(1‐4)
―――そして今、紅葉の姿が消えて、四年半も経った。俺は入った大学の四年生となり、今年の三月には卒業する。そして、紅葉と二年間通った高校に、およそ四年ぶりに向かっていた。
同窓会の誘いの電話があってから行こうと決めるまでは、かなり迷っていた。行ったって楽しく思い出話も出来ないし、皆、気まずそうに俺に挨拶してくるだろう。だから本当は、行きたくない。でも…なぜか行くと返事をしてしまったのだ。紅葉の手がかりを見つけられるような気がして。あとは、彼女の家族の顔も見たいと思ったのもある。紅葉の父と母、そして今はおそらく十四歳となっているであろう彼女の弟に。
だから俺は来た。三年間高校時代を過ごした、大阪に。特急列車で一夜過ごし、朝方、大阪におり立った。泊まるつもりはなく、同窓会を少し覗く程度に、あとは思い出のある場所を渡り歩こうと思っていた。午前八時に朝食を喫茶で軽く済ませ、その辺をブラブラと。雪が薄く積もっている路面に、粉雪が降ふり注ぐ。それでも傘はささず、ダッフルコートのポケットに手袋をはめた手を突っ込んで、人通りの少ない道を歩んでいた。
かつて紅葉がいた家に向かうには時間が早すぎる上、連絡を入れていないので、今のところ行くあてはない。その時、頭によぎったのは、あの花見デートをした公園だった。もちろん花など咲いていないだろうし、天候や時間的にも人もいないだろう。あの時の雰囲気はないだろうが、それでも向かうことにした。
雪景色の中、見えてきた大きな公園。もちろん誰もいなかった。その中を少し歩き、俺は時を過ごす。だが、天候が悪いために、設置してある椅子に座ることも出来ず、思ったよりも時は過ごせなかった。そして三十分もしないうちに、公園から出る。やはり、誰もいない。
だがその公園の柵の向こうにあった歩道に、一つ人影が見えてきた。どことなく薄い影で見間違えかと思ったのだが、近づくにつれそうでないことが分かる。俺はその歩道から車道を挟んだところを歩んでいたため、遠目だった。もちろん気にかけることでもなく、前へ進む。
そのつもり、だった。だが…。
その影、女子の制服だった。俺の通っていた高校の。それだけなら目に留まるだけで、あとは何も思わないだろう。だがその雪舞う中に生える制服は、上半身が白かったのだ。白の冬制服など、一般的にもないはずだった。つまりその制服、夏服だった。雪の舞う景色の中、半そでセーラーの少女が、立っていたのである。歩くこともなく、ただ柵の向こうの公園を見つめて。鞄も、何も持たず。
俺は引きつけられるように、あちらへの横断歩道を渡っていた。車も通っていなかったから、無意識に駆けることができた。そして渡り終え、その影へ近づく。
やはり、どこか薄かった。だが、間違いなく目に見えている。黒のセミロングに、白い肌をした少女。
俺は刹那、動きを止めた。
―――いや、あり得なかった。あり得ない。彼女が、フラフラと夏服姿で冬の朝方に外出しているだなんて。それ以前に、家族にも会わずに、こんな近くにいるはずがない。俺はなんとか足を動かして、その少女へと近づく。
近づけば近づくほど、その少女の人格が自分の中で構成されてゆく。背の高さも、その後ろ姿も、黒髪も、白い肌も。みんなみんな、彼女だ。紅葉だ。俺は息を吸って吐く。
彼女は、俺が歩んできていることに気づいていないようだ。公園の丘を見つめたまま、動かない。灰色の空の下で雪の積もっている柵に、白い指をかけていた。
どこからどう見ても、彼女だった。紅葉だった。あの強気で強情で、でもか弱い少女。俺のかつての恋人。俺はもう、理性が抑えられなくなるのを感じていた。汗が滲む。
思わず、彼女にポケットから出した手を伸ばした。一歩進んで、自然に口も開く。その細い肩に、手を乗せようとする。
「もみ――…」
だが次の瞬間、俺の伸ばした手は空気を掴み、正位置に戻ってしまっていた。なんの感覚もなく。触れたはずなのに。
すり抜けた。…それに気づいて俺が固まるその直前、ようやく気づいたゆに、彼女がハッと振り向いた。何事かと、そんな表情で。そして俺の姿を見、彼女は吊った瞳を大きくする。
彼女もそうだったが、俺は一層固まった。言葉も出ず、彼女を見つめる。その黒髪のセミロング、吊った瞳、白い肌、引き締まった細身、『べっぴんさん』な顔。
「―――コウちゃん…?」
俺を見上げて呟く彼女。俺の身体は稲妻が走ったような衝撃を感じる。間違い、なかった。
「もみ…じ…」
俺も、呟いた。ガクガクと古びたロボットのような動きの手のひらを見つめる。俺はその手にはめられていた黒の手袋を外す。指先の赤い手を、彼女の肩に差し出した。
その俺の指は、紅葉の夏服セーラーの生地に触れることはなかった。俺の指が、彼女の肩に何事もなく刺さっている。何の感覚もなかった。ただの冷たい空気に指先の感覚がなくなるだけ。握ったら、彼女の肩の中に、俺の拳が埋まった。やはり、自分の手のひらの感覚しか、伝わってこない。
その震える拳を、俺は抜いた。なんなく彼女の肩から俺の手が抜ける。その肩にある彼女の制服の生地には、しわさえ付いていなかった。俺は自分の手を開き、呆然と見つめる。
俺と紅葉は、目を合わせた。俺は再び彼女に手を伸ばす。その頬にも、やはり触れることはできない。いくら指先に神経を集中させても。
その様子に、動かなかった彼女は、ただ脆く俺に微笑んだ。
読んでいただきありがとうございますm(__)m
長い文章が少しでも読みやすく、分かりやすいよう、細かく話数を分けています(/・ω・)/
ようやく紅葉と再会しました。
…でも、触れることはできません。