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季節  作者: 織
15/16

(5-1)

紅葉はそう、知っていた。だからこそ、俺は犯していない罪を逃れたといえるだろう。


だから今、こうして喪服を着ている。紅葉の父から借りたものだ。それを着用し、俺は鏡の前に立っている。安値のホテルの部屋で。その窓からは明るい光が差し込んでいる。午前の光が、シーツが乱れたベッドの上を照らす。


窓の外は、冬とは思えないほどに雲がなく、空は青々としていた。雪もほとんど溶けきり、一月の暖かな陽気が景色を包んでいる。その明るさに対し、俺は身を黒に染めていた。


喪服のスーツも黒、ネクタイも黒。楓さんが、俺が同窓会で日帰りの予定でスーツさえも所持していない事情を知り、これらをすべて貸してくださった。自分で買いますからとは言ったのだが、これくらいはしたいと言って、半ば押し付けるように一式を貸してくれたのである。もちろん靴は持参であるが、土さえ落とせば問題はあるまい。あとはきっちり、自分の身を整えるだけだ。


ここのホテルは、銀行から金をおろして何とか泊まるところを探したすえに見つかったところである。安値で朝食の予約も入れてはいない。ハッキリ言ってしまえば俺は今やっと自分の普段の思考に戻せたところなので、のんきにホテルで食事などする気分ではないのだ。それに金も無駄にかかる。それならコンビニでおにぎりやらパンやら飲み物やらを買った方がずっといいだろう。


まだ朝食は取っていない。身支度を整えてから、再び借りたレンタカーで葬式会場に向かうつもりだ。その途中にコンビニによって何かを買って、車の中ででも食べたらいいだろう。時間がなければマナー上よくないが運転しながら食べるか、または食べずに行っても良いかもしれない。食欲なんて、正直ない。


そして今、身支度を整えて向かおうとしている葬式は、そう―――紅葉の葬式だ。行方不明から四年半、やっと彼女が亡くなっていたことが知れ、そしてその遺体も見つかったゆえの、葬儀。


彼女が亡くなってから四年半も遅れた葬式が、今日行われる。


やっと、彼女の死が弔われる。


紅葉はずっとその日を待っていたに違いない。長い長い孤独の風のない日々の中で過ごしていた彼女は、死んでいることにさえも気づいてはもらえなかった。そしてやっと一昨日、俺に頼んで遺した体を見つけてもらった。本当の自分を、見つけてもらった。


…俺は最初―――偶然の積み重ねだと思っていた。自分が同窓会に参加したいわけでもないのに出席を希望してしまい、たまたまと言ってもいいだろう。大阪に来てしまった。そして暇を持て余し雪の降り積もる外をブラブラして、あの花見をした公園から出て歩き…ふいに、俺は人影を見つける。セーラーの夏制服姿に異様さを覚え無意識にそれに近づくと、その姿は紅葉だということを悟って、思わず声をかけた。そして本当に…彼女だった。


紅葉がなぜか見えて触れることは出来ないものの、いたって普通に会話ができる俺は…彼女と共に半日を過ごした。彼女の行方が知れなくなったわけ、死んでしまった事実、その理由、彼女の身に突然起きた悲劇を聞き、共に思い出の場所をまわった。楽しく切ない時間を過ごして、俺は紅葉の本当の姿のある場所を訊く。そして彼女に案内されて、俺はその本当の姿を掘り出した。そう、その時までは、偶然の重なりに起きたものだと、思い込んでいた。


だが―――違った。紅葉はその日の前日からもう、俺がその時刻に自分を掘り出してくれることを知っていた。その証拠に、俺が彼女の遺体を掘り出した直後、彼女の母親と弟が目の前に現れたのである。山奥の林の中で…偶然とはいえない。紅葉の母親の楓さんは、死んだ彼女に前日、会っていた。ふいに姿を現した紅葉に、明日のその時刻に着くように弟の広志と一緒に来てと、そう告げて消えていた。


だから俺が死んだ紅葉に頼まれて、林の中の彼女の遺体を掘り出したのだと言っても、信じてもらえることができた。楓さんも死んだ紅葉と会っていたわけであって、そう、そこで俺の証人ができたのである。俺がついたハッタリのアホな嘘ではないことも、楓さんには信じてもらえた。


