表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

学園における日常、そして依頼

 ここ最近二年A組では、放課後に義彦を囲んで話をするという奇妙な集まりが流行っていた。


 囲む者は日によって男子であったり女子であったり、理系だったり文系だったり、運動部だったり、文化部だったり、真面目系だったりDQNだったり、そして今日は、少々性癖が異常な男子生徒に囲まれていた。


「義彦はどんな女子がタイプ?」


「オイ俺のことを名で呼ぶな。敢えて呼ぶなら、そう。清正義彦とフルネームで呼べ、俺の正義をぶつ切りにするな」


 これは自分のことを名前、若しくは名字だけで呼ばれた場合、ほぼ毎回義彦が言う文句だ。


 清正義彦、名字の後ろ一文字と、名前の前一文字、続けると正義。


 正義の味方である義彦にとって、名前や名字で呼ばれると言うのは偶然とはいえ入った名前に入った正義を真っ二つにされる行為であり、あまり好きではない。


「いちいちフルネーム呼びかよ。めんどいって」


「ならお前や、テメー、貴様、オイ、そこの、とか二人称呼びでも良い」


「普通そっちの方が嫌じゃね? 変な奴。んじゃーお前はどんな女子がタイプなんだ?」

 義彦の前の席に座っていた男子生徒が、椅子を揺らしながら改めて尋ねた。


 その問いに、義彦はふむ。と顎先に手を伸ばし、ぼんやりと何もない中空を眺めるとそうだな。と前置きをして言った。


「好みのタイプはともかく、今現在、俺はスク水を着た幼女が見たいな」


「お前ロリコンかよ」

 クラス中、特に女子生徒からため息が漏れる。


 中でも沙月のため息が一番大きかった。どうやら聞き耳を立てていたらしい。


「バカ言うな。俺にロリコン趣味はない。ただ俺はコスプレ好きなだけだ」


「で、スク水が見たいって? ロリじゃないなら水泳部見ればいいじゃん。競技用着ている奴もいるけど普通にスク水の奴もいるぜ。やっぱりスク水でも何でも発育が伴ってないと萌えないでしょ?」


「出たよ。コイツ、巨乳の女子高生好きだから」


 隣に座っていた男子生徒が前の席の男子を指さした。その男らに対し義彦は分かってないと言わんばかりに、大きく首を振って尚かつ口でも言った。

「お前は何も分かっちゃいない」


「何だと!」


「巨乳好き結構。高校生好きも結構。だがな。世の中にはその衣装を着るべき存在って言うのがいるんだよ。適材適所だ。例えばウチの学校の制服なら、巨乳の女子高生が一番似合う。それには異論はない。だが、スク水は違う。あれはまな板で、且つ背的にも小さな小学生低学年に最も似合うように造られてるんだよ! 繰り返す。俺はロリコンじゃない! スク水が一番似合うのが小学校低学年の幼女だと、そう知っているだけだ! よって俺はスク水姿の幼女が見たい……」


「お、おお」


「熱い男だぜ」


「なるほど、その衣装にもっともに合う存在か、だが俺はそれでも異論を唱える……例えばそう。運良くウチの学校にはまだ棲息しているブルマだが、あれは女子高生や女子中学生が履くのが最も似合う。それは分かる。だがしかし、あれを大人のお姉さんが履いたらどうだろう? そのギャップ、有り余るものがあるとは思わないか?」

 三人目の男子生徒が、義彦の机に手を置きながらニヤリと笑う。


「ギャップ萌えか……確かに、同じ理屈で女教師に制服を着せるって言うのも有りだな。そこんところはどうなんだ、清正義彦君?」


 挑戦を挑んでくるクラスメイトの男子達、上等だ。とばかりに義彦は舌をチロリと動かした。


「確かに、ギャップの持つ力は素晴らしい。俺も認めよう。だがな、それはイコール似合っていると言うことではないんだよ。本来ならばその服を着ることが出来ない人間が敢えて着る。そのことによって生じた恥じらいが、その態度がプラスアルファとなり、時には完成された者。つまりは最もその服が似合っている者達をも越えるんだ。考えても見ろ、もしその大人のお姉さんが普通な顔で、ブルマをはいてジョギングをしていたら? 女教師が生徒に混ざって制服のまま授業を受けていたら? お前らはそれほどの昂ぶりを感じるというのか?」

