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放課後の依頼

「沙月、どう思った?」


「今時珍しい純情少年。ついでに自分を良く知っているタイプだ」

 校庭で部活中のブルマ姿の女子生徒を眺めながら義彦は頷いた。


 屋上に颯谷の姿はもう無い。

 完全下校時間が迫り、チャイムが鳴る少し前、後は明日の放課後話をしようと言い残し去って行った。


「もしくは少女がイジメられていることを知ってしまったけれど、それを助けようとすると自分に危害が及ぶ可能性があるから、お前に頼んだ臆病者。と言う線もあるわ」


「嫌味な言い方。彼のこと嫌い?」


「嫌いよ。お前の正体を知っているのはこの学校では私だけだったのに、あの男のせいで唯一では無くなってしまったんだもの」


「おお、嫉妬か。いいねいいね嫉妬する女子は好物だ」


「好物なら食べても良いわよ?」

 義彦の軽口に、ここぞとばかりに彼女は前に出た。迂闊だったと思ってももう遅い、まだ明るいのに、沙月の瞳には星が煌めいていた。


「あー、好物は最後まで取っておいて、そのまま忘れるタイプなんだ俺」


「最悪なタイプね。そこはたとえ賞味期限が切れても、好物ならば無理を押してでも食べると言うべきだ!」


「長期戦狙いだったのか」


「まあね」

 どこか誇らしげに言って、沙月は義彦の隣に並び、一緒に眼下で飛んだり走ったりしている女子連中を見た。


「みんなで仲良さそうにしているけど、きっとあの中にもイジメられている子はいるんでしょうね」


「イジメは人の性だからな、完全には無くならない。だからせめて気付いたところだけでもってことだろ。沙月が言ったことを考えて無い訳でもないんだろうけど、やっぱり彼的には自分では力不足だから俺に頼んだって気がするよ」

 ブルマの食い込みを正す、細身のブルマがよく似合う女子の肢体に照準を合わせて凝視する義彦を横目で見つめる沙月。


「自分ならば何とか出来る。って口ぶりね」


「当然。俺が今まで幾つの事件を解決してきたと思っている。俺は正義の味方だぞ。その俺が学校のちっぽけな問題程度解決出来ない道理がない」


「イジメは社会現象と言われる問題だよ。ちっぽけとは言えないと思うけど?」

 ふん。と鼻を鳴らして言う沙月に、ふふん。と鼻を鳴らしてから応える。

「確かにイジメ全てを無くせなんて言われたらいくら俺でも無理さ。でもたった一つの苛め、それを解決するだけなら、大した問題では無いよ」


「なら受けるのね? この話」

 ブルマから目を離し、沙月と向かい合って頷いた。


「ああ、その加護欲をそそって女の子にも興味があるしな」


「……好きにすれば。お前がやるなら私も付き合ってあげる。お前に対する点数稼ぎになるしね」


「本人を前にして言うなよ」


「これは失礼」

 戯けて笑う沙月に、義彦も笑い返し、二人は同時に校庭を見た。


 沙月は決意を固めた証として。義彦は倒れた女子のブルマ姿を目に焼き付けるために。方向性は違えど、その瞳に宿る熱さは同じものだった。




 翌日の放課後、義彦は隣のクラスに出向き、颯谷を呼んだ。


 既に学園一の有名人になっている義彦の突然の訪問と、今まで何の接点もなかった颯谷を呼び出したことで、クラスの中はにわかに色めき立っていた。そんな事態にあって、一人だけ、誰とも話さず、こちらを見もしない女子生徒がいた。


 窓際の席に座り、呆然と窓の外を眺めている少女のやや童顔の横顔は、良く出来た人形のように無表情だった。


「話が出来る場所に行こう」


「うん」

 力強く頷く颯谷。


 彼を連れて、義彦は再び屋上に向った。


 既に屋上で待機していた沙月が、義彦達と入れ替わりで、屋上を出て行く。


 彼女には取りあえず門番の役割をして貰うことにした。

 人に聞かれるわけにはいかないという理由以外にも、あまり生々しい苛めの現状を聞かせたくないという、義彦の感情もあった。


 大人びた態度を取る割には、意外と沙月は純粋で汚れが少ない少女なのだ。

 更に念には念をと入り口から離れた屋上の隅に移動する。勿論、話をするためであり、決してここからだと丁度良く、女子テニス部のコートが見えるからでは無い。


「さて、先ずは返答から入ろうか。吉川三奈穂と言う女性を助けて欲しい。その願いを俺は了承しよう」


「助けてくれるのか?」

 大人しく屋上の隅まで着いてきた颯谷は金網越しに特に意味はなく下を見下ろしている義彦の言葉に大きく反応し、身を乗り出した。


「ああ、助けてやる。だが一つ条件がある」


「条件?」


「ああ、いや、違う。お前にじゃない、吉川三奈穂に対する条件だ」


「俺の持論の一つに、助けられる者と言うのは、自分が助けられたことを自覚するべきだ。と言うものがあってね。誰にどうして助けられたのか、それを知らずに助けることもまあ、出来なくはない。そん時は、彼女は自分が誰かに助けられたと知らないまま、ただ良かった。と思うだけだろう。それじゃあ駄目だ。成長しない。他人に何故自分が助けられたのか、同情か、愛情か、友情か、趣味か、金か、報酬か、成り行きか。どうやって助けられたのか、暴力か、権力か、知力か、金か、脅しか。誰に助けられたのか、親か、先生か、友人か、恋人か、仲間か、他人か、正義の味方か。自分がどうするべきか、感謝か、謝罪か、報酬を払うか、勝手にしたことと無視するか、余計なことをしたと叱咤するか、それを知って、初めて人は成長し、失敗をしなく、いやしづらくなる」

