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季節  作者: 織
12/16

(4‐3)

「けっこう深いさかい、覚悟しいな」


俺も彼女に、微笑を向ける。


「分かった」


そして彼女に再び背を向けると、俺は刺さっていたスコップを抜き、そして今度は両手で柄を持って、勢いよく薄く降り積もっている雪の上から地中へザクッと深く入れた。そして土の塊を隣に投げ捨てる。また深くザクッと入れて、土を同じ場所に投げ捨てる。また、ザクッと入れる。その繰り返し。


最初こそ風が吹いて寒かったものの、土を掘っているうちに体が熱くなっていた。はあ、はあ、と息を切らしながら、それでもスコップを入れる。とにかく、とにかく掘る。範囲など、何も知らない俺には、この木のふもとをただ掘り下げるしか方法はない。とにかく深く、掘る、掘る、掘る。


汗がこめかみを伝っても、分厚いコートがわずらわしくなっても、休みなく掘る。一度休んでしまえば、動きが止まってしまうような気がして。そして止まってしまえば、自分は掘るのを辞退してしまうかもしれない。急に恐怖におののいて、逃げてしまうかもしれない。だからただひたすら、同じ動きを続ける。


(体力がつきても…)


俺は掘り続ける。途中で目眩がしても、何があっても掘る。途中でもう意識が遠のいていっても、掘りおわったあとに倒れてしまえばいい。そこで気を失ってしまえばいい。どうなったっていい。もう、なにがどうなっても、かまわない。そういう覚悟の上で、今こうしてスコップを土に深く刺しこんでいるのだから。


額から滲み出た汗が、掘り出されてくぼんでいる土の中へ落ちていく。いくつもいくつも。体が、熱い。これが緊張によるものなのか激しい運動によるものなのか、どちらもなのか、分からない。


でも幸いなことに、それ以外体調に異変はなかった。ただ異常なほど、腕が疲れない。もう何がなんだか分からないのかもしれない。


少し離れた後ろに立っている紅葉は、俺が掘っている最中、何も言わなかった。なんの声もかけて来なかったし、近づいてくることさえもなかった。ただ俺がチラリと後ろの彼女に向けば、そこに立っているだけ。立って、俺の様子を遠目に見つめてくるだけ。だから俺も彼女に声をかけることはしない。それに体が熱くなっていけばいくほど、その余裕さえもなくなった。


掘れば掘るほど、当然だが穴は深くなってゆく。深く、そしてその奥は虚ろとなってゆく。そしてその穴の大きさも広いものとなっていった。二十歳過ぎの男だ。俺は体力がある方ではなかったものの、休んでいないせいでもあるのか、でも自分が思ったよりも早く目の前の穴は大きく深くなっていた。それともこの掘っていく時間が現実味も薄れ、早く感じているだけだろうか。汗がその穴に落ちてゆく。


でも掘り始めてから一時間弱ほど経ったのではないだろうか。間違いなく三十分は経っていると予測する。腕時計ははめているが、それを確認する間動きが止まってしまうのも休むことと等しいと思うので、それはしない。それに経った時間を見たって、俺の進める行動は変わらない。そう、掘るだけ。


だが穴が深くなっていくにつれ、俺はその穴の奥へスコップを刺しこまなければならなくなる。その度に中腰となり、そしてややしゃがむにも似た体勢にまでなる。さすがにその体勢を繰り返しながらスコップを入れ続けるのは辛い。だから俺は穴の奥を確認し、その穴の中に自分も入って掘り進めることにした。俺は穴の中に降り立つ。


以前掘って出てくるのは土と石ころ。あとは木根っこが土に絡むように張っている。そのせいでやや掘りずらいが、でもしょうがない。その張っている根もろとも、スコップを入れる。そして穴の外へ、ぽーんと土を放った。一応紅葉に土がかからないような方角に放る。全く痛くも痒くもないだろうが、土をかけるなんて申し訳ない。


そうしてニ、三度、雪が降り積もっては溶けて湿っている穴の中に入ったまま、土を掘っていた。が、その時だった。何かがスコップの鉄の先端に触れて、土の中に刺さるのを制したのだ。俺は異変を感じスコップを抜いて、また同じところへスコップを入れる。も、やはり途中で何かに当たって刺さらない。


石のような固いなにかではなく、なにか弾力のあるものだった。でもしっかりとしていて、スコップは刺さらない。俺はずっと握っていたスコップを手から離し、そして手袋も両方外して穴の外へ放った。やや汗ばんでいる素手で、俺はそのスコップの進まなかったところの土をかく。恐る恐る、柔らかく湿っている土を灰色の空の明かりが微量に差しこんでくる穴の中でかき続ける。


すると何かが爪に触れた。俺は思わず動きを止める。そしてもう片方の手の指先もその土の中に入れた。その指先も、同じものに触れる。間違いなく、そこに何かがある。


でも、人骨ではないようだ。いや骨とは限らないが、でもどちらにしろ、人間の何かではない。俺はさらに土をかいた。そして、その指先に触れていたものの大体の形が現れる。俺はそれを、動きを固めてただ見つめた。


