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踏み出す一歩

「弓道着最高!」

 突き立てられた親指は、自分の信じたものを伝えられた証だった。


「最高!」

 合わせて義彦も同じように親指を立てて、男子生徒に笑いかけた。


 既にバスケ部の活動は始まっており、沙月と三奈穂はいなくなっていた。二人にとってそれはかなり拙い状況だったが、二人は二人共々、この状況に悔いの欠片も持っていなかった。


「さて、俺はそろそろ二人を捜しに行くとしよう」


「俺も監督に謝りに行く」

 名残を感じながら立ち上がり、身体に着いた埃を手ではたき落とす。そうしてから、二人は固い握手をした。


「じゃ、またな同士よ」


「ああ、また明日な、同士よ」

 握り合った手から、確かに友情が伝わって来ていた。


 同士となった男子生徒に別れを告げて、義彦は沙月たちを捜す為、体育館を後にした。


 一体何処を捜せばいいものか。と言う悩みは杞憂に終わる。体育館を出て直ぐに、見慣れた沙月の後ろ姿を見たからだ。

 その場所は体育館と、柔道場の間にある狭い通路で、柔道部以外滅多に立ち寄ることのない場所だった。


 そこに沙月は腕を組んで背を向けている。三奈穂はその近くにいたが、沙月は三奈穂ではない誰かと話しているような素振りだった。


「んん?」

 首を捻る。この場所、沙月が話をする人物、その傍にいる三奈穂の背中が心なしか震えている気がするところまで含めて、義彦は彼女が誰と、何を話しているのか、気が付いた。


「第二段階突入って所か」

 足音を立てないように、体育館の外壁伝いに、彼女達の元へと近付いていく。距離が詰まるにつれ、会話が断片的に聞こえてくる。それは思った通りの会話だった。


「だから、そんな子に付き合っていると……」


「関係ない」

 ピシャリといつものように、言い切る沙月の声。

 三奈穂をイジメている女子が沙月に早速目を着けたようだ。後はこのまま沙月にイジメを移行させればいい。


「アンタ! そんな女味方に付けていい気になっているんじゃ……」

 狙いが三奈穂の方にも来てしまったようだ。

 三奈穂の背が目に見えるほど大きく震え始めた。


「む、ここは助けておくべきか」

 このままでは沙月にイジメが移行するのではなく、沙月という味方を着けたことによって三奈穂が余計に苛められてしまう。今の段階でそれは困る。彼女はまだ精神的な強さを手に入れていない。


「おーい。沙月ー、何してんだ。帰るぞー」

 少々わざとらしい気もしたが、奥にいるであろういじめっ子にも聞こえるように声を張り上げる。


「ん? 何よ、もう終わったの?」

 無表情に振り返った沙月と、安堵の色を浮かべた三奈穂。


「ッ!」

 奥から息を呑む音が微かに届いた。

 けれどここで自分が奥まで行って、いじめっ子と対面するのもあまり良くはない。と義彦は計算し、その場で足を止めて、二人に向って手招きをした。


「うん、今行く」

 顔だけ奥に向けながら、恐らくニヤリと憎たらしい笑みでも浮かべたのだろう。沙月は言葉は掛けずにクルリと身体を翻すと、此方に近寄ってきた。三奈穂の方は奥に頭を下げてから、走って沙月を追い掛けた。


「ファーストタッチは成功」

 先に義彦の元に来た沙月が耳元に声を落した。


「グッド! じゃ、帰ろうか」


「あ、あのう。雨美さん。先程はあの」

 追いついてきた三奈穂がチラチラと義彦の方を気にしながら、言い辛そうに口の開閉を繰り返す。義彦がイジメッ子の存在に気付いていないのに、話をして良いのか。と思っているらしかった。


「私のことなら気にしなくて良いから。何かあれば直ぐに言ってね」


「あ、ありがとうございます」

 深々と頭を下げる三奈穂。沙月が頼り甲斐があるせいもあるのだろうが、あまり頼りすぎるのも危ない。と義彦は沙月に向け尊敬の眼差しを送る三奈穂を観察しながら思う。


 やはり、人の心というのはそう簡単に操作は出来ないものだ。全裸好きを袴好きに変えるのとは訳が違う。


 沙月に目が行くような態度を取らせると、今度は三奈穂がそれに頼って成長することが出来なくなる。その辺りのさじ加減を間違えないようにしなくては。


「よし。じゃ、帰るとするか」

 話題を打ち切る意味を込め、明るく言う。


「はい!」

 嬉しそうな三奈穂の返事。だが、それもまだ笑顔と呼べるほどのものではなかった。


「ところで。私も弓道部に入ろうか考えているのだけれど、どう思う?」


「唐突な話題変換だ」


「いやいや。お前があそこまで弓道着にご執着だとは思わなかったし。えっとなんだっけ、袴の奥ゆかしさと、胸当てを着けることによってシンメトリーから崩れた格好が実に日本的な美をか持ち出していて……でした?」


