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昼休みの反省会

 昼休み。義彦は弁当を取り出さずに、椅子を斜めにしながら入り口の方を見ていた。


 理由は簡単だ。三奈穂を待っていたのだ。


「どうしたんだよ。義……っと清正義彦って呼ぶんだっけ? フルネームって本当に呼びづらいな」

 運動部男子が早弁をした為、前の休み時間に買ってきていたパンをかじりながら、義彦に声を掛けた。


「いや、ちょっと待ち人がね」


「何? 誰かくんの? あ、ひょっとして女か? 雨美がいる癖に」


「女だけど、沙月は関係ない。あれは俺の親友だが、彼女じゃない。そして今から来るのも彼女じゃなくてうーん。なんというべきか、相談役かな?」


「なーる。学園のヒーロー殿ともなると、女子連中からも頼りにされる訳だ。羨ましいねー」

 相談役。と聞いて即座が、どちらがどちらに相談するのか、当たりを付けた男子生徒。


 そのことに僅かな違和感を覚えたけれど、確かに今まで自分の態度を見て、誰かに相談をするタイプには見えないのだろう。と自分を納得させたところで、教室の外に見覚えのある影が横切った。

 異様に足早に。


「っと。待ち人きたるってな。じゃ、俺はこれで」

 弁当をバックから取り出して立ち上がると、女子に囲まれていた沙月もまた、立ち上がった。


「なんだ、雨美も一緒か。両手に花とはうらやましーね」


「毒草と野花って感じだけどな」

 そう言って席から離れ、沙月と合流する。


「親友だが、彼女じゃない。なんてナイフより殺傷力のある言葉を使うのね」


「ナイフより強くても、日本刀ほどじゃないだろ?」


「じゃ、日本刀ほどの殺傷能力のある言葉って何?」


「沙月? あんな女、大嫌いだ」


「核ミサイルより殺傷能力が強い。胸が痛いわ」

 ギュッと胸を押さえる沙月。小さく笑っているが、本気で傷ついたらしかった。冗談でもダメージを受けるほどの殺傷能力。とは言え、核ミサイルは言い過ぎだろうに。と義彦は軽く肩を落した。


「嘘。大好き」


「あっ、胸の痛みが消えた。代わりにドキドキしてる。触って確かめてみて」


「簡単だなーお前」

 今度は本当に嬉しそうに頬を染めている。この簡単さは、面白いけど、危うかった。


 再び、今度は先程と逆に影が高速移動した。教室前の廊下を行ったり来たりしているらしい。初日から、教室に顔を出して自分達を呼べと言うのはきつかっただろうか。結局休み時間は一度も来なかったので、授業中にメールを打っておいたのだが、中に入ることも教室を覗くことすら出来ないらしかった。


