表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

切り餅の神話

作者: 餅角ケイ

※この小説は二次創作になります。本人に了承をとった上で、現在なろうにて活動中の れみさんの作品に出てくるキャラクター・ミウと切り餅おばけの話を書かせていただきました。





 ペトペトした感触でミウが目を覚ますと、それはそれは大変なことになっていた。さっきまで身体に掛けていたはずの毛布が、食べ頃の餅のように柔らかくなっている。いつの間にやら、毛布は巨大な切り餅になっていたのだ。



 毛布だけじゃない。

 枕元にあった時計も、電話も、窓も、対して親交がないお向かいの家も、灰色の空に浮かぶ雲も。全てが餅のように溶けかかっていた。


「こんな天気、見たことない」



 ぷくぅ。パンパンパンッ。


 餅になった周りのモノや自然たちは勝手に焦げて、やがてぷくうっと膨らんでは破裂した。破裂した餅は、既に巨大な餅になりかけている地面に飲み込まれ、一体化してしまう。


 破裂する餅たちのリズムが耳に心地良く、ミウは思わず外に出た。素足で踏み出すと、うにゅっと地面がめり込んで歩きづらい。靴は既に溶けた餅と化してしまったので、使えない。


「足で踏んでもベタベタしないところが、唯一の救いね」

「切り餅のせいですよ」

 それこそ踏んでみたら柔らかそうな、顔の付いた切り餅が、ミウの隣に現れた。今起こっている現象は全て切り餅のせいだと断言しておきながら、彼もまた切り餅おばけなのだと言う。


「それじゃあ、これは貴方の仕業ってことですか」

「うーん……。まあ、広く捉えればそういうことになるのかな?」



 困ります、とミウは言った。

「地面まで柔らかくなっているから、歩きづらいんです。靴もすっかりでろでろの餅になっちゃって、使えないし」


 パアンッ! と派手な音を立てて、餅になりかけていた靴が破裂してしまった。

「ほら、私の靴が」


 いくらミウが切り餅おばけを責めたところで、彼は慌てる素振りすら見せやしない。それどころか、餅のくせに餅を見て大いに喜んでいるのだった。


「ご馳走が増えるんだから、いいじゃないか。ほら、あの餅だってあんなにおいしそう。あんなに、ぷくぅーーって膨らんで……」

「そういう問題じゃなくて。…………って、共食いですか?」



 そんな会話をしている間にも世界は溶け、大きな餅になっていく。ついには生き物が、ヒトまでもが焦げ目を付けて、膨れては弾けていった。



 まとまっていく地面と空を眺めながら、あのジャージが餅になったらどうなるんだろう、とミウは思った。不意に膨らむ餅のように、ミウの心に勝手に浮かんできたものだ。それが誰なのかは思い出せない。


