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籠める想い

 ある平日の夕方、そこそこの賑わいを見せていた喫茶店やすらぎ。その扉を開け、一人の少女が入ってきた。

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

 少女はマナを確認すると一直線に歩みよって来た。

 その視線はマナにだけ向けられ、微かに羨望と希望が込められているように見えた。

 少女はカウンターに手を置いて、身を乗りです様にマナに迫る。

「あの、何でしょうか?」

 マナは戸惑いながら聞く。

「私にシュークリームの作り方を教えて下さい!!」

 額をカウンターに叩き付ける勢いで頭を下げる彼女を取りあえず落ち着かせる。

「話を聞きますから、お座りになってはどうですか?」


 リンゴジュースを飲み、落ち着きを取り戻した少女はポツポツと話し出す。

 聞けば、十日後に誕生日を迎える好きな男子にプレゼントをあげたいが、男子の好きそうなものは見当がつかないし、本人に聞くのも恥ずかしい。唯一知っている、シュークリームが好きという情報をもとに、手作りのシュークリームをプレゼントしようとマナに師事を仰ぎに来たということだった。


 マナは全てを聞いたうえで、少し考えて言葉を紡ぐ。

「どんなに再現できていても、プログルブオンラインは所詮ゲームの中のお話です。こういうのは、お父様かお母様に相談したほうが良いと思うんですが」

 当然シュークリームも作れるが、プログラムの中の調理よりも、現実で誰かに教えてもらったほうが良いのではと考えたからだ。

「それが、駄目なんです。お父さんは元々料理はできないし、お母さんは料理は上手だけど、お菓子作りだけは本当に駄目なんです」

 悲しそうにうつむく少女に対して自分ができることは一つしかない。マナはそっと少女の俯いた頭に手を乗せる。

「分かりました。私でよければシュークリームの作り方をお教えしましょう」

 その瞬間、少女の表情が一気に輝いた。

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 嬉しそうに笑う彼女を見て、この恋心を何としても成功させなくてはと、マナは固く誓った。

 後日、閉店にしたやすらぎに少女とマナの影が厨房にあった。

「良いですか? お菓子作りは丁寧さと手早さが明暗を分けます。粉やバターが溶けきっていなかったり、量が少し多かったり少なかったりしただけで失敗します」

 生地が膨らまなかったりしますからね。と言いながら、材料の説明をする。

 少女、カンナは真剣に端末を操作してメモをとる。


「次は実際に作ってみましょう」

 マナは普段作るより遅く、逐一説明をしながらシュー生地を作る。

水・牛乳・バターを焦がさないように煮立たせる。そこに薄力粉を入れ、一気に混ぜてひとまとめにする。

「確実にバターは沸騰させてください。そして薄力粉を入れたら手早く混ぜます。ここでもたもたすると膨らまない原因にもなります」

 なるほど、とカンナはメモを取る。

 まとまったものに、溶いた卵を少しづつ加えて伸ばす。

「最終的には、緩すぎてもダメですし、固すぎてもダメなんです。これは手に伝わる感触を覚えてください」

 それをバットに四~五センチほどの大きさで八個絞り、オーブンに入れて焼き始める。

「生地はこれでOKです。次はカスタードクリームを作りましょう」


 カスタードクリームは、小さな鍋に牛乳を入れて弱火で煮立たせる。その間、ボールに卵黄とグラニュー糖とを入れて混ぜる。混ざりきったところで、薄力粉を入れて再度混ぜる。

 そこに温まった牛乳を三回に分けて入れる。

「ここは手早く丁寧に混ぜます。雑に混ぜると滑らかさが失われますからね」

 牛乳で緩くなったカスタードをザルでしながら鍋に入れて火をかける。

「漉さなかったらどうなるんですか?」

 カンナの質問にマナが答える。

「漉す理由は、カスタードクリームの口当たりを良くするためです。多少面倒でも必ず行ってくださいね」

 鍋に火をかけ、とろみがつくまでヘラを動かし続ける。

「とろみがついたら冷蔵庫で冷やして完成です」

 カスタードクリームを冷蔵庫に入れて一息吐くのと同時に、オーブンがシューの焼き上がりを知らせる。

 

