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スーパーでの一コマ

「カレー、ハンバーグカレーと来て、今日は何でしょう?」


「……カツカレーか?」


「そんな毎日毎日、肉が食べたいの? お前は」

 カートを引き摺りながら呆れたように沙月が言う。


「バカ。ハンバーグカレーが最強の組み合わせならば、カツカレーは最愛の組み合わせだぞ」


「最愛。良い言葉ね。是非とも、ええ、是非とも言われてみたいわ。どこかのどなたかさんに」

 流し目に想いを込めるが、その視線もまた、彼によって流されてしまう。

 わざとらしい口笛と共に。


「その口笛が上手いのがまた、苛つくわね。因みに正解はカレーうどんでした」


「カレーうどん? 俺好きだぜ。あれを思うがままに食って汁を飛ばさないようにすんのさ、そうすると謎の達成感が広がるんだよな」


「あらそう。ご自由に」


「カレー天ぷらうどんなんてどうだろう?」

 総菜の天ぷらが目に入ったのだろう。呟く、義彦の言葉をさっくりと却下する。


「一々、何かを乗せるのが好きな男ね。無理、天ぷらはつくるのに時間掛かるし、総菜なんて以ての外」


「えー、BoooBooo!」


「英語風にやじっても駄目。ヤジだけ発音良いってどうなの?」


「だって……あ、寂しい独身者発見」

 言葉を途中で切って、義彦は手を真っ直ぐに伸ばした。


 その先に、ショッピングカゴを直接手に持って、弁当を適当に上から取っているスーツ姿の男がいた。


 その男に、沙月も見覚えがあったのだ。


「あら、本当。高本さん」

 義彦の声では無反応だった、十メートル程先にいるスーツの男、高本が沙月の鈴なり声に反応して顔を持ち上げ、二人の姿を確認すると、何やら眉を持ち上げて怪訝な顔つきになった。


「よう」


「どうも、高本さん」

 カートを押しながら近付くと、高本はどうにも顔を引き攣らせたまま、沙月に向って会釈した。


「どうも、雨美さん。こんなところでお会い出来るとは」

 声を高くして、沙月に対応する高本は、義彦のことを一切無視している。


「おいこら。俺に対する挨拶はどうした、公僕」


「公僕ではあっても、お前の僕じゃねーんだよ俺は」

 義彦の暴言にようやく彼を向き、人差し指で義彦の胸を突き刺しながら啖呵を切った高本に、上等だ。顔を引き攣らせて目をぎらつかせ、義彦が再び口火を切った。


「雇われ世話係みたいなもんだろうーが」


「そうだよ。お前みたいなガキの世話して遣ってるんだ。お前の方が感謝して頭下げろよ」

 頭一つ分大きな高本が義彦を子供扱いするように頭に手を乗せて言う。


「おう、ちょっと表出ろ。俺の新必殺技、疾風怒濤を喰らわせてやる」

 頭に置かれた手を払いのけつつ親指で外を指しながら義彦が言った。


「表出ろって、技のネーミングセンスと合わさって、八十年代のヤンキー並みだな」


「カメラの前で名前を叫びながら、必殺技と言いつつ、その実単なる連続攻撃でしかないそれを披露される前に、名前を改名しておく必要がありますね」

 しばらくことの成り行きを見守っていた沙月が言い、高本も同意した。


「横文字系が良いんですかね最近は」


「いえ、それもまた少しだけ古いような。今はあれでしょうか。日本語で書いて読みだけ意訳英語にする。しかし、そうなると難しい。さじ加減を間違えると、寒さしか残りませんからね」


