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季節  作者: 織
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(1-5)

「せやでコウちゃん、当たりや」


にっこりと、俺の高校時代の恋人、紅葉は微笑んだ。だがやはり俺は、動けない。現状が理解できず、頭が全く付いていっていない。未だに震えている俺の手。それが感動なのか衝撃なのか悲しみなのか、分からなかった。ただ、震えている。小刻みに、ガクガクと。


紅葉は、あの日と同じ姿だった。あの日、『―――ほなまたな、コウちゃん』と告げた、その姿。夏の制服に、髪形も変わらず黒のセミロング。全く、何もかもあの日と変わっていなかった。俺は大学四年、就活をしている二十二歳の大人なのに、彼女は高校三年、十八歳のままだった。


「も…もみ…じ…」


俺が呟くと、彼女は呆れたような表情で微笑んだ。そして俺に歩み寄り、


「コウちゃん、もしかして腰抜かしとるん?」


そして、ふふふと笑う。俺はなんとか、頷いた。やっと、飛んでいた意識が戻ってきた。


「あ、あぁ……当たり前、だろ」


それでも言葉がギクシャクと固まってしまう。いや、それが正常だと自分に言い聞かせる。気絶しないだけでも、平常を保っている方なのだろうから。


目の前にいるのは、四年半前に行方不明で消えた、紅葉だった。あんなに存在を求めても現れなかった、そして俺の世界までをも灰色に変えてしまった、彼女。幻とまでなった、もう現実には存在しないと思っていた、見ることもないと思っていた。二度と会えないかもしれないとまで。


だが、今紅葉は俺の目の前にいる。しかも、あの吊った瞳で、明るい笑顔で。―――求めに求めていた、彼女の姿だった。だが、俺は事態が衝撃的すぎて、歓喜も湧いてこない。なにも…なにも、分からなかった。


それでも、嬉しくないはずがない。呆然と意識があまりちゃんと成り立っていない中でも、紅葉と再会できたことに、彼女の笑顔が見られたことに、俺の口角は無意識に上がる。紅葉だ、目の前にいるのは、紅葉だ。そう心で呟いて。


「あ、コウちゃん笑うた」


紅葉は嬉しそうに、そう呟く。俺の顔を覗き込むようにかがみこむ。彼女の黒の目が上目遣いでこちらを見た。


「ふふっ、お久しぶりや」


変わらない関西弁、いや、大阪弁だった。俺は、「あぁ…」と頷く。だが一つ、先ほどの時点で、俺は分かっていた。だから、彼女に両手を差し伸べることも、抱き寄せることも、キスもできない。以前なら、自然にしていたことが、今の彼女には、できない。


彼女自身も、それは知っているようだ。嫌というほど。だから、俺にあの視線も向けてはこない。だから、顔も近づけてこない。俺はそれが無性に、悲しくなった。その俺の感情を察したのか、紅葉も明るい笑顔から、どこか切なげな顔になる。


紅葉は俺を見つめ、そして手を差し述べてきた。俺の頬に、彼女の手がゆっくりと近づく。俺は、動かなかった。彼女の表情を、見つめる。紅葉の手が、俺の肌に、そっと触れる。そう頭の中の感覚がした。


だが、紅葉の指は俺の肌に触れることはなかった。ただ、形だけの白い指が、頬を軽く撫でる。でも、感覚は全くない。温かさも冷たさも、まるで何も感じなかった。彼女の指の腹は、俺の肌に埋まっている。


俺は、その細い手首を掴もうと、手を上げた。そして、指を広げて握る。だが、俺の手には、何も掴まれてはいなかった。俺の拳から、紅葉の手首が生えているようにも見える。拳をそのまま、横にずらした。すると紅葉の手首は元通り、肩まで繋がった立体となる。拳をひらいてみても、そこにはやはり、何もない。


俺が目を合わせると、紅葉は視線を逸らし、手を下ろした。その彼女の腕は、途中俺の手をすり抜けて下ろされる。俺はただ、それを見つめ、そしてまた紅葉を見つめる。彼女は顔を逸らし、眉を物悲しそうにひそめていた。


紅葉は、白い空気だった。触れることの出来ない、まるで霧のような。立体で、どの角度から見ても現実に存在する少女なのに、冬の空気の一部でしかない。そう、彼女は現実には存在しない人間だ。俺は直観でそう理解していた。


俺の視線に、紅葉も合わせる。俺を真っ直ぐ見つめる。寒さで凍えることもなく、水分が衣服に染みることも無い。雪は、彼女の肌を抜け、地に落ちてゆく。俺の頭には白く積もっているのに、彼女の吐く息は白く立ち上ることもない。いや、本当は息もしていないのだろう。


ほんのりピンクの唇を、彼女は開く。そして俺を控えめに見つめ、目を時々逸らしながら、「あんな…」と言う。俺はその後の言葉を、息を整えて受け止める準備をした。心臓が、緊張で鳴る。


紅葉は、以前はすることのなかった、現実にしたたかな表情で、「あんなぁ、コウちゃん…」と言った。俺と目を合わせる。


「―――うち、死んだんよ」

読んでいただきありがとうございますm(__)m

今回で一章目が終わり、次からは二章目へと移ります。


感想、ご指摘などをもらえると作者は泣いて飛んで跳ねて喜びますので、どうかよろしくお願いいたします(/・ω・)/


なぜ紅葉が死んでしまったのか、次回明かされます。

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