なぜ、紅葉が弟まで連れてくるように母に言ったのかは、分からない。それに彼のおかげで俺の頬にはあざが出来た。昨日までやや腫れていたし、いまも少し痛む。まあ、それでも証人が一人増えたようなものなのかもしれない。


あの後、俺が警察に連絡した。現場の内容をそのままに、ただ『四年前から行方不明だった坂木紅葉という少女の遺体を見つけました』と。最初こそは信じてはくれなかったものの、でも紅葉の母さんの喘ぎ声を聞きながら俺が学生証が出てきたことや、遺体が白骨化していることなど現場のことをこと細かく伝えるうちに、パトカーがその場に来てくれた。そして、紅葉の遺体はやっと、地上に引きあげられた。


もちろん俺や楓さん、紅葉の弟は警察から詳しく話を聞かれた。とくに、俺。なぜその場所を知っていたのか、その場にいたのか、遺体を掘り出したのか、全てを詳しく問われた。俺はとりあえず、本当のことを話した。淡々と……とはできなかったものの、同窓会で大阪に来たら、たまたま死んだ紅葉と再会したこと、そして彼女に連れられて林の中に行き、遺体を掘り出たのだと話した。思い出の場所をまわったことは話さなかったが、とにかく俺は紅葉に会ったのだと話した。


当然のごとく、最初は信じてはもらえなかった。そして俺は今思い出しても、間違いなく犯人扱いされていたと思う。だが、そう、楓さんもが俺と同じことを話した。紅葉に言われてあの山奥に息子と共に行ったのだと。そして紅葉が、俺がその場にいるということも言っていたことも、彼女は話した。


その話により、紅葉と会ったと言ったのは俺だけではなくなった。だがそれゆえに、一時は俺と楓さんの二人が紅葉を殺したのではないかと疑いをかけられてしまったのである。俺は四年半前のその日、運転免許を持っておらず、あの山奥に運ぶことは不可能だ。だが免許を持っている楓さんなら可能となる。


だが、そう。紅葉の恋人だった俺と、彼女の母の楓さんがなぜ、共に殺人のうえ隠蔽を行ったのか。その理由が見当たらなかった。見当たるはずもないのだが、例えば俺が殺したとして楓さんが隠蔽したとしても、なぜ楓さんは娘の遺体を隠蔽などするのか。それがおかしいという話になり、楓さんが殺してしまったのであれば、俺の出番はない。男手が必要だったという理由があったとしても、それなら俺じゃなくてもいいだろうし、とにかく矛盾する。


どんな方法ででも、警察は俺と楓さんを殺人の関係者とし、紅葉被害者として重ねようとした。でも、どこからどうしても、重ならない。そのうえ紅葉が俺と下校時に別れたあと、真っ直ぐ帰宅するつもりだったという証言に、彼女が自宅から約五百メートル手前で見かけられなくなったという結果を加えると、彼女の身に何かあっただろう時刻が推測される。その時刻は約、午後五時半頃。その時刻には、俺にも楓さんにもアリバイがちゃんとあった。


たまたまであるが、俺はその時刻の頃に、数人の友達の家をまわっていたのである。実はその日、授業で提出していて手元に戻ってきたノートが自分のものではなかったのだ。文字ですぐに男子のものだとは分かったが、出席番号以外の名前も書いていなかったのだ。それからというものの俺は数人のクラスメートの男子の家をまわり、ようやくそのノートの持ち主と自分のノートと交換できたのである。相手もさぞ困っていたようだったらしく、一時間ほど外を駆けまわったすえに一件落着。大変な思いをしたが、それがゆえに俺のその時刻のアリバイを証明してくれた人数は一人ではなかった。


楓さんはというと、彼女はその頃の時刻にちょうど買い物に出かけていたらしく、しかもその先で仲の良い友達に会い話しこんだのだそうだ。そしてその友達は中学生の娘も連れて来ていたらしく、彼女からも証言が取れた。四年半も経てばその中学生だった娘も二十歳前。親に無理やり証言させられたわけでもないだろう。


