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模範解答例

 夜中を迎えた高本の車内。


 義彦は周囲のパトロールだと言って走って消えてしまった為、現在、沙月と高本だけが残されていた。


「なるほど。やっぱりそうなりましたか」

 仕事に差し支える可能性もあると、沙月は少し迷ってから高本に三奈穂に関する話を聞かせる。

 彼はうんうんと頷きながらそれを聞いていたが、やがて大きく頷いた。


「やっぱり? 高本さんはこうなることが分かっていたんですか」

 高本に話を聞かせたと義彦が言っていたことを思い出す。


 挫折するところが見たいとかぬかしやがった。とも言っていた。その時点で、この結果が読めていたのだろうか。目を丸くする沙月を前に、高本は肯定し話を進める。


「アイツもまだまだケツの青いガキですからね。こんな事になるんじゃないかと」


「確かに私も含めてまだまだ、人の気持ちを読み取れるほどの人間では無かったようです。彼がやろうとした策に私も賛成し、彼の言った通りになると思っていましたから」

 人の気持ちは複雑、そんな簡単なものではないと、そう分かっていたはずなのに。


 正義の味方を義彦が始め、様々な人たちと触れることで人の気持ちを理解出来る気になっていた。少なくとも高校生程度なら、簡単に読めるとそう信じ込んでいてしまったのは、自分達の落ち度だった。

 反省の意味を込めて意気消沈している沙月に、高本はおかしそうに笑う。


「いやいや。そこは問題じゃありませんよ。俺だって、いや、誰だって人の気持ちまで完全に理解出来る奴なんかいやしません。けれど少なくとも貴方たちなら、行動を読むことぐらいは出来る。その能力は俺とも大差ないでしょう」


「でも現実に私達の思っていた通りには」


「確かに、それも確実じゃない。間違えることはあってもおかしくはありません。さっきも言いましたけど、気持ちを完全に理解出来ない以上。そう言うミスはあるに決まっている。でも、貴女たちが間違ってのは、それが原因ではないでしょう」


「どういうことですか?」

 警官である高本の言葉には不思議と説得力がある。それこそ高本自身が今否定したが、こちらの気持ちが最初から読めているのではないか、と思えることも多々あった。その彼と自分達が同等だとはどうしても思えない。


「貴女たちが間違った理由は一つ。条件が一つ足りなかった。もう一つ大事な条件があったのに、それに気付かず話を進めたから間違った」


「条件……何のことです?」

 そこで高本はシートベルトを外し、後ろを振り返った。


「昔の上司に伝説の刑事なんて呼ばれる凄腕のデカがいましてね。その人から聞いた話が丁度当てはまる。腕の良い刑事の条件って奴です」

 後ろを向きながら高本は手で三を示した。


「人の行動を予測出来ない奴は三流」

 続いて指を減らし、二を示す。


「人の行動を予測出来て二流」

 それで二流なのか。と思いつつも口は挟まずにおく。

 そうして高本は最後にと指を減らし、一を示した。


「人の行動を予測出来、尚かつ自分がどれほどの力があるのか知って一流。貴女たちはそれを知らなすぎた」


「自分の力?」


「これは警察の話ですけど、例えば犯人の行動を予測出来ても、自分達で捕らえられると思って先回りしたら犯人にのされて逃がしてしまった。なんてこともある。でも、自分がどれほどの実力なのか、それを知っていれば事前に人を集めるなり、策を講じるなりして犯人を捕らえられるって言う。そんな教訓だと俺は思っています」


「それが私達の失敗と関係があるのですか?」

 自分達の価値を知っているからこその行動だったはずだ。


 義彦が人気者だから、義彦ではなく、その近くの自分が彼女と仲良くしてこちらに目を向けさせようとした。けれどそうはならず、余計に三奈穂にイジメを向ける結果になってしまった。


「大ありですよ。言いたくはないですが、例えば俺がアイツの立場だったとしたら、俺が指示をして貴女に同じ通りの行動を取らせたとしたら、結果は変わっていたでしょう。多分、貴女たちの想像通り、イジメをしていた連中は貴女をイジメの対称にしたはずだ。でも、そうはならなかった。それはあのガキが転校して間もないのにも拘わらず、予想以上の影響力を持っていたってことですよ」

 舌を滑らせながら高本は更に続けた。


「ようするにイジメてる連中は思った。その苛められている少女、アイツが最近明るくなったのは貴女と一緒にいる為だ。むかつく、でも貴女はあの清正義彦の連れ。下手に苛めると清正義彦を敵に回してしまう。それは避けたい。だから、貴女に忠告しよう。でも貴女はそれを無視した。だから仕方なく貴女ではなく、少女の方をもっと苛めて貴女に近付かせないようにすればいい。そうすれば清正義彦を敵に回さずに済む。って感じでしょう」


