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『はーーっ、満喫したーーーーっ!』



 よ、ようやく終わった……


 ボクにとっては長い長い時間が過ぎ去り、ラティに抱き締められて頬擦りされる地獄から開放された。ツヤツヤしたいい表情のラティ。対照的にボクは死んだ魚のような目をしていることだろう。


 元の席に逃げようとするが抑え込まれた、地獄が終わってもラティの膝の上から逃がすつもりはないらしい。


 終わったのを見計らって申し訳なさそうな表情のウィルクから手が伸ばされてきた。



『すまんな、ラティは悪い奴じゃないんだが可愛いものに目がなくてな』

「すまんな、ラティ―悪い――――――――――――目―――」



 こんな理不尽な目にあったのはボクが可愛いかったからだと言うのか。ボクの心は男だぞ、そう言われても嬉しくない。そもそも鏡がないおかげでボクはボク自身の姿を未だにしっかり見てないし。


 男の服を着てるんだけどそこはあんまり関係ないのかなぁ。この姿の年頃だと男服も女服もスカートか否か、くらいしか違いないし。



『キミ、これから孤児院に行くんでしょ?

 可愛いなぁ里親になって引き取りたいなぁ。

 家があれば絶対引き取ってたのになぁ』



 里親とは初耳だ。だが孤児院なのだから当然里親のシステムもあるんだろうな。


 もしラティが引き取るとか言い出すならそれに乗るか本気で悩むところだった。あの頬ずりを受け入れて心声魔法持ちを取るか、受けいれず心声魔法も諦めるか。理想を言えばウィルクが里親になってくれるといいのだが……



『孤児院に行くのならいつまでも名無しはまずいよね。

 里親にはなれないけど、私が名付け親になってもいい?』



 ラティがそんな提案をする。


 名前、か。


 確かにいつまでも名無しでは駄目だろう。残念なことにボクがこうなった原因は一切不明で解決策も不明。しばらくはこの世界で暮らす必要がある。そうなると名前は必要になってくるはず。


 自分で付けるのは悪手だ。どんな名前が普通なのか分からないしボクはこの世界の単語が分からない。


 日本人の名前で例えると、無理やり自分で名付けると“田中雑巾”とか反応に困る名前になってしまう可能性だってある。


 いい機会だろう。お願いしますという意味を込めて頷いた。ラティはちょっとアレなところはあるが、ボクを嫌ってはないはずだし変な名前は付けないはずだ。



『そうかそうか!

 ふーむ、どんな名前が可愛らしいかなー……』



 訂正。この人変なかわいい名前を付ける気だ!


 そうはさせてなるものか! ボクは男らしいかっこいい名前つけて、と身振り手振りで必死にアピールする。力こぶ作ってみたり、腰に手を当てて胸を張ってみたり、近くに座っているいかついおっさん指差してみたり。


 おいそこの女、ちゃんと意味を受け取れ。だらしなく顔を緩ませて何この可愛い生き物、みたいな目を向けるんじゃない!


 察しのいいウィルクもボクが何を言いたいのか分からないらしく困惑していた。


 誰か男らしい名前ってどう言えばいいのか教えてください……




----------------------------------------------------------------




「――――――、フィリア――――!」



 ボクたちは酒場を出てラティと別れる。


 フィリア。それが今のボクの名前だ。勿論名付け親はラティ。


 あの後ボクの必死の表現が伝わったのか伝わらなかったのかは分からないし、かっこいい名前か可愛い名前かも分からない。何となく知らない方が幸せな気がする。



『孤児院まであと三分の二はある、歩くぞフィリア』

「孤児院―――――――――、歩――フィリア」



 コクリと頷き、ボクはウィルクに手を引かれて歩き出した。


 フィリア、フィリア。うん、どんな名前にせよボク自身を表す記号があるっていうのは悪くない。




----------------------------------------------------------------




 ボクたちはようやく孤児院に辿り着いた。辺りは既に真っ暗。ウィルクはボクが歩けなくなるたびに休憩を入れてくれ、随分と時間がかかってしまった。本来は夕方には着くはずだったのに。


 足がパンパンでもう歩けそうもない。最後までウィルクにおんぶされるという誘惑に勝てたことは自分のことながら褒めてやりたいくらいだ。


 暗くてよく見えないが孤児院は日本の家二つ分、というくらいの大きさだった。新築なのか綺麗な印象を受ける。


 突然弾かれたようにウィルクが後ろを振り返った。繋いでいた手も振り払われる。


 パンッ、と音を立てウィルクの手が金属の棒――鉄パイプを受け止めた。いきなり鉄パイプを振るってきた少年――奇襲してきたのか!