俺と楓さん、どっちかだけだったら説得力はない。だが、両方から確かな証言が得られているのである。そして証言してくれた人たちは、俺たちとすごく親密な間柄ではなかった人たち。家族であれば証言も庇っていると見なされてしまうが、この場合だとその証言は有力だと考えられる。それゆえに、俺と楓さんは運よく冤罪をまぬがれた。


それでももちろん、死んだ人の霊に連れられて、なんて、信じてもらえるものではなかった。だが、俺にも楓さんにも、証拠がない。それに紅葉の遺体の状態からでは、死因も分からない。彼女の遺体であると検査でハッキリ分かってからも色々と調べたらしいものの、頭蓋骨が骨折しているという事実以外は、分からなかった。


それに年月が経ち、頭蓋骨以外にも、俺が手を擦った原因にもなった顔面の骨のひび割れ、そのほか指や足などの骨も折れており、それが生きていた頃に受けた外傷なのか、土に埋められているうちに自然に折れてしまったものなのかは、うやむやに終わってしまった。制服がなんとか残っていたので、遺体は燃やされてはいない、ということくらいしか、分からなかった。


俺はその結果を受け、紅葉から聞いた彼女の死因は、話さなかった。いや、それを知っているとなると、再び犯人と見なされてしまう危険があったからである。それに犯人は死んでしまっているわけであるし、証拠もない。四年半も経ったならなおさらだ。それに紅葉自身も言っていた。証拠はもう、何も、何も残っていないのだと。


だから、そう。紅葉の死因を、そして彼女の遺体が埋められていた理由を、知っているのは俺だけだ。楓さんにもそのことに関して何か紅葉から聞かなかったかと問われたが、何も聞いていないと俺は首を振って答えた。聞いたことを一瞬話そうと思いかけたものの、知らぬが仏。俺は今更言ったって、そして楓さんは今更聞いたって、ただ苦しむだけだ。彼女にとって知るほうが辛いということを、俺は察した。だから、言わなかった。自分も知らないふりをした。


結局、大阪女子高校生行方不明事件は、彼女の遺体が見つかって迷宮入りのまま、終わった。俺も楓さんも犯人ではないとされ、無事に大阪警察署から昨日、出ることが出来た。もちろん、紅葉の弟も。彼の証言で救われた部分も大きかった。


そしてとりあえず、とりあえずではあるが、俺と楓さんが亡くなった紅葉と会ったこと、それによって導かれたことは、肯定されることとなった。世の中では、確かに亡くなった人の霊によって解決する事件も、あるのだ。超能力やら、目に見えないものも、作り話や想像とは言いきれない現実も、どこかにある。


だが、その俺と楓さんの話がマスメディアに知られてしまったのが、痛い部分だ。霊に導かれて遺体を発見した元恋人の男性。俺は世間でそういう好奇心と不審の目を向けられてしまっている。まあ、事実なのだが、俺自身が思うに、あの紅葉と再会して過ごした時間はそんな霊的なものではなかったと思っている。だって他人が聞けば不気味な話かもしれないが、俺はあの霊の彼女と会っているとき、本当に生きていた彼女と話している感覚と変わらなかった。触れられない、ただ、それだけだった。


だが昨日に引き続き、今日も紅葉がかつて住んでいた楓さんの家も、俺の泊まっているこのホテルの前も、マスメディアらが詰めかけてしまっていることだろう。俺はもう、彼らに対して無視と無言を決め込んでいた。話さなければ、いずれメディアたちも諦めることだろう。あとは、テレビや新聞で、好きなように報じればいい。犯人扱いでも、かまうものか。


こういうこと曰く、つまり俺は今日、テレビをつけないし、昨日もつけてなどいない。新聞も見ていない。どうせ見たって、なにも良いことなどないのだ。だが、これが俺の家族の目にとまってしまうのは必至だったので、昨日連絡を入れた。帰ってから詳しく話すと、そう母さんに伝えた。


母さんたちは、自分たちも紅葉の葬式に行った方が良いんじゃないかと俺に問うてきたが、別にいいと俺は断った。いくら俺と紅葉の関係が親密だったからだとはいっても、母さんたち自身は紅葉とはそこまで親交はない。それに来られても俺は行く先々でメディアに囲まれるし、気分は良くないだろう。まあ、俺の家までマスメディアたちが行くかどうかは知れないが。