 こんな状況でも、世界がある限りは大丈夫だと思うけど。




「だいぶ大きくなってきた」

 切り餅おばけは感心した様子で呟いた。伸び続ける餅の群体が、躊躇いもなく小さな白い固まりを呑んでいく。


 目の前で起こっている暴走を、ミウはただただ眺めていた。



「このままじゃ餅だらけになっちゃう」

 流石に自分が喰われるのも、時間の問題かもしれない。ミウは少し心配になってきた。


 すると切り餅おばけが、しみじみと呟いた。

「いやはや、お仲間の切り餅の転生が、世界全体まで巻き込んでしまうとはね」


「どういうこと?」

 ミウが尋ねても、餅は得意げな顔だ。

「転生するんだよ、人様に食べてもらえなかった切り餅が。何もかも伸びた餅に変えてしまうくらいの大暴動を起こして、新たな餅に生まれ変わるのさ」

「ちっとも答えになってない」


 僕たちはそれに巻きこまれただけなんだ、と切り餅は鼻歌交じりに言った。



「だから、今日の君も僕も、この世界ごといなくなる」

 こんな神話があったっていいだろう? と、挙げ句の果てには開き直りだ。

「そんな」



 考えてみると急に恐くなってきて、身が震えた。数えきれないくらい不思議になことに出くわしたことはあっても、この世の終わりを体験したことはなかったから。



 ミウが悲鳴に近い声を上げた。

「それは駄目」

「どうして」




 だって、まだあの男に逢っていない。



 その赤い影が誰なのか分からないし、思い出せないけど。そもそも逢いたいのかさえ疑問に思ってしまうけれど。

 でも、駄目なものは駄目なのだ。



「大丈夫だよ、今日の僕らが消えるだけ。君も、彼も、明日には何事もなかったみたいに変わるんだ。……信じて。僕は切り餅おばけなんだから、何でも知っているんだよ」


 本当に、なんで知っているのだろう、切り餅おばけは全てを察した顔で笑うのだ。

「君がどんなに彼を拒もうと……。そうだな、たとえ君が家の屋根を踏み抜いても、へんちくりんな実験をしても、宇宙にぶら下げられていても。きっとまた、逢うことになるんだから」

「私そんなことしない!」

 こんなにムキになったことがあっただろうか。



『どうかなあ』


 あれ、今。涙目で振り返る前に、誰かの声が。



 一体何だったの、と思う間もなかった。巨大な餅から伸びた数本の巨大な腕が、一つの切り餅とミウを捕らえ始めたのだ。



 空の色などもはや存在せず、境界は無いに等しい。切り餅おばけの言っていた終焉が、クライマックスを迎えるのだろう。巨大な餅は神の手によってこねられ、分散し、また新しい朝が生まれるのだと言う。恍惚とした顔で、既に身体の大半を取り込まれた切り餅だけがいらない情報を教えてくれる。



 ああ、呑まれる。


 ミウは瞼を閉じて、自らを覆う白い固まりに身を委ねた。



 万が一、世界が変わったとして。


 三食餅尽くしになったりしたら嫌だけど、

 毎日、雨の代わりに切り餅が降って来るような世の中になったらうんざりだけど。


 でも、ちゃんと同じ朝が来るというのなら。深層記憶がうんざりするほど逢えてしまうなら。



 まあ、いいか……。




 餅の中は真っ白だけど、ふわふわとしていて仄かに温かい。母親のお腹に宿ったとき、赤ちゃんはこんなぬくもりを味わうのかもしれない。

 ミウの実体はなくなってしまったが、その代わり、この不思議な温かみを直に感じることができる。

 いっそ餅になってみるのも、悪くないかもね。


 こんなにも心地が良いのに、切り餅おばけはどこか悲しげだった。

「はあ。もう朝が来ようとしている」

「新しい朝が来るの、楽しみじゃないの?」

「『朝が来るまで』が楽しいんだよ。終わったらこの気持ちはなくなっちゃう。一度きりの楽しみだからね」

「次が同じ身体でも、今のことは忘れちゃうかもしれないもんね」

「うんうん、そういうこと」



「でも私、また後で逢える気がしてきた。切り餅さんとも、あの少年とも」



 あの赤ジャージには、餅に呑みこまれても暴れている姿がお似合いだ。

 嘘かもしれないし本当かもしれない、歪んだ記憶が教えてくれる。だからきっと、そうなのだ。想像しながらミウは一人で笑った。


 それにしても、どうしてこんなに気になるのだろう。どこまでも伸びてくるこの餅みたいに、得体の知れない何かで繋がっているのだとしたら、ちょっと嫌だーー。



「餅が弾けた後も、逢えるといいね」

 切り餅の言葉が響いたちょうどその時。ミウの取り込まれていた餅が破裂し、世界は無事に朝を迎えた。






 何だか長い夢を見ていたような気がする。最後まで、思い出せないけど。寝起き直後の、ミウの直感だ。

 さて、身体の上に掛けていた毛布が柔らかくなっていることは当然なかったが、敢えてミウはこんな選択をしたのだった。


「朝ごはんは餅にしよう」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 毛布が切り餅になるという展開は思いつきませんでした!最高ですね! [一言] ケイさーん♡♡ まずは何よりも、書いてくださってありがとうございます〜っ!! 自分のキャラが出てくるというだけで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