夏休みイベント
普段は一つのサーバーしかないプログルブオンラインだが、夏休みの特定の期間中は、二つ目のサーバーが設置されている。
広さも結構あり、二~三百人のプレイヤーがいても窮屈さを感じないほどの広さを兼ね備えていた。
その場所は、中央に櫓が設置され、その上に和太鼓が置かれている。
その周りにはカラフルな暖簾を下げた屋台が囲んでいた。
これは毎年恒例、七日間の夏祭りイベント。どんな人でも屋台を出せ、自分の地元料理を販売したり、模擬店を出したり、音頭も自由にかける事が出来るのが特徴だ。
そしてマナは、このサーバーの責任者と会場の指揮を兼任していて、彼女はウキウキとした様子で指示を出す。
「提灯は壊れやすいので、丁寧に扱ってください」
綺麗に飾る予定の提灯を抱える男性プレイヤーたちに注意を促す。
マナは祭り会場を歩き回り、問題がないかをチェックしつつ、自分の屋台の準備も進める。
時間は夏祭り開始の二十時。空は黒く染まっているものの、提灯が煌々と照らしている。会場の飾りつけも終わり、屋台の準備も万端に整った。そうなれば、さまざまなプレイヤーがやってきて賑やかな時間が始まった。
人がいれば全員が調理を始める。鉄板に火を入れ材料を乗せる。
肉の焼ける匂い、トウモロコシと醤油の焦げる匂い、氷を削る音。全てが夏祭りに感じることができる最高の感覚だ。
マナも負けじと調理を始める。
彼女が屋台で販売するものは【焼きそば】。
農業ギルドの大宜都比売から仕入れた新鮮な野菜と、同じく仕入れた麺を入れて炒める。野菜はニンジン・タマネギ・ピーマン・キノコ類。そしてバラ肉を入れてコクを出す。
ジュージューと焼ける音を、更に盛り上げるためにソースを入れる。このソースは、焼きそば用に少し甘めに特注をしている。
そのソースを野菜にも麺にも絡め完成。
それをパックに詰めていると、
「マナちゃん、焼きそばを二つくださいな」
黒髪と金髪の双子が、両手に焼き鳥やリンゴあめ等を抱えていた。
「大丈夫ですか? 持てますか?」
「大丈夫だよぉ」
不安を覚えつつも御代を貰い、焼きそばを二つ、彼女たちの抱える腕に乗せる。
彼女たちは器用にバランスを取りながら去っていく。
その後も、色々な人たちがマナの焼きそばを求めて客足は途絶えない。
マナの料理の腕を知る常連は当然の事、夏祭り特有の雰囲気に焼きそばは欠かせないのか、勢い良く焼きそばは捌けていく。
二時間も経てば材料の全てが尽き、完売を知らせる看板を立て掛けることになった。
「去年より少し多めに材料を注文したつもりでしたけど、足りませんでしたね」
それが、プログルブオンラインの登録数が増えている証明でもあるのでマナはうれしく思った。
「さて、明日の下準備はしてありますから、どこかのお店を手伝いましょうか」
そう言って、忙しそうな屋台を見つけて手伝いに入る。
「私でよければ手伝いますよ」
そう言って顔を出したのは、【たこ焼き】の店。登録名簿によれば、男女の【グレイ】と【マリー】。二人で切り盛りしていたが、予想以上に繁盛したために、生産が追い付かずてんてこ舞いになっていた。
「あれ、マナさん。マナさんの屋台は大丈夫なんですか?」
たこ焼きをクルクルと回しながらグレイが聞く。
「私のところはもう閉店しました。材料なくなっちゃったんで」
「でも、良いんですか? ゆっくり屋台を回ってもいいんじゃ」
「ふふふ、ご心配には及びません。私は七日目に遊ぶ予定ですから。それに、たこ焼き作るの上手いんですよ、私」
そう言って笑顔を向ける。
「ねぇ、お言葉に甘えない? そろそろ限界かも」
焼きあがったたこ焼きをパックに詰めていたマリーが疲れた表情をのぞかせる。
「そうですよ。甘えちゃってください」
そこからマナも調理担当として動き出す。
たこ焼き器の半分を借り調理を開始する。
半球状の窪みが規則的に並ぶ鉄板に油を敷き、紅ショウガの入った生地を流し込む。そのあとすぐに、大きめに切ったブツ切りのタコを入れて生地がある程度固まるのを待つ。
