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放課後の屋上の少女の下着

 放課後の屋上。


 義彦は颯谷と一緒になって屋上に寝そべり、空を見上げていた。


「で。あれから話聞いてないけど、例のメールは問題なかったの?」

 例の事件から三日が経ち、記者会見やら報告書やら、事後処理に終れていた義彦は、久し振りに学校に来たため、三奈穂を取り巻く現状を詳しく知らなかった。


「あれ? 君が解決してくれたんじゃないの?」

 意外だと言うように、颯谷が空から目を外し、義彦を見た。


 その問いかけに、義彦は首を横に振って応える。


「あれは三奈穂の力で解決したんだよ。その切っ掛けは見てたけど、どういう経緯を辿ったかは知らないからな」

 今の三奈穂であれば、メールの件に誰かに何かを言われたとしても大丈夫だと。そう信じていて、実際に何事もないようだったが、それでもどうなったのかには興味があった。


「彼女を苛めていたクラスメイトの女子がね。自分で言って回ったみたい、出鱈目だったって。それでその子も吉川のこと苛めなくなったらしくよ」


「ふーん。あの女が……改心でもしたのかね」

 屋上に向う途中ですれ違った女の顔を思い出そうとするが、上手く像を造れないので、諦めた。


「さあ? 性格は特に変わってないみたいだし、吉川と仲良くなった訳でもないから、未だに彼女友達らしい友達はいないんだけど。それでも何人かクラスメイトの女子と普通に会話くらいはしているみたい」


「ふん。そりゃ今まで苛めてた連中が、いきなり友達になったりはしないだろ。そんなのは漫画の中だけで十分だ」


「そうだね」


「あーあ。学園のヒーローになんのは思いの外大変だぜ」


「世間を賑わす正義の味方が言うセリフじゃないな」


「正義の味方の試験の方がよっぽど楽だっての」

 吐き捨てるように言って、義彦はまた空に目を戻す。茜に染まり始めた空は哀愁を漂わせており、ただでさえ暗い気分が更に落ち込んでいきそうだ。


「そうだ。取りあえず自力とは言え解決はしたんだ。約束通り、パンツ談義でもしようじゃないか」


 この空気を払拭しようと、わざと声を高める義彦に、颯谷は口元を僅かに持ち上げ、ニヒルな笑みを浮かべて応えた。


「いや、だから僕はショーツ談義なら……いや、止めておく」

 最後まで言い切ることなく、颯谷は勢いを付けてその場から立ち上がった。


「ん? ああ、なるほど。お前空気読みに関しては一流だな」


「自負している。話は今度ね。但し、その時は下着の呼び方にはパンツが正しいかショーツが正しいか、それを決める話し合いだ」


「ああ。パンツの方がエロティックで素晴らしいってことを教えてやる」


「ショーツの奥ゆかしさには比べるべくもないね」

 振り返らずに手だけヒラヒラと踊らせて離れて行く颯谷。屋上の出口に向って歩く彼のその先に、入り口付近で立ちつくしている三奈穂の姿があった。


 何処か居づらそうにしているのは話が聞こえていたせいだろうか。


「よう」

 颯谷が屋上から出て、二人切りになった空間で、義彦はいつもように手を挙げて彼女に笑いかけた。


「あの、久し振り、ですね」

 はにかむように笑う三奈穂はゆっくりと、義彦の元に近付き、スカートの裾を気にしながらもその隣に腰掛けた。


「……あ、沙月さんは?」

 少しの間、何を言って良いのか考えるように、視線を彼方此方に振っていた三奈穂はやがて、いつも義彦の傍にいる少女の名前を口にした。


「下。弓道部に謝りに行ってる。勝手に弓と矢使ったのと土足で上がり込んだことも」


「あれはビックリしました。急に矢が飛んでくるから」

 あの時のことを思い出すように言う三奈穂。


「ああ。下から弓で狙うなんて、恐ろしい女だ。今度から狙撃にも気を遣わないと下手に機嫌を損ねたら死んじまうよ」

 合わせて苦笑すると、彼女も声を出さずに笑った。


「もう大丈夫みたいだな」


「はい。それで、あの私、聞きたいことがあって」


「聞きたいこと?」

 放課後の屋上。二人切り。普段ならば邪魔をする沙月の姿は無し。

 とこの状況を確認したところで、義彦は背中に奇妙な汗が流れるのを感じた。


 追い詰められている。目の前にいるのは少しだけ強くなった気弱少女であるというのに、彼女が顔を赤らめて俯いている様が、圧力となって襲い掛かる。ゴクリと喉が鳴って唾が嚥下した。


