舟のほうがたくさんのものを運べるもの。〉

 〈群れを作って、縄張りを構える。でも、皆が欲しがるような、縄張りにふさわしい場所は限られる。それほど多くないそれらの場所を巡って、縄張り争いが起こる……、結局のところ、僕らと同じなのかもしれない。〉

 〈簡単に考えすぎなのかもしれないけれど、本当にそうなのかもしれないわ。カレルおじ様と父様とで水場のことで争ったことがあると母様が言っていたわ。でも、水場は誰の縄張りにも含まれていて、誰の縄張りにも含まれないことになっている。水場を独り占めしようとした父様のほうがカレルおじ様よりも分が悪かったのは当然ね。〉

 〈飛竜の流儀だと、水場は誰の縄張りでもないからね。ヒト族や獣人族はそうでもないらしい。水場を巡っての争いも多く起こっている。他に考えられることとして……、同族どうしで殺めて、数が増えすぎないようにでもしているのかな。〉

 〈そんなことはないと思うわ。結果として、そう見えるだけよ、きっと。争いがあってもなくても、数を増やしていたでしょうから。数を増やすのが遅いか速いかだけの違いよ。〉

 〈だとすると、そのうち、僕らが縄張りを構えるような場所にも、ヒト族や獣人族が姿を見せるようになるのだろうね。今のところは好き好んで足を踏み入れようとはしていないだけで、これからもそうだとは限らない。〉

 〈もし、ヒト族や獣人族が私たちの縄張りにまで入ってこようとしたら、追い払う?〉

 〈追い払う、もちろん。それでも入ってこようとするのなら、防壁を展開する。〉

 〈縄張り全体に?〉

 〈そう。ヒト族や獣人族だけが入れないような防壁をね。〉

 〈そんな防壁、あったかしら?〉

 〈さあ? 聞いたことがない。なければないで、作ればいいよ。〉

 〈それもそうね。なければ作る……、服の魔法式のときと同じね。〉

 〈そう、そのときと同じ。〉

 リウェルとフィオリナは本の頁に目を落とした。その後もさらに数冊の本を手に取った二人は(ひる)を過ぎた頃に図書館を後にすると学院の敷地を抜け、木立の中へと向かった。木漏れ日の舞う道を進む中、リウェルは頻りに左右を見、時には後ろを振り返った。

 〈どうしたの、そんなにあちこち見回して。〉フィオリナが不思議そうに訊ねた。

 〈ああ、大したことではないのだけれどね。〉リウェルは前を向いた。〈何回も通った道だけれど、逆に進むのは初めてだなと思って。〉

 〈言われてみれば、そのとおりね。〉フィオリナも周囲を見回した。〈いつもは、図書館を出たら、広場に行っていたものね。そこからセレーヌさんの小屋までは何度も歩いたけれど、図書館からセレーヌさんの小屋まではまだ歩いたことがなかったわ。〉

 〈道を逆に進むだけなのに、〉リウェルは傍らのフィオリナを見た。〈目にする景色もずいぶんと変わる。〉

 〈初めて訪れた場所なら、なおさらそう感じてもおかしくないわね。〉フィオリナもリウェルを見た。〈小さい頃、セリーヌさんと一緒に森の中を歩いたときはどうだったかしら。その頃はあまり気にしていなかったと思うけれど。〉

 〈あのときは、セリーヌさんの後についていくだけだったからね。〉リウェルは前を向いた。〈今みたいに僕らだけで歩いたわけでもない。今は自身の足で進む先を決めているけれど、セリーヌさんと森を歩いたときは、道を決めていたのはセリーヌさんだった。〉