「チッ」



 少年はあっけなく鉄パイプを手放すと距離をとり、小さなガラス玉を投げつけてきた。鉄パイプに比べると威力は大幅に落ちるその攻撃。辺りは真っ暗、さらにガラス玉の透明さもあって視認することが非常に困難だ。それをウィルクは奪いとった鉄パイプで正確に防いでいく。カンカン、と音を立ててガラス玉は周りに飛び散った。


 少年がニヤリと笑った、気がした。暗さのおかげで表情はよく見えない。なんとなくそんな気がしたのだ。



「――っ!」



 飛び散ったガラス玉が意思を持ったようにウィルクへと襲いかかる。さっき投げつけたときよりずっと速い。ボクでは半分も視認すら出来なかった。


 前後左右――いや、後ろには飛び散らなかったから前左右からの同時攻撃。防ぐことは不可能と思われるその攻撃をウィルクは鉄パイプを一振りするだけで全て打ち払った。ガラス玉が割れたような音は聞こえない。


 打ち払われたガラス玉はまるで意思をもったかのように独りでにウィルク目掛けて飛びかかる。ウィルクは苦々しげな顔でそれを防いでいった。絶え間なくカンカンという音が響く。



「――――、―――――――――ッ!」



 少年がボクに向けて何かを叫んだ。敵意は感じない。いやむしろ――もしかして逃げろ、と言っているのだろうか?


 ガラス玉の攻撃が止まった僅かな隙を逃さずにウィルクは前に出る。ガラス玉はウィルクの後ろの空間を貫いていった。


 ウィルクは一瞬で少年の前に出ると頭に向けて鉄パイプを振るう。ゴンッ、と痛そうな音を立てて少年は頭を抱えてうずくまった。倒れたわけではない、さすがに手加減はしたのだろう。



「――――! ――――!!」



 孤児院の中から女性が出てきた。さっきの騒ぎを見てたのだろうか、鬼のような形相で少年を捕まえた。


 と思うとウィルクに向き直りペコペコ。ついでにボクにニコニコ。何か言ってるようだが分からない。



「――――、―――――――――」


「――――――――――――。

 ――――――――――――――、―――――――――――――」



 ウィルクは女性は言葉を交わすと鉄パイプを投げ捨てて孤児院へと入っていく。ボクもそれに続いた。


 ちなみにあの少年は女性に引きずられるようにして連行されていた。南無。




----------------------------------------------------------------




 うん、美味しい。見慣れない食材もあるがなかなかいける。


 ボクは出されたシチューに舌鼓を打っていた。隣ではウィルクもシチューを食べながら孤児院の女性と会話している。


 食事中なので体を触れあわせなければならない心声魔法はない。片手で食べるのは危ないし。ラティには膝の上に乗せられたがあんなの論外だ。


 女性は二十代前半くらいの年だろうか。基本的にずっとニコニコしている。名前はナタリアだそうだ。


 あの少年――エルマーと言うらしい――は床に正座させらせていた。反省の色は無さそうだ。ナタリアが見ているときだけピシッとして見てないときはダラッとしている。


 奇襲されたときは暗くてよく見えなかったがエルマーはまだ幼い子供だ。ボクよりはずっと大きいがまだ十歳もいっていないだろう。明るいところで見た第一印象はわんぱくな子供、だ。


 食事前にウィルクに聞いたところ、どうやらエルマーはウィルク子供ボクを捨てようと勘違いしてやっつけてやろうと思ったらしい。実際に孤児院の前で親が子供を捨てる事件が最近多いそうだ。異世界といってもこういうことは起きるのかと少しブルーな気分になる。



 食事も終わるとウィルクが席を立ち上がった。ナタリアと話しながら孤児院の入り口へと向かう。ボクもその後をついて行った。ウィルクはエルマーのお詫びということで食事を貰ったそうだが、そもそもボクを預けたらすぐ立ち去るつもりだった。つまり、これからウィルクは帰るのだ。


 そして、玄関の外。


 今更ながらボクは急激な不安に包まれる。


 一方通行とはいえ、今までは話の出来るウィルクがいたのだ。それももう居なくなる。明日からは言葉もほとんど分からず、知らない人だらけのところで生活を送ることになる。


 そんな不安を察したのか、ウィルクがボクの頭に手を乗せた。



『そんな顔すんな。

 フィリアのことはちゃんと話しておいた。

 心配いらねぇ。

 それに俺も時々は様子見に来るようにするからよ』



 そのまま大きな手で少し乱暴にボクの頭を撫でる。不安が和らいだ気がした。


 ウィルクはボクの頭から手を離した。ナタリアと一言声を交わした後、そのまま背を向けて帰りの道を歩き出す。



「ウィルク、ありがとうございました!」


『――!』



 ボクは頭を下げて見送る。ウィルクはちらりと振り返り手をあげた。言葉は通じてないだろうが気持ちは通じたはずだ。



 そうしてウィルクは孤児院を去った。

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