(九)(二五)
樹々の幹が未だ薄闇の中に漂う頃、幹の傍らで目を覚ましたリウェルとフィオリナは、体を起こすと鼻先を触れ合わせ、頬を擦りつけ合った。一頻りそうしていた二人は顔を離し、互いの髪に目を遣った。眠っている間についた髪の乱れを直し、その後、身支度を調えた二人はその場に立ち上がると、階段を下りるようにして一歩を踏み出し、地上に降り立った。二人は互いの姿を見ながら服の乱れを直すと、虚空に手を遣った。数瞬の後、二人の手に現れたのは雑嚢だった。いかにも使い込んだ様子の雑嚢を背負うと、二人は再び虚空に手を遣った。次に現れたのは外套だった。破れてはいないものの、ほつれが所々に見られる外套を纏うと、二人は互いの姿を見せ合った。見た目だけは旅人らしくなったところで、二人は互いの髪に目を遣った。長い旅路を思い起こさせる旅姿の中で白銀色の髪だけが浮いているかにみえた。
〈頭巾を被っておいたほうがいいかな。〉リウェルは首の後ろに手を遣り、外套に縫い付けられた頭巾を引き上げた。〈この姿だと髪の色だけが目立つようにみえる。服も靴も外套も汚れているのに、髪の毛と顔はきれいなままだ。〉リウェルは頭巾を被ると、具合を確かめるように何度か首を左右に振った。〈どうかな?〉リウェルはその場で一回転してみせた。
〈頭巾を被ったほうが旅人らしく見えるわ。少なくとも私には。〉フィオリナはリウェルの頭から足許までを見ながら答えた。〈でも、今度は瞳が余計に目立つわね。頭巾の中から覗く金色の瞳……、こればかりは、しかたないかしら。〉フィオリナは溜め息交じりに頭巾を被った。〈どうかしら?〉フィオリナもその場で一回転してみせた。
〈旅人らしく見える。少なくとも僕には。〉リウェルはフィオリナの姿を見ながら首を縦に振った。〈僕らのこの格好だと、遠目には雄か雌か区別がつかないね。でも、それでもいいのかな? 元々、僕らの見た目だと、他の種族にはわかりにくいだろうから。〉
〈前にも言ったでしょう?〉フィオリナはわざとらしく口を尖らせた。〈ひらひらした服は動きにくいのよ。それに、町の外だと、何の危険があるかわからないから、動きやすい格好のほうがいいに決まっているわ。ひらひらした服でも平気だとは思うのだけどね。〉
〈それも確かに。〉リウェルは両腕を半ばまで持ち上げると、自身の体を見下ろした。やがて、腕を下ろし、フィオリナを見た。〈そろそろ出発しよう。明るくなる頃には道に出たい。〉
〈ええ、行きましょう。〉フィオリナは笑みを浮かべた。
リウェルとフィオリナは一夜の宿とした樹の前を離れ、前日の夜に姿を変じた場所を目指し、森の中を進んだ。夜明けが近いとはいえ、森の中は未だ薄闇に包まれていた。天を目指して伸びる樹々は陽の光を少しでも多く受けようと、その幹から枝を四方に広げ、その枝に葉を茂らせていた。全ての樹々が我こそはと競うかのように枝を伸ばし、葉を茂らせた結果、地上に届く光は昼であってもわずかであり、夜明け前であればなおさらだった。二人は、前日の夜と同様に、昼の明るい光の下を歩くかのように、足取りも軽やかに進んだ。厚く積もった落ち葉の下に隠された樹の根や窪みに足を取られることもなく、顔の高さに伸びた枯れ枝にぶつかることもなく、雑嚢を背負い、外套を纏い、頭巾を被った二人は、きれいに整えられた町の中の道を歩むがごとく、森の中を進んでいった。
程なくして、リウェルとフィオリナは森の終わり――草原との境界――に到った。西の方角には二人が夜を明かした森が続き、北と東には丈の低い草に覆われた草原が広がっていた。草原の北には二人が目指す町の姿が窺えた。壁に囲まれた町は、草原の中に浮かぶ小島のようにもみえた。その小島の上に、所々灯りが点されているのを二人の目は捉えた。灯りは時に揺らめき、時に消えたり現れたりを繰り返した。東の空は朝焼けに染まり、草原と空との間を漂う雲も陽の色を映し出した。