四角かった。長方形だった。俺はまさかとその形に当てはまるものがすぐに浮かび、それにかぶっていた土を舞って落ちてきた雪と共に急いではらった。はっきりと、それが何なのかが薄暗い中、目に映る。


俺は、息を飲んだ。濃く茶色い、分厚い革の表面。長年土に埋められていたことで弱り、ボロボロで穴が空いていたりするものの、でも形はしっかりと残っていた。俺はそれを土の中から完全に取り出すと、両手に持ってそれを見つめた。その手が、小刻みに震えるのをおさえられない。


それは――学生鞄だった。こんな深い、こんな林の土の中から姿を現した。あり得ないこの地中から。でもこの形のものはよくあるものだ。これが紅葉の物だとは、まだ、限られていない。俺はその錆びている金属をつまんで、鞄を開けた。


どうかこれが――紅葉のものでないように。思わず、今までやってきたことを全て崩してしまうような願いを、呟いてしまう。でも、そう願わずにはいられなかった。俺はその鞄の中を覗き込む。中にはもう表紙に何が書いてあるのか見当つかない、だがおそらくは教科書。その奥に、何かもう一つ塊が見え、何かに操られるように手を入れて、それを掴み出した。


よれよれの、折り畳み財布―――だが、茶色に染まっていてその物が紅葉の物か、判断できなかった。…いや、紅葉は折り畳み財布だったけど、でもこれが彼女の物だとは――まだ決まっていない。深呼吸をし、その財布を探る。


小銭入れの方は、レシートも入っておらず、十円玉二つに五百円玉が一つ。これも酸化していて錆がついていた。そして、札の方は…茶色の千円札が二枚。残るは……カード入れの部分。俺は爪に土の入っている先の赤い指で、カードを一枚一枚見る。


カラオケのカードに、雑貨店のポイントカードが数枚。…全て、紅葉と一緒に、俺も行ったことのある店のもの。いや…でも、でも……まだ、分からない。そう言って、自分を落ち着かせる。震えの止まらない指で、最後に残った、一番奥の一枚のカードをつまんで、取り出した。


ラミネートされているそのカード……裏返しだが、間違いない。この校章、何度も見たことがあった。いや、見たことがあったどころではない。今日も見てきた。俺も通っていた高校の校章だ。


息が、荒くなる。ゆっくりと、恐る恐る、その学生証を表に返す。


呼吸が、止まった。


【生徒名 坂木 紅葉】


「う…そだ、ろ…」


俺は思わず、消え入りそうな声で呟いた。この名前、苗字も、間違いない。生徒番号も、出生日も。そして左斜め下に四角く印刷されている、顔写真――彼女だった。穴の外で立っているだろう、その夏の姿のまま時が止まっている、あの、紅葉。四年以上前もの写真でありながら、その少女の顔は寸分変わらぬ姿だった。


それを持った手に、力が入る。その手がガクガクと震える。でも、目を逸らせなかった。この鞄と、そして財布も紅葉の物で、そして紅葉がこの下に眠っていることを示しているものなのだ。歯を食いしばり、息を詰まらせる。さらに鞄の奥をに手を入れると、今度は固いものが手に触れた。それを取り出してみると――水色の携帯電話。これも間違いなく…彼女のもの。


それをあまりの衝撃過ぎて落としそうになるも俺はなんとか手におさめ、その携帯電話をポケットの中に入れる。ラミネートされていたことで古びが少ないその学生証も、俺はとりあえずコートのポケットの中にしまった。失くしてはならないと直感で悟ったからだ。それが入っていた財布も入れる。


「……」


穴の外を見上げてみても、紅葉の姿はやはり見えなかった。でも、彼女はおそらくいるだろう。俺が今いる穴を見つめているだろう。なら、逃げられない。この先から、逃げられない。


掘っていた穴に、手を置いた。そして、鞄が乗っていたその土にその手を持っていく。もう片方の土で茶色くなっている手も、持っていく。ふわふわと雪が落ちてくるその土を、俺は両手でさするようによけはじめた。湿りながらもさらさらとしているその土を、小刻みに動きの定まらない手ではらってゆく。


さらっ、と土ではないものが指の腹に触れた。そう、土から顔を出したのは…土の色がついていて分かりにくいが――布だ。布……俺はそれが何なのかを認識しながらも、その周りの土もはらい続ける。


手の感覚は……ない。動かしている感覚も……ない。もう、現実が現実でないような気がした。目の前の景色はまるでない。もう、頭は真っ白だ。真っ白でありながら、でも手は震える。息も荒い。冷汗が、頬を伝う。


黒に近いけどこれは…紺の、布地。そして土色に染まっている布地はおそらく…白だったものだ。そう、これは白と紺の布地を使った――服。その服の下に感じる固い感触。これは、現実なのだろうか。今、本当に触れているものなのだろうか。夢でも幻覚でも、ないのか。


