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新たなマスクと僅かな疑念

 自宅のチャイムが押される。


 その行為は、義彦にとっては害悪以外何物でもなかった。

 沙月は家に来る時にチャイムを押さない。そもそもここが彼女の二つ目の家みたいなものだから、それも当然だろう。


 学校の知り合いに、ここの住所を教えたことは一度もない、正義の味方だとばれる可能性があるからだ。


 必然的に。この家のチャイムを押す人間は限られている。

 それも、チャイムを押すというのは緊急ではない場合、つまり仕事以外での用事。


「クソ」

 パソコンから離れ、インターホンを無視して、直接玄関のドアを開けた。


「よう。クソガキ」


「おう。クソ大人」

 スーツを着た長身の男。

 昨日も見た顔を二日続けてみることになるとは。


「雨美さんは?」


「まだ来てねーよ。来る前に帰れ」

 この男がここに来る理由は大きく分けて二つ。事件の道案内か、上の決定事項を伝えに来るか。


 事件の場合、先にパソコン、或いは携帯にメールが入るはずだから、今回の訪問理由は後者なのだろう。


 その決定事項が下らないことであるのも、いつものことだったので、義彦は苛立ちを表すように、乱暴に頭を掻いてから、内に入るよう高本に向けて顎でしゃくった。


「どうせなら、雨美さんの手料理食べたかったぜ」


「ふざけるな。俺の親友の手料理をお前のような毒蛾野郎に食わせるか」


「毒蛾とは。言ってくれるな」


「事実だろうが」

 後はもう背を向けて中に戻る。高本ならば勝手に付いて来るだろう。

 案の定高本は、廊下にも幾つか積まれた段ボールの箱を見ながら、いい加減片付けろよな。などと言いながら、付いてきた。


 パソコンの前に座り、椅子を回転させる。

 この家に椅子はこれだけだが、譲る気もなければ、座布団を勧めるはずもない。当然、茶を出す気が一番無かった。


 高本はそのままリビングルームに入るとキッチンに向かい、換気扇の下に移動するとスイッチを入れて、タバコの煙を換気扇に向って吐き出した。


「で? 何の用だ」


「上からの命令でな。ほら、お前この前言ってただろ? お面のデザイン何とかしろって」


「ああ、つーかデザインは俺にやらせろよ。お前らのセンスはダサ過ぎ」


「残念。もう決まりましたって知らせだ」

 そうだろうとは思ってはいた。そうしなければ自分達の所から商品として出すことが出来ないだからこそ、正義の味方の衣装や小道具は全て警察が作って勝手に持ってくる。

 それ以外の物を使うと契約違反などと言われ、罰金の名目で金を持って行かれる。


「見せてみろよ。前みたいなのだったら破り捨ててやる」


「出来るかな?」

 邪悪な、少なくとも沙月あたりとは比べ物にならないほど、苛立つ笑みを浮かべた高本は短くなったタバコを水道の水で消し、三角コーナーに投げ入れると、義彦の元に近付いた。


 スーツの内ポケットに手を入れ、そこから三つ折りになったA4サイズの紙を取り出した高本はそれを差し出すまでずっと笑みを浮かべていた。


 余程の自信作なのか、或いはダサ過ぎるのかそのどちらかなのだろう。

 そう思いながらもそれを受け取った義彦は三つ折りの紙を一気に広げた。


 赤い仮面。それ以上感想を抱けない。簡潔なデザイン。古くさも新鮮さも感じない、ただシンプル。感じられる言葉はそれだけ、唯一額に六角形の中に警察が考えたという正義の味方の公式マークであるJとHを崩して組み合わせたマークが刻まれていた。


「……おい」


「ん?」


「破り捨てるぞ」

 紙の上部を両手で掴み引き裂こうとするがそれを見て尚、高本は笑みを浮かべていた。


「気に入らないか?」


「当たり前だろうが。何だこのデザイン。幼稚園児でも書けるじゃねーか!」


「お、冴えてるな」


「ああ!?」


「冴えてるったんだよ少年。そのデザイン、実は警察の人間がしたんじゃないんだよ」

 これがこの憎たらしい笑みの理由か。と義彦は思わず舌を打った。もったいぶった口調と、警察の人間じゃない。その言葉で全て分かった。


 正義の味方の正体がばれては拙い。だから顔を隠すのは当然。その際、仮面という選択をしたのは義彦自身だが、あの以前使っていた犬の仮面、あれは警察の人間がデザインしたものだと言う、実はあの仮面が色々なところでセンスがないと言う評価を受けているのは、警察の人間も分かっていたのだろう。だからと言って専門家に頼むと金が掛かる上、時間も食う。


