海の家しおかぜ
夏も真っ盛りの八月。白い砂浜に映える様に青い海が波音を立てている。
プログルブオンラインに存在する海、【ラコ海水浴場】は今年も大勢のプレイヤーでにぎわっていた。
その賑わっている海水浴場の砂浜に、一件の海の家が建っていた。店内は木造を基調としつつ明るい雰囲気を重視。座席は全て座敷席で、三十席ほど用意されている。
「いらっしゃいませぇ。かき氷、焼きそば、カレーもありますよぉ」
「キンキンに冷えた飲み物もあるわよー」
「サンドイッチなどの軽食もあります」
【海の家しおかぜ】。そこで、喫茶店やすらぎ店長のマナ。雑貨店うさぎの里店長の叶。パン屋トモエベーカリー店長の巴。彼女たち三人が看板娘として朝から働いていた。
朝からの営業で、夏の暑さもあり、かき氷やジュースが飛ぶように売れ軽食のサンドイッチもなかなか順調に売れていた。
「叶さん、巴さん。手伝ってくれてありがとうございます。私一人じゃ無理でした」
「良いのよ。いつも私の誘いに付き合ってくれてるし、何より友達だしね」
「私も、マナさんにはお店を出す時に色々助けていただいたので、そのお礼ができてうれしいです」
海の家しおかぜを開くことになった経緯は、マナの端末に一通のメールが届いたことに始まる。
『緊急:本来であれば、海の家の運営は全てNPCが行うはずだったが、ミスによりデータに欠損が観られた。修復は一日で終了する予定だが、海開きを延期することはできない。そこで申し訳ないのだが、一日だけ海の家を運営してもらいたい。必要ならアルバイトを雇ってほしい。資金等は一切気にしなくて良い』
と、マナの開発元である研究者たちからの要望で、海の家を開くことになった。だが、元々のNPCの数は三人。いくらマナでも一人では大変なので、アルバイトの募集をかけたところ、叶と巴が名乗りを上げ今日に至った。
「お待たせしました。かき氷のイチゴです。落とさないようにね」
叶からかき氷を受け取った少女は、忠告通り慎重に歩いてゆく。海水浴の人も増え、マナも巴も忙しく働いている。しかも時刻はもうすぐ正午、となれば書き入れ時で非常に忙しくなってきた。
「お待たせしました。カレー四つです」
「お待たせしました。焼きそばとビールです」
「サンドイッチとカレー出来上がりました。お願いします」
マナは厨房で料理を作り、叶と巴が運ぶ。
「やっぱり、マナさんが作ったカレーだから美味いよな」
「肉もトロトロだし、ジャガイモとかニンジンもしっかり入ってるし、日頃から食ってる安心感があるわ」
「ここのサンドイッチのパン、トモエベーカリーのパンなんだってさ」
「ああ、最近人気のパン屋さんでしょ? 豪華な海の家だよね」
そんな中、忙しい三人にとって面倒な客が訪れた。
「お待たせしました。焼きそばです」
叶が料理を運んだ座席の三人組の男性客は、料理を受け取ってから一人が叶に話し掛けた。
「あの、この後って暇ですか? 良かったら一緒に遊びませんか。こっちも三人なんで、丁度いいかなって思うんですけど」
叶は考えるそぶりも見せず、きっぱりと断る。
「悪いけど、そう言うのは間に合ってるのよ。ごめんね」
にべも無く断られ、常識ある人なら引き下がるタイミングだが、彼らにはそれが無かったらしい。近くに居た巴を捕まえ、同じ質問をした。
「すいません。知らない人は怖いので嫌です」
こちらにもあっさりと断られ、引っ込みがつかなくなった彼らは、最後の望みであるマナに声をかけた。
「店長さーん。俺たち寂しいんですよー。ダメですかー?」
厨房で料理を作っている彼女へ大声でアタックする。
