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正義の味方に必要な観客

 休み時間に三奈穂と毎時間会うようになって数日が経った、ある休み時間。義彦がクラスの女子と近くに迫った文化祭の話をしている中、沙月は三奈穂の元に向う為、席を立ち上がった。


「行ってくるね」


「ああ」

 簡単な挨拶だけして、沙月は義彦の横を通り過ぎ、教室を出た。

 外に出て直ぐ、前後二つの入り口がある教室の真ん中ほどに佇む、三奈穂の姿を見付けた。


「入ってくれば良かったのに」


「あ、いえ。その、まだ、恥ずかしくて」

 消え入りそうな声。とはこんな声だろう。どうやればこんな頼りなさげでそれでいて保護欲を誘う声が出せるのか。練習して今度義彦に聞かせてやろう。そんなことを考えていると、彼女は辺りを見渡しながら居心地悪そうにしている。


 他のクラス前と言うのは案外居心地の悪いものだ。彼女のように引っ込み思案の性格ならば尚更だろう。


 しかし、だからと言ってどこか物陰に隠れて会話をする訳にもいかない。

 それでは話をする意味がない。

 三奈穂と仲良くしている。と言うのを見せつけることに意味があるのだ。


「さて。何の話をしましょうか」


「……」

 彼女はやはり自分から話題を振ってくることは少ない。

 かと言って沙月自身もそう、話題が豊富な訳ではなかった。


「仕方ないわね。またで恐縮だけど、あの男の話にしましょう」

 共通の話題。と言って良いのか分からないが、二人が共に知っている人物となると限られてくる。この場合義彦のことだった。


 そう言うと、三奈穂は嫌な顔一つせず、どこか嬉しそうにさえ見える表情で頷き、沙月の話に耳を傾けた。


 話題がない為仕方なく始めた義彦の話だが、何故か三奈穂はその話がお気に入りらしい。

 自分を助けてくれた。助けてくれているヒーローに興味があるのだろう。


「あれは確か三年前、まだ私達が同じ部屋に住んでいた時の話ね」


「同じ部屋」

 念のため牽制を入れておくのは忘れない。


 恩義は簡単に恋心に発展するものだ。彼女が義彦に惚れてしまうのは彼女にとって好ましくはない。


「ある日アイツは、夜中まで帰ってこなくてな心配してたんだけど、夜中三時頃かしら家の電話が鳴ったの。警察から警官相手に大立ち回りをして、留置所に入れられたって言う電話だった」


「……大立ち回り?」


「何でも、公園の遊具が危険だからと言う理由で壊されることになって、それに反対した子供達が工事をしようとした建設会社の人間相手にくって掛かったのを見て、自分も加勢したらしいのよ。屈強な肉体労働者七人と現場監督を気絶させたところに、警察が来て、今度はその警察にまで殴りかかって掴まったんですって」


「凄い、ですね」


「ハッキリバカと言っていいところよ。ここは」

 実際誰に話しても、バカだ。で終わる話だった、その話で別のものを感じた者はごく少数だろう。その少数には沙月も勿論入っている。


「いえ、子供の為に戦ったんですから。凄いことだと思います」

 彼女にしては珍しくハッキリとした言葉遣いでそう言われ、沙月は思わず目を細めた。


 その感想は、ごく少数派。沙月が持ったものと同じ感想だったからだ。

 そして何よりも、そう言う彼女の目は、どこか夢現としていて、その瞳はまるで。

「恋する乙女ね」


「え? 何か言いましたか?」

 小声で呟いた声に反応する三奈穂。沙月は無言のまま首を横に振った。


 調子に乗りすぎてしまったようだ。と彼女はそこで自覚した。これまで仲が良い友人がいなかったために、この手の、義彦の話をすることが無かった。


 だから調子に乗って今までずっと、義彦の話をべらべらと喋りすぎてしまった。

 それが彼女の中で恩人を片思い相手に変えた。自分らしくないミスにため息を吐いていると、三奈穂は首を傾げながら、それでも口には出さず、続きを待っているかのように沙月を上目遣いにじっと見ていた。