「貴方、は」


「はい」

 心臓の音が聞こえるほど、煩い。このシチュエーションはミスってしまった。沙月が来るまでもっと軽快な会話をして時間を稼いでおくべきだったのだ。拙いとどうしようと言う言葉が、頭の中を埋めていく。上手く填らないテトリスのようだ。


 やがて彼女は顔を真っ赤にしたまま顔を持ち上げ、勢いよく口火を切った。


「私に正体が知られてしまって、転校してしまわれるんですか?」


「……」

 拙いとどうしようで頭が埋まっていた為に、新しく入ってきた単語が、脳内に場所を作れず、その意味もまた、頭に入らなかった。


「なんだ。そのことか」

 大きな肺の容量をいっぱいに使った程のため息と共に義彦は身体を折り曲げて下を向いた。


「そのことだなんて。私ずっと気にしてて、学校にも来なかったから、このままいなくなってしまうのかなって」

 あれ以来連絡も来なかったが、こちらからも連絡はしていなかった。理由としては忙しかったというのが一番だったけれど、三奈穂からすれば、それはここを出ていく為、余計な関わりを持たないようにする。と言う意味に捕らえたのかも知れない。だから、向こうからも連絡をしなかった。


 三奈穂の考えていることがようやく理解して安堵を見せる義彦とは対称に、ハッキリとした回答を貰っていないことに、三奈穂は柳眉を寄せて両の手を強くしっかりと掴んだままこちらの様子を伺っていた。


 強さを持っても変わらない。小動物らしさに、義彦は息を吹き出して笑う。


「心配いらないよ。三奈穂が誰にも言わなければ、このままさ。正体がばれない限りはこの街に留まるよ。嫌いじゃないしね。この街の雰囲気」

 近場にあった屋上の策に身体を預けながら言うと、三奈穂は直ぐに笑顔の花を咲かせた。


「良かったです。お礼も出来ないまま、お別れになったら私どうしようかと」


「お礼?」


「助けて貰ったお礼です」

 その言葉に義彦は策の上部を両手で掴んだまま、力を込めて地面を蹴り、策の上に腰掛けた。


「何もしてないよ俺は」


 何も、出来なかった。


「そんなこと無いです。私は救われました。貴方にとっては何気ない一言だったかも知れないけれど、あの一言で私は救われたました……だから」

 言葉を切り、彼女は姿勢を正して、腰から深く頭を下げた。


「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません、お礼も必ずします」

 そう彼女らしからぬ、強い意志を込めた声で言って見せた。


 その強さに、微笑みながら義彦は頷く。

 けれどこれだけは言っておきたかった。


「お礼の言葉は受け取るけど、礼自体はいらないよ。もう貰ったから」


「何を、ですか?」

 顔を持ち上げてコテンと首を傾げる様は可愛らしい。

 その可愛らしさに似合ったものをもう貰った。


「初めて会った日の帰り道、可憐な薄ピンク色のパンティを見せて貰ったからな」

 空気が凍った。


 想いを言葉にすると、酷いことになると言う良い例だ。

 首を傾げたまま、空気事、凍結していた三奈穂の顔が、茜空と関係無しに真っ赤に染まる。どう見ても恥ずかしがり屋の彼女が下着を見られていたという事実は、かなりきついものだったようだ。


「あの、日?」


「う、うん」

 彼女に合わせ、どもりながら頷いた。

 頷きに従って益々顔を赤くしている少女は既に、茜を越えて赤い。


 やはり軽口を叩く相手は選ばなくてはならない。頭だけでは足りないので後ほど体中に刻んでおこう。現実逃避めいたことを考えていると、彼女は思いも寄らぬ言葉を口にした。


「あんな下着を見られていたなんて……」


「あんな下着?」

 あんな。明らかに下卑した言い方だが、それはおかしい。あの薄ピンク色の下着を義彦は網膜に焼き付くレベルで良く覚えている。彼女によく似合った可愛らしくも女子高生らしい下着だ。それが何故あんな下着のになるのだろう。


 彼女はどうやら、下着を見られたという行為よりも、穿いていた下着自体に恥辱を感じているらしかった。


 首を捻っていると、彼女は言い訳のように、続けた。


「あれは、その確かに最近私はああ言った下着を良く着けているんですけど、それはあの、前にいつも穿いていた下着をクラスの子にバカにされて、それから冷やかされるようになったから、ああ言う下着を穿くようになっただけで」

