お化け屋敷1
この回は料理は出てきません。
夏の茹だるような暑さ。それを乗り越えるために人々は様々な工夫を凝らしてきた。
冷たいものの摂取に始まり、エアコン・扇風機。打ち水や避暑地に逃げるという手もある。プログルブでは毎年、メインサーバーとは別のサーバーを立て、夏祭りイベントが開催されている。なのだが、今年はさらにもう一つ別のサーバーを立っている。
『幽霊のいる家』
サーバー名が指す通り、今回はお化け屋敷もイベントの一つとしていた。
遡る事一ヵ月前、運営に一通のメールが届いた。
【一カ月後の夏祭りイベントにおいて、お化け屋敷を出店したいのですが許可は下りますか?】
そんな要望メールだった。
イベントごとは全てマナに一任されているので、このお化け屋敷についてもマナに許可不許可の権限がある。夏祭りには誰でも出店は許されているのだが、お化け屋敷は今までに例がない。
そのため許可を出すために、マナは運営スタッフと名乗り、細かいルールの設定などをメールでのやり取りで重ね、夏祭り会場とは別のワールドでの出店で許可を出したのだった。
そして、盆踊り会場の責任者であるマナというプレイヤーが、お化け屋敷の責任者も務める事をメールで伝えた。これで運営者の監視ではなく、プレイヤー同士の相互扶助のような関係が成り立てば、自由に面白いものが出来上がると考えての行動だった。
夏も本番の真っ盛り。夏祭りイベント会場も櫓も組み終え、屋台も出そろった。
明後日のイベント本番に向け、準備は万全。
「皆さんお疲れさまです。今年も恙なく設営出来ました。当日もよろしくお願いします」
責任者であるマナが、設営に協力してくれた人たちに感謝を述べる。そして、ゆっくりしている暇も無くお化け屋敷のサーバーに向かう。
転送されて、目に飛び込んでくるのは紫がかった闇夜。そして目の前には四方を塀に囲まれた武家屋敷のような巨大な家屋が鎮座していた。
マナは開けられている門をくぐった。くぐった先の正面には母屋の玄関があり、左手側には庭がある。その庭で八つの人影が車座で集まっていた。
「準備は順調ですか?」
彼らの背中に声をかけたマナは戦慄した。くるりと振り向いた顔は、例外なく恐ろしい顔が張り付いていた。一人は顔中に切り傷があり血が流れていたり、一人は無表情で血の気が引いた青白い顔であったりした。
マナの恐怖に気付くことなく、一人のプレイヤーが笑顔を向ける。
「はい。おかげさまでお化け屋敷は完成しました。さっきまで当日の練習をしてたんですよ」
声のトーンは男性で、笑顔で近づいてくるが、マナは引きつった笑顔しかできていない。しかも、近くで見れば見るほどに細部がはっきりとしてくるので余計に怖い。思わず半歩後ろに下がったところで今の自分の顔を思い出したようで、彼は端末からアクセサリーを選択しフェイスパーツをデフォルトに戻す。そこには端正な顔が現れた。
「すいません。顔を変えていることを忘れてました」
ハハハ。と困ったように笑う青年。
それに続くように全員が素顔に戻ると、マナはホッと胸をなでおろした。
気を取り直して会話を再開する。
「でも、問題が無いようで良かったです。正直、お化け屋敷の問題解決はやったことが無いですから」
料理を扱う店ならば、問題が起きたとしても対処法は思いつくが、それ以外は難しいのが本音だ。
「ぼくらも初めてでしたけど、何とかなりましたね」
しみじみ、といった様子で屋敷を見つめる青年だったが、ハッと何かに気付いたようにマナに視線を移し、
「あの、よかったら最初のお客さんになってもらえませんか? ルール違反の有無の確認もお願いしたいんです」
と、笑顔で言った。
マナは内心で焦った。
お化け屋敷は、プログルブオンラインのサービス開始以来の初めての試み。故にマナはお化け屋敷というものを経験したことが無かった。無論、知識としては知っているが、自分が経験するとなると嫌だった。
(何故みなさん、積極的に恐怖を味わいに行くんでしょう……)
怖いのは嫌だなぁ。と断る理由を考えているうちに、彼らの準備が終わってしまっていた。先ほどのフェイスパーツを再度付け直し、怖い顔に戻っている。
こうなっては、拒否も間に合わない。
「じゃぁ、十分後くらいに玄関から入ってきてください」
青年はマナに告げて屋敷に入っていく。
「大変なことになりましたね」
一人玄関の前で佇むマナはがっくりと肩を落とした。




