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アルスマグナの実験塔

ゴミ箱

作者: ひるこ

 腐った野菜は甘くて美味しい。固いパンは口いっぱいに頬張るのがいい。錆びて折れた鉄釘は刺激的な歯ごたえ。いらなくなったゴミはとても美味しい。


 出入り口のない部屋には天井に大きな穴が空いている。穴からは度々物が落ちて来て、がしゃり、べちゃりとゴミの山になった。



 鉄釘を噛みくだきながらゴミの上を歩く。



 古びた布は酸味が効いてる。割れたガラスは舌の中でコロコロ転がすと面白い。


 かりん、かりん、ガラスが歯に当たって高い音がなる。舌の上でゆっくり溶けていくのがもどかしい。


 丸められた紙くずは口に入れるとふわっと溶ける。革は噛めば噛むほど味が出る。


 どさり、と大きな音がなって、またゴミの山ができる。


 今度はなにが落ちたんだろう。ゴミを踏みしめて向かう。


 紙屑や、鉄パイプや、注射器、薬液の入った瓶、いろんな物が雑多に盛られた山の中から、手が出ていた。


「こんにちは。」

 きゅ、と握れば柔らかな手はほんのり温かい気がする。ちょっと力を入れて引っ張れば、スポン、と手だけ抜けて尻餅をついた。バランスを崩した山が崩れていく。


 細い針はぽりぽり美味しい。瓶に入った薬液は舌が焼けて刺激的。


 引っこ抜いた手はぶらぶらと揺れている。


「あなたはゴミかな?」

 返事はない。変わらず手はぶらぶらと揺れている。


 ここに落ちてくるものが全ていらないものだということをわたしは知っていた。


 自分より少し大きな手のひらは傷だらけで、切れた断面を触るとぴちょりと指に血がついた。


 かぷり、と指先を口に入れる。


 肉にはすぐ歯が通る。骨は噛むとぽきりと折れる。爪はゆっくり剥がして噛み砕く。流れる血は塩辛くて喉を暖かく通るのが気持ちいい。


 崩れたゴミの山からは、他の部位も見つかった。


 髪の毛はちゅるりと一口。脳みそは舌の上でとろけて濃厚。目玉は口の中で転がして噛むのを我慢。骨をぱきりと割ればとろりと液体が出てくる。肉は甘くて柔らかく、血はこぼさないように。跡にはなにも残らない。


 お腹はいつも減っている。ゴミの上を歩く。


 古びた木材をカリカリ噛もう。大きな鱗はぱきりと割れる。甲羅は噛んでも舐めても味わい深い。古い油で喉を潤して、ボロボロの羽ペンを齧ろう。使い切ったインク瓶は乾いたインクが微かに香る。腐りかけた肉はとっても甘い。毛皮は舌触りが面白い。色とりどりの薬液は口の中を燃やしたり溶かしたり面白い。


 いつもおなかは満たされない。


 足元のボルトを拾い上げて口に入れる。錆びていないから滑らかな舌触り。しばらくコロコロ転がして、がきりと噛み砕いた。


 いらなくなったゴミはとても美味しい。

読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませて頂きました。 生々しい描写がお上手だなと思いました。
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