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白銀竜たちは碧空に舞う  作者: 葦笛吹き
第二部(三):アルガスの町
28/74

(三)(二八)

 食事を終えたセレーヌ、リウェルとフィオリナの三人は椅子に腰掛けたまま、暖炉に()べられた薪から立ち上る炎に見入った。セレーヌの金色の髪もリウェルとフィオリナの白銀色の髪も暖炉の炎に紅く染まり、炎の揺らめきがさらに彩りを添えた。時折、薪の爆ぜる音と、セレーヌが火かき棒で薪の位置を変えるときの音とが、小屋の中に響いた。

 「――二人とも、セリーヌ大おば様の手紙を預かってきたのではないかしら?」セレーヌは、暖炉の正面に置いた椅子に座るリウェルとフィオリナに目を遣った。「ずいぶん前に別のことでもらった手紙にも書かれていたから、だいたいのことはわかっているつもりだけど、大おば様が直に手渡した手紙があるのなら、それを見せてもらえると嬉しいわ。」

 「はい。」「わかりました。」リウェルとフィオリナは片手を持ち上げた。数瞬の後、二人の掌の上に、どこからともなく封書が現れた。二人は椅子から立ち上がると、それぞれ封書をセレーヌに差し出した。

 「二通とも同じ内容だと思います。」リウェルはセレーヌを見た。

 「封も開けていません。」フィオリナが続けた。「セレーヌさん宛の封書ですので。」

 セレーヌは、二人が差し出した封書を受け取ると、暖炉の炎に(かざ)し、封を確かめるように念入りに見入った。その後、幾度も封書の表と裏とを見返すと笑みを浮かべ、満足そうに頷いた。「よかった。妙な仕掛けはなさそうね。」

 「『仕掛け』――」「……ですか?」リウェルとフィオリナは椅子に腰を下ろしながら、怪訝そうにセレーヌの顔を見た。

 「そうよ。」セレーヌは意外だとばかりに二人を見た。「私にとってはいろいろと厳しい大おば様だけど、ああ見えて本当は悪戯好きなのよ。知らなかったの?」

 「僕らにとっては怖い先生でしたが……。」リウェルは顔を上げると、どこか遠くを眺めるかのように暖炉からその上に続く壁へ、さらに屋根裏へと視線を移した。

 「母よりも怖いと思ったことが、何回もありました。」フィオリナは首を竦めると、吹雪の中に居るかのように体を震わせた。

 「あら、そうだったのね。」セレーヌは、心ここに在らずといった様子の二人を見比べると、暖炉に向き直り、再び封書を暖炉の炎に翳した。「大おば様も、あなたたちの前では怖い先生だったのね。私の前でもそれはあまり変わらなかったけれども、しょっちゅう、私に悪戯を仕掛けてきたのよ。もちろん、たわいないものばかりだったわ。それはともかく、この封書は本当に何の仕掛けもない、ただの封書ね。」セレーヌは、リウェルから受け取った封書の封を端から開くと、丁寧に折り畳まれた手紙を取り出した。その手紙をすぐに開こうとはせず、セレーヌは折り目に沿って指を走らせ、表と裏とを何度も見返し、慎重とも取れる手つきで折り目を開くと、ようやく読み始めた。書かれた内容に目を通す間、セレーヌは時に独り頷き、時に合点がいったとばかりに笑みを浮かべ、時に眉間に皺を寄せた。独り芝居を演じるかのようにころころと表情を変えながらも手紙を読み終えたセレーヌは、封書と手紙そのものとを膝の上に置くと、フィオリナから受け取った封書を開き、再び読み始めた。時折二つの手紙を見比べながら読み進め、程なくして読み終えたセレーヌは顔を上げ、リウェルとフィオリナを見た。「手紙に書いてあることは二つとも同じね。あなたたちが来る前に大おば様から戴いていた手紙の内容と、大きな違いはなかったわ。」セレーヌは二つの手紙をきれいに折り畳み、封書に収めた。「森が妙だというのは確かのようね。町の中ではそれほど感じられないけれども、町の外の森が妙なのは私の思い過ごしではなさそうね。」セレーヌは手にして封書を見詰めた。

 リウェルとフィオリナは、封書に目を落としつつもどこか遠くを見遣るかのようなセレーヌを前に、ゆっくりと顔を見合わせた。

 〈『森が妙だ』というのは、僕らが旅に出る前にセリーヌさんが仰っていた、あのことかな。〉リウェルはフィオリナに念話で語りかけた。

 〈そうだと思うわ。〉フィオリナはリウェルの瞳を見詰めた。〈それ以外に思い当たることはないもの。でも、私たちでは感じ取れなかったから、詳しいことはわからないけど。〉

