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白銀竜たちは碧空に舞う  作者: 葦笛吹き
第二部(一):旅立ち
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旅立ち(一)(一四)

 〈――父上、いいかげんにしていただけませんか。僕ももう生まれたばかりの子竜ではないのですから。もう何度も同じことを言われて、正直なところ、聞き飽きています。〉リウェルは父カレルを正面から見据えた。背の翼を広げないまでも時折まるで羽ばたかせるかのように動かし、体格で勝るカレルを見上げながらも口角を引き、わずかに牙を覗かせていた。背の翼の動きに合わせるかのように、片方の前肢が苛立たしげに地面を打った。

 〈そうは言うがな、リウェルよ、親にしてみれば我が子のことを心配するのは道理であろうが。〉カレルは四肢を地に着け、背の翼をきれいに畳み込んだまま、リウェルの一倍半はあるその体を山のように聳え立たせ、今にも噛みつかんばかりの息子を正面から見下ろした。〈そう思わぬか、リラ?〉カレルはリウェルに顔を向けたまま目だけを動かし、伴侶を見た。

 〈心配なのは私も同じですけれども、あなたは心配しすぎです。まったく……、リウェルの言うとおりですよ。〉リラは、夫カレルからも息子リウェルからも同じだけ離れた場所で――とはいえ、首を少し伸ばせば届く距離で――、夫と息子との遣り取りを見守っていた。背の翼もきれいに畳まれたままの、四肢を地面に着けたリラの姿は、父子の遣り取りにもかかわらず、落ち着き払っているかにみえた。〈リウェルの言うとおり、もう百三十歳なのですよ。生まれたばかりの小さなリウェルではないのです。〉リラは溜め息交じりに言った。

 カレルは、伴侶からの援護は期待できないと悟ったのか、呆れた表情を浮かべるリラから、わずかに牙を見せるリウェルへと目を向けた。〈旅に出るほどまでに大きくなったのはわかっておるが、今のそなたは我らの縄張りの外も知らないのであるぞ。そなたが我らの縄張りの外に出たのは……、せいぜい、セリーヌ殿のところか、麓の村の学び舎までではないか。外の世界には、そなたが目にしたことのない危険が潜んでいるやもしれぬのだぞ。〉

 〈だからと言って、〉リウェルはさらに口角を引き上げた。〈いつまでも旅に出ないわけにはいきません。僕だって、父上と母上から学べることは学びました。飛竜の魔法はひととおり使えるようになりましたし、使ってはいけないと念を押された魔法も使えるようになりました。読み書き算術は麓の村の学び舎で学びましたし、ヒト族の暮らしについても――これはあまり自信ありませんが――、麓の村の暮らしを見てきました。それに、セリーヌさんには森での暮らし方もいろいろと教えていただきましたし、町の学院の(かた)への紹介状も書いていただけました。経験が少ないのは父上の仰るとおりですが、それだって、いつまでも父上と母上の許に居たのでは、経験を積もうにも積めません。〉リウェルは口を閉じ、背の翼を下ろし、畳み込んだ。〈いったい、父上は何がそんなに気に入らないのですか?〉リウェルはカレルを見た。

 カレルは、リウェルの視線を受け止めるも、程なくして目を逸らした。

 一家が居たのは、ヒト族や獣人族が『北方連山』と呼ぶ山々の中にある、数少ない湖のその(ほとり)だった。三頭の前には空の碧さを切り取り山々の合間に敷き詰めたかのような湖面が広がり、その岸辺は丈の低い草に覆われていた。湖面を渡る風は岸まで至るにつけ、草を揺らし、それは湖面の(さざなみ)が陸にまで伝わっているかのようであった。岸を離れ、山に向かうほどに、草はやがて低木へと移り変わり、山裾に達する頃には天を突くかのような樹々が聳え立っていた。

 リウェルから目を逸らしたカレルは、すぐ横に迫る湖面を見詰めた。湖面を渡る風はリウェルとカレルとの間を進み、二頭が立つ岸辺の草を揺らすも、そのまま空へと走り抜けた。風の襲来を遣り過ごした草は、その身を起こしながらそこかしこで葉を擦れ合わせ、かすかな音を発した。風は幾度となく湖から岸へと走り抜け、そのたびに岸辺の草を波打たせた。

 〈父上は、〉リウェルは、目を逸らしたままの父カレルを見据えた。〈僕が、フィオリナと一緒に旅に出ることが気に入らないのですか? しきたりでは、一頭だけで旅に出ることになっているのに、フィオリナと一緒に旅に出ることはしきたりに反する、と?〉

 〈そこではない。〉カレルはリウェルに目を合わせた。〈リウェル、そなたがフィオリナちゃんと一緒に旅に出ることは気にしておらん。しきたりそのものも、必ず守らなければならない、というものでもない。しきたりなぞ、時が経てば意味を成さないものもあるであろうて。フィオリナちゃんと一緒であれば安心と言えなくもない。〉

 〈それでは、何故、〉リウェルは父に詰め寄った。〈何故、いろいろと言われるのですか?〉

 〈フィオリナちゃんがよい子だというのはわかっているが、〉カレルはリウェルからさらに目を逸らした。〈キールの奴がの……。〉カレルの視線はリウェルの背を越え、一家から少し離れた岸辺へと向かっていた。