生地の外側が固まったら、針を使ってたこ焼きをひっくり返して丸の形に近づけていく。
マナは、手を休めることなく自分の隣を見る。そこには器用に素早く手を動かす姿があった。
(すごいです。たこ焼きを焼くのは初めてではないようですね。負けられません)
去年、マナは初めてたこ焼きの屋台をやったが、最初は難しさを痛感した。
やすらぎで試しに焼いてみると、返すタイミングが掴めずぐちゃぐちゃになるか、返す前に完全に固まってしまうかで、大変に苦戦した代物だった。
ライバルを得たとばかりに、張り切ってマナはたこ焼きを作り続ける。
(すげー。料理が上手なのは周知の事実だけど、たこ焼きも焼けるんだ)
彼はアルバイトでたこ焼き屋で働いている。故に難しさを知っていた。最初はろくに戦力にならなかったが、最近はやっとまともになってきたと思う。
それでも彼女のほうが堂に入っているとも思う。そのことが少しだけ悔しくて、マナに負けないように自分に気合を入れる。
出来上がったたこ焼きをパックに詰めて、上からソース・マヨネーズ・鰹節・青ノリの順に乗せる作業をしているマリーは、燃えている二人を見て多少困惑しつつも自分の仕事に従事する。
たこ焼きは見る分にも楽しい。腕が良ければ一つのショーといっても良い。二人して上手くたこ焼きを調理する光景は、より多くの客を寄せた。
そしてやはり、あっという間に売り切れになり、同時に本日の夏祭りが終了した。
「ふぅ、なかなかに大変でしたね」
マナも流石に疲れたようで、ため息が漏れる。
「ありがとうございました。助かりました」
グレイは疲労困憊気味に礼を言う。
「明日はどうなさるんですか? 私もお手伝いできるかわからないんですけど」
「そのことなら大丈夫です。明日はもう一人メンバーが来てくれるので、今日みたいなことにはならないと思います」
「そうですか。それなら安心ですね」
グレイとマナがそう言っていると、マリーが一つのパックを持ってやってきた。
「売れ残りで申し訳ないんですけど、よかったら食べてください」
彼女から手渡されたたこ焼きを有難く貰う。
「ありがとうございます。後で頂きますね」
たこ焼きを片手にマナは喫茶店やすらぎに帰る。
会場は明日の十九時半までは閉鎖されている。それまでは喫茶店のほうで通常営業をと考えているが、とりあえずは貰ったたこ焼きを頬張ることにする。
爪楊枝で一つ刺し口に入れる。
時間がたっているので少し冷めているが、それでも美味しさは変わらない。
ソースとマヨネーズの味に加え、鰹節と青ノリの磯の香りも広がる。そして噛めば、それ等に負けないくらいに生地に出汁が使われているので、とろりとした出汁の味が効いた生地も舌に広がる。
そして同時にタコが主張を始める。
大きめにカットされたタコは噛みごたえが十分にあり、食べ応えがある。
それぞれの味が混ざり合い、たこ焼きの完成された味になったのだった。
全てを食べきり、店を開店する。
それからマナは、五日間は夏祭りの屋台で焼きそばを販売していたが、最後の七日目は遊ぶ側として毎年参加することに決めていた。
やすらぎは昼過ぎで閉店し、清掃を終わらせてから夏祭りで遊ぶ準備を始める。
マナは端末から夏祭りに欠かせないアイテムを取り出す。
「やはり、浴衣を着なくては雰囲気が出ませんからね」
マナの着る浴衣は、蒼を下地に芍薬の花が描かれている。そして帯は臙脂色で白い芍薬がより映えるように選んで買ったものだ。
まずは、浴衣より先に髪をセットする。髪をまとめ上げ、浴衣と一緒に出した簪を刺し固定して完成。
そして浴衣も手早く着付けて帯を締める。
すっかり夏祭り色に染まり、後は会場が開くのを待つ。
時刻は二十時。下駄をカラコロと鳴らしながら会場に入る。すると少し離れたところにいる女性プレイヤー三人の会話が聞こえる。
「やっぱり浴衣は可愛いよね」
「でも値段が高いし」
「防御力も無いしナ」
そうなのだ。浴衣の扱いは装備品となっている。冒険に欠かせない装備品だが、浴衣は高額な割に特殊効果もなく、防御力も零。完全に見た目のみの一品のために購入を躊躇うプレイヤーも多い。
