四人の新居
金曜日の夜、明日明後日と学校も仕事も基本的には休み。そのためとにかく賑わっていた。
一人掛けのカウンター席八席、四人掛けテーブル十二脚。その殆どが埋まっていた。愚痴を言う者。笑い話をするグループ。ボス戦の攻略法を話し合っているパーティー。そういった声が店の空間を飲み込んでいた。
話をするには、食べ物と飲み物は欠かせない。殺到する注文にマナも新しい包丁を手に一生懸命腕を振るった。
(さすがに腕の数が足りないですね。料理を作るのは楽しいですけど、フライパンを揺すりつつ、洗物をして材料を切るのは大変だ)
ふぅ、とため息を漏らすが充実しているとも思う。
出来上がった料理をテーブル席に持っていった帰りに、あるテーブルに気付く。
テーブルに広げたデジタル3Dの建築図面。それを見つめる四人のプレイヤーが、うんうんと唸っていた。
マナの視線に気づいた一人が謝罪を口にする。
「すいません。コーヒー一杯で長いこと居座ってしまって。すぐに退きますから」
その言葉にマナは慌てて首を横に振る。
「良いんですよ。席は早い者勝ちですし、コーヒー一杯でもお客様ですよ」
そういってマナは厨房に戻った。
それから数時間、午前零時を回った時刻になり、ダンジョンに向かったりログアウトしたりと、客も減り店内も落ち着きを取り戻していた。しかし、先ほどの四人は変わらずに図面を見て唸っていた。
「少し休憩してはどうですか?」
図面を覗き込みつつマナは声をかける。
テーブルの四人はマナのほうを向き、疲れた笑顔を見せる。
そして、それぞれが自分の飲みたいものを注文し、休憩の体制に入った。
数分後、お待たせしました。と、マナが四人分のドリンクをテーブルに置く。
「お家の設計ですか? あまり気難しく考えると途中で飽きちゃいますよ?」
やすらぎでは普段から色々な話が交わされている。その中には勿論、家やアジトのようなものを建てる計画もあった。ごく少数だが、連日通って計画を立てているうちに、それぞれの主張がぶつかり、結局頓挫した者たちもいた。
それを見ているマナは、このような事態にはやんわりと注意を促すようにしていた。
「建築は初めてなんで、内装をどうしたらいいのか迷っちゃって」
そう言った少年は【ワイル】と名乗る男性プレイヤーだった。少し頼りない印象を持つのは、気弱そうな顔の造形だからだろうか。
マナは、私個人の意見ですよ。と前置きをしてから話す。
「強い主張の家具や内装というのは飽きてしまう場合があります。一~二週間くらいは嬉しさ等でお気に入りの空間ですけど、月日が経てば落ち着いた空間がほしくなるものなんです」
「なるほど」
納得したようにうなずいた少女は【ふぉにあ】と名乗った。
凛々しい表情に眼鏡を掛けているからか、彼女は四人の中で一番大人びて見える。
そのふぉにあに、同じテーブルの少女が言う。
「でもでも、折角だからって気もあるよね。現実じゃ出来ないような賑やかなヤツ!」
元気一杯を体現したような少女は【ミュー】。
それに対し冷静に指摘をしたのは【十兵衛】という少年だった。
「だけど、ダンジョンで必死に戦った後に、帰る家の壁が黄緑色とかは落ち着かないよ」
彼は苦笑を交えてミューに言う。
むぅ。と唇を突き出して抗議する構えのミューだったが、自分だけが意地を張るべきではないと判断して諦めたようにぐったりする。
「壁の色等は落ち着いたもの。棚やテーブルなどに置く小物にこだわるのはどうですか?」
それを聞いたミューは見る見る元気を取り戻していく。
「その手があったか!」
そう言って自分の端末を取り出して操作を始めた。
端末情報には、自作の小物を販売している店舗の情報が載っている。それをスクロールしてデザインと価格を比べ、良いものを吟味していた。
次の日も、その次の日も、彼らは四人でテーブルを囲み話し合いを続けていた。
「ああいうのを見ていると、また家なり何なり作りたくなるな」
「バカ言え。俺たちは家作りで散々揉めただろう。その結果、一対一対一対一対一で殴り合いに三時間も費やしたのを忘れたか?」
カウンター席の男たちが酒の肴に笑いあう。
「ふふ。そういうのも青春ですよね」
マナも包丁を動かし続けながら笑う。