 熱く語る義彦の言葉に、三人の男子生徒は雷に打たれたように、身体をビクつかせ、その場に立ち上がった。


「た、確かに、そんな奴らがもしいたとしても、痛い女としてしか見れない」


「ああ、つまりそれは……」


「そうだ。お前達の言うギャップ萌えは年齢と格好とのギャップのことだけではなく、そこに恥じらいなどの態度、ようするに性格、内面というファクターが加わってこその萌えだと言うことだ。似合っているのとはまた違うんだ。所詮似合っているいないは見た目だけの話、そこだけで言うのならば、一番似合っているのはスク水なら幼女、制服なら女子高生、ブルマなら俺は高校生より中学生、そう言った者達が一番似合う。これこそが正義なんだ!」

 机を叩きながら立ち上がる義彦、周りの女生徒、中でも沙月の瞳はその冷たさが絶対零度まで達していた。


「ハラショー!」


「素晴らしい」


「流石は学園のヒーローだぜ」


「そう褒めるな。では続いてキャップ萌えを含む、内面をプラスしたもの。つまりはシチュエーションプレイの話題に移ろう。これは単純に視覚的問題ではないからな、奥が深く、その道は険しいが着いてくるか?」

 勿論。と三人が声を揃えたところで、義彦はそれに気が付いた。


 立ち上がっていたことを幸いと、椅子を机の中に入れ、身体を教室の出入り口に向ける。


「どうした?」


 不審に思った男子生徒達に、悪いと前置きをして歩き出す。


「話はまた今度だ。ちょっと用事が出来た」

 えー? と不満の声が上がる中、義彦はその声には耳を貸さず、まだ白い目を向けている沙月に向って中指だけで手招きする。


 それに彼女は僅かに首を傾げながらも直ぐに従った。




「お前の変態っぷりを知り、改めてビックリした。この変態」

 合流後直ぐに悪態をつく沙月、そこには嫉妬の色が混じっているようだ。


「二度も変態と言うな。安心しろ沙月、確かにお前は制服もブルマもスク水も、どれも俺が最も似合うと思っている者からは外れている貧乳女子高生だが、お前が最も似合うコスチュームだってきっと存在している。一緒に探しに行こう。先ずはチャイナ服当りはどうだ? 足の長いお前にピッタリだと……」

 言い切る前に義彦の顔面に向って沙月の裏拳が飛んだ。女子とは思えない速度とキレを持った拳に、義彦も何とかギリギリのタイミングで躱すのが精一杯だった。


「思うぜ?」

 腰を限界まで後ろに反らしながら見上げて言う義彦に、沙月は笑顔のまま、拳を振り下した。

 拳の軌道を見切った義彦が身体を捻りながら体を起こし沙月の拳は空を切る。


「ちっ。私を呼んだ訳は?」

 義彦は笑ったまま、開きっぱなしのドアに身体を預けるように移動し、その向こう側、まだ鞄を持った生徒達が行き交う廊下に顔を出した。


「コイツに聞けよ」

 人差し指が、廊下にいた男子生徒に向けられた。

 義彦の目の前に立つその少年は、指さされたことで、身体をビクつかせていたが、逃げようとはせず、口元を歪めて笑う義彦を真っ直ぐに捉えて見ていた。


「どちら様? お前の知り合い?」


「いやいや。顔は知ってるけど、話したことはない。でも、ま。用件は分かってるけどね」

 グッと顎を引いた少年が口を開く前に、義彦は手のひらを広げ、少年の口に重ねるように持って行った。


「話は上でしようか? 少年A」


「若林颯谷だよ」


「そ。じゃ若林颯谷君、ほなちょいと上で話そか?」


「何故似非関西弁? 何故チンピラ風味?」

 後ろから呆れ息で言う沙月を無視して、義彦は歩き始めた。


 若林颯谷と、沙月は一瞬目を合わせるが、颯谷の方が直ぐ、恥ずかしそうに目を逸らして、義彦の後について歩き出した。




 下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響いたのは、屋上の扉を開けて直ぐのことだった。


 金網の前まで移動した義彦は、その音が鳴りやむまで、ジッと校庭を眺めながら待つ。


 チャイムが終わると、途端に音もなくなっていく。そうなって初めて、義彦は後ろを振り返り金網に背中を預けながら、どこか心細げに上目遣いに伺っている颯谷を見た。


 何か言おうとしているが、切っ掛けが掴めずに困っている。そんな感じだった。


「さて、若林颯谷君。俺のことは清正義彦とフルネーム。若しくは二人称呼びで呼んでくれ、名字だけ呼び、名前だけ呼びは好きじゃあないんだ。ま、もう一つ君は俺の呼び方を知っていると思うけれどね。例えばそう」