 世間を納得させることが出来、尚かつ金も時間も掛からない方法。


「公募か」


「正解。俺も知らなかったけれど幼稚園とか保育園とか、交通安全キャンペーンで回った時に、一緒に配ってたんだと。正義の味方のマスクを書いてみよう! 色々候補はあったんだぜ? 口からは光線、目は的の弱点を見抜くスキャン機能、仮面自体は超合金製とかな。幼稚園児達にとって見れば、その仮面は正体を隠す為のものじゃなくて、正義の味方として必要なものだと思っているらしいな」


「そんな中から選ばれたのがこれかよ。最近のガキは感性を疑うぜ」


「言うなよ。こっちも光線とか言われても困るからな。確かに明らかに親が書いたらしいしっかりした奴とか、中々センスがある奴もあったらしいんだが、公募で幼稚園児から募集したって言うことをアピールする為に、ワザと簡単な奴を選んだんだとよ。後、それだと商品化の際にコストが異常に安くなる」

 高本は言いながら換気扇の下にまた移動して、新しいタバコに火を付けた。


「最後の理由が一番なんだろ?」


「コストパフォーマンスは重要だ」


「ケッ」

 顔を逸らし、そのシンプルすぎるデザインの仮面を椅子の上から、テーブルに向って投げる。


 空気の抵抗を受けながら、滑空するように前後にフラフラと揺れ、それはテーブルの上に着地した。


「ところで例のイジメはどうなった? 解決したか?」

 突然話題を変えた高本に、義彦はおや。と思った。

 高本がそんなことを気にするのが不思議だったからだ。話すことさえ終えたらさっさと帰るはずだ。そもそも義彦と高本は世間話をする間柄ではない。基本はあくまでもビジネスライクな関係だ。


「珍しいな。お前がそんなことを言うなんて」


「何、雨美さんが来るまでの暇潰しだ」


「いや、良いから帰れよ」


「いいじゃないかよ。正義の味方が、学園のヒーローになろうって言うんだ。話としては上等だ。挫折してくれるとなお面白い」

 底意地の悪い笑顔で高本は言う。


「挫折? そりゃ俺も人間だからな、挫折何かするはず無いとは言わないけど、こんな小さな問題で挫折する訳ないだろ?」

 もう解決までの道のりは出来ている。後は細かな習性さえ間違えなければ、三奈穂を救うことが出来る筈だ。


「ふーん。まあお前は人の感情にも敏感なガキだから、そんなに心配することはないんだろうけどな」


「感情?」


「そ、正義の味方の仕事は、やることがハッキリしてる悪をぶっ飛ばす。それだけ、でもお前がやろうとしているのは少し違う。悪いのを懲らしめて弱者を助けるのは同じだが、そこに感情があって、助け終えた後もそいつはそこにいるってのが、問題になることがある」


「お前まさか、俺がいじめっ子を直接ぶっ飛ばして、解決。なんて言うと思ってるんじゃないだろうな?」


「だから言ってんだろ? お前は敏感なガキだから、それほど心配してないって、ちゃんと考えてるんだろ?」


「その信用。嬉しくないが、当たり前だ」

 癪で、むかつく話ではあったが、この男が自分の能力を正確に理解していることは、義彦も知っていた。舌打ちをする義彦を鼻で笑い飛ばした高本は割とまじめな表情で、でも、と口にしそのまま何か、言葉を続けようとした。


