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農業ギルド

 日曜日の午後、喫茶店やすらぎでは、まったりとした時間が流れていた。

 誰もがコーヒーや紅茶などを片手に談笑している。と、そこに新たな来客を知らせるドアベルが鳴って、男が一人立っていた。

「いらっしゃいませー」

 ドアベルに反応したマナは返事をしたが、彼女は食材を出そうと冷蔵庫に顔を突っ込んでいる。


 何とはなしに、そちらを見たプレイヤーの一人が驚愕に顔を染め、それに気づいた仲間がドアを見る。

 そこには、出入口を塞ぐように男が立っていた。二メートルほどの巨躯に浅黒い肌を持ち、子供を泣かせそうな顔をしていた。

「ヤバいぞアイツ。確実にカツアゲとかそういうの専門だろ」

「アバター自由度を駆使して最強に怖い顔を作り上げたな」

「プログルブオンラインって全年齢対象だよな? R指定入んないのか?」

「どうする? 此処で暴れるようなら俺たちが行くか」


 さまざまな言葉がひそひそと交わされる中、男はずんずんと店内に入ってきてカウンター越しに、マナの背中の真正面で立ち止まる。

 数人が椅子から腰を浮かせ、臨戦態勢に入る。

「マナちゃん、ご注文通り初物の野菜持ってきたよ」

 そう言って、ドサリと手に持っている野菜のたっぷり詰まったかごをカウンターに置いた。

 男のセリフは店内に響き、その場にいる全員に聞こえたが、理解したのはマナしかいなかった。


 その言葉に冷蔵庫から顔を出したマナは男と籠の中身に笑顔を向ける。

「わざわざ持ってきていただいてありがとうございます。本当は私から伺うべきでしたのに……」

 頭を下げるマナに男は豪快に笑い飛ばす。

「気にするこたぁない。俺も朝から畑に出ずっぱりで収穫だったからな、気晴らしには丁度良い」

 そこでマナは、彼の後ろのお客様の様子に気付く。

「あれ? みなさん、どうしました?」

 男は何かに気付いたように自己紹介を始める。

「俺は農業ギルド【大宜都比売おおげつひめ】リーダーの西郷さいごうだ。今日は頼まれた野菜をお届けに伺った次第だ。決してギャングじゃないぞ」

 そこまで聞くと、マナも状況が呑み込めたらしくクスクスと笑い、客も済まなそうに頭を下げた。

 

「今回のトマトは小ぶりですけど、色が濃いですね」

「まぁな。肥料や水に加減を加えたんだ。この辺は本当にリアルに出来てるよ。現実世界と大差ないらしいな。トマト農家のやつが言ってたよ」


 西郷がリーダーを務めるギルド大宜都比売は、現実でも農家をやっているプレイヤーが多く集い、農業を専門に活動している少し異色のギルドだ。

 プログルブオンラインでは食物の育成と収穫が可能だ。料理同様、その人の知識と経験がものを言うのは勿論のこと、肥料・水・天候などによって枯れたりもする。収穫したものは売ったり自分たちで食べたりと、現実とは違い気楽に趣味で行える魅力がある


 大半は精々ガーデニング程度。拘る人でも四メートル四方の小さな畑がある程度だが、大宜都比売では数十ヘクタール規模の畑が広がっていた。

 しかし何故、自由に農業ができるのにあまり手を出されないのかといえば、害獣が出るのだ。しかも、サルやシカやイノシシなどではなく、オンラインゲームらしくモンスターの類がやってくる。何のモンスターが来るかはランダムだが、それに勝てなければ畑は好き放題に荒らされる。だから、自分たちにカバーできない広さは持たないのが主流ゆえに、広大な敷地を持ち、モンスターと戦うことを選択するギルドは稀なのだ。

 そんな彼らが有名でないのは、野菜を買うのが飲食店を経営する店くらいだからに過ぎない。マナをはじめ、その筋には有名なギルドだ。


「折角来たんだから、何か軽いものでも頂こうかな。できれば、ウチのトマトを使ったものが良いな」

 西郷はカウンター席にそのまま座り、ざっくりとした注文をする。

 マナは、これは挑戦として受け取った。

 俺たちが作った野菜をうまく調理してみろ。おそらく西郷はそんなこと思ってもいないだろうが、自分のモチベーションを上げるためにそう思うことにした。

 自分の知識を総動員して、このトマトに合う料理を導き出す。


「そうですね。……【カプレーゼ】、なんていかがですか?」

「かぷれーぜ? 何だいそりゃ」

聞いたことのない料理だったのだろう。眉間にしわを寄せ、西郷は首をかしげる。

「カプレーゼは現実世界のイタリア料理で、トマトとモッツァレラチーズを使った料理です」

「なるほどなぁ。じゃぁそれを貰えるかい」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 マナはトマトを二つ手に取り洗う。洗っている最中にもトマトの重みがズシリと伝わってくる。

(この小ささでこの重み。栽培中にワザと水を与えず、中身を凝縮させて甘くしたんですね。それ故に小ぶりということですか)

 トマトのヘタをくり抜き、一センチ幅の輪切りにする。

 そして、冷蔵庫からモッツァレラチーズを取り出し、同じように輪切りにした。

 それを皿にトマトとチーズを交互に並べ、その上から塩とコショウを振り、バジルの葉を乗せ、オリーブオイルを回しかける。

 

「お待たせしました。カプレーゼです」

 西郷の目の前にコトリと皿を置くと、彼はそれを珍しげに眺めた。

「こ洒落た料理だな。箸で食っても良いのかい?」

「もちろんですよ」

 マナはそう言って箸を渡す。

 箸を受け取った西郷は、トマトとチーズを一枚ずつ挟み口に入れる。

 トマト特有の甘味が、モッツァレラチーズにのクリーミーさが合わさる。そして、オリーブオイルとバジルの風味が混ざる。

 その全てが一体となって味覚を満たす。

「ウマいなこりゃ!」

 箸は止まる事のないまま、最後の一口を平らげる。

「ごちそうさん。初めて食ったがウマかったよ」

「お粗末様でした。満足していただけたようで何よりです。またいらしてくださいね」

 西郷は料金を手渡し店を出ていく。

 空っぽの皿を厨房へ引っこめると、テーブル席から注文が入る。

「すいません。こっちにもカプレーゼ貰えますか?」

「マナさん私たちにもください」

「こっちも二皿!」

 至る所からカプレーゼの注文が入る光景に、マナは微笑みながら注文を承った。


最後まで読んでいただき有り難うございます。


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