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作戦会議

「今日こそ、裸エプロンじゃないの?」


「カレーうどんの汁が肌に跳ねたら危ないでしょ」


「ちぇ」

 例によって先にシャワーを浴びて台所に入った義彦が、普通に私服の上から、エプロンを纏って料理をしている沙月を見ながら唇を突き出して、不満げに唸った。


「よし、あとは煮込むだけ。私は味が染みて柔らかくなったうどんが好きなの」


「えー。俺は染みこんだ奴やだー。コシゼロじゃん」

 後ろからヤジを飛ばす義彦をチラと一瞬だけ睨み、沙月は冷ややかな声を持って言う。


「だったら、どうぞ。一人でお先に、ええ。一人でお先に食べればいいわ」


「あ、嘘。嘘です。一人で食べるのは勘弁して下さい。待ちます。待ちますから」

 簡単に野次を撤回して、スゴスゴとリビングルームに帰還する義彦をため息で見送ってから、自分も小さな気泡がぐつぐつと持ち上がる鍋に蓋をして、エプロンを外しながら、義彦が座っているテーブルに近付いた。


 その様子を先にテーブルに着いた義彦が頬杖を付きながら、ジッと見つめてくる。


「どうかした?」


「エプロンを外しながら、近付いてくるのって、こう。グッと来るな」


「襲う?」


「……熟考の末、理性クンが頑張って却下しました」


「頑張らなくて良いのに、理性クンめ」

 纏めたエプロンを脇に置いてから、沙月は義彦と向かい合うように、テーブルの前に正座した。


「いつも思ってたんだけどさ」


「ん?」


「その正座、何とか成らないの?」


「なんとかとは?」

 どういう意味? と首を横倒しする沙月に、頬杖を付いたまま、見上げるように瞳を細め、睨み付けて義彦は開いている片手をヒラヒラと踊らせた。


「沙月に見下ろされている感覚が、気に入らない。胡座をかくとか、女の子座りするとか、そう言う方法はないんですか。と言う意味だ」


「ああ、元々あまり背が高くないことを気にしているお前は、私が高い位置にいることが気に入らないということね。いいわ分かった。今度差布団を三つくらい重ねたものをプレゼントします」

 シレッと皮肉を口をする沙月に、義彦は間を開けてから諦めたと頷いた。


「……よろしく」


「ところで私の方からも、一つ聞きたいことがあるから聞くね」


「せめて話して良い? って言って欲しかった。女の子の良い? って不思議な魔力がある。ホンの僅か、揺れるほど首を傾げてくれると尚良い」


「話して、良い?」

 ホンの僅かに、首を曲げて言う沙月に、義彦は頬杖を解き、テーブルに両手を突きながら、前に身体を突き出した。


「首の角度十度。完璧な小首傾げだったぜ」


「否、首の傾げ角度は七度よ。これでお前が如何に適当にものを言っているか証明されたってことね」

 そんなやりとりをして、沙月が正座のまま、近付いた義彦から離れるように、身体を後ろに反らせたところで、彼女は改めて口を開いた。


「さっき、もう解決策は出来てるって。高本さんに言っていたけれど、それがどういう解決策か、私には教えて貰えないの?」

 神妙な顔つきで持って言う沙月に、義彦は何だそんなことか。とばかりに鼻から息を抜いた。


「まあ、カレーうどん食って、その汁を避けながら話すのは少々大変だし、先に話しておいても良いかな。因みに、カレーうどんはあと何分煮込めば美味しく頂けるんだ? その時間に合わせて、説明するよ」


「あと、十三分」


「充分だ。雑談が二つ三つ放り込めるな」

 その時間に、明確な根拠はなく、単に義彦が話をするのに必要な時間を予想していった多だけだったが、少し長く時間を取りすぎたようだ。

 十分でも良かったな。


「イジメを解決するには方法が三つある。前に話したことあったよな?」

 雑談の中でそんな話を聞いた覚えがある。

 だからこそ、先ほど彼女に対して言った言葉に疑問を覚えた。


「ええ、それも気になっていたの。彼女には一つしかない。そう言ってよね?」


「ああ言った。言ったともさ。一番確実だけれど、一番難しい方法をな。そう言えば、そうするしかないだろ?」


「まさか解決策って、そのこと? 彼女が変われるように手助けするって」

 だとすれば、とても短絡的で、不確実な方法だ。

 だが、義彦は首を横に振った。


「三つ方法があるなら、三つともやる。その内の一つは本人に任せて、俺たちは残りの二つを実行するんだよ」


 義彦の手から、指が三つ躍り出て、ニヤリと後ろに笑顔のまで浮かんでいる。自分の考え出した、策を言いたくてたまらない。と言った風にも見える。


 実は高本に解決策はあると断言したことさえ、このための複線だったようにも思いながら義彦が続きを口にするのを待った。


「ふぅ……自分が変わること、相手を潰すこと、相手の意識を他に移すこと。これがイジメ解決の大別三種類。その内の後者二つは、本人以外でも出来る。だから、三奈穂にはこれから、休み時間。或いは昼休みの度に、ウチのクラスに来て貰う」