この世界は楽しい。マナはそう思う。色んな人がこの世界に来て楽しそうに笑い、たまに喧嘩して、また自分の世界に帰っていく。もう店に来なくなって大分経つプレイヤーもいるし、最近ログイン率が多くなったプレイヤーが常連となったりもしている。
マナは、そういうものが堪らなく好きだった。
暫くすると設計が固まったらしく、店に顔を出す頻度が低くなった。それから一ヶ月経った日、四人がやってきた。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
「あ、いえ。家が完成したんで、一週間後に四人で新居祝いをするんです。その時の料理を予約したいんですけど」
十兵衛が言ったことにマナがうなずく。
「ああ、成程。そういうことでしたか。わかりました。一週間後にお届けしますよ」
「自分たちで取りに来ますよ。お店も忙しいでしょう?」
マナは、大丈夫だと伝え、四人からメニューを聞く。
十兵衛は【から揚げ】ワイルは【コロッケ】ミューは【ピザ】ふぉにあは【グラタン】を、量や個数は三~四人前で注文をして料金を払った。
予約の日。現実世界の午前四時、客足が途絶えたところで喫茶店やすらぎは一時的に閉店していた。
「さて、から揚げの下準備から始めましょうか」
そう言って冷蔵庫から鶏肉を取り出す。
まずは、程よく脂身を削いでから一口大に切る。そしてスパイスの効いたタレをもみこんで冷蔵庫に仕舞う。
次はグラタン。ホワイトソースは、小麦粉とバターから作り牛乳で伸ばして塩コショウで味を調える。一口大に切ったホウレンソウと玉ねぎ、ベーコンを炒めてからグラタン皿に移し、ホワイトソースを流し入れる。
その上に、たっぷりのチーズと少量のパン粉を振りかけ、オーブンに入れて焼き始める。
コロッケはまず、ひき肉とみじん切りの玉ねぎを炒め、蒸かしたジャガイモの皮をむき、潰したものに混ぜる。ソースの使用を極力避けてもらい、素材の味をそのまま味わってもらうために、塩とコショウを基本より少し多めに使う。
出来たものを手のひら大の小判状にまとめ、小麦粉・卵・パン粉の順に付け、油で揚げる。
具材にはすでに火が通っているので、衣がきつね色になれば油から引き上げる。油切パッドに並べる。
次は、から揚げを上げる。
冷蔵庫から肉を取りだし、片栗粉を全体にまぶし油に入れる。
まずは、中温で中まで火を通す。この時に肉を多く入れると、油の温度が下がり油っぽくなるので少量ずつを意識する。
じっくりと肉に火を通し、一度油から上げる。それを数回繰り返し、一度目の揚げが終わる。
油の温度を上げ、二度揚げに入る。
これで衣をカリッとさせる。
「我ながら美味しそうなものが出来ましたね」
出来上がったコロッケとから揚げを見て、つまみ食いの誘惑が出てくるが、それを断ち切って作業を続ける。
捏ねておいたピザ生地を伸ばす。ピザは時間をかけるべきではない料理の一つだ。最短で生地を伸ばし、素早くトマトソースを塗り、トマト、バジル、チーズをのせ、窯に入れる。
その作業を三分以内に終わらせる。
「プロはもっと手早いらしいですが、今の私には三分が限界ですからねぇ」
店には簡易的ではあるが、窯も設置されていて、それで焼けば当然美味しいものになる。
一分ほど焼けば出来上がり。
今回はデリバリーなので、素早く保温性の高いケースに入れる。
油が切れたコロッケとから揚げもケースに入れる。と、そこにグラタンも焼きあがる。
順調に料理も完成し、デリバリーする準備も終わる。
「ふー、やっと終わりました」
腕で額を拭い、一息入れる。
しかし、ゆっくりとはできない。どんなに保温性が高くても、時間がかかれば確実に冷めていく。届けることに時間はかけられない。
「さて、お届けに行きましょうか」
彼らの新居は店から五分ほどの場所。料理はケータリング用の配膳カートに乗せて押していく。
厨房から出るときにマナは、忘れ物に気付いた。
「そうだった。積み忘れがありましたね」
そう言ってもう一つ台車に料理を乗せる。
地図を頼りに目的の場所にたどり着く。
外観は赤茶色のレンガで、煙突も見える。落ち着いた雰囲気に仕上がっていた。
「お待たせしましたぁ」
と、木製の扉を開ける。
そこには、すでに盛大に盛り上がっている四人がいた。
「盛り上がってますねぇ。ご注文のから揚げとコロッケとピザとグラタンですよ」
彼らが囲んでいるテーブルにそれらを並べると、おおー! と、歓声が上がる。
