桜 しずく そして流れる
イラストはKobito さんからいただきました。
今年最後の桜が散ろうとしている。
葉桜は夏の季語だ。桜の散り際は夏に半分季節が踏み場しているということになる。ゆっくりとだが確かにを季節は移り替わろうとしているのだろう、昨日は日中は最高気温が二十度を超えた。
それにも関わらず今見ている雨の降る風景はどこか薄ら寒く、新緑の若葉は雨露を滴らせ、震えているように見えた。
山の頂上から見下ろす桜の風景は、滝に似た水のカーテンが引かれている。遠い視点の先はモノトーンに滲んでいた。
桜は五百本ほどと聞いているが定かではない。誰も数えてはいないだろう。自然に近い桜は山の斜面に一定の間隔ごとに植えられているが、下草は生え、手入れはろくにされていないようだ。観光客目的ならば気にして目に触れる所は小奇麗に装うだろうが、バスの終点で、他に何もないとなれば――こうなるのもやむなしと言った所か。
それでも晴れた日ならばさぞかし見ごたえがあるだろう。街が一望できるようだ。だが隔離されたような雨の世界は静かで、遮断されている。牧瀬静美は自分がたった独りに思えた。
肩までの髪はいつの間にか濡れ、頬に張り付いている。静美は杏子色の傘を握りしめ空を見上げた。
「花が逝くんだ……」
静美は始発のバスに乗ってやって来た。地元とはいえこの山に来るのは初めてだ。桜があることは知っていたが、それだけだった。この時期はみんな華やかな花フェスタなどに行く。遠くても遊べる場所がいいのだ。山は盛りでも人は少ない。観光バスすら運行していなかった。舗装つれたアスファルトは年月と共に劣化しているのか、バスは時々揺れ、また跳ねた。今日は日曜日だというのに終点の〈桜塚頂上前〉で降りた客は静美だけだった。
「私も高校時代は遠くの花祭りイベントに行ったから何もいえないけどね」
静美はふっと思い出した。
卒業したのはついこの前だったが、何故か遠い気がする。
静美はため息をつきながら周囲を見まわした。
物見台には誰もいない。手すりは水色の塗装で、剥げた跡が錆びている。百円の望遠鏡は故障中の札が掛ったままだった。
ここはバスの終点から登山道を歩き、長い登りの末にたどり着く三十坪ほどの場所だった。一応コンクリートで舗装されているが、掃除する者もいないのだろう、朽葉の吹き溜まりがあちこちにある。壊れかけたベンチにも濡れた枯葉が座っていた。
静美は手すりの際まで寄り、桜に見入った。手を伸ばせば届きそうな近さに木はあるが、もはや花はぽつりぽつりとしか存在していない。
この山はもともとソメイヨシノではなく、ヤマザクラが自生していた。ヤマザクラは葉芽と花が同時に開く。最初からヤマザクラは花と共に葉を纏っていた。
そのヤマザクラの花が昨日からの雨で、去りゆくのだ。そう地元ラジオで告げていたのをたまたま聞いた。
「ここがみんなに好かれないのは〈縁切り〉の場所だから、かな」
静美は掛けていたショルダーバックから写真を取り出す。それは幼馴染の響がバスケットボールの試合をしている時のものだ。シュートの時、手からボールが離れた瞬間が写り込んでいる。ゴールに向かって手を伸ばす青年の目は真剣で、ボールを凝視していた。
この写真が撮れたのは奇跡と言っていいだろう。静美は今まで机の奥の奥に隠していた。
外に持ち出したのは、これが初めてだ。
バックから取り出した途端、写真に小さな雨粒がついた。
静美はそれをぬぐわなかった。
ここは恋を置いていく場所だったからだ。
手早く言えばここは別れを願う場所――記憶から消すおまじないがある。物見台にくれば、忘れられない愛や恋を手放せるらしいのだ。
淡紅色の花びらが風で舞うのが見えた。しかし天気のせいか優雅さはなく、瞬く間に地面へと消える。
雨が風を呼び、風が枝を揺さぶるたび、残り桜が離れてゆくのだ。薄く紅がのったそれは冷たく、雨に凍え身を震わせ落ち行くように見えた。
それはこの辺りに伝わる昔話に関係しているようだった。
昔、この辺りに喧嘩が絶えない村同士があった。その村の庄屋の娘と豪農のひとり息子がどうしたものか恋仲になってしまったのだ。
「うちの婿にはできねえ」「こっちこそ許嫁がおる」