 〈僕らがこの町に来るまで、これといって、『妙な』ことなんてなかったと思うけど……。〉リウェルは怪訝そうな表情を浮かべ、かすかに首を傾げた。

 〈リウェル、思い出して。〉フィオリナはどこか差し迫った表情でリウェルを見た。〈森の中の、誰も居なくなった村のこと。どちらかというと、『かつて村だった場所』かしら? あの場所で何かおかしな感じがしたのは確かでしょう?〉

 〈あの場所か……。あれは……、確かに。〉リウェルは顔を上げ、フィオリナの頭の上の虚空を見詰めた。〈あの場所で、ヒト族の姿で居るのは落ち着かなかった。でも、あれが――あの場所で感じたことが――、セレーヌさんたちが仰る『妙な』ことと同じなのかな?〉リウェルは目の前のフィオリナに視線を向けた。

 〈わからないわ。〉フィオリナは眉根を寄せ、ゆっくりと首を横に振った。〈そうかもしれないし、そうでないかもしれない。でも、リウェルと私が――ヒト族の姿だった私たちが――、あの場所で『おかしい』と感じたのは本当よ。〉フィオリナはリウェルの目を見た。

 〈セレーヌさんにもお伝えしたほうがいいね。〉リウェルもフィオリナの目を見詰め返した。

 〈そのほうがいいと思うわ。〉

 〈わかった。そうしよう。〉

 リウェルとフィオリナは揃ってセレーヌに向き直った。そこで二人が目にしたのは、孫を見詰める祖母のような笑みを浮かべた、セレーヌの姿だった。

 「内緒話は終わりかしら? それとも、内緒の相談事かしらね。」セレーヌは首を傾げた。「眉間に皺を寄せていたから、ずいぶんと深刻な内容のようだったけど、もういいの?」

 「はい。」二人はセレーヌに目を合わせた。

 「もしよかったら、あなたたちが話し合っていたことを聞かせてもらえないかしら。」セレーヌは柔和な笑みを浮かべたまま二人を促した。

 白銀竜の少年少女は互いに顔を見合わせると暫し見詰め合い、やがて意を決したかのように頷き合い、再びセレーヌに向き直った。

 「実は――」リウェルは、町に到るまでに目にした森のことをセレーヌに話して聞かせた――森の樹々の奥で朽ち果てつつあった小屋の残骸には、誰かがそこに居たという気配も既に消え去っていたこと、フィオリナと共に廃屋を見て回ったときに感じた、言葉にし難い思いのこと、その場所で夜を明かしたものの、残骸を目にしたことで急ぎその場を離れたこと――。いつしかフィオリナも加わり、二人は森の中で目にしたこと、感じたことを伝えた。

 セレーヌは片手を頬に当てたまま、リウェルとフィオリナの話に聞き入った。二人が話を終えてもなお、セレーヌは口を開くこともなく、どこか遠くを見遣るかのような表情を浮かべたまま、ゆっくりと暖炉に向き直ると、薪に纏わり付く紅い炎をじっと見詰めた。

 暖炉で立ち上る紅い炎は小屋の中を照らし出し、小屋の壁に映る三人の影も水面に落ちる影のように揺らめいた。腰を下ろした三人の影は、小屋の壁を舞台に、舞を舞うかのように形を変え、薪の爆ぜる音と燃え進んだ薪の崩れる音とがその舞の伴奏を務めた。薪が崩れるにつれて暖炉の中では火の粉が舞い上がるも、それらはすぐに炎の中に溶け込むように消え去った。

 「あなたたちの話を聞いた限りでは、」セレーヌは顔を上げ、暖炉に向かい合って腰を下ろしたリウェルとフィオリナを見た。「今の私には、何とも言い難いわ。」セレーヌは頬に片手を当てたまま首を傾げた。「森の中の廃屋は、本当に、何年か前のもの――そうでなければ何十年も前のもの――かもしれないわ。触った途端、崩れたということは、ずいぶん昔に打ち捨てられたということだけれども、森の中は町の中とは違うわ。木が朽ちるのも町の中よりもずっと早いはず……。あなたたちが感じたことと大おば様の仰ったこととは関係あるかもしれないし、ないかもしれない。今のところ、言えるのはそれだけね。気にしすぎるのも、気にしないのも、どちらも最善ではないわ。かといって、何が最善なのかは今のところは判断できない、となれば、次善の策としては、気に留めておくこと、くらいかしらね。」