 反応が来なかったことで、ややトーンダウンした義彦の言葉に、自らは口を挟まずに、沙月は辛抱強く続きを待つ。


「そこで沙月の出番。お前は毎日毎回、彼女を招き入れ、持て成してやれ」


「持て成す?」

 流石に意味が分からないと、眉を寄せる。


「そう、簡単に言えばお友達として接してやればいい。元々大して友達居ないんだから難しいかも知れないが、そこは頑張れ」


「ひどくバカにされた気分。ま、良いけど」


「そして俺も偶にそれに加わる。昼は三人で取ることにしよう」


「ふーむ。そうするとどうなるの?」

 そう言う行動を取ることによって、何かを変えようとしているのは分かった。


「そうすると、彼女をイジメている連中は恐らく、先ずはお前に接近してくるだろう。あんな子と仲良くしない方が良いよ。なんて言うはずだ」


「ふむふむ」

 その光景を頭に思い浮かべながら聞く。

 残念ながら、イジメっ子の顔は知らないので、女子の制服を着て頭の代わりに丸いボールを乗っけて、そこに下種と書いて代用しておいた。


「そこでお前はこう言う。アンタらにそんなこと言われる謂われはありませんのことよ」


「その言葉遣いは変更が利くのかしら」


「じゃあ、特別に許可」


「そう、良かった」


「そうすると相手は怒る。そりゃもう、怒る。そして今度はイジメのターゲットをお前に変更する」


「はあ」


「けれどお前はそんなことは気にしないだろう。そしてお前は攻撃してきた者達に、制裁を加える」


「その二とその三を実行する訳か」


「そう、やがてお前には勝てないと悟ったいじめっ子は三奈穂に標的を戻そうとするが、彼女はその間に、人間的に成長。イジメなどには負けない人になっているのでした。めでたしめでたし」

 一通り、語り終えてから、どうだ? と自慢げに胸を張る義彦。


「色々と細部が曖昧な点を除けば、悪い策ではないと思う。けれど、大変なのは私ばかりで、お前は何もしないのね」


「仕方ないだろう。例えイジメっ子が俺の所に来て、あの子と付き合わない方が良いって言われて断ったからと言って、ターゲットを俺に移す訳がないんだから」

 学園のヒーローと謳われる義彦だ。下手に手を出せば、ダメージを受けるのは自分、イジメをするような奴らは、その辺りの嗅覚にも優れているのだ。


「取りあえず大きな穴がないようで、安心したわ」


「あー、そろそろ十三分か。全くお前が途中途中。余計な茶々を入れてくるから、雑談を入れられなかったじゃないか」


「因みに聞いておくわ。何処に、どんな雑談を入れるはずだったの?」


「それは内緒」

 本当は何も考えていなかったんじゃないだろうか。そんなことを思ったけれど、取りあえず、沙月は立ち上がってカレーうどんの様子を見に行った。


 鍋の蓋を開けながら思う。

 高本があんな含みを持った言い方をしていたから、心配していたが、思ったよりもキチンとした策だった。


 かなり曖昧なところは合ったが大筋としては間違っていないと思う。本人が強くなるかどうかは賭けの部分があったが、それも、義彦に任せていれば大丈夫だろう。


 あれはそう言う男だ。それは前から知っている。

 だとすれば、高本は何を心配したのだろうか。


 いや、ただ単に義彦のことを見くびっていただけだろう。それならば何の問題もない。火を止めて、沙月はしっかり味の染みこんで色の変わったうどんを入れるため、食器棚から丼を二つ取り出した。




「さて今日は、何の話をしようか」

 今日もまた朝から、フェチズム全開な思春期少年達を前に、義彦は自分の席の椅子を斜めにして揺らしながら言った。


「コスプレとは別だけどさ。あの私服の時にジャージ姿の女子ってどう?」


「ないない、無理ですよそれ。何処に行くにも完璧にしろとは言わないけどさ。最低限ってものがあるでしょ? それが許されるなら、男は夏場、トランクスだけで出歩いても良いってことになりますよ」

