秋の晩酌
その日の夜は普段とは少し違った雰囲気だった。
夏も大分過ぎ去り、寝苦しい日々からも解放されるようになった秋口。
喫茶店やすらぎに居る客層は、いつもより若干落ち着いた人たちが集まっていた。普段は賑やかな店内だが、今日は人数がいても穏やかだった。
「今日はやけに静かだね」
カウンターに座る男が何となく言ったセリフに後ろのテーブル席から返事が来る。
「たまにはこんな日があっても良いやな。賑やかなのも良いが、この雰囲気も乙ってもんだろ」
「おっさんだらけなのは乙じゃねぇけどな」
誰かのツッコミに笑いが起きる。
カウンターの男も、笑いながら自分のグラスの中身を流し込む。空になったそれを見て、マナに新しいアルコールの注文をする。
「日本酒の熱燗を一本。あと、何か肴になるようなものを」
「はい、かしこまりました」
マナは徳利に日本酒を注ぎ、お湯で温める。
そして冷蔵庫からナスとショウガを一つ取り出し、網を乗せたコンロの上にナスを置く。
その間にショウガの皮を剥き摩り下ろす。
暫くして、網のナスをひっくり返すと、皮には焦げ目が付き良い具合に火が通り始めていた。
(熱燗の方も良い感じですね)
五分もすればナスには完全に火が通る。美味しそうに出来上がったそれを氷水に漬けて手早く皮を剥く。
ナスのヘタを切り落とし、一口大に切って皿に盛る。ナスの上に摩り下ろしたショウガ・鰹節を乗せ、醤油を回しかけて完成。
「お待たせしました。【焼きナス】です。今熱燗もお出ししますね」
そう言って徳利とお猪口を渡す。
「ありがとう」
男は受け取った徳利を傾けお猪口に注ぐ。そしてそれを一気に喉に流し込む。
くあーっ。と、男は息を吐き、ナスに箸を付ける。
一切れつまんで口に入れる。まずはショウガと醤油の香りが鼻を抜ける。噛めばナスのトロリとした食感と味が押し寄せてくる。
「美味いね。これは酒が進むよ」
一人で晩酌を始めた男の後ろ、テーブル席でも晩酌は始まっている。
「やっぱり焼酎には【出汁まき卵】だよなぁ。この出汁の味と卵の味、その後に飲む焼酎は至福だよ」
「俺は、この【大根の煮物】だな。シンプルな野菜出汁と醤油がたっぷりと染み込んだ大根の後に、冷酒をクッと行くのは何年経っても飽きない飲み方だな」
秋の夜長、それぞれが酒を飲み、つまみを食べ、ゆったりと時間が過ぎていく。
気づけば十二時を超えており、それに気づいた一人がため息と共に立ち上がる。
「そろそろ寝るわ。明日も仕事だしな」
「そうか、じゃあまた時間の合う時に飲もうや」
おう、と答えながら、料金を払いログアウトする。
それをきっかけにしたのか、数人が退店したもののそれでもなお、静かで賑やかしい男たちの晩酌は続いた。
最後まで読んでいただき有り難うございます。
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