(二)(二七)
〈まずは、北へ。〉リウェルは、店で買い求めた、焼き締めた麺麭を口に運んだ。
〈少し行ったら、また誰かに訊いて。〉フィオリナも麺麭を齧りながら続けた。
二人は前を向いたまま、咀嚼した麺麭を飲み下した。
〈さっきのお店のひとの話に出てきた『森の民』は、セレーヌさんのことだよね。〉リウェルは再び麺麭を口に運んだ。〈セレーヌさんの他に『森の民』が居なければ、だけど。もし、他に居たとしても、町の中で知られるほどではないかもしれないけど、どうだろう。〉
〈セレーヌさんのことだと思うわ。〉フィオリナは牙を剥き出し、手にした麺麭を噛み千切った。〈町のひとたちには人気みたいね。でも、何だかあまり嬉しくないほうに人気みたい。さっきのお店のひとも別嬪さんて言っていたから、セリーヌさんに似た顔立ちなのかもしれないわ。それなのに、身形に気を遣わないとなると……、どうなるのかしら?〉フィオリナは麺麭を呑み込み、首を傾げた。
〈あのお店のひとが言っていた『別嬪さん』は僕らのことだったけどね。〉リウェルは麺麭の最後の一欠片を口に放り込んだ。〈お目にかかってからのお楽しみかな。何にしても、学院に着かないことには始まらない。〉
〈そうね。〉フィオリナは咀嚼していた麺麭を呑み込んだ。〈少し急いだほうがいいかもしれないわ。もう少しで夕方よ。〉フィオリナは家々の屋根の先に広がる空を見上げた。
〈そのほうがいいかもしれない。〉リウェルも空を見上げた。〈急ごう。〉
二人は分かれ道に差し掛かるたびに、道行くひとに学院への道を訊ねた。中には、学院に至るまでの詳しい道を説明する者も居たが、着いたばかりで町の道に詳しいわけではない二人にとっては、詳しすぎるが故にそれほど役立つものではなかった。二人は、二度三度と道を曲がるたびに誰かに訊ねることを繰り返し、少しずつではあるが学院へと近づいていった。何度か道を折れた二人は、町の中とは思えないほどに樹々の多い一画に入り込んだ。樹々が空に向かって幹を延ばすその一角は、セリーヌが小屋を構える北の森ほど暗いわけでもなく、多くの樹々は互いに距離を置き、地に根を張っていた。樹々の枝を覆うのは、北の森の樹々が纏う葉よりも明るく軽やかな緑の葉であり、それらは陽の光を受け、時折貴石のような輝きをみせた。二人は、木漏れ日が地面を照らす中、樹々が並び立つその奥へと目を凝らした。しかし、樹々の間に距離があるとはいえ、奥に進むにつれて重なり合うように立つ樹々のその先を見通すことは叶わなかった。二人は無言のまま木立の奥を見詰めること暫し、互いに顔を見合わせた。
〈これまでに聞いた話だと、ここも学院の敷地らしい。〉リウェルはフィオリナの瞳を覗き込むと、聳える樹々へと目を遣った。〈ちょっとした森のようにもみえるけど、学院の建物らしきものは……、ここからは見えない。〉
〈セリーヌさんは、セレーヌさんのことを『町の民』だなんて言っていたけど、〉フィオリナはリウェルを見詰めた。〈町の中の森に住んでいるのだったら、『森の民』には変わりないわね。この森の奥のどこかに住んでいるのかしら。〉
〈ここに来るまでに道を訊いた町のひとたちが言うには、〉リウェルはフィオリナを見た。〈『森の中の一軒家に住んでいる』ってことだから、行ってみよう。〉リウェルは木立の奥へと目を向けた。〈探索魔法を展開すれば、すぐに見つけられるかもしれない。〉
〈町の中に森の獣は棲んでいないでしょうから、探すのは簡単かもしれないわね。〉フィオリナもリウェルの見詰める先に顔を向けた。〈余計なことを気にしなくてもいいものね。〉
〈かもしれない。それじゃ、先に進もう。〉
〈ええ。〉
二人は森の中へと足を踏み入れた。