家の争いは村を巻き込み、どちらが先に手を出したのかはわからないが、火を放ち、殺し合いにまで至ってしまった。
お前達がこんなことをしなかったら、と責められたのだろう。流された血に二人は責任を感じ、自ら命を絶ってしまった。
それを嘆き、山の神は女を桜に男を雨にし、両村が今後殺し合いをせぬように見せしめにした。
繰り返さないように人間に罰を与えたのだ。
そのせいか恋愛を無理にでもあきらめようとする時は、ここに来ればいい。雨が桜を散らすのを見ると良いという噂が高校で語り継がれている。誰が言い出したのかわからないが、きっと辛い感情を忘れたい人だったのだろうと思う。
散り際の花びらと写真を重ねると恋は終わる。
正しいか正しくないかではなく、願えば叶うという祈りを帯びて流れていた。
「――響……」
家が斜め向かいにあるせいで、静美と彼とは幼稚園から一緒だった。小学校は集団登校をし、中学校はなんとなく横に並んだ。だけど高校は同じ所に合格したものの、別行動を取るようになった。告白するには近すぎて、恋愛するには遠すぎる。響の近くにはいつも違う女の子がいた。
静美の身長は百五十センチ。響は百八十七センチ。彼の背が伸びると距離も遠くなっていく気がした。
『静美はちっこいからシジミ、な』
あだ名は小学五年生の時、響がつけた。嫌いだけれど好きだ。シジミと呼ばれるのは特別な気がして嬉しかった。
その名ではいつしか呼ばれることはなくなり、響が大学に合格するとますます溝が深くなった。本当は同じ大学を目指したかったが、父の会社が上手く行かなくなったのだ。母はパートに出たが、焼石に水のようだった。塾を続けられなくなった時、言われたわけではないが静美は就職の道を選んだ。
そこそこ進学校だったせいか、働くことを選んだのは静美だけだった。
見ているだけで良かった初恋が終わったと思った。運動好きな響は大学生活を楽しむだろうし、そうなると、地味な静美という幼馴染がいたことなんて記憶の彼方だ。過去という言葉でひとくくりされてしまう。静美もそのままフェードアウトし忘れようと思っていたし、できると信じていた。だけど。
だけど。
――頑張れよ、シジミ――
卒業式に肩を叩かれた。
三年間、挨拶以外の言葉を交わしたこともなかったのに大きな手で。
「……」
なんと返したか覚えていない。久しぶりに正面から見る目は優しく、静美は上げる首の辛さも忘れた。
微笑んだのだろうか、泣いたのだろうか。静美はそれすら覚えていない。
ただ八年間想い続けた初恋が、胸の奥から流れ出て来た。幾重にも巻き閉じ込めたはずの感情だった。
小学校のリレー。
中学校の修学旅行。
高校の渡せなかったバレンタインチョコ。
思い出は苦かった。なのに溢れ出すと止まらない。
幸か不幸か響は自宅通学をしている。静美は通学と通勤が重ならないように細心の注意を払わなければならなくなった。それは酷く神経が疲れることだった。
「忘れてしまおう、全部」
静美は手を伸ばし花びらを取ろうとした。おまじないですべて忘れてしまおう。もちろん効くかどうかはわからないが、すがりたい。おまじないは高校生の軽い遊びのひとつかも知れない。が、もう方法がないのだ。
怖くて失恋すらする勇気がなかった。その想いが今になって渦を巻き出口を見つけようと必死になっている。気持ちを抑え込む自信がない。不意に叫び出してしまいそうだ。
だから。
「置いて行くんだ、ここに」
つぶやき手すりから身を乗り出した時、後ろで気配がした。
慌てて振り向くと一人の老人が足を引きずりながら近づいて来る。
老人は手拭いで頬っかむりをして髪はわからないが、八十代くらいに見えた。皴と重そうなまぶたが目の半分を覆っている。口の中で籠もるように何かをしゃべっているが、よく聞き取れない。
静美は思わず手を引っ込めた。
おまじないは誰にも見られたくはない。
老人が手すりまで近づくと、ばっちゃ来たで今年も来たでとつぶやいているのが聞こえた。ばっちゃとは、たぶんお婆さんのことだろう。だとすると、この老人の奥さんかも知れない。
静美は固まり、傘の柄を握りしめた。だがあまり意識していると変に思われないか?