 後ろに座った男子の言葉に、横にいる男子が盛大に手を振りながら言った。


「夏場にトランクスだけで出歩く男も確かにいるけどな。そもそもさ、ジャージってところが既に駄目だろう? 私服だからとか言う前に、ジャージって言う服のダサさが問題なんだよ。これが例えば家では常にパジャマとかネグリジェとかの女子がそれだけで、或いはそこに肩掛け何かしただけで歩いていたら、かなり有りだと思う訳さ」

 前に座った男子が熱弁を振るう。と残った二人もおうおうに頷いた。


「たとえ手抜きの意味であっても、確かにパジャマも萌える。成るほど、ではジャージのダサさが問題であり、手を抜くことが問題ではないと……」


「そいつはどうかな?」


「ほう? 学園のヒーロー殿は別の意見があると?」

 椅子を戻し、腕を組んで義彦は瞳を一度閉じ、ゆっくりと開けながら、口角を持ち上げた。


「これもまた俺の理論。その服にとって最も似合う者が着るべきだということに基づいているのだが」


「ジャージが似合う者って?」


「言わずもかな、スポーツ少女さ」


「だが、スポーツ少女とはいえ、それぞれコスチューム、ユニホームがある。例えそうでなくても、練習時でもジャージよりはブルマー等の方が良いんじゃないのか?」

 前席の男子が反論を口にすると、他二人も頷いた。


「確かにユニホームもブルマもスポーツ少女にとって最上位服であることには変わりない。だがブルマやユニホームが、全方位カバーする。つまり、どんな格好、どんな時間、どんな場所でも、どんな角度で見ても似合うのに対し、ジャージって奴は、ある一点。本当の一瞬のみを美しく、彩るものなんだよ」

 自身満々に持ち上げた人差し指に視線が集中する。


「そ、その一瞬とは!」


「決まっている。冬の季節、場所は学校ではなく外、汗だくにならない程度のダッシュ、自分の横を通り過ぎた時に一瞬の交差で見える横顔。その瞬間こそが、ジャージを着たスポーツ少女が最も、輝く時だ」


「本当に恐ろしく限定的だな」


「だろうね。俺も去年偶然そんな少女に出会って初めて気が付いた。ああ、ジャージって奴ぁ、こんな時のために生まれたんだな。ってな」

 回想が頭の中を駆け巡る。あの一瞬はいつかの将来、脳内映像を写真に出来る装置が開発された時のために、大事に取っておくことにしていた為、一瞬で思い出すことが出来た。


「どうにも想像が出来ないな。ジャージ姿の女子が横を通るだけなんだろう? そんなに良いか?」

 横の男子が疑りの眼差しを持って、義彦を見る。


 やれやれ愚かしい。と口には出さず、頭を振って、義彦は想像力の足りない男子生徒達の為に言う。


「想像しろ。季節は冬。吐く息が白の成る季節。自分の吐く息もまた白い」


「ほうほう」


「そんな時に前から掛けてくる女子、髪はやや短く、細身な女子だ」


「俺長い方好きだなー」


「理由がある。その少女はこちらのことなど気にせず、ただ真っ直ぐに走り続け、自分の横を通り過ぎる。その一瞬、何の気無しに瞳を横に動かしたその時映る姿」


「どんな姿だ?」


「短い髪が、走る上下運動で持ち上がり、髪が空気を含んで膨らみ、落ちる。数滴汗が頬を伝い、口からはやや粗めの息が何度となく吐かれ、その度に一瞬だけ白く染まる。その瞬間、真横に来た少女の横顔。ただ前だけを見るその横顔には。ジャージこそが相応しい」

 持ち上げた人差し指を後ろから横、前にゆっくりと移動させ、それぞれの男子の顔を見てニヤリと笑う。


 一拍の間のあと、その場は拍手に包まれた。


「ブラヴォー!」


「素晴らしい」


「流石は学園の変態ヒーロー」


「いやいや。それほどでも無い。大体にしてこれはまだ暫定王者だ。もっとだ。もっとジャージに似合うシチュエーションが、ジャージの似合う女子がこの世にはあるはずだ、いるはずだ。俺はそれを探し続ける」


「及ばずながら、俺たちも付き合うぜ」


「付いてくるか。ならば、どんなシチュエーションが良いか、案を出し合うぞ」


「応!」

 四人の声が重なって。手を振り上げた。

 そのまま四人は先生が来るまでの間、ジャージの似合う女子について、語り続けるのであった。


 そして、さりげなくも注意深く教室のドアを見ていたが、三奈穂が顔を出すことはなかった。

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