「他のお客様の迷惑になるので、大声は控えてください」
料理を出す場は、マナにとって神聖な場所。多少の騒ぎは問題ないが、今のは完全な迷惑行為に該当した。なので、ナンパされたことよりも注意をした。
そのマナの行為は、誰の目に見ても男性客を目の端にも入れていないという風に映った。彼らにもそう映ったために、少しばかり落ち込んだ様子で焼きそばを食べ始めた。
やすらぎとトモエベーカリーの美味しさは多くの人が知っていることもあり、昼食時が過ぎるまで満席状態が続いた。
「ふぅ、恐るべきは名店の味よね。まさか一時間近くも混雑が続くなんて」
「お疲れさまです。一段落したので、二人とも休憩してください」
ゲーム内なので、肉体的な疲労は無くとも精神的な疲労は有る。だが、叶は緩く首を左右に振り、
「此処って確か十五時までの営業よね? 今十三時だし、大丈夫よ」
「私も大丈夫です」
と、叶に続き巴も休憩は不要だと伝えた。
「そうですか? ……じゃぁ、もう少しですので頑張りましょう」
その後も、閉店の十五時を迎えるまで客足は途絶えることは無かった。
「お疲れさまでした。二人のおかげで乗り切る事が出来ました。時間は遅いですが、ご飯にしませんか?」
「賛成ー」
「ありがとうございます」
三人は座敷に座り、カレーを食べる。
「この後は、片付け?」
「いえ、片付け等は有りません。NPCのプログラムがもう出来上がったそうで、そちらに任せていいそうです」
「そう、なら折角の海なんだし遊びましょうよ」
叶の提案に巴も頷く。
「私も少し遊びたいです」
そう言われては、マナも一緒に遊ぶことを選ぶ。
早々に食事を終え、食器を片付けてから三人は海へと繰り出した。
マナは上下白色のビキニで、薄い青色のパレオを腰に巻いている。
それとは対照的に、ワインレッドのビキニを着ているのは叶。胸元には白色の朝顔のブローチが付いている。
巴は、パステルグリーンでフリルの付いたセパレート水着に身を包んでいた。
すると叶が徐に端末を操作して、あるものを取り出した。
「ほら、これ付けたらもっと可愛いわよ」
そう言って彼女はマナのパレオに青色の朝顔のブローチを付けた。淡い色のパレオに映える色。
「やっぱり似合うわね。水着以外にも付けられるから使ってね」
と言って、巴にもピンク色の朝顔のブローチを付けた。
「あの、良いんですか? すごく高そうですよ?」
巴は遠慮しがちに眺めてそう言った。そしてマナも全く同じ感想を持っていた。
「嬉しいんですけど、海の家も手伝ってもらったうえにこんな素敵なものまで」
「ふふ、良いのよ。二人に似合うと思って持ってきたんだから」
叶は優しく笑ってから、遊ぶモードに切り替えた。
「日焼けの心配も無いし気楽ね」
昼過ぎの強い日差しも気にすること無く、砂浜を歩く叶。彼女の横に巴は居るものの、マナは少し後ろを歩いていた。
「大丈夫よ。浅瀬で遊ぶんだから」
しょうがない子を見るような微笑ましさをマナに向ける。叶も初めて知った事だが、マナは海で泳いだことが無かった。
「そうですよね。危険な事は無いですよね」
プログルブオンラインの中、海水浴場に指定されているラコ海水浴場にはモンスターもいなければ水中で危険と判断されると、強制的に浜辺に転送される。マナもその事は理解しているが、怖いものは怖い。
パシャパシャと遊んでいると、沖の方で泳ぐ人影がマナたちの方に向かってきた。
ザバァと立ち上がったのは、双子の姉妹プレイヤーの朝姫と夜姫だった。双子の見た目の違いは髪の色のみ。金色が姉の朝姫で黒色の髪が妹の夜姫。そんな彼女たちは、鮮やかな青色の水着をおそろいで着ていた。