そう思いつつも老人から目が離せない。
老人のズボンはぶかぶかでベルトで縛り、無理やり履いているように見える。そのズボンは雨にぐっしょりと濡れ、色が変わっていた。
「めんずらしいな。こったら所に誰かおる」
じっと見つめていたのがわかったのか、老人がこちらを向いた。まるで今まで気がつかなかったようだ。だが驚いたそぶりには見えなかった。
「おめえも見に来たでか、桜の花」
訛っていたが、意味はわかった。
静美はこくりとうなずく。
「そっか、そっか。ワシもばっちゃに逢いに来ただよぉ。今年もなあ、最後じゃでなあ。めでてえなあ」
老人の傘布は元深緑だったのだろうが、古いものか白くぼやけていた。折れた骨が一本、曲がったものが一本、閉じないのではないかと思えるほどに歪んでいる。
円形をとどめていない傘から水滴が落ちるたびに老人は雨にまみれてゆく。そして彼は静美の一メートルほど横に陣取った。
雨は老人が来るとまた一段と激しさを増したようで、若芽を千切りそうな勢いになって来た。息苦しいほど鉛色の雲が垂れており、大地との堺目には雨が降っていた。まるで風景に白い掠り紙が掛けられているようだ。
「……降りますね」
老人の相手をする気はなかったが、静美は手持ち無沙汰でもあり声をかけた。
別れの名所でもある物見台の桜を見に来る老人がどこか不思議でもあった。
「めでてえなあ」
老人はボソリとつぶやいた。
そういえば先ほども老人は同じことを口にしていたと思い出す。だけど別れの場所に祝いの言葉は似合わない。
「おめでたいって、ここ例のスポットではないんですか?」
「はあぁ?」
「あの、おまじないをする所です」
静美の口からするりと言葉が出て来る。あまりに違う立場だから、無関係だから、滑ってしまったのかも知れない。
「まじねぇ?」
「はい」
「ばっちゃはなぁ、もうもたんと医者に言われてここに来たんじゃ。わしも無理じゃと止めたんじゃがなあ。あんときゃ、喜こんぞったぞい」
「……?」
「わしはおるぞぉ、ここにな、ってさ。毎年それを言いにきちょる」
静美は話が微妙に食い違っているのに気づいた。静美にとっては〈忘れるための縁切りをする所〉であり、老人は〈お婆さんとの思い出の場所〉らしい。
でもどうしてここを最後に見に来たのだろう。もっと綺麗な所は沢山あるし、持たないと医者に言われた人を連れて来るなんて縁起でもない。
「……あの、神様が罰を当てた桜と雨の話は?」
静美は、おずおずと口を開いた。そして開いてから気がついた。もしかしたら彼の思い出を穢すことにはなりはしないかと。
もちろん静美は老人を傷つけようなんてことは考えていない。
「すいません、すいません。ええと、気にさわったらごめんなさい」
慌てて前言を撤退する。
すると老人はにへら、と口を開けた。
「わっがんねぇな」
「えっ」
「バチって何だ?」
「……村の争いの哀しい結末のことですが」
静美が首を傾げ軽く説明すると、老人は節くれだった指で頭を掻いた。そして「んーっ」と暫く考えて、首を振った。
「やっぱわがんねぇな。ワシの知っとる話とちと違うみてえだ」
老人は皴に埋もれた顔をつるりと撫で、本当に困った困ったと唾を飛ばしている。
しかし静美の高校では確かにそう言い伝えられていた。
「どこが、違うんでしょう。私が聞いていたのは山の神が殺し合う村人に罰を与えた、なんですが」
「そったらこと――神さんはバチなんぞ与えねえぞ。好きあったおのことおなごは不幸にせんだがや」
「……」
ラストが違う。つまり見せしめの罰ではない。
そういうこと?