 厄介な問題が一つ増えてしまった。

 もう一度、今度は肩を落しながら全身で息を吐いた。




 また少し時間が経って、沙月が何度となくイジメっ子から、三奈穂に近付かないように忠告を受け、その度にそれを袖にすることによって彼女に、イジメを向けさせている中、義彦にとってはようやく、沙月が例のいじめっ子から、呼び出された。


 それを聞いて義彦は沙月をその場に派遣し、自身は三奈穂と二人、今日は練習がないのか、誰もいない体育館の中で沙月が帰ってくるのを待っていた。


「沙月さん。遅いですね」

 いつの間にか、沙月を名前で呼び、向こうから話しかけられるようにもなっているが、それは義彦と沙月限定なので、人間的に彼女が成長したかと言われれば、頷くことは出来ない。


「まあ、アイツは良くこうして呼び出されるから、知ってる? 実はアイツモテるらしいよ」

 三奈穂に余計な心配をさせると困るという理由から、沙月を呼び出したのはいじめっ子ではなく、同じクラスの男子生徒と言うことにしている。


 体育の授業時にしまい忘れたらしい、バスケットボールを誰もいない体育館で、弾ませる。


 音が遠く高く飛んで響いた。


「沙月さんがモテるのは良く分かります」


「そうか? 俺は今でも信じられないけどね。あれは友人としては最高だが、女としてはかなりキツイ、浮気した瞬間刺されそうだ」

 カラカラと笑ってみせるが三奈穂は、ニコリともせずに義彦を何か責めるような冷たい視線で見ていた。


 こんな目で人を責められるのは成長だろうか。などと思った。


「だから沙月さんとお付き合いはされないんですか?」


「いや、そうじゃない。沙月は俺にとって恋人にするより、友達……親友や相棒って立ち位置にいた方が良い奴だからさ。何も恋人や夫婦が人と人との関係性の最上位じゃなくたって良いだろう?」


「良く、分からないです」


「ようするに、恋人より仲の良い親友がいても、夫婦より大切な相棒が居ても良い。沙月は俺にとってそんなタイプだってこと」

 言葉にすると何か気恥ずかしいものがあったが、三奈穂はそうですか。と一応納得してくれたらしく、責めの視線を解いた。


「お二人の信頼関係の深さは沙月さんから良くお聞きしています」


「あー、悪いね。アイツもあんまり話題が豊富な奴じゃないから」


「いえ。とても楽しいお話でした。貴方のこと、凄く楽しそうに話していました」

 貴方。と言う呼び方が、フルネーム、ヒーロー、で呼ぶことに戸惑いを見せた彼女が辿り着いた地点だった。


「そう。アイツは俺にとって一番最初の観客だからな。色々な場面を見てる」


「観客ですか?」

 どういう意味ですか。と目を大きくして考えるように顎を持ち上げて天を仰ぐ三奈穂。


「俺の身長、何センチあるか。分かる?」


「え? 身長、ですか」

 突然変換された話題に、三奈穂は天井に向けた目を下ろし、義彦を見た。バスケットボールを手にしたまま、義彦は笑い、続ける。


「172センチ。最近の男子高校生としては、ちょっと低いかな。まあ、高くはないだろう」

 線が細く、態度のせいもあってか身長よりも高く見られることはあったが、それでも高いと言えるほどの身長ではない。別段コンプレックスでもないが全てにおいて思い通りに生きている義彦にとって、思い通りにならない数少ないものだ。