「さっきから、何度となく、教室前を通り過ぎている人がいるな」

 ドアの前を通り過ぎ、もう一度戻ってきた三奈穂が教室のドアを通る瞬間を狙って顔を出してみた。


「ピギャ」

 なんとも言い難い、女子とは思えないような悲鳴を上げられてしまった。


「き、清正さん」


「駄目だ。言っただろう? フルネーム呼びにしろ。若しくは貴方、お前、貴様、テメー、そこの、でも良い」


「貴方より後は言いそうにないわね」

 着いてきた沙月が言う。


 三奈穂は目をグルグルと回さんばかりに混乱しているようで、それに合わせるように、頭まで回っていた。


 可愛らしいと言えば可愛らしい。

 こんな状態の彼女を教室の中に、引きずり込んで、昼食を共に取ろうものなら、彼女は周囲の視線で死んでしまうかも知れない。


 沙月が言葉の防御力が低いのなら、三奈穂は視線の防御力が低すぎる。ナイフはおろか、カッターくらいの視線力でも死んでしまいそうだ。


「き、清正義彦、さん……」

 とても言い辛そうだった。

 恐ろしく可哀想だったので義彦は妥協案を出すことにした。


「俺のことは師匠でも良いぜ。お前を強くしてやる」


「し、師匠」

 まだ言い辛そうだったが、迷い無くこちらを選択している辺り、余程フルネーム呼びがきつかったのだろう。


「取りあえず、昼飯は屋上で取ることにしようぜ」


「そうしましょう。そうしましょう」

 頷き合う義彦と沙月。三奈穂は二歩後ろから、そんな二人をじっと見ていた。


 後一歩下がれば、三歩後ろを歩く古き良き日本良妻になれたものを、と思ったけれど、それは口にしないでおいた。


 隣にも後ろにも、防御力が低い者達に囲まれていると、行動一つ取るだけで気を遣わなくてはならないのだ。

 相手が相手だけに、面倒だとは露とも思わないのだが。




「反省会ね」


「ドンドンパフパフー」


「……」

 弁当を三つ広げ、三角形を作るように三人で向かい合った義彦達。


「所でパフパフって聞くと、こう、胸がわくわくしてこないか?」

 まだ硬い三奈穂を緊張から解こうと口にした軽口は、沙月の絶対超絶冷視線によって簡単に殺された。


「全然しないわ」

 その冷たさの訳。どう頑張っても、現在も恐らくは将来も、パフパフ出来そうにない慎ましい胸部に目を向けてから、義彦は深く頭を下げた。


「……すまん」


「何処を見て謝った? 言ってご覧なさいよ」

 謝罪だけでは許してくれないらしく、彼女は目を細め、視線の冷度を保ったまま言った。


「その明らかにパフパフ出来ない74の胸だ」


「今のは本当に言えってフリではないでしょ! このバカ!」

 いきなり髪を捕まれて顔を無理矢理持ち上げたかと思うと、強烈なビンタをされた。

 首を鍛えていなかったら、弁当が台無しになっているほどの一撃だった。


「……」


「……」

 身体を張ったギャグも三奈穂の緊張を解くことは出来ず、寧ろ非常に心配していた。

 擬音にすればハラハラ。


「また失敗だ」


「今のビンタで自ら、空高く舞い上がれば良かったんじゃない?」


「それで膝の上に乗せてる弁当が宙を舞ったらお前、怒るだろう?」

 それが彼女のビンタで飛ばないように我慢した理由だった。

 だが、意外なことに彼女は首を横に振った。


「いえ怒らない。むしろ泣くわ。こう静静とメソメソとサメザメと」


「夢に出てくるような泣き方だ。江戸時代の女幽霊かよ」


「ああ、こう、髪を数本纏めて口の端に加えるみたいな?」


「ああ、あれって現実世界で見ると超怖い」


「見たことがあるの?」


「ああ、あれは俺が小学生の頃、夜中の町内パトロール中に神社から聞こえる女の声、そしてそこで見た……」


「丑の刻参り?」


「いや、一心不乱に食料を食い続ける女。今思えば過食症か何かで家ではものを食わせて貰えなかったんだろうな。そして俺の足音で気付いた女は振り返った。女は自分の髪ごと生肉を貪っていた」

 想像したのだろう。沙月の動きが止まり、その後ブルリと震えた。


「超怖い」


「だろ?」

 とここで再び三奈穂を見ると、今度は可哀想なほど震えていた。此方の方が想像力が逞しかったらしい。目には涙さえ浮かべている。


「俺たちに緊張を解きほぐすセンスは無いらしい」


「まあ、知ってはいたけれどね」

 涙目の三奈穂を前に、沙月と義彦は揃って肩を持ち上げ、揃って下ろしてため息を吐いた。


「で、何で休み時間は来なかったのさ」


「毎時間いつ来ても良い様に、トイレまで我慢していたのに」

 こちらの知らない努力があったらしい。初めて聞いたと沙月を見ながら思う義彦はふと気付いた。そう言えば昼休みになってからも彼女は席を立たずに三奈穂を待っていた。そしてここに来るまでの間にもトイレには立ち寄っていない。