「一々説明するな。まあ、前にも言ったが部活動にいそしみたいというなら止めないよ。しかし、お前は今言ったからな、入ろうかと。簡単に言葉をひっくり返すなよ」


「む。何やら不穏な念押し。嫌な予感がするわ」


「俺は今日たっぷりと弓道着を堪能したから、暫くは見る気しないけど、多分俺の同士が毎日見ているだろうから、よろしく」


「入ろうと思ったことを止めようかと思うの」


「お前にとって部活って何だ……」


「無論、お前の気を引く手段よ」


「……」

 義彦と沙月の漫才のようなやりとりを三奈穂は表情は変えず、瞳だけ百面相にして見届けていた。


 部活に入ろうか。と沙月が言ったところで、悲しみ。

 弓道着の魅力について語っているところで義彦に疑りの眼差しを向け。

 入るのを止めようと言ったところで安堵して。

 気を引く手段と言ったところで、義彦と沙月を交互に見ながら、驚いた。

 義彦はそれを視界の端に入れる形でありながらもしっかりと観察していた。

 表情は豊かではなくても、感情は豊かなようだ。


「あ、あの」


「んー?」


「どうしたの?」

 初めて三奈穂の方から口を開いたことに、内心では感心を示しながら、下手に騒ぐと折角開いた口が閉じてしまうかも知れないと、気のない風を装って聞く。


 彼女はたっぷり五秒ほど、視線をあらゆる方向に動かし、やがて一番それが落ち着くのか、下を向きながらボソボソと聞き取りづらい声で囁くように言った。


「お二人は、やっぱりお付き合いしているんですか?」

 一番最初の話題は恋バナだった。

 悪いとは言わないが、やはりそれを一番に持ってくるあたり、女子高生だ。


「ええ。実はそうなんです。おほほほほ」


「気味悪い笑い方するな」

 沙月の頭を小突いてから、義彦は三奈穂の様子がどうにもおかしいことに気が付いた。何か困っている様子だった。

 これは自分が下らない質問をしてしまったと言うよりも寧ろ。


「沙月、この質問はお前がさせたな」


「チィッ。気が付かれた。流石の観察眼ね」


「ご、ごめんなさい。わざとらしかったですよね」

 慌て頭を下げる三奈穂。そのいじらしい様子に、思わず義彦彼女の頭を撫でたくなった。休み時間は話が出来なかったと言っていたから、恐らく先程バスケ中か、弓道着を観察している時に、頼まれたのだろう。


 外堀から埋めるつもりなのか、だとしたら彼女に社交性を持たせることは寧ろ危険な気がした。


 誰から構わず、自分と義彦は付き合っている。と吹聴していきそうだ。

 沙月に対する諦めと呆れを込めたため息を吐いていると三奈穂が、義彦のことをジッと見つめていることに気が付いた。


 困っていると怖がっているを合わせた視線。小動物属性は伊達や酔狂では無いらしい。

 折角なので、その怯えを利用することにした。


「じゃ、ペナルティ。今度はオリジナルで、そっちから話題振って。出来たら許して上げる」


「おお、私に言わされたのに、ペナルティを引っかけるとは、鬼畜を通り越してるわ」


「鬼畜を通り越すとどうなるの」


「閻魔大王畜」


「嫌すぎるな。お前の中で鬼の上位は閻魔大王なのか」

 などと会話を重ねている間に、三奈穂は尚も巡考していたがやがて、恐る恐る手を持ち上げた。


 頭を越えない程度の高さまでだったが。


「では、あの。質問があるんですけど」


「よし。許可」


「言ってみなさい」


「お二人は、付き合っていないのでしたら。どう言った関係なんですか?」

 まだ付き合っているのかどうか、疑っているようだ。


「同棲中、まだ結婚出来る歳ではないから、事実婚で我慢しているといった感じね。うん」


「嘘を言うな。コイツとは親友同士だ」


「ただし、肉体関係込みの親友」


「ねぇよ」

 ことあるごとに誘惑され、ギリギリ一歩手前紙一重まで行ったことがあるのは認めるが、あれは肉体関係とは呼べないだろう。


「そ、そうなんですか。一緒に転校してきたって言うから。その……」


「まあ、誤解はされやすいよな」


「誤解はいずれ真実となるから、否定しなくて良いわね」

 うんうんと頷いている沙月を冷たく見て言う。


「最近飛ばすねお前」


「新しい環境は距離を詰めるのにうってつけでしょ?」


「コイツが俺に関して言うことは全て嘘だから気にしなくて良いよ。つーか俺的には折角だから君に関係した話が聞きたかったのに」


「へえ? 例えばどんな話?」

 肉体関係の下りから既に耳まで赤く染めて俯いている三奈穂ではなく、沙月が義彦に問い返した。


「例えば……そうだな。清正義彦さんはコスプレーション好きと伺っておりますが、例えば、私などでしたらどんな格好が似合うでしょう? 何でしたら私、着替えても良いです……とか?」


「妄想力を全開にしても、彼女がそんなことを言う場面なんか想像付かない。ほら、もう耳どころか顔中真っ赤じゃない。反省しなさい」


「むう。因みに最近在り来たりになっているが彼女にはメイド服が似合うと思う」


「……うぅ」

 一人恥ずかしがっている三奈穂をおいて、彼女の体型とメイド服との相性を熱弁し出した義彦は、校門前で三奈穂と別れ、沙月と二人切りになってからも話続けた。


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