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草野球

 青い空、白い雲。ジメジメとした梅雨も去り、本格的に暑くなり始めた今日。

 名も無き広場にて、大人数のプレイヤーが集まっていた。

「さあ、今日は大事な一戦です。因縁、と言っても良いでしょう」

 広場の一角に集まった十数人の男女に、マナは神妙な表情でそう告げた。

 この広場は普通の広場では無い。広場の各所にはマウンド・ベース・ホームベースが設置されており、白線も引かれている。所謂いわゆるダイヤモンドが完成していて、ベンチも用意されている。

 つまり、この広場は野球場として使用されている場所だった。

 マナの所属しているチームはプログルブオンラインの中で何かしらの店を経営しているプレイヤーたちが集まった【商店街チーム】。マナはそこの監督として指揮を執っていた。

「今日の先発はとどろきさんです。守備はいつもの面子でお願いします」

 試合開始まで一時間。ポジションの確認を済ませ。ウォーミングアップを始める。

「監督、向こうの四番は今日は欠席みたいですよ」

「そうですか。でも油断はできません。強打者が揃っているのが【フルスインガーズ】の強みですからね」

 フルスインガーズはスポーツ、特に野球が好きな人たちで構成されたギルドで、積極的に草野球の試合を申し込んでくる相手だった。

 そして、草野球は趣味で行っているもの。当然、仕事や他の用事がかぶることもある。そうなれば欠席が出てくるので、チームの主力がいないこともある。

 そうした中でも、最善を尽くせる策を見出すのが草野球監督の仕事だ。

   

 ウォーミングアップも終わり、試合が始まる。両チームが対面するように一列に並び、礼をする。


 よろしくお願いします!


 フルスインガーズの監督、【ジョージ】と商店街チームの監督、マナが握手をする。

「今日は負けませんよ。前回は惜しいところで逃げられた」

 ジョージはマナに軽い挑発を試みた。当然、本気ではない。長年お互いに切磋琢磨してきた良きライバルに向けた言葉だった。

「別に逃げた覚えはありませんよ。スキップをしていたつもりだったんですけど、速過ぎましたか?」

 お互いに不敵な笑みをこぼしながら、自陣のベンチに下がった。


 商店街チームは後攻。ナインはグローブを持って守備位置に着く。

 

 先発投手の轟は右投げのオーバースロー。決め球はフォークボール。

 第一打者を、ストレート二球、三球目をフォークボールで仕留めると、第二打者がバッターボックスに立つ。

 ツーボールになるもアウトを三つ取り、第三打者と戦う。これも凡打に終わり、攻守の交代となる。

 しかし、商店街チームも三者凡退となり一回が終了した。


 二回三回も両チーム得点は得られず、零対零でゲームは進んでいた。そして二回裏、商店街チームの攻撃。

 バッターボックスに立つ【なべちゃん】。彼は、最初の球を見逃すと、二球目を三遊間に飛ばした。

 塁に出たことで、監督であるマナも動き出す。

 バッターにたいし、右手で左肩・左手首・帽子のツバの順に触り、サインを出す。バッターもサインを受け取ったサインとしてヘルメットのツバを触る。

 バッターが構え、ピッチャーが振りかぶる。近づいてくる白球にタイミングを合わせ、コンパクトにバットを振る。しかし、ボールの下を叩いてしまったために、後ろに飛んでいく。それを二回繰り返し、三回目でファーストの頭上を越えた。

 ノーアウト一・二塁。三人目のバッターにもサインを出すが、これは三アウトに終わってしまった。四人目はヒットを出し二・三塁と進んだ。

 五人目がセンター前までボールを運べたために三塁のランナーが見事にホームベースを踏んだ。

 その後ヒットは出ず、攻守交代となった。

「二回で一点取れたのは大きいですよ!」

 ベンチにいる選手たちに声をかけるマナ。それに答えるように、彼らはバットからグローブに持ち替えてマウンドに上がる。


 三回の表をきっちりと零点に抑えたが、相手もさるもの。きっちりと仕事をこなされ、追加点は得られなかった。

 その攻防は七回まで続いた。

一対零で迎えた八回表、フルスインガーズの攻撃。


 流石に八回ともなれば疲労も見えてくる。そこで監督は、自分の荷物から大きめのタッパ―を取り出す。

「みなさん、【レモンのはちみつ漬け】ですよ。良かったら食べてくださいね」

 タッパーの蓋を開けると、はちみつに薄切りのレモンが浸っている。

「おお、ありがたい!」

「いただきます」

 はちみつの甘さからレモンの酸っぱさが少し加わる。本来は効率的にビタミンを回復させるものだが、これはその美味しさが大部分を占めていた。皆、美味しそうにレモンを一枚頬張り守備に向かう準備を始めた。