しかし、冒険をしないマナにとって防御力は必要ないので躊躇うことは無かった。
会場の雰囲気は最終日故か盛大に盛り上がっていた。暗闇に光る提灯が辺りを照らし、中央の櫓では、音頭に合わせて太鼓を打つプレイヤーがいた。そして櫓の周りには円を作りながら盆踊りをする人たちもいる。
その空間で、まずは射的に挑む。
料金を払い銃を構える。
棚に並べられた景品を撃ち落せばそれを貰えるなかで、マナが狙うのはウサギのマスコットぬいぐるみだった。
慎重にぬいぐるみの重心を見定める。座っている人形の頭部を押せば、後ろに倒れると判断し狙う。
ゆっくりと呼吸をしながら、引き金を引く。
パンッ、という乾いた音が響き、ウサギの額に当たる。しかし、少し後ろに傾いただけで倒れることは無かったがマナは焦らない。
(一発で倒れるとは思ってませんよ。二発三発は所費するものです)
次の弾をこめ、再び額を狙い引き金を絞る。
二発目もぬいぐるみを傾けるに終わった。だが、マナは焦らず三発目を同じところに撃ち込む。すると、今までよりも大きくゆっくりと傾き、棚からズルリと落ちる。
「はい、おめでとう」
「ありがとうございます」
手渡されたぬいぐるみを抱え、屋台を後にする。
その後も、ヨーヨー釣り、型抜き等に挑戦したところで、一先ず区切りとして屋台の料理を買うことにする。
選んだ料理は二種類。【焼き鳥】【フランクフルト】。そして飲み物として【ラムネ】を購入した。
その三つを抱え、飲食スペースの空いている席に座って一息吐く。
「運営側も楽しいですけど、遊びまわるのも楽しいですね。いただきます」
手を合わせてから、ラムネをゴクリと飲み焼き鳥を食べる。マナが購入した焼き鳥は【ねぎまの塩】。
もも肉の味を塩が引き立て、ネギのシャキシャキ感が食欲をそそらせる。
肉とネギを交互に食べ続け、串を空ける。
そこでまたラムネを一口飲み、フランクフルトを手に取る。
同じ串ものと言えど、肉の種類も違えば調理法も違うその料理にケチャップとマスタードをかけ、齧りつく。
噛み切ると肉汁が溢れ出す。そこにケチャップの酸味や甘味、マスタードの辛さも加わる。
「堪らない美味しさですね」
そう独り言を漏らしながら二口目、三口目と食べすすめ、串を空にする。
「ごちそうさまでした」
腹ごしらえも終わったところで、再び祭りを楽しむために席を立つ。
「さて、何をして遊びますかねぇ」
辺りを見回していると、ある場所で目が留まる。
それは、櫓の周りで踊るプレイヤー達だった。
「楽しそうですねぇ。一年ぶりですけど踊れるでしょうか」
不安はあったが、好奇心は抑えられない。タイミングを見計らって輪の中に入れてもらう。
最初は身体が覚えている範囲と見よう見まねで踊っていたが、暫くすれば自然と思い出す。
踊りながら見える景色は誰もが笑顔で、食べ物系の屋台を巡る四人組や、射的に興じる少年と少女。飲食スペースで飲んで歌えやな大人たち。その誰もが嬉しそうに笑っている。
一年に複数あるイベントの一つ。しかし、この夏祭りは一年に一度しかないが故に、全力で楽しんでいる。そしてもう一つ、マナから思い出が渡される。
(もうそろそろ時間ですね)
盆踊りの輪を抜け、端末を取り出し操作する。
画面の中には『花火』の文字があり、マナはそれをタップする。
すると、光と音が夜空に満ちた。
くっきりと浮かぶ大輪に歓声が上がる。すぐに散るそれの後に新しい花が咲く。
赤・緑・青。様々な色と形の花火が打ちあがり、数十発の花は多くのプレイヤーの目を楽しませていく。
最後の一発が夜空に咲き、散る。
それが祭りの終了の合図。今年の夏祭りも盛大に幕を閉じた。
やすらぎに帰ってきたマナは浴衣を脱ぎ、普段着に着替える。
「今年も楽しかったですね。来年はもっと派手に大規模にしたいですね」
そんな野望を口にしつつ、喫茶店やすらぎの営業を始めた。
最後まで読んでいただき有り難うございます。
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