「はあ」

 肯定して良いのか、伺うように、彼女は曖昧に返答する。


「この身長で、ダンクするんだぜ俺って。凄いだろ?」


「確かに、凄いことだと思います。多分ウチのバスケットボール部の人たちでも出来る人はいないですよね」

 三奈穂の目が義彦とバスケットゴールとを行き来する。


「でも中学生の頃は出来なかった。身長は今と大差なかったのに」


「筋力が足りなかったのですか?」


「いや、そうじゃない。今でも例えばここに誰もいなかったら、俺はダンク出来ないと思う」


「誰もいなかったら?」


「誰かが俺に、期待をしてくれているから。誰かに見せてやりたいから。俺はダンクが出来る。観客がいて初めて俺はヒーローになれる。そう言うタイプなんだ」


「あ、ですから。観客」


「そう。沙月はどんな状況でも、どんな時でも俺を見ているから、あいつの前で俺はヒーローになることが多い。だからアイツの話題の中に、俺のことが多いんだろうさ」

 手の中にあったボールをゆっくりと弾ませる。


 コートからはじき返されたボールを手でまた弾く、それを繰り返しながら、義彦は三奈穂を見た。


「今だってそうだ。俺は今でもダンクが出来る」

 弾ませるボールの速度を上げる。

 普通のドリブルにしながら、義彦はその場から走り出し、ゴールに向った。

 ゴールに近付き、コートを蹴って跳躍する、身体に羽が生えたようないつもの感覚。見てくれるいる人がいるからこそ、感じられる感覚だ。


 ボールを持ち上げながらゴールのリングに向って、それを叩き入れた。

 ギシ。と金属製のゴールが軋み、ボールはネットを揺らして、コート上に落ちていく。


 大きく音を立てて落下したボールの音が収まる頃。義彦はゴールにぶら下がったまま、首を捻って三奈穂を見た。


 腕を組んで、呆然と義彦を見ている。


「三奈穂が見てくれているから、俺はヒーローになれる。誰かの為になら人は変われるってことだ」


「私も……」

 静寂が似合う体育館に、綺麗に浸透する声。

 もうボールは完全に音を止め、今は力なく転がっているだけ。


「ん?」


「私も、変われるでしょうか?」

 祈るように組んでいる三奈穂の手に、力が籠もる。それを見ながら、当たり前だ。と義彦は頷いた。


「変われるさ。その時まで俺が、三奈穂のことを見ていてやる。この俺に観客をさせるんだ、バッチリ決めてくれよ?」

 そう答えて、義彦はやっとリングから手を離し、コートの上に戻った。


 降りたって、彼女を見ると顔を真っ赤にして、震えるほど両手に力を込めたまま、口を半開きにしていた。


 何か言おうとして、その言葉が出ないので困っているような、そんな印象だった。


 そんな彼女を前に、義彦は何も気付かない振りをして、体育館の扉を見た。

 聞き覚えるのある足音が、渡り廊下を伝ってくる音が微かに届いていた。


「はてさて、どんな断り文句を言ったのか。聞いてみようか?」


「え? それは」

 彼女が言葉を言い切らぬうちに、大きな扉はゆっくりと開かれた。中から顔を出したのは、勿論二人が待っていた人物。


「おまたせ……ん?」

 片手を上げて挨拶をしながら、義彦は彼女の顔に、何か不安めいたものがあるのを感じ取り、眉を顰めた。


「沙月さん」

 表面上はいつもの無表情のままなので、三奈穂は何も気付かずに、沙月の名を呼んだ。

 それに視線で応えた後、沙月は義彦に近付いて来る。


「全く、みんながみんな同じような告白しかしなくて嫌になるわ」

 口元に手を当て中指をトントンと二回動かした。

 それは話がある。と言う昔から決められている彼女の合図。


 ここで出来ない話、つまりそれは三奈穂が、或いは三奈穂と彼女をイジメるイジメっ子に関係のある話と言うことだった。


 本当ならば帰りがけ、何処かに寄って三奈穂と交流を深めたいところだったのだが、仕方がない。


「大変だな。まあ、俺も似たような悩みを持つものとして同情するぜ」


「お前。最近自分のフェチズム広がりすぎたせいで、誰からも告白なんかされない癖に」


「言うなよ! と言うか何故みんな分からないんだ。この俺がコスプレ好きなら、それに会わせる努力をしてくれても良いじゃないか」


「どれだけ自意識過剰なの? お前は」

 呆れたようにため息を吐いた沙月を、三奈穂はニコニコと笑いながら見ていた。


「これはもっと真剣に仲間を増やし、コスプレの良さを広めなくてはならないな」

 大げさに肩を竦めながら、義彦は彼女が持ってきた話の中身について、頭を巡らせていた。


 どうにも、嫌な予感という奴が働いている気がしてならなかったのだ。

 首元を狙ってゆっくりと、後ろから手が迫ってくるような、そんな感覚がぬぐえなかった。


「じゃ帰るか」

 そう言った義彦に、三奈穂は無邪気に、沙月硬い表情のまま頷いて見せた。


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