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深夜の双子

「やはりこの時間は暇ですねぇ」

 何度目かの少女ため息。空になったグラスを弄び、時間を過ごしていく。

 午前二時、大半の人間は睡眠にあてがう時間だ。

 

 ここはプレイヤーの五感を百パーセントゲーム内で再現する、完全体感型VRMMORPG【プログルブオンライン】の中。

 退屈を嘆いているのは、このゲームに常駐している『AI』、つまりは人工知能。それを兼ね備えたプログラムキャラクター、識別ネーム【MA7】・キャラクターネームは【マナ】。

 彼女が居る場所は自分の店舗、【喫茶店やすらぎ】。

 何故AIが店舗を経営しているかと言えば、プログルブオンラインの開発者がAIマナの性能向上を目的に作られた、コミュニケーション商業施設を与えて経過を見ると言う長期プランのためだ。


「はぁ……」

 平日の深夜のパーティは、大抵ダンジョンに繰り出している。人が少なければトラブルの可能性も低くなり、時間に自由な大学生などに人気の時間帯。逆に、毎日決められた時間に通学・出勤がある人は就寝している。どちらにしろ、今の時間帯はマナにとっては非常にやる事が無かった。

 先日まで世間は大型連休だったらしく、昼夜を問わず多くのプレイヤーがログインしていたので、それだけにこの寂しさは一際ひときわだった。


「イベントはやっちゃいましたから、期間を開けなければいけないですしねぇ」

 マナに与えられた権限の一つ。それはプログルブオンライン内で不定期に行われるイベントの企画と運営だ。

 マナの成長には、ゲームとはいえ人間と会話させる方が良い。そう考えている開発者たちは、変化もなく追加要素も無いゲームは飽きられると知り、定期的に新モンスター・新アイテム・新ダンジョン、とアップグレードを行っている。そのおかげで、サービス開始から数年経っているが、年々プレイヤーが増えている状況だ。


 そしてマナは、新モンスターを倒せ、謎を解き明かせ、等のイベントを開催し、優勝者にはシステム運営者を通して、レア装備などをプレゼントする。と言うような企画を実行し更に人気が出ている。

 しかし、マナにとって討伐・謎ときは、あくまでプレイヤーに楽しんでもらい為のもの。だが、イベントにおいて彼女の目的は別にあった。

「あ、そう言えばそろそろですね」

そう言って彼女は端末を取り出し、パスワードを打ち込む。すると、管理者専用のページが立ち上がる。

 そこには様々なアイテムが並んでいた。

 それを見てマナは顔をほころばせる。

「これだけ【白狼の牙】があれば新しい包丁を用途別で作れますね。まずはペティナイフにしよう」

そこでまた顔がほころぶ。


 マナがイベントを開催する真の目的。それは、参加プレイヤーを使って自分の欲しいアイテムを取って来てもらう事にあった。


 イベント内容に、倒したモンスターがドロップするアイテムや、ダンジョンにある植物などを指定された個数、運営に渡す事を競うものもある。先日はそれを行った。

 参加プレイヤーには当然内緒なのが心苦しいが、イベント運営を頑張った自分への御褒美としていた。


 そして何故包丁で喜ぶかと言えば、マナ本人が飽きてしまわない様に開発者たちはゲームの自由度を極限まで高めた。アバターの作り込み・自分の住む家の建築・そして料理すらも一から全て作れるようになっていた。

 そのシステムを利用して、マナは自分の飲食店で料理を出す事を楽しみに【プログルブオンライン】で生活しているのだった。


 端末を見て、ニマニマしているマナの店の扉が開いた。

 ドアベルがカランカランと鳴り、二人の女性プレイヤーが入ってきた。

「やほー、マナちゃん。今お料理作ってもらえるー?」

「いらっしゃいませ。大丈夫ですよ。お好きなところに座って下さい」

 そう言われて彼女たちは、カウンター席に座る。

 二人のアバターは良く似ていた。個性を最大限に出せる環境にあっても顔立ちがほぼ同じだった。マナが聞いた限りでは二人は双子で、別々の部屋でアバターを作ったにも関わらず顔がそっくりだったのだと言う。

「いやー参ったよ。予想外に敵が強くて、回復アイテム全部使っちゃった」

 笑いながら話すのは自称姉で、金髪の朝姫あさき

「もー、朝姫の準備不足が主な原因だよぉ」

 困りながらも笑顔で話すのが自称妹で、黒髪の夜姫やひめ

「仲良しですねぇ。ご注文は何にしますか? さっと出来るのは、サンドイッチ系ですかねぇ」

「「サラダサンドください!!」」

 声が重なる。

 マナはクスリと笑いながら、調理を始める。

 この世界には、一応味覚がある。満腹にはならないが、調理の腕次第で美味くも不味くもなる。

 このプログルブオンラインオンラインの中の食材はプレイヤーに馴染みが出るように、地球上にあるものが採用されていた。


 冷蔵庫から出したレタス・トマト・キュウリを洗い、パンを焼く。

 特製のドレッシングを冷蔵庫から取り出していると、後ろから朝姫の声がした。

「社員さんも大変だよねー。こんな深夜にもシフトが入ってるんだもん」

ねー? と夜姫に話を振ると、彼女もコクンと頷き同調する。

 マナは今度は苦笑を作る。

 誰もがペラペラと喋るAIプログラムが、自分の店で基本的に二十四時間営業しているなどと知らないので、マナというアバターを複数人の管理者が時間制でプレイして、悪質プレイヤーがいないかを監視している。という風に噂が定着していた。

 マナも、自分の存在がいい影響になっているならと、あえて明確に否定をしていない。


 二人分の焼きあがったパンに少量のバターを塗り、切った野菜を乗せる。ドレッシングは、パンから流れ落ちないように少しとろみを持たせてあるものを回しかけ、パンで挟み完成。

それを食べやすいように、四等分に切ってから皿に盛りつける。

「お待たせしました。サラダサンドです」

 朝姫と夜姫の前にお皿を差し出すと、彼女たちはそれを受け取り笑顔を見せる。


「「いただきまーす!」」

 同時にかぶりつく彼女たちの笑顔を見て、マナもうれしくなる。料理を作る者にとって、自分の料理で笑顔になるのは何度見ても気持ちが良い。

 焼いたパンの食感、野菜の食感、すべてが違う歯ごたえ。そして、ほんのりと酸味の効いたドレッシングが、トマトの甘味と良く混ざり合う。

 

 すっかり皿の上もきれいになり、朝姫と夜姫は雑談に花を咲かせていた。

「ねぇ夜姫ぇ、明日の講義、何限からだっけ?」

「二限からだよ。いい加減慣れないと遅刻するよ?」

「私には最終兵器の目覚ましがあるから大丈夫!」

「……それって私のこと?」

「マナちゃん、ご馳走様。これ御代ね。二人分」

 ゲーム通貨をカウンターに置き、朝姫は端末を取り出してログアウトボタンを押す。

 朝姫の身体が光り、ゲームの世界から消える。

 夜姫はため息を吐く。

「私の御代を払ってくれたのは、明日起こしてってことなんだろな。しょうがない姉だ」

 もう一度ため息を吐き、夜姫も自分の端末を取り出す。

「私ももう寝ないと。ご馳走様でした、マナちゃん」

「はい、ありがとうございました。また何時でもいらしてください」

 夜姫も消え、静かな店内に戻った。

「さて、お皿を洗いましょうか」

 こうしてやすらぎの営業は続いていく。


最後まで読んでいただき有り難うございます。


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