とりあえず、ここを出よう。葬式が終われば、本当に俺は家に帰る。同窓会で日帰りだったはずの予定は、大いに狂った。いい意味でも、悪い意味でも。だが、紅葉のことに関して、やっと真相が分かったのは、悪いことではない。死んでしまっていたという事実は悲しいけど、でも、一生頭で気にかけながら生きる方が酷だと、俺には分かった。


だが、その真相は、そう、俺しか知らない。紅葉が不運の事故に遭い、そして隠蔽されたこと。そして隠蔽した者たちは、とうに死んでしまっていること。そう、これは俺の他に、誰も知らない。生きている者の中では世界中どこを探しても、俺しか知っている者は存在しないのだ。


そしてこれからも、俺しか知らずに時は過ぎてゆくのだろう。これから何年、何十年と。そして俺がいずれ死ねば、本当の本当に、知るものは存在しなくなる。それこそ事件の真相は迷宮に入り、いずれ暗闇の中で消え失せる。そして、その真相さえも、なくなる。


紅葉はそうして、死ぬ運命だったのだろうか。…不運過ぎる、あまりにも。犯人たちにとっては幸せなことだっただろうが、彼女は俺がこの地に来なかった限り、永遠に土に埋まったままだったのである。


「いや…」


俺は一人でぽつんと、呟いては首を傾げた。


いや…彼女は、紅葉は、俺がこの地に、その日に来ることをあらかじめ知っていた。知っていて、母親である楓さんに会った。ならば……俺に遺体を見つけてもらえたのは不幸中の幸いではなく、最初から決まっていたことなのだろうか。四年半経ったこの一月に、それはもう決まっていたことなのだろうか。そして紅葉はそれを、ずっと前から知っていたのだろうか。だから、それまでずっと独りで待っていたのだろうか。


でも、そこで俺は疑問を抱かずにはいられない。なぜ、俺は紅葉の霊の姿が、見えたのだろうか。なぜ、普通に彼女の声も聞こえて会話もできたのだろうか。俺は霊的な何かが見える体質ではないし、そんなことは今までに一度もなかったはずだ。それに楓さんにも、紅葉は姿を現している。話している。でも、その後、楓さんは紅葉は消えたと言っていた。意図的に姿を見えなくすることが可能だったのだろうか…?

分からない。俺には全く、分からない。恋人であっても、そんなこと。


だから今日、彼女の葬式に参加する。参加して、彼女を弔う。それしか、今の俺には出来ない。


真っ黒のネクタイを締め、髪をくしでといて再度鏡で確認する。こんなもので良いだろう。荷物は…ハッキリ言って、財布と携帯電話と買って来た数珠以外必要ないのだが……ホテルには午前十時チェックアウトしなければならないから荷物も置いておくことはできない。


まあ、安値で買ってきた着替えやらは何かの袋にでも入れて駅のコインロッカーにでも置いとけばいいだろう。土まみれになったコートはクリーニングに出して、帰りに取りにいくつもりだ。結局同じく土まみれになったジーンズはコインランドリーできれいしてしまったが。


ふいに起こった出来事が出来事であって、そういう作業を面倒だとは一切思わなかった。一昨日にやったことは、それの何十倍にも何千倍にも大変なことだったのだ。当たり前だが、もう一生経験などすることのないこと。そして一生、忘れることなどないことだ。


荷物一式を持ち、部屋を見渡す。忘れ物は……ない。うん、いいだろう。レンタカーの鍵も持った。昨日の晩に借りておいたのだ。金がかかるのはしょうがない。少しでもメディアに囲まれる時間を少なくするためだ。それにこれは、紅葉のためでもある。彼女のことだと思えば、なんら辛いことではない。


扉を開いてカードを抜き、ガチャリと閉める。足音を立てて、エレベーターへ向かう。


その時、ふと心で呟いた。


紅葉はなぜ俺に……自分の死因を、埋められたわけを、話したのだろうか。


なぜ俺だけ、知る必要があったのだろうか。


ここまで読んでくださりありがとうございますm(__)m

最終章へ入りました。物語は次回で完結いたします。


結局紅葉は、どこに…そして彼女は、事前に何かを知っていたのでしょうか。

次話へ続きます。

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