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「ほー、なかなかでっかい店だな」
エルマーがそう呟いた。ボクを追って来てくれたのだ。
そして目を輝かせて店の中を見渡す。
「こんだけありゃあいろいろ遊べそうだな!
片っ端から買いまくるぞ!」
「お金、持って、るの?」
「そこはほら、誠心誠意頼めば……
すいません店員さん、これ全部くれませんか!?」
エルマーが値引きというにはあまりにも横暴な交渉を始めだした。若い店員さんも苦笑いをしながら相手をしている。
エルマーではないが、ボクも欲しい。特に空中でくるくる回転しているガラス棒みたいなやつ。ボクは魔法を扱うことは出来ないが魔法とかにはすごく興味があるのだ。
うう、欲しいなぁ……
そんなボクの様子を見たのかエルマーは値引きの対象を変えた。ボクが欲しいと思ってた魔道具をただでくれと交渉している。
しばらく粘っていたが、勿論無理だった。うなだれた様子で帰ってくる。
「ごめんな、今度ティルニアから小遣い貰えるように頼んでみるよ」
エルマーがそう提案してくれた。やはりボクのために交渉してくれたのか。
有難い提案だが恐らく通ることはないだろう。ボクらより年上の子供でも小遣いを貰ったという話は聞かない(あくまで身体上の年齢の話だ。精神年齢の話なら間違いなくボクが最年長になるのだから!)。
買うことは出来ない。だが見るのはタダだ。せめて見ることで満足しようと回転する魔石をじっと見る。
くるくる。くるくる。
空中で回るだけ。それだけの道具にただただ魅入られる。
鮮やかな光を放ったり熱を発する魔道具もあるが、地球の技術を使えば再現することは難しくないだろう。
しかし宙に浮いて回転するガラス棒は地球の技術で再現することは難しいはずだ。磁界を利用すれば不可能ではないだろうが、それには大掛かりな設備が必要だろう。
故にこうして空中で回転するガラス棒はそれだけで魔道具という超常現象の証明となりうるのだ。
超常現象と言えばボクの身体の変化の方がよっぽど超常現象なのだが、そういうことではない。
異世界に対する憧れ。このガラス棒はその象徴なのだ。
くるくる。くるくる。
回転する魔道具をじっと見る。
そんなボクを見かねてか、店員のおじさんがため息をつく。エルマーが交渉していた店員とは別の人だ。
「はぁ……そんなに物欲しそうな目で見るなってんだよ。
ったく、持ってけ、ホラ!」
そして空中で回転する魔道具を掴み、ボクに押し付けた。
「……え? それはいいの、ですか?」
「持ってけって言ってるだろうが。
次何か買うときはちゃんと金持ってこいよ」
そう言い残して店員のおじさんは逃げるように店の奥に行ってしまった。
一瞬だけ惚けていたが、姿が見えなくなってから我に返る。
「あの、ありがとう、ございました!」
店の奥から返答はない。でも胸の奥から暖かい気持ちが広がってきた。
「タダでゲットするとはフィリアやるなぁー。
俺でも落とすのは無理だったのに」
落とすとは人聞きが悪い。
「これ、ボクと、エルマー、実力の差」
ドヤ顔でエルマーに答える。
……でもボクが元の姿だったらくれなかったんだろうな。青年ではなく幼い少女が欲しそうにしていたからくれたんだろう。そう考えると少し複雑。
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ボクたちは店を後にする。
貰った真道具は先端の部分を触ると浮くことも回転することも止まり、ただのガラス棒になった。
バッグも何も持っていなかったので手で直接持っている。レジ袋なんて洒落たものはない。
「ご機嫌だな」
エルマーがボクの様子を見て話しかけてきた。口元が勝手に緩んでくるのだ、仕方がないだろう。
「まさか、くれる、思わなかったから」
「どうせなら俺が欲しいものもフィリアに頼んで貰えるようにしてくれればよかったかもなー。
フィリアの場所からは見えなかったかもしれないけど、店の奥にすごいのがあったんだ」
「すごい?」
「板みたいな形をしてな。
その中でこんなふうに人が動いているのがあったんだ」
エルマーは手を広げてよく分からないジェスチャーをする。
ガラス板の中で人が動く……もしかして、テレビみたいなものだろうか。流石に電波が通っているとは思えないが。
「あれもフィリアがねだればくれたかもなー」
「あはは……流石に、無理、じゃない?」
いくらなんでも空中で回転するガラス棒とテレビとじゃ値段が違うだろう。
そういえばこの魔道具はいくらなんだろうか? お店にあるものは置いてある棚に値段が書いてあった。浮いてあるものに関してはどういう扱いなのだろう? どこかに値札でもあるのかな。
まあボクはまだ文字は読めないんだけど。
歩きながら魔道具をひっくり返して値札を探していると人にぶつかる。
体重が軽くなったからか、ぶつかると言うより弾き飛ばされるというほうが正しいだろう。
「痛っ……」
ボクは弾き飛ばされて尻餅をついた。手に持っていた魔道具がカランと音を立てて転がる。
その態勢のまま見上げると、黒ずくめの格好の男が無表情でボクを見下ろしていた。
その男は二メートルは超えているだろうか。巨石のような圧迫感。ボクの身長が低いこともあって巨大な男に対する本能的な恐怖が湧き上がる。
「オウオウ、嬢ちゃん!
