特別営業
「今年ももう数日で終わりですねぇ」
マナは喫茶店やすらぎの中から窓越しに外を見る。年の瀬とはいえ、オンラインゲームには関係はなく、誰しも師走の忙しさの合間に楽しんでいた。
今日のやすらぎは通常営業は行っていない。この日は農業ギルド大宜都比売から大量に仕入れた野菜とキノコ類で【鍋】パーティーを行うのだ。
完全予約制で二十人。毎年のことながら五分で定員に達した。
そして、このパーティーには一つの特徴がある。それは、自分で食材を持ってくることが可能なのだ。自分の住む地域や故郷の具材がプログルブオンライン内で手に入れば、それを持ってきて鍋に入れる。自分が慣れ親しんだ味をほかの人に堪能してもらい、自分の知らない味を堪能する。このパーティーだけは、マナも食べたことのない鍋に遭遇する率が高いので楽しみにしていた。
鍋用の出汁汁を作るのはマナの仕事。前日から水に昆布を浸してある鍋を、冷蔵庫から取り出し火にかけた。沸騰して来たら昆布を取り出し丁寧に灰汁を取り、それを繰り返していると、綺麗に透き通った黄金色になる。火を止め鍋の温度を下げる。焦らずにゆっくりと温度を下げ、ある程度温度が下がったところでカツオ節を入れ、再度火を付け煮出す。ここで長時間煮出すとカツオのえぐみが出てしまうので、さっと短時間で旨みだけを抽出する。
それが終わったら、土鍋にカツオ節を漉す用の布をセットし鍋の出汁を移す。
完成した出汁を少し味見をしたマナは、満足げに頷く。
「良い出汁が出来ました。これでお鍋をすれば美味しいこと間違いなしですね」
そして、出汁作りを四回繰り替えしたのち、卓上コンロをセットし、土鍋を置く。
切った野菜とキノコを、それぞれ五つのザルに山盛りに、肉類も一口大切ってパッド五つ盛ってカウンターに置いた。
「こんなもんですかね」
時計を見れば、あと三十分あまりで鍋パーティー開始の時間に迫っていた。すると、鍋を作る数人がやすらぎにやってきた。
「こんばんは。今年もキッチンを貸してもらえるかい?」
巨大な箱を抱えた大宜都比売の西郷が先頭で扉をくぐる。その後ろには両手に各々の材料を持った常連客たちがいた。
「お待ちしていましたよ。調理道具は用意しておきましたから自由に使ってください」
マナに言われ、一同はがやがやとキッチンで準備を始める。
「それ、なんですか?」
西郷がまな板の上に置いた魚を見た黒髪の少女が、その巨大さと見た目に驚いていると、同じ顔をした金髪の少女が言う。
「クエ、じゃない?」
「クエって、あの高いやつ?」
「そう、高くて美味しいやつ」
二人の会話に西郷が笑う。
「良く知ってるな。確かにこいつはクエだ。釣るのは大変だったよ」
ハハハ、と笑いながら彼はクエを捌く。
暫く捌かれる魚を見ていたが、少女たちも自分の鍋の具材を作りにかかる。
自分たちで炊いておいた米を取り出し、すり鉢の中に入れる。そして、すりこ木を手にした彼女は黒髪の少女に、
「夜姫、すり鉢押さえててくれない?」
「任せてー」
二人で力を合わせ、ご飯を潰していく。ある程度潰れたところで十等分に分ける。そして、四方一センチ、長さ三十センチほどの棒に槍の穂先のような形に巻きつける。
計十本を作り、網の上で焼く。
「次は土鍋か」
きりたんぽを妹に任せ、姉はテーブルの土鍋のふたを開ける。
そこから立ち上る湯気は魚介系、昆布とカツオの香りだ。
本来きりたんぽ鍋は、鶏ガラをベースにした鍋だが、朝姫が研究を重ね魚介系でも合うように改良したものを作る。
鶏肉や笹垣にしたゴボウなどを入れ煮る。
鶏肉に火が通れば、塩などの調味料を使って味を調える。
「焼けたよー」
夜姫が二等分に切った、十六個のきりたんぽを持ってくる。
「ありがとう。それは食べる前に入れるから置いておいて」
双子以外の人たちの準備も終わり、やすらぎは良い匂いが満ちていた。
「もうすぐお店を開けますよ。大丈夫ですかぁ?」
全員から大丈夫だ。と返事があったので、鍋パーティーを開始する。
扉にopenの看板をだして五分もしないうちに全員がやってきた。
形式は立食。自由にテーブル間を行き来して好きなものを食べる。
「この魚美味しいですね」
参加者の一人の男性が、西郷に言う。
「そうだろう。釣るのに苦労したんだ。ミガル海の船の上で一時間の格闘だよ」
彼はジェスチャーで釣る仕草を見せ笑いを誘う。
西郷の作った鍋は【クエ鍋】。昆布とカツオの出汁の中に入れるのは白菜やシイタケなどの野菜とクエのみ。あえて肉は入れていない。それによって動物性の味が無くなり、よりさっぱりとした味に仕上がっている。
