夏休みの時期
世間の学生が夏休みに入って一週間、プログルブオンラインは昼夜を問わず賑わっていた。喫茶店やすらぎもダンジョン帰りのパーティや、暑い屋外で会うより自室からプログルブオンラインで友人に会うほうが気楽ということだろう。
その日の夜も、賑やかではないものの、テーブル席とカウンター席は埋まっていた。
注文を受けて料理をしているマナの耳に、カウンターで話している少女三人の声が聞こえる。
「明日はどこに行く? プールとか?」
「ワタシは楽しいところなら何処でも良いゾー?」
「折角【かぐや】は留学中なんだから、異文化に触れるのが良いんじゃない? お城の見学とか」
「日本の城は複雑でカッコイイからナ。見学は望むところだゾ」
「じゃあ明日はお城見学としても、夏休みはまだまだあるからねぇ。あんまり遠くは無理だけど、近場の観光スポットは全部抑えるからね」
そこで、一人が興味本位でマナに聞いた。
「あの、おすすめの観光スポットとか知りません? 高校生でも行けるようなお手軽なところ」
話の内容からするに、三人のうちの一人、黒色の髪を肩口で切りそろえた少女が留学中のかぐや。二人は同じ学校の友人なのだろう。友人のために自分の国の良いところや観光名所を夏休み中に巡るだろうことは理解できていた。
だが、そう言われマナは硬直した。何故なら、彼女はプログルブオンラインの中で生活している身。当然観光スポットなど知るはずもない、ネット上に書いてあることを言うのも手だが、マナはそうせず誤魔化すことにした。
「ガイドブックなどに掲載されているスポットはハズレがないですけど、私のおススメは自分たちで情報を集めることですかね。きっと忘れない思い出にもなりますよ」
そう言われ、納得したよう表情の少女たちを見て、マナはほっと胸をなでおろす。
「でも、ワタシは取りあえず腹ごしらえが希望ダ」
突然かぐやが断言した。
マナも、友人二人も驚くが、本人は全く気にしない様子で続ける。
「おにぎりをお願いしたいナ。アレはとても美味いよナ」
そのセリフにマナたちは笑顔になった。
「腹が減っては何とやら、ってことかぁ」
「すいません、おにぎりを三つ下さい。具は何がありますか?」
「具でしたら、梅干し・ネギ味噌・ツナマヨができますね。少し時間はかかりますが、焼きおにぎりもできますよ」
「私はネギ味噌を下さい」
「私は焼きおにぎりを」
「ワタシは塩が良いナ」
「塩で良いんですか?」
思わずかぐやの注文を聞き返してしまった。
梅干しやネギ味噌に馴染みがないので避けたのかと思いきや、どうにも違うらしい。
「いろんなおにぎりを食べたが、最後は塩が最強だと気づいたんダ」
そのセリフに友達は笑う。
「そういえば、学校でもお昼ご飯はひたすらにおにぎりだったよね」
「そうそう、毎日毎日違う種類を食べてたよね」
そういう理由なのかと解り、注文を承る。
手を洗い、コンロに網を乗せ火をつける。
手のひらにご飯を乗せ握る。焼きおにぎりは通常よりギュッと固めに握ることで形が崩れることを防ぐ。
それを二つ作り網にのせる。
ネギ味噌は、ネギを薄く輪切りにし味噌と和える。そこに少量の七味唐辛子を加えて完成した。
ご飯を手に乗せ、真ん中に具を乗せ握る。この時強く握りすぎても握らな過ぎてもいけない。強く握れば固すぎて食感が悪くなる。しかし、それを気にして握らな過ぎれば、持った瞬間に崩れるようになってしまう。
その中間、容易に持つことができるが口に入れた瞬間に解けるのがベストな固さ。
それを目指して丁寧に握り、最後に海苔を巻く。
皿にキュウリとナスの糠漬けも盛り付け、カウンターに出す。
「お待たせしました。ネギ味噌です」
皿を受け取ったのを見届け、次は塩おにぎりを作る。
手に塩をつけ同じ理屈でご飯を握る。同じように最後は海苔を巻いて糠漬けをつけてカウンターに出す。
「お待たせしました、塩です。焼きおにぎりはもう少しお待ちくださいね」
「うオー!これは美味そうダ」
かぐやは受け取ったものを速攻で口に運ぶ。何度か咀嚼し飲み込む。それを繰り返して一個を食べ終える。
「これは、TOP5に入る美味さダ。米の固さ、塩加減、力加減。全てが理想的ダ」
そう言いながら二つ目を食べている。
焼きおにぎりも出来上がり三人の注文が揃う。
それぞれが自分のおにぎりにかぶりつく。
焼きおにぎりの醤油の焼けた匂いとカリッ、パリッとした音、ネギ味噌の風味豊かな香り、それがやすらぎに満ちる。
すでに二つ目を平らげてキュウリをポリポリ齧っているかぐやが、羨ましげに二人を見ていた。すると彼女たちは自分の分を半分に割りかぐやに差し出す。
「良いのカ!?」
「良いよ。寂しそうな顔されるとつらいしね」
「そうだよ。ネギ味噌も美味しいよ」
アリガトウ! と差し出されたおにぎりを受け取り、三人の笑顔が並ぶ。
その後、三人で地元や少し離れた場所の観光名所を探す相談はいつまでも続いた。
最後まで読んでいただき有り難うございます。
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