〈このまま東に進めば、町に続く道に出られそうだ。〉リウェルは目を細め、朝焼けに染まる空を見遣った。〈もうすぐ、夜が明ける。〉
〈森に沿って進んだほうがよさそうね。〉フィオリナは、北に広がる草原と東の空とを見比べた。〈森の近くに居れば、何かあったときにすぐ身を隠せるわ。道に出てしまえば、隠れようもないでしょうけど。〉
〈この姿で歩くのは面倒だけど、〉リウェルはフィオリナを見た。〈しかたがない。〉
〈ええ、しかたないわね。〉フィオリナは頷いた。〈行きましょう。〉
リウェルとフィオリナは森の外縁を東に向かって歩き始めた。森を右手に見ながら進む二人は、元の姿で空を進むときと同様に、展開した探索魔法からの反応に気を配りつつ、自身の周囲に防壁を展開し、身体強化を起動した。探索魔法には、小さな獣たちの反応がしばしば現れたが、二人が気にかけるべき存在の反応はみられなかった。時折、森の奥深くに大柄な獣らしき反応が現れたが、それらは二人に近づくこともなく、少しして二人から遠ざかり、やがては消え去った。二人は周囲を気にする様子もなく、歩調を乱すこともなく、東に向かって進んだ。
二人が歩き始めてから半刻が過ぎた頃、東の空に姿を現した陽が草原を照らし出した。草原の草が風に揺れ、湖面を伝わる波のような輝きを放った。
〈草原が湖だったら、そのまま町の近くまで泳いで行けそうだ。〉リウェルは北と東に広がる草原を見遣った。〈町は湖に浮かぶ島かな。〉リウェルは歩みを緩めることもなく、頭巾の奥で目を細め、独り言のように呟いた。
〈もしそうだとしたら、〉フィオリナも草原に目を向けた。〈町を大きくするのはたいへんそうね。島の上に家を建てられなくなったら、次は湖の上に建てるのかしら。水に浮かぶ草みたいに、幾つも小さな葉を浮かべて。〉
〈寝心地が悪そうだ。〉リウェルは顔を顰めた。〈昼も夜も水の上で揺られることになる。動かない地面がどこにもないとなると、落ち着いて眠ることもできないかもしれない。〉
〈慣れれば気にならなくなるかもしれないわよ。〉フィオリナは笑みを浮かべ、リウェルを見た。〈慣れるまではたいへんでしょうけど。この姿で眠ったときも、飛翔の魔法を起動したままだったでしょう?〉
〈飛翔の魔法は、〉リウェルもフィオリナを見た。〈小さい頃から使っているから、使い慣れていると言えば使い慣れている。眠っているときも起動できるほどにね。でも、僕は、水の上よりも地面の上で眠りたい。そうでなければ、空の上で、かな。〉
〈空の上は、水の上よりも揺れそうよ。〉フィオリナは目を細め、からかうような笑みを浮かべた。〈風は吹くし、雨も降るわ。防壁を展開していれば、それほど気にすることはないかもしれないけど、揺れないわけではないわ。〉
〈違いない。〉リウェルは目を逸らし、わざとらしく肩を竦めた。
その後も、リウェルとフィオリナは森に沿って東へと歩みを進めた。朝陽に向かって進む二人の耳に鳥たちの囀りが届いた。鳥たちは銘々が歌を歌い、時に歌い交わし、まるで鳥たちの間だけで通じる言葉を交わしているかのようでもあった。或る鳥たちは群れを成して飛び交い、草原に降りては何かを啄んだ。地上に降りている間も何羽かは頭を持ち上げ、互いの場所を伝え合うかのように囀り、しばらくするとまた別の何羽かが頭を持ち上げて囀りを交わし、鳥たちは次々と役割を交代しながら、群れ全体が食べものにありつけるようにと示し合わせたかのように草原を歩き回った。地を這う蟲のように草原を進んだ鳥たちは不意に飛び立つと、草原の別の場所に降り立ち、その後も同じことを繰り返した。森の中からは別の囀りが届いた。姿は見えないながらも何羽かの鳥たちが、街角で立ち話をする住人たちのように、森の奥のそれぞれの場所で鳴き交わした。