町の上に広がる空が次第に碧さを減じ、漂う雲がわずかに橙色に染まり始めた頃、二人の進む森の中には早くも夕闇が迫りつつあった。枝葉を縫うようにして地面に降り注いでいた陽の光もいつしか姿を消し、森の中は薄闇に覆われた。時折、鳥たちが思い出したかのように叫びにも似た鳴き声を発するも、町の喧騒が木立の中に届くことはなく、落ち葉に覆われた地面を二人が規則正しく踏み締める音だけが響いた。二人は迷う素振りも見せず、確固とした足取りで樹々の間を進んだ。それまで進んだ道を振り返ることもなく、どちらに進むべきかと左右を見回すこともなく、二人はただ前を向き、行き先を予め知っているかのように歩き続けた。
枝葉の間から覗く空が紅く染まり、木立が夜の闇へと沈み始めた頃、リウェルとフィオリナは樹々のない開けた場所に到った。そこは、森の中に空いた穴のような、樹のない空地だった。きれいに均された地面は規則正しく区分けされ、それぞれの区画で何かしらの作物が葉を茂らせ、さながら小さな農地の様相を呈していた。丁寧に整えられた畦には草も生えておらず、誰かが手間をかけていることを窺わせた。畑の中には小径が伸び、その小径は空地の奥へと続き、行き着く先には一軒の小屋があった。木立の中に建てられたその小屋は、二人が故郷の山の麓に広がる森の中で目にしていた小屋を思い起こさせた。小屋の前に畑はなく、土が踏み固められたその場所は、何かしらの作業の場所となっているかにみえた。二人は空地の端に立ち、周囲を見渡した。
〈探索魔法の反応があるのは、あの小屋の中だけど、〉リウェルは傍らに立つフィオナを見た。〈ここがセレーヌさんの小屋なのかな。確かに、小屋の見た目はそっくりだ。〉
〈小屋の周りもほとんど同じね。〉フィオリナはリウェルを見、その後、空地を見渡した。〈違うのは、畑を囲む柵がないことくらいね。あとは、畑の作物も違うのかしら。〉
〈それくらいだね、違うのは。〉リウェルも空地の奥に目を凝らした。〈小屋の中にいらっしゃるみたいだから、行ってみよう。ヒト族らしく、扉を叩いて。〉
〈そうね。念話で話しかけるのは、やめておいたほうがいいわね。〉フィオリナは悪戯を思いついた子のような笑みを浮かべた。〈驚かせるのは、もう少し後になってからのほうがいいわね。それに、小屋の中にいらっしゃるのがセレーヌさんと決まったわけでもないから。〉
リウェルとフィオリナは小径を進み、小屋の前の空地を通り過ぎると、扉の前に立った。二人は互いに顔を見合わせるようにして耳をそばだてた。扉の先から二人の耳に届いたのは、小屋の中を歩き回る足音と、薪の爆ぜる音だった。小屋の中に居る誰かは、その足音から、ゆっくりとした足取りで歩いていることが窺えた。小屋の奥から隣り合う壁のほうへと進み、少しして反対側の壁のほうへと移動し、また少しして反対側の壁に戻り、と、何かを探しているかのような動きを示した。時折、箱のようなものの中にしまわれた道具らしきものを掻き回すような音も届いた。二人は互いの瞳を覗き込むと、白銀色の髪を揺らしながら、姿見の外と内のように首を傾げた。暫し首を傾げたまま見詰め合った二人は再びゆっくりと扉に向き直った。樹々の梢の先に広がる空はさらに碧さを増し、未だ昼の名残をとどめる中、気の早い星が姿を見せ、木の葉は影の中に溶け込み、木立を吹き抜ける風にざわざわと音を立てた。次第に数を増す星々は、夜の訪れが近いことを告げた。リウェルとフィオリナは再び顔を見合わせると、意を決したように頷き合い、再び扉へと向き直った。二人は扉に半歩近づくと、リウェルが扉を叩いた。その音は闇に包まれつつあった空地に殊の外大きく響いた。二人は息を呑むも、目を逸らすことなく扉を見詰めた。
リウェルが扉を叩いたことで、小屋の中から届く足音は途絶え、薪の爆ぜる音だけがかすかに届いた。しかし、すぐに何かを探すように小屋の歩き回る足音が続いた。その足音は次第に扉に近づき、やがて静まった。
「どちらさま?」女性の声が訊ねた。はっきりとしたその声は落ち着き払った穏やかなものだったが、幾分棘を感じさせた。