 これは驚愕の事実と言うのではないか。


 イジメの発端はどうやら前髪パッツンの姫カットではなく下着だったらしい。どちらもくだらないと言えばくだらないが、こうなると義彦としては一体彼女がどんな下着を穿いていて冷やかされたのか、知りたくなった。

 知的好奇心。理由はそれで良いはずだ。


「因みに、その冷やかされた下着はどんな下着だったんだ?」

 あくまで因みに、と続けながら顔を背ける。彼女はその問いに、うぅ。とかあぅ。と困った声を出しながらも、礼の気持ち故か断ることが出来ずに、ボソボソと語り始めた。


「その、実は一昨日から、普段通りの下着付けるようにしているのですが……見ますか?」


「是非」

 何を考えていたのだろう。と義彦は思い直した。


 確かに自分は何も出来ず、学園のヒーローを名乗るのには相応しくないと分かったけれど、それでも救われたと言ってくれる娘が、お礼をしたいと言っているのに、それを断るだなんて、それこそ、ヒーローの、正義の味方のすることではない。


 だからこれはお礼だ。と自分に言って聞かせながら、ジッと視線を三奈穂のスカートに移動させた。


「では、少しだけ……ですからね?」

 風が吹いただけで聞こえなくなってしまいそうな、小さな声に、義彦は大きく頷き返した。


 三奈穂の手がスカートの裾へと伸びる。


「見られて冷やかされる下着。何だ? 毛糸のパンツとか、いやいや動物のプリントパンティか? 熊さんパンティだったらどうしよう……ヤベェ。血が巡ってきちまった」

 心臓が早鐘を打ち始める。それを制服の上からつかみ取りながら、義彦の瞳は血走り、徐々に本の僅かずつ持ち上がっているスカートの裾にだけ注がれていた。


 綺麗な太腿を露わにし、更に上へ上へと持ち上げられて行くスカート、顔を真っ赤にして俯いている少女。


 そして。完全にスカートは持ち上がり、下着が義彦の目の前に晒された。


「え?」




「待たせたわね」

 聞こえた来た声に義彦は振り返りはせず、落ちかけた夕日を見つめていた。


「本当に遅かったな。何してたんだ?」

 振り返らないまま聞いた。


 こちらに近付く足音と共に、沙月は何故か言い淀む、間を開けた。


「色々と準備があったの。それより三奈穂はどうしたの? さっきすれ違ったんだけど、何か顔を真っ赤にして階段を駆け下りていって私に気づきもしなかったわ」

 三奈穂。と言う名前に、義彦の身体は震えた。


 驚いたと言うよりは、その感情は恐怖に近かいようだった。


「どうかした?」

 その様子を訝しんだのだろう。問いかける沙月に、義彦は乾いた声で教えてやった。


「知っているか沙月。最近の女子高生の下着ってな……スゲーんだぜ」

 自分で言って、思い出してしまった。


 顔を真っ赤にして持ち上げたスカートの中身を。

 真っ黒でレースをふんだんに使った艶めかしく大人っぽい下着だった。


 その有りように絶句し、もはやにも聞こえていない義彦に気が付きもせずに、彼女は恥ずかしそうに告げた。


「私が相手もいないのにこういう、その、男の人に見せるようなものを身につけているのが気に障ったみたいで。私はファッションとして、最近の女子高生なら、これぐらい普通だと思って着けていたんですけど」

 でも今は人の目なんか気にしないで自分の着けたいものを穿くことにしました。


 そう続けて、彼女はスカートの裾を戻し、もう一度お礼を言った。

 そのお礼すらも届いていないのに。

 そうしてから彼女は、やはり恥ずかしかったのだろう。顔を太陽ほどに赤くして、


「私、沙月さんがいても、諦めません。頑張って見せます」

 と一生一代の告白すらも聞こえていない義彦に、宣言してから風のように走り去って行ってしまった。


 余程慌てていたのだろう。屋上を出ていく時に再び、今度は自然現象で捲り上がったスカートから覗く下着がやはり、黒のレースだったことで、義彦はあれが見間違いでも夢でもないことを悟ったのだった。