アニキにぶつかるたぁちーっとばかし前方不注意なんじゃねぇの?」
黄色と黒の派手な柄の服を着た小柄な男がボクを睨む。いや、黒ずくめの男と比べてるから小柄に見えるのか。何にせよボクよりずっと大きいことには変わりない。黒ずくめの男の連れみたいだ。
「アニキったらこんなに痛そうにしてるぜ。
誠意を込めて謝るのが筋ってもんだと思うが?」
小柄な男はボクを睨んだままニヤニヤと笑った。黒ずくめの巨大な男は無表情でボクを見下ろしている。
……怖い。この身体になって直接悪意を向けられるのは初めてだ。この男がボクを傷つけようとしても抵抗は出来ないだろう。その事実が恐怖を加速させる。
「ごめ、なさい」
やっとの思いで謝罪の言葉を絞り出す。だが小柄な男は意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「なんだそりゃあ?
アニキを馬鹿にしてるってことかぁ?」
「ごめ、なさい!」
ボクはこの世界に来てから一ヶ月。簡単な言葉なら交わせるようにはなったが、発音はかなり悪いだろう。言葉を勉強し始めたばかりの外人の喋る日本語のような違和感があるはずだ。
だが仕方がないじゃないか! そんなの、ボクにはどうしようもない!
うっすらと目の前の男の姿がぼやける。また泣きそうなのか。泣いたってどうしようもないというのに。言うことを聞かない自分の身体に腹が立つ。
「そこまでにしといてくれ。
こいつはまだ言葉がうまく喋れなくてな、謝ってるんだから許してやってくれ」
小柄な男とボクの間にエルマーが割り込んだ。男の視線がエルマーを捉える。
「んだガキィ?
今俺はこの嬢ちゃんと話してんだ。
邪魔だからすっこんどけ!」
「落ち着けよ。
ほら、フィリアだってこうしてあやまっ――」
「どけっつってんだろうがガキィ!!」
エルマーの言葉が言い終わらないうちに小柄な男はエルマーを蹴り飛ばす。
「ッ!?」
エルマーの体が飛んだ。二メートルほど吹き飛び、倒れたまま蹴られたお腹を抱えてうずくまった。
派手な服の男は打って変わって優しげな声で話す。それがどうしようもなく不気味だった。
「なぁ嬢ちゃん。
誠意ってもんを見せてくれや」
「ご、ごめ、なさい! ごめ、なさい! ごめ、なさい! ごめ、なさい!」
あまりの恐怖に涙が流れる。視界がさらにぼやけてきた。
ニヤニヤとした嫌な顔が大きくなる。小柄な男が顔を近づけたのだ。
視界の端でエルマーがお腹を押さえて立ち上がった。手に何か持っている。あれは恐らくガラス玉――いや魔道具。ウィルクに攻撃を仕掛けたアレだ。
彼らに喧嘩を売っては駄目だ! それこそどうなるか分かったもんじゃない!
そんなボクの心の声は届かず、エルマーは魔道具を構える。小柄な男は気づいていないが、巨大な男は無言でエルマーを見ていた。
そしてエルマーが魔道具を投げる――寸前。
「そこの下郎! 恥を知りなさいっ!!!」
美しく澄んだ声が響き渡った。
リアル多忙につき、少し更新ペースを落とします