「やほーマナちゃん。海の家はいいの?」
金色の髪をかき上げながら朝姫が訪ねる。
「お店は十五時で閉店なんです。今は海を満喫してるんですよ」
普段から常連の双子はマナと仲が良い。故に幾分と砕けた表情で告げた。
「マナちゃんたちは泳がないの? 向こうの入り江、綺麗だったよ?」
今度は黒髪の夜姫が聞く。そのセリフにマナは一瞬ビクリと身体を震わせて、恥ずかしそうに泳げない事を話した。
「そっかぁ。じゃあ夏の海岸の風物詩、スイカ割りやらない?」
用意が良い双子はスイカを用意していたらしく、マナたち三人を誘う。
叶も巴スイカ割りの経験は無いらしくはしゃいでいた。
「三人もお邪魔していいんですか?」
そう聞くマナに、朝姫も夜姫も笑顔で大丈夫だよ。と答えた。
砂浜に戻って大玉のスイカを置く。
「さあ最初は誰から行く?」
朝姫が、目隠しの布と木刀を端末から取り出して差し出す。が、全員が遠慮して受け取ろうとしない。そこで、公平にじゃんけんで順番を決める事になり、巴・夜姫・朝姫・叶・マナの順に決まった。
一番手の巴が目隠しをして木刀を持ってクルクルとその場で十回転した。
「巴さん、左です」
「左に向きすぎ。もう少し右よ」
「「真っすぐ真っすぐ」」
四人が指示を出し、巴がふらつきながらスイカに向かって歩く。
「「「「ストーップ!」」」」
全員の声が重なり、立ち止まった巴は勢いよく木刀を振り下ろす。だが、残念ながらスイカには当たらず、砂浜を叩いた。
「難しいですね。マンガとかだと簡単そうなのに」
目隠しと木刀を夜姫に渡して、少し悔しそうに巴が唸った。
続いて夜姫も空振りに終わり、朝姫はスイカの端を削った。叶は真ん中に当たったものの、力が足りずに割れることは無かった。
そして最後のマナの番。四人の誘導でスイカの元までたどり着いたマナは、
「えい!」
と、全力で木刀を振った。
すると、バコッという鈍い音が響いた。急いで目隠しを外したマナの目の前には、半分に割れたスイカの赤々とした断面が覗いていた。
四人とも歓喜に沸きながらスイカを回収し、しおかぜのキッチンへ向かった。
キッチンでスイカを食べやすい大きさまでカットし、海を眺めながらスイカを頬張った。
シャキシャキとした食感と零れるほど溢れ出す甘い果汁。
五人でスイカ一玉を食べ終える頃には、空はすっかり紫色に染まっていた。
「すっかり暗くなっちゃったわね」
叶が空を見上げながら呟く。
「もう海は存分に堪能しました。皆さんもうログアウトしますか?」
スイカの皮を片付けながら四人に聞く。皆も時間が時間なので、ログアウトしようか。という流れになった。
しかし、金と黒の双子だけは不敵に笑うと、端末から大量の花火を取り出した。
「ログアウトするにはまだ早いよ?」
「暗くなってからが本番でしょ」
暗い空間に赤や緑、黄色の光が輝いていた。
派手に火花が散るものから始め、打ち上げ花火なども楽しんだ。そして最後は線香花火に火を付ける。
「綺麗ですねぇ」
マナは、その小さい花を眺めながら呟いた。
「子供のころは、線香花火は好きじゃなかったなぁ」
「おねぇちゃん、線香花火だけには手を出さなかったもんね」
笑う二人。
儚げに光る線香花火を眺める叶と巴。
昼間は忙しかったが、その後のスイカ割りや花火で存分に遊べたことは、間違いなく良い思い出になった。その思い出をくれた朝姫と夜姫に、そして一緒に海の家を手伝ってくれた叶と巴に感謝しながら、マナは花火と友人たちを目に焼き付けた。