リウェルとフィオリナが、町へと続く道に到るまで残り半分というところまで進んだ頃、草原を忙しなく飛び回っていた鳥たちは姿を消した。朝の食事を終えて満足したのか、あるいは、次の食べものを求めて場所を移動したのか、知るのは当の鳥たちばかりであり、二人が理由を知ることは叶わなかった。森の中から時折届いた声もいつしか消え去り、二人の耳に届くのは、風に揺れる枝葉がたてるざわめきと、風に揺れる草原から届く波のような音と、二人が地を踏み締める足音ばかりだった。二人の歩みは出発したときから何ら変わらず、規則正しく、確実なものだった。落ち葉が降り積もり、時折丈の高い草が伸びる、決してよいとはいえない道ともいえないような道を、二人は街中を歩くかのように、軽やかに進んでいった。
〈ずいぶん歩いたはずだけど、〉リウェルは前を向いたまま歩みを乱すこともなく、フィオリナに語りかけた。〈道まで、まだまだありそうだ。〉
〈地上を進むのはたいへんね。〉フィオリナは頭巾の奥で目を細めた。〈元の姿なら、一っ飛びなのに。この姿だと、一歩一歩自分の足で進まなければならないわ。〉
〈ヒト族や獣人族が、四つ足の獣の力を借りるのもわかる気がする。〉リウェルは傍らを進むフィオリナを見た。〈歩いていたら、目指すところに着く前に陽が暮れるか、疲れて歩けなくなるか、後は……、後はどうだろう。僕らだって、この姿で何日も歩けと言われたら、嫌になると思う。何とかして、歩かずに済む方法を探し出すか、それとも……。〉
〈何日も空を飛び続けるほうがよほど楽ね。〉フィオリナもリウェルを見た。〈元の姿なら、眠っていても飛び続けられるもの。でも、この姿で眠ったまま歩き続けるのは……、元の姿で飛び続けるよりもたいへんだと思うわ。真っ直ぐな道を進むのなら、それはそれで、まだいいでしょうけど、曲がった道を進むのは難しいし、森の中や草原を進むのは道よりも難しいわ。下手をしたら、同じところをいつまでも回り続けることになりそうよ。〉フィオリナは首を竦め、身震いした。〈この姿でいるときは、眠りながら歩くのはやめておきましょう。〉
〈フィオリナの言うとおりだ。〉リウェルは首を縦に振ると、前を向いた。〈少し余所見しただけでも、すぐに曲がりそうになる。探索魔法を展開していれば足許の様子も前以てわかるかもしれないけど、それにしたって、眠っていたら何かあったとしても避けようがない。〉
〈そうね。〉フィオリナも前を向いた。〈一歩ずつ足を運ばないと前に進めないものね。何もない空の上を進むのようには進めないわ。〉
そのまま東に向かって一刻ほど歩き続けたリウェルとフィオリナは、森を貫く道へと到った。前日の夜に空の上から探索魔法を通して眺めた道を前にして、二人は道の端に立ち止まり、左右を見渡した。長年に亘って踏み固められた末に草も生えなくなった道は、草原の中を北へと進み、町を取り囲む壁へと続いていた。草原の緑の中に伸びる道は、土色の線を引いたかのようにもみえた。南に延びる道は、探索魔法の反応のとおり、二人が夜を明かした森の中へと続いていた。樹々を切り倒し、根を掘り起こした後に、地面を均しただけのような道は、森の中を進むにつれて向きを変え、その先を見通すことは叶わなかった。
〈左に進めば町に着く。〉リウェルは目を細め、北の方角を見遣った。〈この姿で見ると、ずいぶんと距離がありそうだ。回り道をしたのは失敗だったかもしれない。〉