その声を聞きながらマナはぐるりと周りを見渡す。
(床は木材で照明はほんのりオレンジ、この空間は落ち着きますね。少し派手めな小物を置いたことも良いアクセントになってますね)
その間にも四人は料理にくぎ付けだった。
「美味しそー! リアルで食べたい!!」
「美味しそうな料理を躊躇なく食べても太らないのがメリットよ」
女性陣が会話で盛り上がる中、男性陣は早速手を付ける。
十兵衛は自分が注文したから揚げを口の中に放り込む。
カリカリとした衣の下にはあふれる肉汁。下地のスパイシーな味付けと相まって最高の味になる。
「ウマい! やっぱり味覚再現は最高だな」
コロッケに手を伸ばすワイルはソースを探している。それを見たマナは得意げに静止した。
「まずは、何もつけずに食べてみてください。それで足りなかったらソースをどうぞ」
そう言われ、ワイルは何もつけずに一口食べる。
外はサクサク、中はしっとりとしたジャガイモと玉ねぎの甘味、ひき肉の旨みが押し寄せる。さらに塩の塩味にコショウの風味がプラスされて、ソースは絶対に必要ないと判断できた。
「明日のお昼はコロッケだ」
「わかる。グルメドラマとか漫画とか、そういうのに確実に影響されるよな」
「二人で盛り上がってないでよ」
あきれた風にふぉにあが言ってマナのほうに振り向く。
「よかったらマナさんも一緒に食べませんか? マナさんのおかげでこの家は完成したんですから」
「いえ、そんなことありませんよ! 私は何もしていません」
両手を胸の前でぶんぶんと振る。
「マナさんが声をかけてくれなかったら、絶対ケンカになってたと思います。だから是非一緒に!」
ミューが上目使いでお願いする。
その可愛さにたじろぎ、うっかり首を縦に振ってしまう。
「やったー! 決まりですね。ほらほら座ってください。飲み物は何にしますか?」
「それでは、お茶をいただけますか?」
そうして五人でのお祝いが始まった。
それぞれが、思い思いの料理に手を伸ばす。
「このピザ生地、モチモチしていて美味しいですね」
ピザを一切れ食べたふぉにあが驚いた表情を作る。
「その理由は簡単です。保存を考えず、捏ねたものをその日のうちに消費すればいいんです。どんな形であれ、時間が経てば当然水分は減っていきますからね」
そうなのかと彼女は頷き、二枚目に手をかける。
ミューも皿に取り分けたグラタンを美味しそうに頬張っていたが、食べ終わったのか満足そうな笑顔とともに皿を置いて一息つく。
「みんなもグラタン食べたほうがいいよ。全然粉っぽくないし、ホウレンソウの食感とベーコンの旨みが堪らないから」
それに対し、言われんでも食べるわ。と、次々に料理がはけていく。
マナも少しずつ味見として料理をもらって一口運ぶ。
(手前味噌ですが美味くできました)
マナの料理に舌鼓を打ちながら、さまざまな会話が目まぐるしく変わっていく。
美味しい料理があるだけで、その場の空気も明るくなる。
ある程度落ち着いた頃に、マナは台車からあるものを取り出した。
「良かったらこれも食べてみませんか?」
そこにあったのはリンゴパイだった。
「これは私からのプレゼントです。美味しいはずですよ」
四人は嬉しそうに、特に女性陣の喜びは相当なものだった。
カッティングはしてあるので四人にサーブしていく。
それを彼らは嬉しそうに食べる。
パリパリサクサクのパイ生地にはバターの風味。中のリンゴは、シャリシャリとした食感を損なうことなく生地に収まっていた。シナモンがかかっているが、リンゴを損なう様なことは無い。
「喜んで頂けたようで何よりです。私はお店に戻りますね。そろそろ開店しないと」
「付き合ってもらって、ありがとうございました」
「料理美味しかったです! 今度お店にご飯食べに行きますね」
「また遊びに来てください。またお喋りしましょう」
「色々とお世話になりました。ありがとうございます」
ワイル・ミュー・ふぉにあ・十兵衛が思うことを述べる。
マナ別れを告げて家を出る。
外に出ると、静かな空間が広がっていた。後ろでは小さくなった笑い声が聞こえてくるのを聞きながら、自分の店に帰るのだった。
最後まで読んでいただき有り難うございます。
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