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電光石火で解決劇

「あーあ。名乗り上げちゃってるよ。バカだねー」


「ええ、本当にバカ。好ましいバカではありますけど」

 車内カメラの中で、犯人を手招きをして挑発している義彦を見ながら、二人は言う。


「人質はどうするつもりでしょう?」


「アイツのことですから、多分……」

 高本が全てを言い切るより早く、義彦は犯人が自分の挑発に乗らず、ナイフを人質に向けたと見るや、地面を蹴って跳躍し、一歩で犯人との距離を詰めると真上に向って放つ前蹴りを繰り出した。


 キィンと音が届きそうな見事な蹴りは、男の持っていたナイフの柄を正確に射貫き、真っ直ぐ上方に向ってはね飛ばした。


 男の手を抜け、天井に突き刺さったナイフ、犯人と人質とが揃ってそれを見上げる中、義彦は人質の腕を掴むと無理矢理犯人から引きはがし、自分の後ろにのけ払う。


 たたらを踏みながらも、どうにか転ばずに、後ろに下がった人質、これで犯人を守る物は何もない。


「あーあ、終わったな」


「可哀想に。見たところ武の心得もないただの素人。後は彼の見ていて小気味の良い連打の中に引き込まれるだけでしょうね」

 本当に可哀想。と続ける沙月はしかし、目は逸らさずに画面を凝視している。


「やり過ぎるとやり過ぎたで、世間から非難浴びるのでこちらは困りますけど」

 顔を覆いながらため息を吐く高本を嘲笑うように義彦は犯人に向って拳を繰り出した。


「相変わらず、無骨で粗暴で、綺麗さなんて欠片もない、ただの暴力」

 武道を嗜んでいる沙月から見れば、画面内で行われている暴行はただの暴力に過ぎない、型が綺麗でも、効率的な攻撃でもない、ただ殴る蹴る。それだけ。


「俺も一応、空手はやってますが、確かにコイツのは派手なだけで型も何もあったもんじゃないですね」

 同意している高本に、沙月はでも、と続け画面の少年に向って手を出した。指先が液晶画面に触れる。


「そのただの暴力がどんな武術よりも強い。なんて理不尽さでしょうね」

 自分は勿論、キチンと武道を修めている者であっても簡単に勝ってしまうほどの暴力は、沙月にはとてもまぶしく見えた。


 避けることも受ける術も知らない素人である犯人に、義彦は止めの一撃とばかり、その場で回転しながら飛び上がり、派手な後ろ回し蹴りを叩き込んだ。


 物理的な意味で男の身体は空中を舞い、コンビニのガラスを突き破って外へと飛び出していった。


 野次馬から歓声があがる。一方的な暴力であれ、間近で見ている者にとってはそこらのアクション映画とは比べ物にならないほどの興奮だったのだろう。


 相手が悪人であれば同情の余地も無し。良心が咎めることもなく興奮している群衆に、沙月は顔を歪めて、嫌な物を見たと言わんばかりの態度を示した。


「ま、これぐらいなら大丈夫。適度にセンセーショナルですよ。出来れば犯人がナイフを持ったままの状態でやってくれれば尚良かったですがね」

 腕を組みながら言う高本。


 現実問題、素人のナイフ程度ならば、義彦にとっては素手と大差ないだろう。けれど周りから見れば、義彦が執拗と言えるほど暴力を振るったのはナイフを持っていたから危険と判断してだと言い訳が立つ。


 この分では明日のニュースの内、幾つかは義彦に否定的な意見を口にすることになるだろう。


「私、迎えに行ってきます」


「ああ、どうぞ。奴に言っておいて下さい。丸腰相手なら打撃より押さえ込む方が世間ウケは良いって」


「一応言ってみますけど、無意味だと思いますよ?」


「こちらも形式上の注意ですから」

 了解しました。と返答して、沙月は正義の味方を出迎えるために車の降りた。




 素直に感動した。


 それが若林颯谷が抱いた感想だった。


 チープな仮面を付けた一見するとコミカルな正義の味方が現れて直ぐ、それまでの降着が嘘であったかのように事態が一気に動き出し、電撃的な解決を見せた。


 窓ガラスを突き破った時も、ガラスはこちらまで届かず寧ろ最前列でそれを見られた感動の方が強く印象に残っていた。


 あれが噂の正義の味方か。と実感する。


 テレビの中で見た時は、やらせとは言わないが、動きの良さが逆に現実味を薄れさせ、一種のショーのように見えたが、こうして目の当たりにすると、彼の動きには不思議な人を魅了する力があることが分かった。


 人質にも怪我は無かったらしい。


 警官たちに捕らえられた犯人も、ふらふらではあったが自分の足で立ち上がり連行されていく。

 あれだけの攻撃を受けてまだ意識があることから、手加減をしたのだろう。


 あの力が有れば、自分が今抱えている問題も、解決出来るのだろうか。


 自分にはその力がない。

 そのことに歯がゆさを覚えながら、やっと密度が薄らいで来た人波を掻き分け掻き分け、通りに出ると汗でべた付いたシャツの首元をつまみ上げて、空気を中に入れる。


 瞬間的にではあったが涼しさが身体に入ってきた。


「はあ」


 思いっきり空気を吸い込んでから、吐き出す。


 近道にと路地裏を通ったその時、路地の奥、隣の道路を一台の車が通り過ぎていくのが見えた。


 その後部座席に座る人影を颯谷は目撃した。


 黒いレザー調の服を着た男の姿、仮面を外したその素顔は、今の自分にとって最も身近にいるヒーロー同じ顔をしていた。


 見えたのは僅かの時間、見間違えかも知れない。


 けれど、颯谷にはその男が自分を見ていたような、そんな気がした。


 自分に向ってニヤリ。と学校で見かけたものと同種の笑顔を浮かべていた気がした。


 それは学園のヒーロー。

 清正義彦と同じ顔だった。

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