 身体を回し、背中を金網に預けながら一気に喋る義彦の言葉を、黙って聞きながら、何か思い悩むように颯谷は目を背けた。


「勿論、それは彼女と俺の問題であって、お前が嫌だというのなら、お前に助けてくれるよう頼まれたことは言わないでおいても良い。とにかく俺は彼女にイジメの事実を確認し、自分の口から助けて。と言われれば助けよう。それが俺が出来る最大限の譲歩だ」


「でも、それを知られたくなくて隠す人だっている」


「いるね。でもさ、聖書を読んだことはあるか? 神様だって自分から動かない者は助けてはくれないんだぜ?」

 本当に聖書だったかは覚えていないが、そんな話をどこかで聞いたことがある。だからと言って神様の真似をしているという訳ではなく、仕事以外で人を助ける時はそうすると、昔から決めているだけだ。


 それは一般的な感性持つ、男子高校生から見れば冷たいと取られるかもしれない。


 それでも義彦は自分を曲げることはしない。


 挑むように颯谷を見続けた。


「分かった。任せるよ、僕のことも話した方が良いと判断したなら、話してくれても良い、自分ではどうすることも出来ないんだ。全てお任せする」

 睨み合いは思いの外早く決着した。

 義彦の言っていることが少なからず理解出来たのか、単に諦めが早いのか、どちらかだろう。


「じゃ、詳しく現状を聞かせてくれ。本人にも後で聞くけど本人の印象と周りから見た印象って言うのは違うからな」


「僕もつい先日知ったばかりだから、それほど詳しくはないけど、それで良ければ」

 そんな前置きから始まった、イジメの実態。


 クラスの女子全員からの無視、班決めやチーム分けの際もいないことにし、教師に適当なチームに入れられるとそのチーム内で雑務をさせる。教室内や目立つところではほぼ無いが、移動教室に向う時などちょっとした時に脚をかけたり小突いたり、何度も新しい上靴を買い換えており、靴にも何かされているらしい。


 颯谷が知っているのはこのくらいだそうだ。


 一般的な、有り触れた、良く耳に触れる。その程度の苛め。


 だからと言って本人の辛さが軽くなる訳ではないが、全く未知のイジメを聞かされるよりはマシだった。


「はいはい。なるほど、やっぱりどこの学校にもいる、典型的ないじめられっ子って奴だね。そりゃあ」


「性格のせいか、それともそう言うイジメを受けてそう言う性格になったのか、吉川は誰にもそのことを打ち明けようとはしない、元々友達もいないみたいなんだ。だから余計辛そうで」


「助けてあげたいと思った?」

 続きを推理して聞くと、ああ。と頷いた。


「分かった。だったら後は任せて貰おうかな。手はこれから彼女に聞いてから考えるとして、まだいるかな。吉川三奈穂は」


「多分。彼女部活には入ってないけど、上靴を隠されたくないからか、いつもギリギリまで残っているみたいなんだ」


「ああ、それで放課後一人で泣いていた訳だ。納得納得」


「でも多分教室にはいない。僕に見られて以来、どこか別のところに行っているようだ」


「なら探してみるとするか」


「改めて。彼女のこと、頼むよ」

 またも綺麗なお辞儀で頭を下げる颯谷、義理堅いというか、堅苦しい。と義彦は思い笑いながら下を指さした。


「そんなに堅苦しく考えなさんな。ほら、下見てみろよ。この位置からだとよく見える。テニスのスコートって完璧パンツだよな。あれ見て元気出せよ」

 黄球を追う少女達の下半身に目を向けながら言い、振り返ると颯谷は嫌そうな顔で眉を持ち上げていた。この表情はこんな態度でイジメを解決出来るのかよ。と言う疑りと、義彦の言った言葉そのものに嫌悪感を抱いている。そんな風にも見えたが、


「あれがスコートだって事を知っている以上、本当に偶然ショーツが見えた時の感動にはほど遠いよ」

 男の子はどんな時でも、どんな奴でも男の子だった。


「ほう。結構語れるな。この件が解決した暁には、じっくりとパンツ談義でもしたいものだ」

 感心しながら右手を差し出す。


「パンツって言い方は好きじゃない。ショーツの方が奥ゆかしくて僕は好きだ。ショーツ談義なら付き合おう」

 そう返しながら、颯谷は義彦の手を取り、強く握りしめた。


 パンツの方が響きがエロティックで良いじゃないか。そう言おうかとも思ったが、それは解決した時の談義中に言うとしよう。


 テニス部が球を打ち返す音がどこか間抜けに響いていた。


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