「あら。高本さん来ているの?」

 その前に沙月が玄関から入ってきてその言葉は途切れた。


「でも、なんだよ」


「……それでも俺は、お前が挫折してるところが見たい。ってな」

 ニヤニヤと苛立つ笑みが復活している。その様子に本当は何か別のことを言おうとしていたのだと、分かりはした数追求はせずに、義彦は言い切った。


「その期待、見事に裏切ってやるさ」


「つまらん」


「ああ、やっぱり。お疲れ様です高本さん」

 リビングまで来た沙月が、換気扇の下にいる高本を見付け、頭を下げて言う。


「ああ、雨美さん、いやー、すみませんね突然お邪魔して、例の新しい仮面のデザイン、あれが出来たもので届けに来たんですよ」

 露骨に態度が変化した高本の言葉に、沙月はああ、と言うように頷いて義彦を見て目で問うた。デザインは何処にあるの? と言う視線だ。


「それ。ダサ過ぎるのが気に掛かるけどな」


「おいおい。書いてくれた子に失礼だろー?」


「どれどれ」

 テーブルの上に裏返って乗ったデザインを拾い上げ、裏返す。

 目に見えて沙月の表情は暗くなった。


「確かにダサい。でも書いてくれた子ってことは公募ですか?」


「ええまあ。雨美さん流石の慧眼ですね」

 わざとらしい世辞にも応えず沙月はそれをつまらなそうに元の場所に戻した。


「公募しているのなら、言って下さればいいのに。私が応募したのに」


「いや、確かに出来レースも考えたんですが、それをすると何かあった時に問題になりかねませんからね、今回は子供だけって言うことにして、次回からは一般公募も考えるらしいです」


「またやるのかよ。アホらしい、正義の味方がそうポイポイ顔変えて良いのか?」


「良いんだよ。大衆は飽きやすい。子供が書いたってことにしても、ダサイって意見は出るだろうから、定期的に変えていくって案にしたらしい」


「今度から、選考は俺にさせろってんだよ」


「文句は上に直接言ってくれ」

 肩を竦める高本。

 その台詞に義彦は深々とため息を吐いた。


「お前、何の為にいるんだよ」


「そりゃガキのお守り係さ」

 これ以上相手にしていられないと、頭を振る義彦は、高本との話を打ち切って沙月を見た。


「今日のご飯は?」


「濃いのが続いたから。あっさりと焼き魚」


「質素すぎるだろ」


「お前、折角作ってくれるのに、なんて言い草だ。謝れクソガキ」


「あ、高本さん」


「は、はい! ご飯はまだ食べいていません」

 夕飯の誘いかと、声を上擦らせる高本に、沙月は笑顔を浮かべたまま告げた。


「彼と話があるので、帰って下さい」


「……はい。了解しました」

 肩と首が同時に落ちて、目で見えるのではと疑ってしまうほど濃い負の感情を纏いながら、高本はタバコを捨て、スゴスゴと玄関に向かい始めた。


「じゃあな学園ヒーロー、失敗談、待ってるぜ」


「ハッ。成功話を聞かせてやるさ」

 力なく手を挙げて、高本は部屋を後にした。


「さて、夕食の準備に取りかかろうか」


「裸エプロンでか? だから追い出したんだな」


「違う。そして、あんな真似は二度としない」


「ツレねーな」

 頭に手をやりながらそう言ったところで、キッチンに立った沙月の瞳が、キラリと輝いた。そんな気がした。


「どうしてもと言うのなら、条件次第でやらなくもないが」

 これは毒の餌だ。喰らえば死ぬぞ。


「条件?」

 そう分かっていたのに、聞いてしまった。

 毒の餌を盛った少女は笑みを深めた。


「あれから私なりに、裸エプロンについて調べたのだが、あれはやはり。新妻がやるのが一番良いと思わない?」

 毒は毒でも、毎日少しずつ気付かれないように注入する毒ではなく、一食で死に至らしめる猛毒だった。


「焼き魚。好きだぜ」

 回避してみた。


「何なら、玄関から裸エプロンのまま、貴方。お帰りなさい、ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し? って奴を実地しても……」

 追撃を仕掛けに来た沙月の言葉で寧ろ、義彦は冷静さを取り戻した。


「いや、それは無いわ古すぎ。時代は進むんだ。いつまでも昔にしがみついていなければならないことと、前に進まなければならないことがある。それは後者に当る、今の世の中ならこうするべきだ。お帰りなさい貴方。ご飯もお風呂も準備は出来ているけどその前に、今夜はブルマにする? スクール水着にする? チャイナ服にする? インテリスーツにする? メイド服にする? 弓道着にする? それとも」


