好みの味
誰しにも家庭の味と言うものはある。
例えばカレー。ルゥの濃さ入れる具材の種類。例えば正月の雑煮。味噌派醤油派。具材に何を入れるか入れないか。
挙げればキリがないほどに家庭ごとの味や拘りがある。
そして、喫茶店やすらぎでも、その拘り同士が静かにぶつかっていた。
「それじゃぁ何か。甘い卵焼きはお子様だってか」
「そう言わざるを得ないだろう。確かに子供のころは無くも無いと思っていたが、今では考えられないな」
店内のテーブルに着きながら、二人の男性プレイヤーが【卵焼き】について激論を繰り広げていた。
「だからな、瞬多。甘いというのはデザートの類だ。白米のおかずにはならないだろう?」
卵焼きはしょっぱい派、ゴウトが整然と告げる。
「ちょっと待て、お前は箸休めって単語を知らないのか? 並んでいる物が全ておかずじゃない。ほのかに甘い卵焼きを少しずつ、合間合間に食べるからこそ全てのおかずが引き立つんだろ」
卵焼きは甘い派、瞬多が身を乗り出して反対した。
二人の口論のきっかけは些細な事。休憩に喫茶店やすらぎに入り、定食を注文した。
出てきたフライ定食には卵焼きが二切れ乗っていた。
やすらぎの卵焼きは砂糖を少量使った甘い卵焼き。それに喜ぶ瞬多と、対照的に微かに残念そうな表情のゴウト。普段は四~五人で訪れているのだが、二人で来たのがまずかった。いつもなら気にならないお互いの表情が見えてしまった。そして、互いが疑問を持ち互いの主張を聞いてしまったために起きた論争だった。
店に迷惑が掛からないように静かに、しかし激しい舌戦は続いている。
「甘くしてしまっては卵の味がぼやけるだろう。塩味があるからこそ、卵本来の味が見えてくるんだ」
「甘くするからこそ、卵の味に深みが出るんだよ。煮物でも砂糖を入れることでコクをだすだろう」
そこに一人の男が店に入ってきた。
彼は空いているカウンターに座り、マナに注文する。
「焼酎のロックと、【出汁まき卵】。味はいつも通り、塩ね。あと大根おろしも頼むよ」
かしこまりました。と調理を始めるマナと、料理を楽しみに待つ男性。そして口論を続ける瞬多とゴウト。大人しくと言ってもそこは口論。適当に数分聞いているだけで、男性にも彼らが何に対して揉めているのか理解できた。
「自分に合う味を、自分だけのものにする、定番にする。って発想は歳喰ったオヤジの考えなのかね」
小さく、一人で呟いたセリフをマナだけが聞いていた。マナは出汁まきをひっくり返しながら、
「味の共有は難しいです。自分の美味しいは、必ずしも他の人の美味しいには当てはまらないものですよ」
そして、マナは一呼置いてから言葉を再度紡ぐ。
「できるなら、二人共に美味しいと感じる卵焼きに出会えると良いんですけどね」
そう締めくくってから、注文の出汁まき卵と焼酎のグラスをカウンターに置いた。
「まぁ、若いうちは何でも有りだ。歳を取れば自分と人は違うんだ。と嫌でも悟ってくるもんだ」
男性とマナの会話は、当然彼らにも他の客にも聞こえない。
彼らの卵焼き愛を後ろで聞きながら、男性は箸で出汁まきを切り、大根おろしを乗せ食べる。そして、その後すぐに酒を流し込む。
「やっぱり焼酎には出汁まき卵だよなぁ。この出汁の味と卵の味、その後に飲む焼酎は至福だよ」
笑顔を見せる男性は誰よりも無邪気に見えた。