クエの白身は噛めばプリッとした弾力のある歯ごたえと、じわりと出てくるクエの旨み。その旨みが溶け出し、野菜にもしっかりとその味が染み込んでいた。
その鍋が美味くないわけがない。
マナもクエ鍋を堪能したところで、後ろから声がかかる。
「美味しいのはクエ鍋だけじゃないんだよ。マナちゃん?」
声の方に向くと朝姫が腕を組みながら不敵な笑みを浮かべていた。
「私の作った、【きりたんぽ鍋・私スペシャル】だって美味しいんだからね!」
「確かに私はたいして作ってないけど、せめて私『たち』って言ってほしいな」
隣にいる夜姫の異議に朝姫は訂正して言い直す。
「……私たちの作った、【きりたんぽ鍋・私たちスペシャル】だって美味しいんだからね!」
「ふふふ。では、お二人のお鍋を頂きますね」
夜姫に取り分けてもらった【きりたんぽ鍋・私たちスペシャル】を食べる。
きりたんぽは焼き目は香ばしく、食感はモチモチしているが、完全に餅なのではなくコメの食感も残っている。ほんのりとした甘味と出汁の味も良く染み込んでいる。
そして、他の鍋と違う食感。ささがきのゴボウが飽きを感じさせない。これが有ると無いとでは全く出来上がりが違っているだろう。
きりたんぽ鍋に舌鼓を打ち、きっちりと出汁汁も飲み干す。
「どお? マナちゃん。美味しかったでしょ?」
「ええ、とっても」
お代わりもしようかと考えるが、まだ他の鍋もある。全ての種類を制覇するまではお腹を一杯にするわけにはいかない。
軽く頭を振って思いを断ち切ってから、別のテーブルの鍋を覗く。
そこには魚介と海藻がたっぷりと入っていた。
(これは【水軍鍋】ですかね)
器によそって、まずは出汁を一口。
(昆布とカツオ節以外にも、具材の魚介と海藻からも出汁が十分に出ていますね)
そして具材に箸を付ける。海藻のシャクシャクとした食感や、魚だけではなく、貝やエビも鍋の具として最高の働きをしている。
全てを食べきり、名残惜しくも水軍鍋のテーブルを離れ、次のテーブルに向かう。
そのテーブルからは他とは少し違った香りがした。
(おや? この香りは味噌ですね)
鍋を覗けば、味噌の香りの意味がわかった。
(【石狩鍋】ですか)
石狩鍋は他の鍋とは少し違い、出汁には味噌を足し、具材にはキャベツやタマネギ、そして鮭の切り身などの独特な食材が多い。
出汁を一口すすれば、濃厚な味噌と海鮮の旨みとコクが広がる。
次は具を食べる。
良い具合にしんなりしたキャベツと、タマネギの甘味を感じつつ鮭も口に入れる。
(石狩鍋は初めて食べましたけど、美味しいですね)
パクパクと食べていると、テーブルに小皿が置いてあることに気付いた。
薄黄色の小さいブロックが数個、バターだ。
マナはそのバターの一欠けらをポチャンといれる。バターはすぐに溶け、器の中に黄色の油が浮く。
再度、出汁汁を飲むと全く違う味がした。バターを一つだけ溶かしただけとは思えないコクが追加され、違う鍋のように感じる。
器を空にすると、突然後ろから抱き着かれた。マナは思わず、キャッ、と短い悲鳴を上げて背中を見る。するとそこには、ほんのりと顔を赤らめた朝姫がいた。先ほどまでのしっかりとした様子ではなかった。
「マナちゃぁん、ちゃんと飲んでるぅぅ?」
食べてるいか、ではなく飲んでいるかと聞くあたり、少しばかり酔っているようだった。と言ってもゲーム内では酔えない。なので、場で酔っているに近い状況だ。
「私は飲まないんですよ。朝姫さんこそちゃんと食べてますか?」
「食べてるよぉ、湯豆腐美味しいよね」
「お姉ちゃんッ、絡んじゃダメだよ! マナちゃんにも迷惑でしょ」
姉の行動に気付いた妹が静止に入る。
マナから引きはがされても、マナを求めるように両腕をもがかせる朝姫を可愛らしく思いながら見送る。
他の人たちも、鍋をつつきながら談笑している。それを見ていると随分と楽しそうで、自分も鍋ばかり食べていてはもったいなく感じ始めた。
そこで、近くで盛り上がっている人たちの輪に入れてもらうことにする。
「盛り上がってますねぇ。私も入れてもらってもいいですか?」
すると、中心で話をしていた西郷が笑顔で手招きする。
「おぉ。盛り上がってるぞ! 入れ入れ!」
そこからは、鍋の材料が尽きても、二十人で永遠と談笑をして年の瀬の夜を過ごした。
最後まで読んでいただき有り難うございます。
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