 言葉を切って、ワザと逸らしていた視線を颯谷に戻し、言い切った。


「正義の味方。とかね?」

 後ろで門番か何かのように、ドアを背にして立っていた沙月の目が細まり、颯谷に敵意に似た眼差しを向ける。


 それを咎めるように手で振って、拒否しながら、義彦は続けた。


「昨日の夜。会った、いやいや、すれ違ったな。俺は車で君は歩きで、それ以前に事件現場で会っているか。何せアリーナ席で観戦してたもんな。どうだった? 俺はちゃんと正義の味方してたか?」


「……ああ、してたよ」

 怯え混じりの声で頷く、颯谷。義彦は満足げに、うんうんと頷いた。


「昨日……そうか。事件現場が近いと言うことは、こんな危険が含まれているのね。で? どうするのお前、口封じする?」

 腕を組んだまま首を傾げる沙月。

 颯谷が肩を振るわせ、後ろを振り返った。


「いやいや。それには及ばない。話す気無いみたいだし、でも、何か俺に話し……んー、寧ろお願いがあるみたいな。そんな視線だったけど。当ってるか?」


「ああ、当ってるよ」


「お願い。それを聞かないとばらすぞとかならお願いと言うよりは脅迫よ?」


「いや、そんなつもりは無い。例え無理でも、あれを誰かに話そうとか、そんな気はないから」

 否定を入れた颯谷は本当に怯えている。無理もない沙月の眼光は一般人にはキツすぎた。


 見ていて少し面白かったが、このままでは話が進まない。義彦は背中で金網を押して前に出た。


「話を聞こうか? 正義の味方は人の願いを断らない」

 どうぞ。と続きを促す手のひらを見て、義彦の顔を見て、ゴクリと唾を飲み込んで。

 そうした動きを一連の儀式のようにこなしてから颯谷は、やっと本題に入った。


「僕はB組なんだけど、僕のクラスに吉川三奈穂って言う女子生徒が」


「待った。僕って一人称は素? 違うなら素の口調で話してくれよ。気を使われるのは嫌いだ」

 差し出して手のひらを返し、颯谷の眼前で待て、を形作った。


「素の口調だよ、家の教育の一環でね。続けて良い?」


「ならどうぞ。口を挟んで申し訳ない」

 再び、手のひらを返す。


「吉川三奈穂、知っている?」


「俺は知らない。沙月は?」

 問うと沙月は組んでいた腕を一本外し、口元に持って行き、やや目を下方に移動。伏し目がちにして、言いづらそうに曖昧に頷く。


「ええ、まあ。名前くらいは」

 その態度に不審さを覚える義彦に、颯谷は言った。


「そちらの彼女は知っているみたいだけど、吉川って言うのはようするに、うちのクラスで、何というか。イジメられている女の子なんだ」


「イジメ……」


「僕はそのことを知らなかったし、クラスの中でも知っているのは多分女子連中くらいなんだろう。男からすれば吉川は凄い美人で、でもかなり大人しいと言うか加護欲をそそる女の子って感じなんだけど、むしろ女子はそれが気に入らないらしくてね」


「ふむ。イジメか、うちのクラスでも多少の小競り合いチックなものはあるけど、特定の誰かをと言うのは無いな。それで、それがどうかしたの?」


「……助けて上げて欲しい」

 突然、颯谷は深々と頭を下げた。これも教育のたまものなのか、もの凄く綺麗なお辞儀だった。


 サラリーマンになると出世できるかもしれない。なんて考えながら義彦は問う。

「助ける? その女の子はお前にとって何さ。恋人? それとも片思い相手? 俺と沙月みたいに親友って可能性もなきにしもあらず?」


「私達みたいな関係って大分希少価値でしょう」

 沙月の言葉を背後に、颯谷は頭を下げたまま、首を振って否定した。


「違う。まともに話したこともない、ただのクラスメイト。でも、僕は見てしまったんだ。放課後、彼女が一人で泣いているのを、それを僕に見つかって慌てて逃げるように走っていって後ろ姿を、それに気付いて、でもどうしようも出来ない自分が悔しいんだ。僕に力があれば、そう思っていた矢先に、君を見た」

 お辞儀を維持したまま続ける颯谷の言葉を、義彦も沙月も黙って聞いていた。


「凄いと思った。あれだけの力。単純な腕力だけじゃなくて、もっと何か別の力を感じた。あれが有ればあの娘を救えるんじゃないかって、そう思った。でも、きっと僕にそんな力はない。だから頼むんだ。君に」

 言葉を止め、顔を持ち上げて真剣に義彦の目を見て、颯谷は言った。


「助けて上げて下さい!」

 今度は先程よりも深く、頭を下げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