 オーブンを開けると香ばしい、甘い香りが押し寄せてきた。

「上手く膨らみましたね。成功ですよ。カスタードクリームとシューを冷ましている間、私たちも休憩にしましょう」

 マナはコーヒー、カンナはカフェオレを飲みながら少し談笑を始めた。

「クラスで人気なんですか」

「クラス以外にも人気なんです。明るくてみんなに優しいし、サッカーも上手なんです」

 少女は少し顔を赤らめながら言う。

「良いですよね、そういうの。思いは伝えるんですか?」

ただでさえ赤かったカンナが更に赤くなる。

「そんな事できないですよ! 恥ずかしいです!」

 カンナの可愛さに、少しだけ意地悪をしてしまったマナは反省しつつ話題を変える。


「私は、料理は愛情というのは本当のことだと思うんです。好きな人のために作る料理は、とても美味しくなります。スイーツなら砂糖では出せない甘さを引き出せる。料理なら旨を引き出せる。そういうのは男女に関係なく、恋する人の特権なんですよ。きっと」


 その後も、シューとクリームを冷ます間、止まることなく女子同士の会話は盛り上がった。


「もうそろそろ冷めたころですかね。仕上げにかかりましょう」

 そう言って冷蔵庫から、熱が取れたカスタードクリームを絞り出し袋に詰める。そして、上下に割ったシューにクリームを詰め完成とした。

「これで完成です。一つ食べてみてください」

 カンナはシュークリームを一つ手に取り口に運ぶ。口に広がるのはシューの香ばしさとクリームの濃厚な甘味。だが甘すぎることはなく、後味もすっきりとしたものだった。

 カンナは自分の舌に味を覚えさせるように何度も咀嚼そしゃくし飲み込む。

 シュークリームを一つ食べ終えたカンナは言う。

「美味しかったです。この味を再現できれば喜んでくれると思います」

 嬉しそうに言う少女に、マナは優しく否定する。

「私は、カンナさんにこの味を完璧に再現してほしくはありません。これは私の味であってカンナさんの味ではないからです。好きな人に食べてもらうのだから、自分の味で勝負しなくては」

カンナは不安げにマナを見上げる。

「でも、シュリームを作るのは初めてだし、作り方だってさっき知ったんですよ? 私にはこの味を再現すので精一杯です」

「大丈夫ですよ。先ほども言ったでしょう? 好きな人に食べてもらう料理を一生懸命作れば、どうしたって美味しくなるんです。自分の愛情を信じてください」


 そしてマナはもう一度シュークリームを作る材料を取り出し、

「さぁカンナさん、味を自分のものにするためには練習あるのみです。メモを頼りに作ってみてください」

 そう言ってカンナを材料の前に立たせる。

 マナは彼女の肩に手を置いてもう一度、大丈夫ですよと言って微笑んで見せた。

 少女は数秒マナの顔を見ていたが、決意したようにうなずき、バターを手に取った。



 一週間後、落ち着かない様子のマナを見て、その場にいる客のほとんどが注文できないでいた。

「どうしたんだ、一体?」

「さぁ、聞いた話だと、二時間以上ああらしいぞ」

 厨房を左右に行ったり来たりしているマナを見ていたが、不意にドアベルが鳴った。そして小さな少女が、嬉しそうにマナに駆け寄る。

「喜んでくれました! ありがとうって、美味しいって!」

 それを聞いたマナは、少女の両手を握りしめて満面の笑みを作った。

「そうですか、喜んでくれましたか! それなら私も教えた甲斐がありました」

 暫くの間、二人でキャッキャと喜ぶ声がやすらぎに響いていたのだった。


最後まで読んでいただき有り難うございます。


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