「このような刻にお伺いいたしまして、申し訳ありません。リウェルと申します。」
「フィオリナと申します。」
二人は小屋の中の女性に向かって名乗った。
「――セリーヌ大おば様は、今もお元気でいらっしゃるのかしら?」小屋の中の女性は暫しの沈黙の後、悪戯を仕掛けた子どものように笑いながら、扉の前に立つ二人に訊ねた。
「少なくとも、僕らが旅に出る前はお元気でいらっしゃいました。」リウェルが答えた。
「セリーヌさん曰く、『森の声に耳を傾けろ』、だそうです。」フィオリナが続けた。
「少し待っていてね。」女性の声とともに何かを立て掛けるような音が響くと、すぐに小屋の扉が開かれた。「リウェル、フィオリナ、遠路遥遥、ようこそ。少し散らかっているけど、中に入ってちょうだい。」女性は二人を小屋の中に招き入れた。
リウェルとフィオリナは女性に言われるままに、小屋の中へと歩みを進めた。
女性は、二人が中に入ったのを見届けると、小屋の外に目を遣り、扉を閉めた。「あら、私としたことが、お客様に椅子も出さずに……、ごめんなさいね、少し待っていてね。」女性は、扉のすぐ傍で立ったままの二人をそのままに、扉の前を離れ、小屋の中ほどに向かった。
リウェルとフィオリナはその場から動くこともなく、小屋の中に目を走らせた。そこは、二人が幼い頃に足繁く通ったセリーヌの小屋を思い起こさせた。扉を入って正面の壁には暖炉が設えられており、焼べられた薪は紅々とした炎に包まれ、爆ぜる音が時折響いた。薪から立ち上る炎の上には鍋が掛けられ、料理の途中だったのか、芳しい香りを放っていた。暖炉の設えられた壁に接する両側の壁には一面に棚が聳え立ち、そこに収められているのは、籠に入れられた干した薬草ではなく、大小様々な書物だった。或るものは革の装丁に鋲が打たれた、いかにも人手がかかっていることを窺わせるものであり、或るものは穴を開け、そこに紐を通して束ねただけの冊子であり、また或るものは鋲は打たれていないものの背表紙に革が用いられた、それなりに値の張るとみられるものであり、それぞれがそれぞれの造りの書物ばかりだった。書物は棚を埋め尽くすだけでなく床にも積み上げられ、幾つもの書物の塔が二人の腰の辺りまで伸びていた。そのうちの幾つかは途中で崩れたのか、塔の間に床には何冊もの書物が散らばり、小屋の中は連なる山々の趣を呈していた。書物の山脈は両の棚の前に広がり、小屋の中は本来の広さの半分ほどであるかにもみえた。
本の山脈の土台となっていたのは、一部は椅子だった。女性はまるで宝物を掘り当てた子どものような笑顔を浮かべると、本の中から椅子を引っ張り出した。服が汚れるのを気にする様子もみせずに袖で椅子の座面を拭き取ると傍らに置き、続いて、本の山脈の別の場所からもう一脚の椅子を掘り出すと、反対の袖で椅子の座面を拭い取った。
「やっと見つけたわ。」女性は二脚の椅子を両手に持つと、暖炉の前まで進み、床に置いた。「座ってちょうだい……。あら、まだ私のほうが名乗っていなかったわね。」女性は申し訳程度に手櫛で髪を整え、服の埃を払った。「セレーヌです。私の祖母の妹がセリーヌ大おば様よ。そこはもうご存じかしらね。」
「改めまして、リウェルと申します。」リウェルは立ったまま挨拶した。
「フィオリナと申します。」フィオリナが続けた。「セレーヌさんのことは、セリーヌさんから伺っております。」
リウェルとフィオリナは、セレーヌと向かい合った。