 しかし、そこで事件が起きた。

「いや、困るよ。今日はお母さんがデパートに連れて行ってくれる約束だっただろ? 今七

回の表だから、終わったらすぐ行くよ。え!? いや、だから」

 ピッチャーの轟が音声通信で外部と会話をしていた。ひどく困った様子で会話を続けている。他のナインも心配そうに見守っていたが、轟はため息とともに通話を切り、マナの方を見る。

「監督、すいません。妻から連絡があって、子供がどうしてもお父さんが一緒じゃないと嫌だ、って駄々捏ね始めたみたいで」

 休日に朝から父親が野球をやっている事は、子供にとっては退屈なのだろう。誰もが仕方ない。という風に轟を見た。

「本当にすまん。この埋め合わせは絶対にするから」

 そう言って、商店街チームのピッチャー、轟がログアウトした。

 ピッチャーがログアウトした今、チームには一つの問題が浮上していた。

「皆さん理解していると思いますが、轟さんがいないので、誰かにピッチャーをやってもらわなければなりません」

「それは解ってるが……」

 どうにもならない。と言わんばかりの口調の理由。それは、リリーフのピッチャーがいない事だった。

 厳密にいえばピッチャーはいるのだが、フルスインガーズ相手に通用するピッチャーがいなかった。


「…………。解りました。私が投げます」

 監督であるマナのリリーフ投手宣言に周りは驚愕した。

「ちょ、ちょっと待ってくれ監督。今までの試合で一度も投げたこと無いだろ? いくらなんでも無茶だ!」

 それは一人の意見では無かった。その場の全員がマナを止める意見を言った。だが当人のマナだけは、笑顔で断言した。

「大丈夫です。これでも投球には自信があるんですよ? もし、打たれることがあれば降板で構いません」

 そして、マナはブローブを左手にはめて、ピッチャーマウンドに上がった。肩慣らしとして投球練習を始めるのだが、またしても一同は驚愕した。

「ア、アンダースロー!?」

 アンダースローとは、その名の通り下からすくい上げるように投げるフォームだ。投げる瞬間に左足を大きく前方に踏み込み、片膝を着くような態勢から投げる。

 リリースポイントが低い分、打ち辛い球がバッターを襲う。


 第一と第二のバッターは、アンダースローを経験したことがなかったのか、見逃し三振で終わった。

 三人目は積極的に手を出そうとした結果、凡打となり終わった。

「すげーな監督。まさかアンダースローとは思いもしなかったぜ」

「ホントホント。相手も結構驚いてたからね。次の回でも打てないんじゃない?」

 ベンチに戻った彼らは、マナのアンダースローを絶賛した。

「日頃から練習していた甲斐がありました。今日は乗り切れそうですね」

 残念ながら裏で追加点は得られなかったが、一点リードのまま九回を迎えた。

「表で抑えれば、我々の勝です。しかしリードは一点、いつでも逆転される可能性が有ることを忘れないでください。気を引き締めていきましょう!」

「「「「「「「「応!」」」」」」」」」

 九回の表、ピッチャーマウンドに上がったマナは、二球ほど投球練習をしてから、バッターとの勝負を始める。

 アンダースローはやはり打ち辛いのか第一第二打者は六球で打ち取った。そして三人目のバッターがバッターボックスに立つ。

「ふぅ」

 初めての登板で緊張もあり、マナは思わずため息を吐いた。

(最後のバッター。彼を抑えれば終了です)

 しかし、その意気込みが良くなかった。一球目は上手くキャッチャーミットに収まったものの、二球目を投げた瞬間にスッポ抜けてしまった。

 しまったッ! と思ったときには遅い。甘く投げられた球を、バッターは快音を響かせて前方に飛ばした。

 マナは頭上のはるか上を飛んでいくボールを仰ぎ見る事しかできなかったが、代わりにそのボールを外野が全力で追いかけた。

 祈るような気持で見守っていると、ボールを追いかけている外野が、走ってもギリギリ落下地点に入れないと悟り、スピードを殺さないまま落下地点に飛び込んだ。

 誰もがボールの行方ゆくえに緊張を巡らせた。起き上がった彼は、左手を高く掲げボールが収まっている事をアピールした。

 

 九回の裏は行われず、一対零で試合は終了した。



「今日はお疲れ様でした。何でも作ますからねぇ」

 喫茶店やすらぎにやってきた商店街チームは祝勝会を行っていた。

「え!? アンダースロー!? マジか!!」

 家族サービスを終えた轟も合流し、マナのピッチングフォームに驚きを見せていた。

「そうかぁ。そりゃ監督にも迷惑かけたなぁ。よしわかった。今日は俺のおごりだ! 好きなだけ飲み食いしてくれ!」

「ははは。太っ腹だなオイ。監督、今日のヒーローは監督なんだから、コッチ来て飲もう」

 試合の後に皆で騒ぐ、このひと時を楽しむのも草野球の醍醐味なのだと、料理を食べ飲み物を煽る彼らの食事は続くのだった。


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