 「そうですか……。」リウェルは視線を落とし、暖炉の前の床を見詰めた。

 フィオリナもわずかに顔を俯け、金色の瞳を暖炉の前の床に向けた。

 「ごめんなさいね、」セレーヌは頬に当てていた片手を下ろすと姿勢を正し、気落ちした様子の少年少女に目を遣った。「確かなことは何も言えなくて。」

 「いえ、そんなことは……。」フィオリナは顔を上げるとセレーヌを見、勢いよく首を横に振った。「私たちも『これ』といったものがあったわけではありませんので。」

 「そうね。」セレーヌはゆっくりと首を縦に振った。「この話は、今日のところはこれまでにしておきましょう。」セレーヌは自身に言い聞かせるかのように呟いた。「暗い夜に暖炉の前でするようなものではないわ。明るいときに、ここではないどこか違うところで話し合うべき内容ね。」セレーヌは、どことなく疲れた笑みを浮かべ、リウェルとフィオリナを交互に見た。「ところで、あなたたち、今夜はどこで休むつもりかしら? 見てのとおり、この小屋の中は私一人が休むので精一杯。離れ家もあるにはあるけど、いろいろと物がしまってあって、中は足の踏み場もないくらいなの。かといって、今から町の中で宿を取るのも難しいと思うわ。どうしたものか……。」セレーヌは二人から目を逸らし、壁の前に設えられた棚に目を遣った。

 「そのことでしたら、ご心配には及びません。」リウェルが答えた。「小屋の外の、木立の中で休みますので。それでいいね、フィオリナ?」リウェルは傍らの少女を見た。

 「ええ、問題ないわ。」フィオリナも傍らの少年を見た。「木立の中でしたら、誰かに見られることもないでしょうから。町の通りで休むわけでもないもの。」

 「でも、外は冷えるわ。」セレーヌは二人に向き直り、目を見開いた。「いくら町の中だといっても、ここは町の外の森と変わりないくらいなのよ……。ああ、あなたたちはヒト族ではなかったわね。」セレーヌはほっとした表情を浮かべた。「ということは、森の中で休むための策があるのね。」セレーヌは興味深そうに二人を見比べた。

 「はい、それなりに。」リウェルは首を縦に振った。「この姿でも或る程度は飛竜の力を使えますので、夜を明かすくらいでしたら何とかなります。」

 「この町に着くまでに、この姿で夜を明かしたこともありますから。」フィオリナが続けた。「森の中ですと、それなりの策も講じますので、危ないことはないと思います。それに、ここは町の中ですから、森に棲む獣のことは心配しなくて済みますし。」

 「そういうことなら、わかったわ。」セレーヌは笑みを浮かべた。「お客様に、小屋の外で休んでもらうのは心苦しいけど、お言葉に甘えさせてもらおうかしらね。他の種族だったら、こうはいかないわ。」セレーヌは独り頷いた。「今夜のことはそれでよいとして、明日からのことも考えないと。さすがに、そのまま外で過ごさせるわけにもいかないから、泊まるところを何とかしないといけないのだけど、あなたたちの正体のことも考えると、町の宿に泊まるのは避けたいところね。それに、宿に泊まるにはお金が必要だわ。」セレーヌは眉根を寄せると、暖炉の炎に目を遣り、次いで、白銀竜の少年少女を見えた。「リウェル、フィオリナ、お金はどれくらい持っているのかしら? 正しくなくてもいいの。だいたいの額でかまわないわ。」

 「路銀として少々……、」リウェルは目だけを上に向けた。「旅に出るときに両親から持たされたものが少々ありますが、それだけです。」

 「私もです。」フィオリナは目だけを棚に向けると、次いで、暖炉の炎を見た。「町に着くまではお金を使いませんでしたので……。使ったのは、町に着いて午の食事を買い求めたくらいで、ほとんど残っていますが、宿に泊まるのに足りるかどうか……。」

 「あなたたちの旅なのだから、」セレーヌは白銀竜の少年少女を見遣った。「失敗も(かて)になるのでしょうけど、今のあなたたちを見ているのは、私のほうが保たないかもしれないわ。それに、大おば様の手紙にも『住むところを世話してほしい』ともあったことだし……。」セレーヌは顔を逸らし、暖炉の炎に視線を向けた。そのまま暫し黙したセレーヌは、勢いよく顔を上げると二人に顔を向けた。「離れ家でよければ――あなたたちがそれでよければだけど――、町に居る間はそこで寝泊まりすればいいわ。ただ、少し……、かなり……、ずいぶんと片付けだ必要だけど、あなたたちだったら半日もあれば終えられるかもしれないわ。」