セレーヌは、肩よりも長く伸ばした金色の髪を、無造作ともいえるほどに頭の後ろで束ねていた。暖炉の火に照らされた髪は紅く輝くも、くすんだ色合いは日頃あまり手入れがなされていないことを窺わせた。肌の色は元々の白さを思い起こさせるには十分だったが、所々に何らかの草の絞り汁か、あるいは、土に触った手でそのまま顔を拭ったかのような汚れが見て取れた。セリーヌによく似た紫色の瞳にはセリーヌほどの鋭さや厳しさはみられず、柔らかい光に満ちていた。瞳だけでなく顔の造りもセリーヌに似ており、セレーヌが歳を重ねればセリーヌそっくりになるか、あるいは、セリーヌの若かりし頃はセレーヌのような容貌だったのではないかというほどに、二人はよく似ていた。身に纏うのは、町の女性が着るような、動きやすさと丈夫さとを追求しつつも所々に装飾が施されたもの――おしゃれにはお金も手間もかけられないが、その中でもささやかな抵抗を試みるような服――だった。しかし、長年に亘って様々な汚れが染みこみ、元の色は見る影もないほどに失われていた。加えて、あちらこちらに大きさも様々な継ぎ当てがなされており、その継ぎ当てに使われている布も、手近にあったもので間に合わせたとばかりに、元の布地とは似ても似つかないちぐはぐなものだった。実用性の中にも少しのおしゃれを、という服を仕立てる側とその服を身に纏う側の本来の試みは、それらの継ぎ当てによって台無しにされていた。
セレーヌは耳を――ヒト族に比べれば長い、しかし、獣人族に比べれば小さな耳を――リウェルとフィオリナのほうに傾けた。「そんなところに立っていないで、座ってちょうだい。」セレーヌは二人を促した。「でも、私は暖炉の前に座らせてね。ちょうど、食事の準備をしていたところなの。あなたたち、夕食はまだでしょ。一緒にいかがかしら?」セレーヌは横に置かれた椅子に腰を下ろすと、杓子で鍋の中身をかき混ぜた。
リウェルとフィオリナはセレーヌに言われるままに、暖炉の前に置かれた椅子に近づくと、外套の端で座面を拭い、腰を下ろした。
「いえ、おかまいなく。」リウェルがセレーヌに答えた。
「先日、狩りをしたばかりですので。」フィオリナが理由を続けた。
「『先日』? 毎日摂らなくても平気なの?」セレーヌは鍋の中身をかき混ぜながら訊ねた。
リウェルとフィオリナは互いに顔を見合わせた。
〈セレーヌさんは、僕らの正体を知らされていないのかな。〉リウェルは念話で語りかけた。
〈知らないはずはない、と思うわ。〉フィオリナも念話で答えた。〈私たちの名前を聞いて、すぐに思い当たったような顔をされていたもの。それに、セレーヌさんはカレルおじ様ともリラおば様ともお知り合いなのでしょう? 少なくとも、リウェルのことはご存じのはずよ。〉
〈だとすると、単にお忘れになっているだけか――〉
〈それとも、私たちの暮らしについてご存じないか――〉
〈それはあると思う。父上と母上のお知り合いだとしても、父上と母上が元の姿での暮らしのことを話していたかどうかはわからない。父上も母上も、ヒト族の姿でセレーヌさんに会っていたとしたら、ヒト族としての暮らししか見せなかったかもしれない。〉
〈いずれにしても、ご本人に直接お伺いしたほうが早そうね。私たちだけでこうしてあれこれ話し合っていても、先に進めないわ。〉
〈そうだね。そのほうが確実だ。〉
二人はセレーヌに向き直った。二人が目にしたのは、柔和な笑みを浮かべたセレーヌだった。
「内緒話は終わりかしら?」セレーヌは笑みを浮かべたまま、わずかに首を傾げた。「あなたたちのそういうところを見ると、カレルとリラを思い出すわ。飛竜の魔法を使って、二人だけで話しているのでしょ? あの二人も、よくそうやって二人で話していたわ。でも、言い争いになると、決まってリラが勝っていたわね。」
「セレーヌさんは、僕らの正体をご存じなのですよね?」リウェルが訊ねた。「僕が、カレルとリラの息子だということも。」
「あなたたちの正体については、セリーヌ大おば様から聞いているわ。『白銀竜の子たちが訪ねていくだろうから、学院に入学できるように鍛えてほしい』とね。でも、まさか、あなたがカレルとリラの子だったとは……。でも、もしかしたら、とは思っていたわ。あなたにはカレルの面影がありますもの。本当に、カレルの若い頃にそっくりよ。」