「待って。お前それ、ただのコスプレマニアじゃない」


「だからなんだ?」

 沙月が当たり前のことを、不思議そうに聞いてくることが不思議で、義彦は首を傾げた。


「大体お前、コスプレにはその服を着るのに最も似合う奴がいるとか言ってたくせに、嫁が出来たらいろんな服を着せるのか?」


「全ての服が似合う女がいれば、無条件で嫁にするんだがな。現代の科学力を持ってしてもまだ無理だ。俺の夢が叶うまで、後何年掛かるだろうな」


「そんな夢の為に、科学力を使うなよ」


「科学の発展はようするに人の欲望を叶える為にこそだ。俺は正義の為に科学を発展させて何が悪い!」


「お前の正義を疑うわ」

 諦めの息と共に話題は収束し、沙月は料理に取りかかる為、冷蔵庫の前に立った。


「よし!」

 辛うじて毒の餌を食べずに済んだ義彦は、ガッツポーズを彼女から見えない位置で決めながらパソコンに向った。


「んん?」

 モニターに向かいながら、義彦は眉を顰めた。見ているのはネットニュース、テレビよりも遙かに早くニュースを伝えるネットニュースを義彦は暇さえあればチェックする。それは正義の味方としての義務と言うよりは、習慣に近かった。


「どうかした?」


「隣の県で強盗事件、犯人が逃走中だってさ」


「向こうの警察と正義の味方は何をしているのかしら」


「全くだ。俺ならそんなヘマは犯さないのにな」


「早く捕まればいいけど、こっちに流れて来たらお前の仕事になるかも」


「ふん。その時はあっさり捕まえてやる」

 それだけ言いニュースを閉じると別の記事を見始めた。多少気になるニュースなのは確かだが、現時点では義彦には関係がない。ただの強盗ならば、九分九厘向こうの警察か正義の味方が捕まえるはずだ。義彦の仕事となる可能性は低いだろう。


「むむ。新人アイドルがネコミミコスプレ……ありだな」


「またバカなことを言う……ニャン」


「コスプレはともかく、見出しの変身だニャンは流石に、猫語は痛すぎるな……あれ? 沙月、今」


「言ってません」


「いやいや、ニャンって」


「言うはずがない」


「……」


「……」


「猫語使う女の子ってムラっと」


「今夜はサンマだニャン」


「しない」


「……今夜はサンマよ」

 微妙な沈黙のまま、料理は進み、脂の乗ったサンマが食卓に上ったあたりで、義彦はやっと沈黙を抜け出した。


「ところで例のイジメっ子、どんな奴だった?」


「え? ああ、そう言えばお前のメイド談義のせいで、話せなかったんだな。何とも言い難いな、普通の生徒だったよ。多少スカートの裾が短くで髪の毛が茶色っぽくなっているだけの女。写真取ったから後で見せて上げる」

 そんな生徒は割と多い。イジメをするのは実はクラスでも目立つような素行の悪いものばかりではなく、ごく普通の生徒でもやるという良い例だ。


「ふーん。ちゃんとイジメがお前の方に行くように操作したんだよな?」


「操作というか、多少煽っておいたわ。あと何度か繰り返せば私の方に来ると思う。その場合、撃退して良いのよね?」

 サンマの骨を抜きながら、沙月の瞳が嫌な色で輝いたのを義彦は見た。


「常識の範囲内でな」

 一応言っておく。彼女に常識がないとは言わないが、見た目同様かなりサディストの気がある彼女に思うままにやらせたら、そのイジメっ子の精神が危険にさらされる。如何に悪党といえどお仕置きには限度があるものだ。


「分かってます」


「後は、三奈穂を精神的に強くする方法か」


「イジメが無くなれば自然に強くなる気がするけれど」


「その前に別の誰かが、また彼女を苛めるだろうさ。そもそもそのイジメっ子一人でやっている訳でもないだろうしな」

 だからイジメている者を叩くというやり方は本来あまり意味があるものではない。結局最後は本人の問題になるからだ。

 本人が強くなって初めて、解決に向う。

 こちらもサンマの骨を取ろうと箸を動かしながら言うが、小骨が上手く取れず義彦の苛々は募っていく。


「貸して。取ってあげるから」


「お、悪いな」

 見かねた沙月が代わりに魚の骨を取る様を見ながら、義彦の頭はやはりどうやって三奈穂を強くすればいいのか。それだけに向けられていた。


「ふふふ。若奥様みたい」

 懲りもせず、今度は少しずつ毒を入れることを選択した沙月の言葉は何とか聞かなかったことにしておいた。

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