では老人が知っている話とは何なのだろう。
静美が今やろうとしていることは無意味なんだろうか。
「私の方がわからなくなってきました」
静美がそのまま老人を眺めていると、彼はカーキー色のジャンパーから煙草を取り出した。ハイライトだ。半分ほど吸われた箱は握りしめられたのか捩れていた。
彼は傘の持ち手で器用に百円ライターを掴むと咥えた煙草に火をつける。
あまりに自然に流れる動作だったので、山は禁煙であることを注意するのを忘れてしまった。
老人はすぅ、と息を吸い、ゆっくりと口から吐き出した。
「あの、罰を与えないのなら、山の神様は何をされたのでしょう」
静美は思い切って尋ねてみた。
「ほえ?」
「私、男女を桜と雨に分けた意味がわからなくなりました。これって天罰なのでしょう?」
雨は少し中降りになったようだ。
それでも規則正しく傘に落ちることに変わりがない。山の周辺も靄が発生しますます視界が悪くなる。
雨の音が忙しそうに桜を打ち据え、終わりのカウントダウンを始めた気がする。
「……教えて下さい」
老人は口に煙を貯めると唇を竦め、煙をほわっと輪の形に吹き出した。輪は雨の中、形を保っていたものの、五十センチほどの高さに上り、崩れ消えた。
「私、ここは辛い恋を忘れるスポットだって聞いて来たんです」
普通なら、初対面の人とこんな話は長くしないだろう。静美は物見台の手すりを片手で強く握りしめた。
「お願いです。教えて下さい。どこが違うのでしょうか」
どうしても老人の答えが欲しかった。
「んー辛い恋のすぽっとか。まあ、な。若い人にはそったら解釈もあるんかも知れねえけんど。ほれっ、あれを見てみぃ」
老人は手すりの下、桜の根元付近を指さした。
指は爪に油の染みがこびりついているような色をしていた。ジャンパーにも手首のゴムも茶色く変色している。
「何ですか?」
「だから見てみ。わがっから」
雨は相変わらず降り続いている。桜から花を洗い流そうとしているようだった。
「……はい」
静美は手すりから身を乗り出し、指さす方向を見た。
ごく普通に雨と葉桜の風景が続いている。
「下だで」
「はい?」
「下、見ろって」
静美は急いで視線を木から地面に移した。
すると木と木の間に水が流れているのが見えた。雨で土が削れたのだろう、流れに伴い細い溝が出来ている。昨日からの降雨のせいか溢れた水は枯れ草や石を飲み込んでいる。
「……」
水は高い所から低い所に向かう。雨の音で流れは聞こえないが、溝は枝のように分かれ、またある場所では合流し、少しずつ大きな流れとなって山の麓に流れていくようだった。
そして溢れ流れる水は先ほどの桜の花びらを乗せている。
地面に落ちた桜が雨に流され、下へと運ばれてゆくのだ。
どこへ? そう思う間もなく老人が「この下に川が会ってのぉ」と言った。
川はあいにく見えなかった。
「細ちいこい支流じゃが、本川に流れ込んどる。ぶっとい川は海に繋がっとう」
雨が視界を奪っている。けれども花びらは山の麓に抱かれるように運ばれていることは確かだ。
「これから長い旅じゃ。桜はこの土地を離れ好いちょる雨と二人旅じゃ。仲よう仲よう二人旅じゃで邪魔するものはおらん」
老人の目は穏やかになり、唇は半円を描く形になった。
「空から雨が降る。そして桜さと海へと流れ出る……」
静美はもう一度見た。ちょうど目の前に落ちた花びらが転がりながら流れに乗る所だった。
静美は思わず響の写真を胸に当てた。
確かに少なくともここは縁を切るような場所ではないようだった。むしろ花びらが静かに旅立つ姿がそこかしろにある。