「そうでしたか。」リウェルはゆっくりと頷くもすぐに顔を上げ、セレーヌを見た。「そうだ、母が『よろしく』と申しておりました。」
「リラが?」セレーヌは笑顔のまま怪訝そうな表情を浮かべると、片方の頬をわずかに引き攣らせた。「リウェル、リラから何か聞いたのかしら? 昔のことや――」
「いえ、何も聞いておりません。」リウェルは首を横に振った。「ただ、母からは『よろしくと伝えればよい』とのことでしたので、お伝えしたのですが……、何かお気に障るようなことが……?」リウェルはわずかに俯くと、上目遣いにセレーヌを見た。
「いえ、何もないわ。」セレーヌはリウェルから目を逸らし、壁に設えられた棚に目を走らせた。「何も聞いていないのなら、それはそれでいいわ。気にしないでちょうだい。これからも気にする必要はないわ。」セレーヌはリウェルに顔を向けるも視線を落とした。
「はい……、わかりました。」リウェルは興味深そうにしつつも、それ以上は訊ねなかった。
「ごめんなさいね。」セレーヌは暖炉に向き直ると、鍋の中身を杓子でかき混ぜた。鍋の中身を杓子に取り、一口だけ味見をすると、鍋を火から遠ざけ、再びリウェルとフィオリナに向き直った。「リウェルとばかりお話しして、フィオリナのことを放っておいてしまって。二人は……夫婦……、なのかしら? それとも、あなたたちの種族の言い方だと――」
「『番』、ですか?」フィオリナがセレーヌの言葉を引き継いだ。
「そう、それ。」セレーヌは大きく相槌を打った。「二人は『番』なのかしら?」
「ええと……、」フィオリナは戸惑った様子でリウェルを見ると、再びセレーヌに顔を向けた。「まだです。いえ、そうであるとも言えるのですが……。正しくは、『まだ正式な番ではない』、です。将来の番ではありますけど。そうよね?」フィオリナは傍らの少年を見た。
「フィオリナの言うとおりで。」リウェルもフィオリナを見た。「旅に出たばかりだし、まだ縄張りも見つけ出していないからね。」
暫し顔を見合わせた二人は、揃ってセレーヌを見た。
「今申し上げましたとおり、リウェルと私は、旅に出たばかりの雄の子竜と雌の子竜というだけの存在です。未だ何ものとも言えない二頭の子竜にすぎません。」
「いずれはこの町も離れて、この世界をいろいろと見て回ります。どこまで飛ぶかはまだ決めていません。飛べるところまで飛びたいと思っています。私たちには知らないことのほうが多いですから。その後は、フィオリナと一緒に、縄張りを構える地を探します。」
「それだけあなたたち自身のことをわかっているのだったら、」セレーヌは鍋の中身を杓子で皿によそい、フィオリナに差し出した。「親許を離れたばかりなのに、将来のことを考えているのだったら、半分くらいはおとなと言ってもいいのではないかしら?」
フィオリナは、セレーヌが差し出した皿を受け取った。
続いて、セレーヌはもう一枚の皿によそい、リウェルに差し出した。
リウェルも皿を受け取った。
「私独りで食べるのは寂しいわ。」セレーヌは二人に匙を差し出した。「たぶん、あなたたちのことだから、血も滴る獣の肉に噛みついたり、骨もそのままに噛み砕いたりするほうがいいのでしょうけど、遠路遥遥、我が家を訪れたお客様の前で、私独りが食べるのは気が引けるわ。一緒に食べましょう。」セレーヌは自身の分を皿によそった。
匙を受け取ったリウェルとフィオリナは互いに顔を見合わせること暫し、再び前を向いた。
「ありがとうございます。」二人はセレーヌの目を見ながら礼を述べた。
「どういたしまして。さ、暖かい内に召し上がれ。」
「はい。」
三人は匙を口に運んだ。
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