 〈あなたったら……、〉リラは目を大きく見開き、まじまじとカレルを見詰めながら、溜め息交じりに言った。〈いえ、『あなたたち』ったら、ここまで来て――フィオリナちゃんとリウェルが旅に出ようというときになってまで――、まだ張り合っているのですか? まったく、何が楽しくて、そこまで張り合っているのだか。〉

 〈キールおじさんと父上が昔から仲良しなのは知っておりますので。〉リウェルは、リラから見放された形になったカレルを、したり顔で見た。〈本当に仲良しなのですね。〉

 〈どこをどう見たら、〉カレルは、湖の岸辺からリウェルへと視線を移した。〈奴と我とが『仲良し』に見えるのだ? キールの奴は事あるごとに我に突っかかってくるのだぞ。〉

 〈本当に気に入らないのでしたら、〉リラが何を今更と言わんばかりに割り込んだ。〈気にも留めなければいいのです。何を言われても、何をされても、相手にしなければいいのです。それなのに、あなたったら、何か言われたら言い返さないと気が済まない、何かされたらやり返さないと気が済まないものだから、子竜がじゃれ合うみたいに延々と続けて、それでも勝負がつかないものだから、次は別のことで同じことの繰り返し。勝負なんてつくわけないでしょうに。子竜のじゃれ合いに勝負も何もあったものではありません。あなたたちときたら、フィオリナちゃんとリウェルのどちらがどの魔法を使えるようになったのかで言い争ったり、私たちの助けもなしで一頭だけで狩りができるようになったと自慢し合ったり、これで『仲良し』でなかったら、何だというのです?〉

 カレルは伴侶からの攻撃をかわそうとするかのように、あるいは、降参したかのように顔を逸らし、湖の反対側の岸へと視線を向けた。カレルは息子と伴侶の言葉など聞こえないとばかりに、碧い湖面を越えた遥か先の岸辺を見遣った。

 リウェルは目を見開き、半ばまで開いた口からは鋭い牙を覗かせ、あらぬ方向を見遣るカレルの決まり悪そうな横顔を見た。〈父上、キールおじさんと、そのようなことで競い合っていたのですか?〉リウェルは呆れた様子で首を傾げた。

 〈かわいい我が子のことを自慢して何が悪いのだ?〉カレルは顔を逸らしたまま、開き直ったように答えた。〈そなたは日々成長しておる。やがて、我らを追い抜くであろうほどに、だ。それを自慢して、何が悪いというのだ?〉カレルは鼻から勢いよく息を吐き出した。

 〈程度の問題です。〉リラは決然として言い放った。〈キールもあなたも、自分の子のこととなると、度が過ぎるのです。リウェルの顔をご覧なさい。〉

 〈む。〉カレルは首を巡らせるとリラを見、次いで、リウェルを見た。カレルはその場で何度か()(じろ)ぎすると四肢を揃え、居住まいを正した。〈リウェルよ。フィオリナちゃんと一緒とはいえ、十分に気をつけるのだぞ。飛行の際は――〉

 〈『探索魔法を展開し、周囲を警戒する。防壁を展開し、自身を守る。身体強化を起動し、不意の攻撃に備える。敵は外から来るとは限らない。慢心こそが己自身に潜む敵だ。どれほど備えようとも万全ということはない。心せよ』、ですよね。〉リウェルはカレルの言葉を遮り、それまで幾度となくカレルから告げられた注意を繰り返した。

 〈む、そのとおりだ。〉カレルは幾度か目を(しばたた)くと顔を俯けるも、すぐに顔を上げ、再びリウェルを見た。〈我らの教えは(しか)と身についているようだ。それならば、ひとまず安心か。〉カレルはリラに顔を向けた。

 〈私はあなたほど心配していません。〉リラは澄まし顔で答えると、リウェルを見据えた。〈リウェル、これから目にするもの全て、しっかりと目に焼き付けておきなさい。目にすること、耳にすること、それに、他の全てのことがあなたの(かて)になるはずよ。苦しいことも辛いこともあるかもしれないけれども、顔を逸らさずに向かい合いなさい。必ず答えを見つけられるはずよ。それでも、どうしても無理かもしれないとなったら、他の誰かを頼りなさい。(なり)振り構っていられないかもしれないわ。誰かに頼って、それでどうにかなったのだとしたら、きちんとお礼をすること。いいわね?〉

 〈はい、母上。〉リウェルは姿勢を正した。

 〈よろしい。〉リラは満足そうに頷いた。〈それと、町の学院に着いて、あの子に会ったら、『よろしく』と伝えてね。〉リラは口調をがらりと変えると、笑みを浮かべた。〈あの子、きっと、あなたたちを助けてくれるはずよ。〉

 〈はい。〉リウェルは返事をしながらも首を傾げた。

 〈リラよ……。〉カレルは首を後ろに引き、顔を顰めると、何か恐ろしいものでも前にしたかのように伴侶を見た。

 リラは笑みを浮かべながらカレルを見返した。〈あら、フィオリナちゃんたちも、お話は終わったようですよ。〉リラはカレルの視線を気にする様子も見せずに首を巡らせ、少し離れた湖の岸辺を見遣った。

 カレルとリウェルもつられるかのように、リラの視線の先へと顔を向けた。


    ◇


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