「何二人で人の必殺技の名前を勝手に変更するための話し合いに突入しちゃってるんですか?」


「え? そりゃ勿論」

 高本が言い沙月と目を合わせると、アイコンタクトを取って同時に頷き、声を揃えて続けた。


「名前を付けてマージンを頂くため」


「声揃えんな! 大体マージンって何だよ。俺の必殺技にどんなマージンが着くって言うんだ」


「そりゃ色々と手はあるさ。必殺料理シリーズなんて銘打ってレトルト商品に付けるのはどうだろう?」


「ああ、ふりかけとかありますものね。戦隊物の」


「だったら普通に俺の名前使いやがれ、何でワザ名なんだよ」


「だから、言ってるだろ? 国は金が欲しいからだよ」

 人差し指と親指を繋げて金。を表記する高本に、沙月はチラと視線を送って窘めた。


「高本さん。そのジェスチャーも少し古いですよ」


「っと。これは失礼。どうにも最近、気をつけて入るんですが歳ですね」


「自覚出来ている分。自覚出来ていない人よりはずっと良いかと」


「話を流すな! 名前は変えないし、お前らに考えさせてもやらないからな」


「おや、今日はうどんですか? 良いですね、暖まる」


「いえ、まだカレーが残っていまして、カレーうどんです」

 恥ずかしながら。と何故か主婦のような口ぶりで言いながら口元を隠して笑う沙月。


「話聞けって。進めんなって!」


「おい、どうせお前の家で食べるんだろ?俺も呼べよカレーうどん」

 今まで完全に無視をしていたのに、確認する時だけ、義彦を向いて言う高本。

 沙月に言ってもこの場合、彼女は義彦への同意を求めるだろうという判断でそこは間違っていない。


「ふざけんなコラ。何上手に出てるんだよ。頼み事する時はもっと謙虚に来いよ! 下手に出ても絶対許可しないけれどな」


「大声出さないで。スーパー内よ、あそこの高校生夫婦のご主人、あんなに乱暴な言葉遣いして。きっと家ではDVしてるのよ。まあ可哀想。もしかしてあれって出来ちゃった婚じゃないの? 最近多いものねー。なんて、ご近所さんに噂されたら溜まらないわ」


「テメ。こら! 雨美さんに出来婚になるようなことしてんじゃねーだろうな。してたら不純異性交遊罪で逮捕してやっからな」


「んな法律ないだろ。と言うか、そんなやった瞬間に人生の残りが決定するような危険なことする訳無いだろ」


「裸エプロンは見たわよね」


「どういう事だ。コラァ!」


「お前こそ、八十年代ヤンキーじゃねーか。あ、それより沙月! あれは裸エプロンではないと何度言ったら分かるんだ!」

 声を更に荒げ、義彦の胸ぐらを掴んで持ち上げようとする高本を、睨み付けながらも途中で気が付き、沙月に忠告を入れておくのは忘れない。


「クラスの女子に聞いたら。それぐらいすれば立派に裸エプロンだって言っていたわ」


「女と男の見解の違いか……高本! 応えろ!」


「何だ!」


「肌色の下着を着けて、裸っぽく見せて、エプロンを身に纏うのは、裸エプロンか否か」


「否!」

 一切の間を開けず、言い終わりと共に言い切った高本に、義彦は胸ぐらを捕まれたまま、手を差し出した。


「お前は、口うるさいし、金にがめついし、自分のことしか考えてないただのバカ野郎だが、やはりお前もまた、漢と書いて男と読む漢だったぜ」


「お前もな、生意気で、頭足りなくて、目立ちたがり屋で、クソ生意気なただのガキだと思っていたが、漢の心意気だけは認めてやる」

 二人の漢は、そこでガッシリと硬く手を握り合う。そこには確かに男同士の友情があった。たとえ一瞬、だけのものであったとしても。


「つーか、お前、生意気って二回言ったな?」


「お前こそ、口うるさいだの、がめついだの、言いたい放題だったな?」

 握り合った手は、そのまま握力勝負へと移行していく。


「お先に」

 張り合っている二人を前に、深々とため息を吐いた沙月はそのままカートを滑らせながら離れていった。


 視線を集め始める二人の傍にいたくないというのが、一番の理由だ。


「おおォ! 大人ナメンナよクソガキがァ!」


「ヌオォ! ハイパワーマキシマム!」

 後ろでは二人のバカが大声を出していた。




「ほう。イジメ解決ですか」

 買い物を終え、ついでにと車で送られることになった二人は、高本に今日あったことを話した。二人と言うよりは沙月が話しただけで、義彦自身は顔を逸らしていたのだが。


「ええ。仕事の方には支障が無い程度に、私が監督しておきますから」


「それならばウチの方は結構です。仕事以外の時間に何をしようと、干渉はしませんよ。ですが正体がばれないようにだけ、お願いしますね」

 実はもう一人ばれてます。と言う訳にもいかず、沙月は言い淀みもなく、はい。と返答を返した。


 その完全な嘘に呆れたのか、義彦が意味深な流し目をしていたが、気にもしないでおく。


「だけどお前に学園ヒーローなんて、出来るのか?」

 ハンドルを切りながら、バックミラー越しに嘲笑めいた歪みを口元に浮かべ、高本が言う。


「楽勝だよ。もう解決法まで考えてあるんだからな」


「だったらいいがね。せいぜい頑張ってくれよ学園のヒーロー殿、カッコ笑い」


「テメ、バカにしてんだろ」


「いやいや、別にそんなことはないけれど、俺はお前より、少しばかり長く生きてるからな。人の心って言うのは、悪党とっちめるのは訳が違うって事だけ、頭に入れておけば良い」

 そう言い意味深に笑う高本。義彦は舌打ちをして顔を逸らしていたが、沙月はその物言いに何か引っかかりを感じ、少しの間、高本の後頭部を眺めながら、彼の言葉の意味を考えていた。


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