花は散る。
その度に繰り返される逢瀬。
「……そっか」
すとん、と何かが落ちた。
ここは始まりの場所だ。
静美の心はどこかでほっとしている。おまじないを目的に始発のバスでここまで来たが、いざとなると踏み出すのが震えるほど怖かった。実らない恋愛はどうしようもなく息苦しいが、忘れるという行為は自分で選んでいるくせに寂しい。
「わかったじゃろ。ここはおめえさんら流に言わせると再会のぱわーすぽっとじゃろな」
「……ですね」
流された血に二人は責任を感じ、自ら命を絶ってしまう。それを嘆いた山の神は女を桜に、男を雨にし、村人に内緒でひとつになることを許す。
どちらが正しい言い伝えなのかはわからない。どちらも正しいのかも知れない。ただ、戒めの影で山の神は救いの手を二人に差し伸べていたのだ。それは真実に思えた。
静美は雨に身をまかす桜の花びらが急に愛おしく見えた。
「ばっちゃんはなあ。ばっちゃんは……一週間後に旅立ちおったが、『また会おうぞな』と今わの際で言い寄った。最後の最後までしっかりしとったなぁ」
老人は空気の漏れたような笑い声をあげた。
離れても別れてもやがてひとつになるためだ。お婆さんとお爺さんが来たのはきっと再会の約束をするためだったのだ。
彼ら夫婦が最後の旅にここに選んだ理由がわかった気がした。
「再会すぽっとで残念じゃったかぁ?」
「……あ、いえ。でも再会だなんて。私、まだ別れたわけじゃありませんから」
正確には友達前後だろう。告白すらしていないのだから。
「そっがぁ。別れてないってか。えがったのぉ」
老人のくったくのない笑顔に、静美はうつむいた。それが良いことなのか悪いことなのかわからない。
雨が少し小降りになって来た。
傘を叩く音も若葉や枝を濡らす音も優しいリズムになってきたようだ。
再会のおまじないスポット。
でも別れていない――確かに別れたわけじゃないんだ。
ならば思いつめることはないかも知れない。
静美は目に熱いものを感じた。薬指でそれをすくい取り、握りしめる。
「私、もう少し、想い続けていいよね、響」
もう少しだけ。
心の中で繰り返すと堅黒いものが溶けて行く。
静美は手のひらに水を貯めてみた。水滴が空から降るたびに指の隙間から雨は流れ落ち、そこに新たな雫が生まれる。
もっと良く見ようと手のひらを引き寄せると、水に杏子色の傘が映り込んだ。この色は響が中学の時に好きだと言っていた色だ。三軒お店を廻って見つけた時は小さくガッツポーズをした。
それから雨が降るのを待ちわびた。
「めでてえなあ。また桜を愛でに来られたべ。会いに来たぞ、ばっちゃ」
老人は落ちてゆく桜につぶやいている。
彼は去年も今年も、そして来年もここに来るのだろう。立ち尽くし再会を喜ぶのだろう。
「私……」
遠く視線を戻すと空はまだ鉛色で切れ目は見えない。しかし糸を引きながら落ちて行く粒は細やかで、桜は霧に包まれるように雨に包まれていた。
深呼吸すると雨粒が満ちた空気の中に緑の香を感じる。
――頑張れよ、シジミ――
わかってるよ、馬鹿。
「私、受け入れてもらえなくても、想いは忘れないようにするよ」
静美は目を瞑った。それからそっと写真をショルダーバックにしまう。
「響、次に出会ったら挨拶するからね、絶対」
その時、雨の重みで頭を垂れていた枝がはねた。
大きくうねる川と花びらが見えた気がした。
今年最後の桜が散ろうとしている。
読んでいただきありがとうございます。
感想に指摘のあった通り、会話を減らし、地の文を充実させてみました。
お目に合えば幸いです。