メンテナンス
オンラインゲームにはメンテナンス時間があります。三ヶ月に一度の六時間ほど、ゲームのシステム調整、新モンスター・新武器・新マップなどがプログルブオンラインに反映されます。普通のプレイヤーさんは反映後に初めて目にしますが、私は違います。プログルブオンラインの中に住んでいる私は、折角だからと少し手伝うことにしています。新武器などは一度私が試して威力の調整をしたりしています。
今回はその中に一つ、今回のサプライズとして【ある乗り物】が実装される予定となっていました。
それは。
「車、ですか」
この世界には機械仕掛けの乗り物はありません。乗り物と言えるのは、馬に似たモンスターを捕まえて、専用アイテムを使用して乗れるようにしただけの簡単なもの。
この世界にあっているといえばあっているのですが、いかんせん乗り心地が悪いのです。とても揺れるので人気はありません。それを考慮してか、今回ついに車が実装されることになったのです。
車は合計で六種類。私が調べた限りでは、どれもクラシックタイプ。丸い形が印象的で、レンガ貼の道路に映えて可愛らしくありました。
さすがに速い車は世界観を激しく壊すと判断したのでしょう。スポーツカーはありませんでした。
それが私のお店の前に並んでいます。試しとし黄色い車に乗ってみました。
全年齢対象のオンラインゲームですから、設定によってはオートでの走行もできますが完全に自分で操作もできるようです。
私は、事前に貰った説明書をもとに、マニュアルで運転することにしました。
ガチャリ、とドアを開け乗り込みます。
「車自体が初めて触る物ですが、誰もいない空間ですから迷惑もかけないでしょう」
ぽつりとつぶやいてから、シートに座りました。ひんやりとした革の感触が伝わってきます。
緊張しながらキーを使ってエンジンをかけてみます。すると、ドルンッ! という音とともに車が振動し始めました。
シートベルトを着け、足元のアクセルとブレーキを確認し、サイドブレーキを下げて準備完了です。
ハンドルに手をかけ、ゆっくりゆっくりとアクセルを踏んでみます。すると、遅くではありますが車は前進しました。
周りはレンガ造りの建物が多く、私のお店以外にも飲食店が数件あったり、民家や雑貨屋さんもあります。普段は徒歩で通る道を車で走っているせいか、
「あぁ速い、怖い。力加減がわからない」
自分でも少し情けないと感じましたが、一人ですから問題ありません。
それでも、少しずつアクセルを踏み続け前進します。次第にスピードにも慣れてきて、余裕が出てきました。
「この辺りを一周してみましょうか」
私はハンドルを緩く左に傾け、【雑貨店うさぎの里】の角を曲がります。
その時、左側から嫌な音が聞こえてきました。
「あれ? 今、擦りましたかね」
事前に聞かされたことによると、建物などの物質を破壊したとしても、バックアップをもとに修復可能なので気にすることは無い。とのことでしたので、気にしません。
その後も何度か擦りましたが、次第に運転技術の向上が見えてきました。
「ふふふ、確かドリフトというのはこうやるんでしたね」
私は勢いを殺さずにカーブを攻めます。
タイヤの悲鳴とも聞こえるレンガとの摩擦音が耳に残ります。
一時間ほど走れば、もう完全に自分の手足のように扱えるまでになりました。私の成長速度を侮ってもらっては困ります。直角に曲がることもできますし、百八十度ターンも可能です。
十分に走って性能を確かめたので、私は車を止め報告書を作成します。
「以上の事をもって、車の実装を強く推薦し、ま、す。っと。こんな感じですかね」
ついでに車のカスタムパーツの実装も強く推薦しておきました。
そして数分の後、返信が来ました。
その文面を見て、私は端末を落としそうになるほどの絶望感を味わいました。
『モニター監視と報告書の結果、今回の車の実装は破棄する。
理由:マナの成長にドリフトなどの知識は不要。また、走行中の危険性が浮き彫りになったため、衝突・人身事故等のトラブルを回避する。
今後、安全が確立された際に再度実装を試みる』
「あんなに楽しかったのに……」
そしてメンテナンス後、車以外は全て無事に実装、反映されました。
最後まで読んでいただき有り難うございます。
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