〈地上のことも見られるし、〉フィオリナも道の行き着く先に顔を向けた。〈町の周りの様子も知ることができたのだから、これはこれでよかったと思うわ。急ぐ旅でもないでしょう?〉
〈それは確かに。〉リウェルはフィオリナを振り返ると、頭巾の奥で首を縦に振った。〈できれば、陽が高いうちに町に入りたいね。夜になったら入れないかもしれないし、この姿で壁を飛び越えるのはどうかとも思うし。この姿でも飛翔の魔法を使えば越えられないわけではないけど、そんなところを見られたら、変に思われるのは間違いない。〉
〈それもそうね。〉フィオリナもリウェルを見た。〈それなら、早く町に向かいましょう。歩かないことには町に着けないわ。自身の足で歩かないことには、ね。〉
〈『自身の足で歩かないことには』……か。〉リウェルは道に目を遣ると再びフィオリナに向き直り、大きく息を吐いた。〈一歩一歩、自身の足で、ね。〉リウェルは気を取り直したかのように顔を上げると、草原の中に浮かぶ小島のようにもみえる町を見据えた。〈行こう。ここで立ち止まって考えていても始まらない。とにかく進まないと。〉
〈そうね。まずは町に着くのが先ね。〉フィオリナも茶色の線の先を見遣った。〈何かあるとしても、それからだわ。〉
空高くから降り注ぐ陽射しは、町へと伸びる道を進むリウェルとフィオリナを容赦なく射貫いた。遮るものもない、草原の中に造られた道を行く二人にとって、陽の光から身を守るのはその身に纏った外套と頭を覆い隠した頭巾だけだった。二人は、陽の光を少しでも避けようとするかのように頭巾を深く被り、目の前の地面に目を落とし、俯いた姿勢のまま進んだ。
〈暑いわね。〉フィオリナは顔を上げ、頭巾の奥から遥か前方の町を見遣った。〈南へ向かえば暖かくなるとは思っていたけど、ここまで暑くなるなんて。〉フィオリナは目を細めた。
〈ここは、山の上ではないからね。〉リウェルは空を見上げた。リウェルの視線の先、どこまでも碧い空には所々に白い雲が漂い、雲は陽の光を受け、雪のような輝きを放った。〈空の上だったら、ここまでは暑くないと思う。〉リウェルは顔を下ろし、傍らのフィオリナを見た。〈防壁を展開している? 防壁があれば暑さも或る程度は防げるはずだけど。〉
〈展開しているわ。〉フィオリナはリウェルの金色の瞳を覗き込んだ。〈でも、よく考えたら、防壁は寒さ除けと風除けなのよね。元々、防壁は空を飛ぶときに展開するものだから、寒さと風を除けるものでもあるし、暑さ除けについては考えていなかったわ。〉フィオリナは空を見上げた。〈防壁の改良が必要かしらね。〉フィオリナは顔を下ろし、リウェルを見た。
〈言われてみれば、そうかもしれない……。〉リウェルは思案顔でフィオリナを見た。〈だから、あまり効き目がなかったのか。フィオリナの言うとおり、防壁の魔法式を改良する必要があるかもしれない。飛竜の体は暑さにも寒さにも強いけど、暑さ寒さを感じないわけでもないから、暇を見つけて改良しよう。〉
〈ええ、そうね。〉フィオリナも神妙な面持ちでリウェルを見た。〈そうしましょう。〉
二人は頷き合うと、前を向いた。二人の進む先、道の終わりに聳える、町を取り囲む壁の姿はわずかに大きくなったかにみえた。
〈とにかく、今は歩きましょう。〉フィオリナは前を向いたままリウェルに語りかけた。
〈わかった。〉