「何だそんなこと」

 義彦の態度がおかしい原因が知れて、沙月はバカにしたように鼻を鳴らした。


「そんなこと!? お前な。あれは俺が今まで思い描いてきた、女子高生像をいとも簡単に打ち砕いたんだぞ! それを、そんなことだと?」

 声を荒げるのも無理はない。けれどそれでも、義彦は後ろを振り返りはしなかった。まだ先程脳内に焼き付けた画像を、繰り返している最中だったからだ。


「三奈穂がどれほど魅惑的な下着を着けていたのかは知らないけど、結局のところ下着を着けているんでしょう?」


「ん? 今の発言はおかしいな」


「振り返れば、発言がおかしくないことに気付くと思うわ」

 楽しそうに、彼女は笑う。


 また、駄目だ。振り返るな。これは毒の餌なんかではない、もっと簡単で単純な罠だ。振り返ればその瞬間に殺される。その死の気配を感じてなお、義彦は振り返えらずにはいられなかった。


 それがつまり、正義の味方であり、学園のヒーローを目指す者であり、雨美沙月の親友である、清正義彦の正義のなのだから。


 彼女はいつもと格好が違っていた。


 なるほどここに来るのに時間が掛かったのは、弓道部で時間を食ったからではなく、着替えに手間取ったからなのだ。


 三奈穂が彼女に気が付かなかったのも、恥ずかしさのあまり周りが見えなかっただけではなく、彼女の格好がいつもと違っていたせいなのだろう。

 スカートがいつもの三割り増し短く、結果いつもより多く外部に晒された引き締まった脚には更に長く見せ、美しさを強調するように黒いニーソが太腿の真ん中辺りまで伸び、短いスカートとニーソの隙間に、真っ白なコントラストを描く生脚、絶対領域を構成している。


 上の制服もまた裾が短くされ、無駄な脂肪もなく、かと言って筋肉が浮き出ている訳でもない、なだらかな絹折りを思わせる汚れも、淀みも無い白い肌とその中央に小さなくぼみがトッピングのように存在してあった。


 髪型もまだ短いので多少不格好ながら、可愛らしい花の飾りが付いた髪ゴムによって二つに分けられ、いつも自身に満ちた笑みを浮かべている顔には、スッキリとした銀縁の眼鏡が乗せられ、表情をキリリと引き締めている。


 そのくせ、頬は僅かに赤らんでいるのだから溜ったものではない。


「べ、別に貴方の為にこんな格好した訳じゃないんだからね」

 テンプレートのツンデレ台詞。


 それは全て義彦が彼女に語ったもの。彼女の膝上に頭を乗せながら紡いだ自分の夢を体言化したもの。


 だと言うのに何故だろう。背筋が凍り付いていく気がするのは、驚きでも感激でも無く、恐怖によって言葉を失ってしまっているのは。


「どう? 勿論。後二つもしっかり守っているわよ? 上も……下も」

 上はなんと言っただろう。


 そうだ。オープンブラジャーだ。つまりあの制服の下には。

 そして下は……

 意志とは関係なく、頭が過去の自分の言葉を思い返して行く。


「三奈穂は、所詮下着を着けているんでしょう? わ・た・し・と・ち・がっ・て」

 一音一音切りながら、ニッコリと笑う少女。この分では、家に帰った後の彼女を想像するのが恐ろしい。それを統べてみてしまった後の自分を彼女と約束をしてしまった自分を予想するのも恐ろしかった。


「ふ、ふふふ。はは、ハーハハハハハハハ!」

 笑ってしまう。いや寧ろ、笑うしかない。


 涙を浮かべるほど笑う義彦を前に沙月もまた嬉しそうに笑っていた。


「そんなに喜んで貰えて嬉しいわ」


「ハーハハハハ」

 笑いながら義彦は屋上の柵に身体を預けたまま力を抜き、柵を滑りながら最終的に、地面まで滑り落ちた。


 地面に寝転がり、見上げた夕日が完全に落ちる寸前の黒に近付いた空が、まるで捕食され掛けている今の自分のようだ。


 あと少しで、空は為す術もなく完全に黒に染まるだろう。その様が今の自分と重なっていた。


「女は怖い」


「あれ、今頃気付いたの?」


「また挫折しちまいそうだ」

 そう呟いた義彦の隣に座り、やや高い位置から微笑みかけながら、彼女はそっと顔を近づけて来る。


 義彦はそれを拒まなかった。


 茜空は夜の空に変わる。


 太陽が堕ちたその場所に小さな、本当に小さな音が広がった。

これでラストです

改めて読み返してみて、会話が多すぎてテンポが悪かったように思います


読んだ感想を聞きたいのでお願いします


明日からはまた他の新人賞に送った話を載せて行こうと思いますのでそちらもよろしくどうぞ

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