「それはつまり、私達が義彦の力を低く見ていたから失敗したと?」

 動揺か、普段ならば決して口にしない義彦の名前を口にしていた。

 そのことには触れもせずに高本は頷いた。


「そう。アイツも自信過剰なところがあるけれどそれでも、まだ足りなかった。自分の実力を過大評価する奴は使えないが、過小評価する奴もまた使えない。そんな話です」


「……」

 何を口にして良いのか分からずに、彼女は下を向く。


 過大評価でも過小評価でも、自分の実力を把握出来ていないところは同じ、そのせいで三奈穂にこれまで以上の掛けてしまった。


 颯谷に苛められていることを知られてしまっただけで、逃げ出すほどショックを受けた彼女だ。それがクラス中に知れ渡ってしまったら、どうなってしまうのか。想像もしたくはない。


 だが、それがどれほど残酷なことだろうと、想像しない訳にはいかない。

 今度こそ、ちゃんと考えて彼女を救う手立てを見付ける。義彦が仕事をしている以上、それが出来るのは自分だけだ。


 下を向いたまま、沙月は大きく息を吸った。


「ですけど、そんなに気にすることはない。さっきも言った通り、アイツはかなりの影響力を持っている。このままアイツと仲良くしていけば、その内イジメは収まるでしょう。アイツがイジメている連中に一喝するだけでも止まるかも知れない」

 軽い口調でもって高本は言った。


 それも確かに手の一つではある。想像以上に学園のヒーローと化している義彦が例のイジメっ子連中に言えば、仲良くなれるとは言わないが、少なくとも表面上のイジメは解決する。


 だけれどそれは義彦の望んだ結末ではないのだろう。

 三奈穂自身に強くなって貰いたかったからこそ、義彦はこんな面倒な手筈を組み、結果失敗に終わった。


 そこにある意図は、例え義彦と沙月が彼女を救ったところで、いつかまた正義の味方の仕事の関係上この街を出て行く義彦達だ。二人がいなくなった後も一人でイジメに立ち向かえる強さを持って欲しかったのだろう。


「そんなこと言っている場合ではないのかも知れない」

 あの悪意に満ちたメールで傷つく彼女のことを思えば、例え一時、表面上のものであっても助けてあげる必要があるのではないか。


 答えの見つからない堂々巡りに似た思考の波が彼女を攫う。


「っと」

 そんな中、車内に携帯の電子音が鳴り響いた。

 高本のものだ、彼は前を向き直り、携帯を耳に当てた。


「はい、高本……そうか、分かった。詳しい状況の説明を」

 神妙に頷きながら、彼は沙月に目で合図を送った。


 それを受けて沙月は携帯電話を取りだし、義彦に連絡をする。強盗犯の事件に関することだ、限りなくタイムロスを裂ける為、先に連絡を入れておく。

 短いコール音の後、直ぐに義彦が出た。


『見つかったか?』


「今高本さんの携帯に連絡が入ったわそのまま待ってて、終わり次第代わるから」

 義彦の声にいつもの余裕は見られない、息も僅かに上がっている。


『……ああ』


「それともう一つ。三奈穂の件だけど」

 高本から聞かされた話をするか、一瞬だけ巡考した沙月だったが、余計なことを考えたまま仕事をするよりは多少なりとスッキリさせてからの方が良いだろうと、彼に聞かされた話を義彦に聞かせた。




「だから、とにかく私はそちらの件について考えておくわ。お前は心配せず、仕事に打ち込んでちょうだい」


『そうか。俺が自分を過小評価したせいか……なるほど、盲点だったよ』

 変わらず力ない声の間まではあったが、どこかその声は吹っ切れたように聞こえた。仮定であるとは言え原因が掴めた為だろう。


『分かった。そっちは任せる。俺は正義の味方としてやるべきことをする』


「任せて。私はお前の信頼は絶対に裏切らないから」


『裸エプロンで裏切られたけどな』


「しつこいわねお前も」

 照れ隠しか空元気か、いつもの軽口を叩いてみせる義彦に付き合っていると高本が、携帯を閉じ、沙月に向かい頷き掛けた。


「それじゃあ高本さんに代わるから」


『ああ、任せろ。任せた』


「うん、任された。任せる」

 最後に言い合って、沙月は携帯電話を高本に差し出した。

 高本が得た情報を右から左に聞き流しながら、沙月は直ぐに彼の信頼に応える為の策を考え始める。三奈穂には事前に伝えて終えいた方が良いのか。それとも心労を考えて伝えずに、明日、朝一番で彼女が来る前にクラス中に口止めをしておいた方が確実か。


 出来る限りイジメっ子と同じ時間を過ごさない為か、三奈穂は割と時間ギリギリに登校してくる為、それも可能と言えば可能だ。


「後は頼んだぞ。じゃあな、私生活のミスは忘れて頑張ってくれ」

 最後に皮肉を口にしてから電話を切った高本が携帯を沙月に返す。


「俺たちも取りあえず移動しましょう。県北の方で目撃証言があったそうです」


「ええ」

 返事はしても、意識はここには殆ど残されていない。三奈穂をどう救うか、沙月の頭はそれだけで占められていた。だからこそ、沙月は気付かなかった。


 義彦が自分のミスで人を不幸にしたのが初めてであると。

 その結果、どうなるのか。


 挫折を知ったヒーローにも、救いの手は必要であると言うことに、彼女は気付けなかった。


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