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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

大人とは

作者: 竹永 櫻

BL表現を含みます(激しい表現はありません)

苦手な方はお気をつけ下さい

夏を制するものは受験を制する。なんて言うけれど、こんなに暑いんじゃやる気も出ないって。そんな事を思いながら家庭教師先の家へ急いだ。

呼び鈴を鳴らし、生徒の母親に迎えられ、生徒の部屋へ行く。

室内はクーラーが効いていて涼しいけれど窓から見える風景はいかにも夏という物で、日の照りつけている様子を見ているだけでも暑そうだった。


「先生。大人ってどういうこと?」

生徒の彼はクーラーの風を受けながら僕が教えている教科と全く関係ない質問をしてくる。

「え?」

「先生が思う大人ってなに?」

「そりゃ…酒やタバコが合法になることじゃない?」

「そういうことじゃなくて!」

きっと彼は世間一般的な定義を尋ねているにではなく僕自身の”大人とは”を聞いているのだろう。

つくづく扱いにくい生徒だ。

「えーなんだろうな…お金稼いでること?」

「最近だったらスマホあれば簡単に誰でも出来るよ」

最近の子は恐ろしいことをサラッという。確かにそうだけどさ。

「居酒屋に入れる?」

「酒が飲めると一緒じゃん」

「あー子供に戻りたいと思ったら?」

「ネットでよく見るヤツ」

屁理屈ばかり。なんだよ授業と全く関係ないのに彼の目は授業の質問してくる時より真剣だ。

「んー?分からん」

「あっそじゃぁいいや」

と突き放したように言う。

「いやいやいや。待ってよ。なんかモヤモヤすんじゃん」

「こっちのセリフですけど」

そりゃそうだ。質問して答えがわからないと言われればモヤモヤするのは質問者の方だ。しかしこちらも同じように答えられないことにモヤモヤする。答えが出そうで出なくて、うまく言葉に表せなくて。考えれば考えるほど”大人とは”という簡単な質問が複雑に思えてくる。

「きっとさ。俺も大人じゃないんだと思うわ。」

「じゃぁ子供?」

「うーん。それも違う」

「なにそれ」

「子供だったら大人ってなんとなく周りの大きい人たちって事で納得するし。大人だったらサラッと答えられると思う」

「じゃぁこんなに悩んでしまう俺らは?」

「きっと子供でも大人でもないんじゃない」

子供以上、大人未満。どこかで聞いたことあるような単語だ。しかし、今の自分たちにはその言葉がしっくりきたような気がする。

「ふーん」

聞いてきた本人はさも興味がなさそうに相槌を打ってきた。

「じゃぁ先生が大人になったら真っ先に俺に答えを教えてね」

「約束する」

「大人って約束あっけなく破るよね」

彼はこちらを見ずに呟く。そうやって大人という現実を何度も見てきて幻滅しているのだろうか。気がついたら自分も無意識のうちにその大人の仲間に入ってしまうことが怖いのだろうか。

「俺はまだ大人じゃないから。守るよ」

彼は一度こちらを見てまた「ふーん」と相槌をうつ。しかし先ほどの言葉より少し熱を帯びていた気がするのは俺の希望的な感情からだろうか。

帰ってから何度も”大人とは”と考えたけれどやはり答えは出なかった。


それから数年。自分は人生の岐路に立つ度にふと思い出していた。あの時の茹だるような夏の暑さと、まだまだあどけなさの残る大人になりかけていたあの彼の顔を。

“大人とは”

「きっと”大人ってなんだろう”って疑問に思わない事なのかも」

だから君は僕をずっと子供と大人の狭間に戻す。

そのな青臭い季節の中に引き戻す。

君は出ただろうか。君だけの大人という答え。

彼に知らせないとと思ったがふと手を止めた。だって大人だから。

『大人って約束あっけなく破るよね』

まだ少年さが残る声で呟いたあの声が蘇った。

「ごめん。お待たせ」

思い出していたよりも少し低い声で彼が駆け寄ってきた。容姿はあの時のあどけなさは微塵もなくすっきりとした”大人”へと変貌している。

「大人って約束あっけなく破るよね」

当てつけのように腕時計を指さして言った。「ごめん。本屋に5分だけ寄らせて」と言って本屋の中に消えていったのだが、彼が戻ってきたのは10分以上経ってからだった。

「はは。ごめんごめん」

笑いながら照れているようだ。まさか大人になり自分の言葉で責められるようになるとは当時の彼は思いもしなかっただろう。

「行こう」

そう言って隣を歩く。昔は逆だったのになと彼の方が半等身高く映る影を見ながら思う。

「なぁ”大人って”なに」

数年前とは逆に俺から質問してやった。彼は「えー?」と難しそうに笑って「なんだろうね」と言う。

「嫌な子供だったよね俺」

当時を思い出しているようにふふふと笑った。「そうだなぁ」と悩んで彼は答えた。

「大人って”大人ってなんだろう”とか”生きてる意味ってなんだろう”とか考えなくなることじゃない?」

「え?」

「え?ってなに。真面目に答えて恥ずかしいじゃん」

「いや…俺も同じこと考えてたから」

「ふーん」

彼は嬉しそうに相槌をうって二人で家路についた。

“大人”という漠然としたカテゴリーに入るのが怖かったあの時。

「なんで」や「なにか」と必死に抵抗して手足をバタバタさせていたのだと思う。

だけど、いざ自分も十分大人という歳になって全ての日々は地続きで「はい明日から大人です」という日なんてもちろん来なくて。

無意識に背負ってく責任や覚悟が増えていることに気づいたりする。

そしてあの時思っていたほど大人ってしっかりしてなくて。


「どうしたの?」

夕暮れの中、夕飯のおかずと本を片手に持って彼が振り向く。その風景がやたら綺麗にうつって目を細めた。こんなありきたりの日々もふと思い出す日が来るのだろうか。その時「懐かしいね」とまた二人で笑えるだろうか。

「別に」

「ふーん」

荷物の持っていない彼の右手を握った。

「え!?どうしたの」

いつも他の人が見てるからの嫌がるのは自分だけど。急にこんな今日も地続きで未来へ繋がっていくのだとセンチメンタルに考えてみたりして。

「たまには」

「俺はいつもでもいいんだけど」

「お前はもうちょい気にしろよ」

「ん?」

「世間体ってやつをさ」

自分たちの関係はマイノリティで。好奇の目や嫌悪の目に晒されることもあるってこと。

彼はそんなこと気にすることなくあっけらかんとしている。

「もう大人だからさ。いいんだよ」

まったく理屈が分からない。数年前の彼が聞けば「何それ」と呆れたように言うだろう。でもそれでいい気がする。とりあえず今手を繋ぐ理由はそれでいいや。

「大人って案外悪くないでしょ」

「想像よりは。悪くないね」

“大人”とは…


最後までお読み頂きありがとうございました


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