 〈迷わないようにしないとね。〉フィオリナは笑みを浮かべ、リウェルの顔を覗き込むと、すぐに前を向いた。〈探索魔法に頼らなくても歩けるくらいには。〉

 〈違いない。〉リウェルも笑みを浮かべた。〈まあ、でも、たまには道に迷うくらいのほうが、ヒト族らしくみえるかもしれない。〉

 〈さあ、どうかしらね。〉

 舞い踊る木漏れ日は次第に数を減じ、二人の頭上に覆い被さるように伸びる、葉を纏った枝はその数を増した。陽は空高くにあるにもかかわらず、二人の足許にまで届く陽射しは弱く、木立の中は薄暗かった。樹々の間を進む二人の耳に届くのは、降り積もった落ち葉を規則正しく踏み締める自身の足音と、森の上空を走る風が枝葉を揺らす(さざなみ)のようなざわめきと、木立の奥で鳥たちが互いに鳴き交わす歌声だった。ひとの気配もない木立は、町の中にあって、まるで眠りに就いているかのようでもあった。

 木立の中を進んでいた二人は、目の前に開けた土地が現れるのを目にした。二人の前に広がるのは、作物が植えられた畑と、その先に立つ小屋だった。作物は葉を大きく広げ、森の中に空いた穴に降り注ぐ陽の光を受け、煌めきを放った。(あるじ)が留守の小屋は煙突から煙を吐き出すこともなく、料理の薫りを振りまくこともなく、周囲の樹々と同じく、眠りに就いているかのようにもみえた。木立を抜けた二人は小屋へと伸びる小径を進むと、小屋の前に広がる何もない場所で立ち止まった。

 〈まずは変化(へんげ)かな。〉リウェルは両腕を肩の高さまで持ち上げると、自身の体を見下ろした。〈鴉の姿に変じるよ。〉言うが早いか、リウェルの体はするすると縮み、闇色の羽に覆われた一羽の鴉へと変じた。〈どう?〉リウェルは両の翼を広げ、フィオリナを見上げると、その場で跳びはねながら一回転してみせた。

 〈一応、鴉らしく見えるわ。〉フィオリナはその場にしゃがみ込むと、リウェルの顔を覗き込んだ。〈でも、瞳の色は元の色と同じなのね。それに、瞳の形も。〉

 〈瞳だけは元の姿から変えられないかもしれない。〉リウェルは両の翼を畳み込むと、瞬きしながら幾度か首を傾げた。〈そのうち、別の姿でも試してみよう。〉リウェルは両の翼を畳んだまま上下させると、フィオリナを見上げた。〈フィオリナも、変化(へんげ)してみて。〉

 〈ええ。〉フィオリナはその場に立ち上がると、両腕を大きく広げた。すぐにフィオリナの体は縮み始め、やがてリウェルと変わらない体格の鴉へと変じた。体を覆う羽の色はリウェルと同じく闇色だったが、両の瞳は元の姿と同じく金色の縦長の瞳だった。〈どうかしら?〉フィオリナは両の翼を広げると、足踏みしながらその場で一回転した。

 〈鴉らしく見える。〉リウェルは、フィオリナの嘴の先から頭、首、翼と続けて、尾羽の先まで視線を走らせた。〈少なくとも、僕には。〉

 〈それを言ったら、リウェルも、よ。〉フィオリナは両の翼を畳み込み、リウェルを見た。〈でも、私たちの今の姿は、ひとによっては鴉に見えないかもしれないわ。鴉によく似た、別の何か、かもしれないわね。〉

 〈たぶん大丈夫だと思う。〉リウェルは嘴でフィオリナの嘴に触れた。〈飛ぶ練習をしよう。〉

 〈そうね。練習のほうが先ね。〉フィオリナも嘴を触れ合わせた。

 一頻り嘴を擦りつけ合った二羽は、見詰め合ったまま互いに距離を取った。

 〈まずは、羽ばたきの練習よね。〉フィオリナは両の翼を大きく広げた。

 〈そうだね。翼の動かし方からだね。〉リウェルもその場で両の翼を大きく広げた。

 二羽の鴉たちは伸びをするようにして体を起こし、羽ばたきの練習を開始した。


    ◇


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