荷物を載せた馬車が、道の端を進むリウェルとフィオリナを幾度となく追い抜いた。均されているものの決して平らとはいえない道を進む馬車は、遥か後方からでも二人に届くほどの音を立てながら迫り、積まれた荷物が振り落とされるのではないかと思えるほどに荷台を揺らしながら二人の横を通り過ぎ、そのまま町へと向かった。町へと向かう馬車とともに、町を出る馬車もみられた。一台のみ、あるいは、数台で隊列を組んだ馬車は、町を離れると道を進み、今にも壊れるのではないかと思わせる音を立てながら二人の横を通り過ぎ、森の中へと消え去った。道は馬車がすれ違うには十分なほどの幅があり、町に向かう馬車も町を離れる馬車も互いに気にする様子も見せず、速度を落とすこともなくすれ違い、それぞれの目的地へと向かった。馬車が通るたびに蹄と車輪が乾いた土を巻き上げ、道の周囲に土色の霧を立ち上らせた。いつしか道から半歩ほど草原に進んだところを歩いていた二人にも、土色の霧は襲いかかった。二人は、すぐ横を馬車が通り過ぎるたびに、頭巾で顔を覆ったり道に背を向けたりしたものの、頭巾の中まで入り込んだ土煙は、二人の白銀色の髪や透き通るような肌にも纏わり付いた。
〈このままだと、白銀竜ではなくて、土色竜になりそうだね。〉リウェルは冗談めかして目を細め、外套から出した手を見下ろした。〈手まで土埃が着いている。外套を纏っているのに。清浄の魔法を使えば、すぐにきれいにできるけど、あまりいい気分ではないね。〉
〈旅人の振りをするのなら、今くらいでちょうどいいのではないかしら。〉フィオリナはおもしろがるかのように言った。〈長旅の末に――道を歩いて――町に着いたのに、髪も顔も手もきれいだったら、それこそ変に思われるわ。『どうやって町まで来たのだろう』って。〉
〈それもそうか。〉リウェルはフィオリナの顔を見た。〈顔を洗うのは町に着いてからにしたほうがよさそうだね。今のところ、それほど汚れているわけではないから。外套と頭巾は別にして、髪も顔もまだ大丈夫そうだ。〉
〈無理に汚すこともないわ。〉フィオリナはリウェルの顔を見、笑みを浮かべた。〈顔が土だらけだったら、それはそれで変だもの。今のままで進みましょう。〉
歩みを緩めることなく進み続けたリウェルとフィオリナは、陽が中点に差し掛かり、影が最も短くなった頃、町を囲む壁の前に辿り着いた。何台もの馬車が町を出入りする中、二人は道の端に立ち止まり、目の前に聳える壁を見詰めた。地面に近い、土台となる部分には、ヒト族の姿の二人が両腕を広げても届かないほどの岩が幾つも使われ、上に行くに従って次第に小さな岩が置かれていたが、最上段であっても二人が抱えるには大きすぎるかともみえた。大小の岩を隙間なく組み上げて造られた壁は二人の左右に伸び、緩やかな曲線を描いた。草原から続く道は、両側に門扉の設えられた迫持の下を通り、町の中へと伸びていた。大木を幾本も組み合わせ、金属製の部品で補強された門扉は内側に開かれ、石組みの壁に接してはいたが、門扉そのものも町と草原とを隔てる壁であるかのようにもみえた。荷物を積んだ何台もの馬車は門を出入りし、そのたびに土煙を巻き上げた。辺り一帯を茶色に染め上げる土煙は道の端に立つ二人にも迫り、馬車が通り過ぎるたびに二人は顔を逸らし、目を瞑り、頭巾で口を覆った。それでも土煙は二人の口の中にも入り込み、歯を合わせるたびにぎしぎしと音を立てた。
〈中に入ろう。〉リウェルは目を瞬きながらフィオリナを見ると、顔を顰めた。〈ここに居ると、本当に土色竜になってしまう。〉
〈それは遠慮したいわね。〉フィオリナは目許に涙を浮かべながらリウェルを見た。〈どこかで口の中を洗いたいわ。〉
二人は、道を行く馬車の流れが途切れたのを見計らうと、道を横切り、そのまま門を抜け、町の中へと歩み入った。
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