 「よろしいのですか?」リウェルは目を丸くした。「僕らのために、そこまで……。」

 「勝手にお邪魔した身ですが。」フィオリナは気まずそうに上目遣いでセレーヌを見た。

 「『利用できるものは何でも利用しなさい』と教わらなかったかしら?」セレーヌは穏やかな笑みを浮かべたまま訊ねた。「あなたたちが気にすることはないわ。私のことを利用しなさい。そのほうがあなたたちにとってもよいことでしょうし、私にとってもよいことでもあるわ。だって、大おば様の頼みも聞かずに、あなたたちを町の中に放り出したりしたら、いったい、どうなることか。」セレーヌは両腕で自身の体を抱くと、首を竦め、体を震わせた。「想像するだけでも恐ろしいわ。」セレーヌは暖炉の顔を向け、揺らめく紅い炎を見詰めた。

 リウェルとフィオリナは、暖炉の前で体を震わせるセレーヌを前に、互いに顔を見合わせた。

 〈セレーヌさんの案に乗ろうと思うのだけど、〉リウェルは念話でフィオリナに語りかけた。〈どうだろう、今のところ、これよりもよい案は思いつかない。〉

 〈私もそれでいいと思うわ。〉フィオリナも念話で答えた。〈セレーヌさんに言われたことは、私も父様と母様に言われたことがあるわ。でも、『どうしようもないときは』の前置きがついていたけどね。『誰かに頼るより他に策がないのであれば、頼れ』、と。〉

 〈僕も父上と母上に言われたことがある。〉リウェルは言った。〈『頼ったら、きちんと礼を述べること』って。『礼』が言葉だけなのか、何かをする必要があるのかは、その時々で違うと思うけどね。〉

 〈セレーヌさんに頼るということで決まりかしら?〉

 〈決まり、で。〉

 二人は互いの瞳を暫し見詰めると、セレーヌに向き直った。

 「セレーヌさんの案でお願いします。」リウェルが答えた。「ありがとうございます。」

 「ありがとうございます。セレーヌさん。」フィオリナが続いた。「お言葉に甘えます。」

 「どういたしまして。」セレーヌは姿勢を正し、リウェルとフィオリナを見た。「でも、礼を述べるのはまだ早いかもしれないわね。あなたたちも離れ家の惨状を前にしたら、声も出ないかもしれないわ。」セレーヌは悪戯を思いついた少女のような笑みを浮かべた。「今日はもう遅いから、離れ家のことも明日にしましょう。あなたたちのこれからのことも、寝泊まりするところを確保してからでも遅くはないわ。何しろ、あなたたちには、私たちの種族よりも遥かに長い時があるのですから。ヒト族の一年なんて、あなたたちにしてみれば一月(ひとつき)くらいのことでしょうし。急ぐことはないわ。ゆっくり、確実に進みなさい。」

 「はい。」二人は姿勢を正し、セレーヌを正面に見た。

 「よろしい。」セレーヌは満足そうに微笑むと、その場に立ち上がった。「それじゃ、今日はもう休みましょう。本当に、夜を明かすのは、外で平気なの?」セレーヌは椅子を手に持つと、気遣うようにリウェルとフィオリナを見た。

 「平気です。」

 「問題ありません。」

 二人はその場に立ち上がり、椅子を手に取った。

 「どこかの樹の根元で休みます。」

 「誰も来ないとは思いますけど、眠るときは、誰かが近づけばすぐわかるようにしますので。」

 「わかったわ。……椅子はこちらへ。」セレーヌは自身が腰を下ろしていた椅子を手に部屋の隅まで進むと、床に置いた。その後、リウェルとフィオリナにも椅子を置くように促した。

 セレーヌに指示されるままに椅子を置いた二人は、床に散らばる本やら何かの断片やら細々としたものを除けながら扉の前に進むと、その場で立ち止まり、セレーヌに向き直った。