「沙月……行ってきて良いぞ」


「流石はお前ね。少ない情報から良く推理してくれたわ。私は我慢強さには定評があるのだけれど、流石に膀胱がパンパン。行ってくるね」

 クールにそう言い彼女は弁当の蓋を閉じると、その場を立ち上がり、足早に屋上から出ていった。


「膀胱がパンパン。何で日常会話って言うのはこうも、官能を刺激するんだろうな」


「え? あ、えー、うぅ」

 独り言のつもりだったのだが彼女はそうは取らなかったようで、何とか言葉を返そうと模索して、無理だったらしい。


「それはともかくとして、何か理由があったのか?」

 長い沈黙。


「……ゴメンなさい」

 その後、深々と頭を下げられた。


 綺麗な形の謝罪。最近の子供が礼儀知らずというのは、実はマスコミが操作したデマなのではないかと思えるほどだ。

 とは言えまだこんな綺麗に頭を下げる高校生を見たのは二人目だが。


「いや、怒ってる訳ではなく、何か理由があるんなら、ハードルが高すぎるって言うのなら、それを低く設定する方法を考えるからさ。教えて貰えるとありがたい」

 彼女を精神的に強くする。イジメに負けないほど。それがこの作戦の要、多少時間は掛けても、一歩ずつ進めていかなければならない。


「恥ずかしくて……」

 分かりやす過ぎるほど、分かりやすい理由だった。


「うむむむ。恥ずかしい。俺にとっては未知の感情だ。どうすればいいかさっぱり分からない」

 首を捻っていると背後から、声が聞こえた。


「来られないのなら行けばいいじゃない」


「何処ぞのマリー風に良いことを言った奴がいる。それは誰だ!」


「お前の恋人よ!」


「嘘だ!」

 などとオチを付けたところで、思う以上に早く沙月は帰還した。

 上品なレースのハンカチで手を拭きながらドアを潜って外へと出てきた所だった。


「前から思ってたけど、そういうレースのハンカチーフ。水を吸う意味ではかなりレベル低いよな」


「機能性だけを求めてはいけないな。お前は機能的だからと言って、常々スポーツブラを着けるような女を許容出来るのか?」


「いるのかそんな女!」


「目の前に」

 ポケットにハンカチを仕舞いながらふふっと上品に笑う沙月、その少女に義彦は冷たいだけでは一生掛けても語り尽くせないほど低い温度の視線をぶつけた。


「お前には幻滅した。この世から消えろ、存在無価値女」


「非道すぎるじゃない! 冗談よ。お前私の下着姿見たことあるでしょ?」

 言われてからそう言えば水色の可愛らしい下着を着けているところを見た気がする。と思い出しそうだったな。と視線を常温に戻した。


「冗句を言うにも苦労させる男ね。だがそこが良い」


「……」

 三奈穂は再び黙り込み、チマチマと小動物を思わせる食べ方で、弁当を食べ始めていた。

 誰かが会話をしている時は決して自分は割り込んではいけないと、頑なに信じ込んでいるようだ。

 この押しの弱さがイジメに繋がっているのかも知れない。


「と言う訳で、今度から私が貴女のクラスに出向くわ。但し教室まで行くのは拙いから、貴女も途中まで出てきて、廊下で会いましょう」


「……はいっ」

 そう返事をした三奈穂は嬉しそうだ。クラスまで出向くと言った時、彼女はまた少し困った顔をしていた。クラスまで来られるのは来られるで注目されるりは嫌なのだが、自分が原因で妥協されているので、文句を付けられなかったのだろう。


 そこに本人から、恐らく彼女が最も気が楽な方法を選んでくれたのが嬉しかったのだ。

 勿論、沙月はその辺りまで計算をしているのだろうが。


 取りあえずの方針が決まったところで、三人は食事を続けることにした。結局昼休み終了まで一緒にいたが、彼女の方から話題を振ってくることはただの一度も無かった。


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