目の前が、ぐらぐらと揺れる。目が回る。もう、何がなんだか、分からない。それでも俺は、土をはらう。その、先ほどまで目にしていただろうセーラーの夏制服の形があらわになるまで。その上半身の肩までの土を全て、自分の意思に関係なく、取り払った。


その制服の半袖から伸びる石のようなその白いものは…骨なのだろうか。…触れ、られない。俺は土の付いている手の甲で額の汗をぬぐった。ぼうっとする。俺はそれでも土をはらおうと、手を伸ばす。


が、そこで止まった。その制服の襟から伸びる、その先は、顔…。手を伸ばして止めたまま、俺はその襟より上に土がかぶっているその先を見つめ続ける。息を吸う。吐く。吸う。吐く。


拳を、握りしめた。


「……っ!」


その手を伸ばし、襟から上の土を思い切りはらった。もう片方の手でもはらう。―――いずれ見なければならないのだ。それに、後悔するくらいなら―――!


手の平に尖った固いものが触れ、思い切り擦った。その痛みに俺は目を覚まされたように、はらっていたそこを見る。右手の平から血が滲み、そこに土がすり込まれている…ことにも気づける間もなく、俺は固まった。


こ、れは…。そこに左手を触れ、軽くはらう。とたん、体に電流が走ったような衝撃と悪寒が走った。息が止まる。


俺の手の平を擦ったのは、砕けた骨だった。正確に言えば、紅葉の顔の、一部砕けていた骨だった。それは、目に見てとれた。


「……ぁっ…」


喉の奥から、喘ぐような声が、せりあがってきた。自分でも聞き取れないようなその声を、繰り返す。ぐらん、ぐらんと、目の前が定まらない。後ろにずるずると下がる。背が、土でできた壁に当たる。


「うあぁっ…!」


次の瞬間、俺は無意識にそう喘いで穴の外に這い出ていた。地を掴むように這うと俺は起き上がり、後ろへ必死に後ずさった。全身に力が入らず、とめどなくただ震えている。思わず吐き気を覚え、口を押えた。


吐きはしなかったが、荒い息を立てその場に膝と手をつき、俺は呆然と揺れている目の前を見つめる。雪の積もっているその白い地を、ただ。汗がその上に落ちてゆく。思い出したように、俺は少々離れた横に立っているだろう紅葉に顔を上げた。


彼女はただそこに立ち、俺を見つめていた。様子を見ていて知れたのだろう。俺が紅葉の死体を目にしたことを。彼女は、穴の中を覗き込むことはしなかった。そして、おれに歩んでくることもなかった。

喉の奥から声を絞り出して、俺は問う。


「…これからっ……どうす、れば…」


見つけた。俺は見つけた。でも、それからどうしろというのか。ここで警察を呼ぶのか、車で山を下りて人を呼べと言うのか。だがどちらにしろ、俺は今、動くことは出来ない。


紅葉は、無表情だった。だがふいにハッと表情を変え、彼女は俺のさらに向こうを見つめる。その様子を俺は自分の体を支えながら怪訝に伺っては、声をかける。


「お、い…」


が、その俺の声を遮るように、彼女はこちらに向いては、微笑んだ。そしてふっと横に向いて、俺に、こう告げる。


「もうすぐ母ちゃんと広志が来るさかいな」


「えっ…?」


告げた紅葉は俺に微笑んだまま背を向け、すっすっと足音も立てず、歩んで行ってしまう。俺はその背中に思わず手を伸ばして、


「紅葉…?」


そう、彼女の名を呼ぶ。が、紅葉はそのまま一度も振り返ることもなく、暗い林の闇に包まれ、消えてしまった。俺は意味が悟れず、混乱したまま呼び続ける。


「紅葉! 紅葉っ!」


だが、その瞬間だった。ガサッガサッガサぁッ! と林の地が大きく音を立てて、俺は驚き振り向いた。俺は雪の上に腰を付けて、それを見つめる。


一台の、停車した軽自動車だった。それが突然、現れた。かと思えば、その中から誰かがドアが開いて人がおりてくる。運転席からおりてきたのは中年の女性だった。そして助手席からは、中学生くらいだろう見た目の男の子。俺にはその二人が誰なのか、すぐに分かった。


中年の女性は俺を見つけるなり、顔をまじまじと伺ってくる。男の子も、俺を見つめていた。そして女性は首を傾げると、やがてゆっくり歩んできながら、こう俺に呟く。


「幸太……くん?」


自分の名前でありながら、俺は頷かなかった。目を見開いたまま、前にいる二人を、ただ浅く息をして、見つめる。


間違いない。俺を伺ってきているその二人は、紅葉の母と弟の広志だった。


ここまで読んでくださりありがとうございますm(__)m

ついに、掘り出してしまったわけですが…なぜ紅葉の母親と弟が来たのでしょうか。

そして、紅葉はどこに。


感想、ご指摘などをお待ちしております(´ω`*)

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