 「セレーヌさん、おやすみなさい。」

 「おやすみなさい。」

 「はい、おやすみなさい。」セレーヌは棚を背に答えた。

 リウェルとフィオリナは扉を開き、小屋の外へと進んだ。二人の前に広がる夜の闇は、空地に広がる畑も周囲に聳える樹々も全てを包み込んでいた。扉を過ぎたところで立ち止まった二人は後ろを振り返ると、扉を入ってすぐのところに立つセレーヌに目を合わせ、扉を閉めた。その後、小屋の中から二人の耳に届いたのは、扉に近づく足音と、鍵を掛ける音だった。

 リウェルとフィオリナは大きく息を吐くと再び振り返り、闇に沈む木立を見遣った。町の中とはいえ、陽が暮れてなお好き好んで入り込むような輩が居るはずもなく、学院の敷地内にありながら道もあってなきがごとしの木立とあって、町の喧騒が届くことはなかった。天を突くかのように幹を伸ばす樹々の、針のような梢のその先、森の中に空いた穴のような空では、大小様々な星々が互いに競い合うかのように輝きを放ったが、一面に輝く貴石のような星々の光も地上を照らすには及ばず、地上から望むその眺めは空に描かれた一点の絵画であるかにもみえた。二人は念話を交わすこともなく小屋から離れ、木立へと向かった。闇の中、畑に入り込むこともなく小径を通り過ぎ、聳える樹々の中へと歩みを進めた二人は、小屋からそれほど離れておらず、然りとて、周囲から目の届かない場所を求めて歩き回った。樹々にぶつかることもなく、枝に頭を叩かれることもなく、地を這う樹の根に足を取られることもなく、昼の森の中を歩くかのように進んだ二人は、程なくして、一本の樹の前で立ち止まった。そこは、空に向かって幹を伸ばす樹の周囲に、丈の低い木が藪のように茂り、雨や風を凌ぐには十分な場所であるかにもみえた。二人は樹と茂みとを前に、周囲を見回した。

 〈ここでいいかな。〉リウェルは足許の地面に目を落とすと再び顔を上げ、傍らに立つフィオリナを見た。〈土もそれほど湿っていない。そのまま腰を下ろすわけでもないから、気にするほどでもないと言えば、そのとおりではあるけどね。〉

 〈宙に浮かんで休むにしても、〉フィオリナも地面に目を落とした。〈湿ったところはできれば遠慮したいわ。もちろん、水の上もね。水の中も……、そのときは、別の姿に変化(へんげ)すればいいかしらね。水に棲む獣の姿に。〉

 〈水の中で休む方法は、〉リウェルは芝居がかった所作で肩を竦めてみせた。〈別のときに考えよう。〉リウェルは階段を上るように片足を持ち上げた。続いて、もう片方の足で地面を蹴ったリウェルの体はそのまま浮き上がり、宙に浮いたままに留まった。

 フィオリナも階段を上るようにして地面を離れると、宙に浮いたままその場に留まった。

 二人は背負っていた雑嚢を下ろすと、その場に腰を下ろした。

 〈背負ったままだったのを忘れていた。〉リウェルは雑嚢を自身の横に置いた。〈どうにも邪魔になるね。〉リウェルは雑嚢に手を置くと、じっと見詰めた。

 〈枕の代わりにはなるんじゃない?〉フィオリナは自身の雑嚢の形を整えた。〈町の外では使わなかったけど、頭の下に置けば、少しは寝心地がよくなるかもしれないわ。〉

 〈それなら、試してみようか。〉リウェルも自身の雑嚢の形を整えると横になり、頭を乗せた。〈寝心地がよくなったかと言われると、あまり変わりないかもしれない。ないよりは()()といったところかな。〉リウェルは樹の枝を見上げた。

 〈()()ならば()()としましょう。〉フィオリナは、リウェルの雑嚢の横に自身のものを置き、横になった。〈この姿で休むときはこのほうがいいみたいね。〉フィオリナは体を傾け、リウェルを見た。〈横を向いても辛くないわ。〉

 〈言われてみれば、そうかもしれない。〉リウェルは体の向きを変え、フィオリナと向かい合った。〈今日はもう休もう。明日は夜明け前に起きればいいかな。〉

 〈夜明け前に、ね。わかったわ。……寝過ごさないでね。〉

 〈フィオリナもね。……一応、念のため、探索魔法と防壁を展開――〉

 〈防壁をもう一つ展開……、雷撃は、なしね。町の中だから必要ないでしょう?〉

 〈必要ないと思う。これで準備は終わり……。お休み、フィオリナ。〉

 〈お休み、リウェル。〉

 二人は向かい合ったまま、外套を自身の体に巻き付けると、やがて目を閉じた。


    ◇


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