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 朝ごはんを済ませ、ボクらはファンタジーな町へと出掛ける。これからボクを受け入れるという孤児院へ行くのだ。


 孤児院まではそう遠くない。三時間もあれば着くとの話だ。といってもそれはウィルクの足での話。ボクの足だと下手すれば倍くらいかかるかもしれない。


 ちなみにボクをおんぶして移動する案は全力で蹴り飛ばした。


 ……どこの世界に異世界トリップして孤児院に入る人物がいるのだろうか。そんなマヌケな話なんか聞いたこともない。


 ……いかんいかん、ネガティブ禁止。


 ぶんぶんと首を振って気持ちを入れ替える。短い間だが、優しく接してくれたウィルクに心配はかけたくない。



『どうした? 首を振って』

「―――? ――――」



 ウィルクの心声魔法と肉声が同時に発せられた。

 何でもないよ、と軽く笑いかける。そしてかろうじてウィルクの肉声で聞き取れた単語を聞き返した。



「――?」


『それは〈首〉だな』

「―――――――」



 また心声魔法と肉声が同時に響く。


 さっきの単語は首、という意味。忘れないようにしっかりと頭に刻み付ける。





 それは今朝、体を清めた後の出来事。



『言葉、分からねぇの大変だろ。

 今から俺が心声魔法と同時に同じ内容を言葉にして話す。

 だからそれを聞いて言葉を勉強しろ。

 聞き取れた単語があればその単語を俺に聞き返せ、心声魔法でそれが何か教えてやる。

 ま、孤児院につくまでだけどな』 



 その提案は本当にありがたかった。


 何とか孤児院につくまで一つでも単語をたくさん覚える。覚える数次第でこれからの生活の難易度が大いに変わってくるだろう。


 まったく、風呂で身体洗ってる暇があったら言葉の勉強してればよかった。ウィルクと居れる時間は有限なのだから。




----------------------------------------------------------------




『そろそろ昼飯兼ねて休憩すっか。

 俺の行き付けの酒場でいいよな』

「そろそろ―――休憩―――。

 俺――――――――――」



 待ってましたとばかりに頷く。


 やっと休憩か……


 二時間程度歩いただけなのにボクの足はくたくたになり、痛みも訴え出してきていた。このくらいのことで音をあげるのは男としてのプライドが許さなかったので我慢して歩いていたが、ようやく一息つける。


 さっきの言葉で分からなかった単語を質問することも忘れない。文法はさっぱりだが、休憩とか俺とかの単語は覚えてきたのだ。この調子でいけば、孤児院につくころには簡単な単語だけを組み合わせる片言の言葉くらいなら話せるようにはなるんじゃなかろうか。




 ガランガラン、と音を立てるドアをあけてボクとウィルクは酒場に入る。異世界の酒場、ちょっとだけテンションが上がっているのは秘密だ。


 中は広かった。ざっと五十人くらいは座れそうだ。昼ご飯時だからかそこそこ繁盛している。極普通の一般人から物騒な武器を持っているいかつい男までいろんな人がいた。


 ざわざわとしている店内。だが入ってすぐによく通る声がボク達に投げかけられた。



「――ウィルク――――――。

 ――――どこ―――――――――?」



 赤い短髪の女の人だ。二十台前半~後半くらいだろうか。服より革鎧に近いものを身に纏っていてどこか野生的な印象を受ける。連れはおらず、一人。どうやら驚いてるみたいだ。


 彼女の言う内容はよく分からないがウィルクの名前は聞き取れた。知り合いなのだろう。



『ばっか、拐ってきたとかじゃねーよ、ラティ。

 身寄りがねぇみたいなんで孤児院に送っていく途中だ』

「―――、――――――――――、ラティ。

 ―――――――――孤児院――――送る―――」



 ご丁寧にも知り合いと話をするときにも翻訳してくれるようだ。


 分からない単語があったが質問するのは我慢する。さすがに知り合いと話してるときに単語の質問をするほどボクは空気を読めないわけではない。



「―――――――?

 ――――――――、手を握る――――」


『ちょっと訳ありみたいでな、言葉を話せないんだ。

 だからこうして手を繋いで心声の魔法使ってんだよ』

「―――――――――――、言葉―――話せない――。

 だから――――手を握る――――心声の魔法―――――」



 ラティと呼ばれた女性はどうやらボクとウィルクが手を繋いでいることに疑問を持っていたようだ。


 確かにずっと手を繋いでいたもんな、客観的に見ると少し恥ずかしい。でも仕方がないじゃないか、こうしないとコミュニケーションが取れないんだ。


 ウィルクはラティの隣の席の椅子を引きボクを座らせる。そのボクの隣の席にウィルクが座った。ラティ、ボク、ウィルクという並びだ。


 どうしてボクを初対面のラティの隣に座らせるんだ。普通は共通の知り合いであるウィルクが真ん中に座るべきだろう。少し気まずいじゃないか。


 そんな不満のこもったボクの視線を意に介さず、席に座るとウィルクがボクとラティとを互いに紹介する。



『こいつはラティリア。

 魔法に長けていてな、心声魔法も使えるぞ。

 俺の昔の仕事仲間だ』

「――――ラティリア。

 ――――――――、心声の魔法――――。

 俺――――仕事――――」



 彼女は手を伸ばしてボクの手を握る。何だか手をにぎにぎと揉まれている? 微妙に落ち着かない。



『よろしく、私はラティリア。

 ラティと呼んで――ああそっか、話せないんだっけ』



 この人は心声魔法が使えるのか。なるほど、ボクをラフィの隣に座らせるわけだ。


 今日歩いている途中でウィルクに心声魔法の使い手はどのくらいいるのかを教えてもらった。心声魔法は言葉を介さず相手の心に直接想いを伝える魔法。普通は動物に話しかける時くらいしか使い道がない、ということで残念ながらこの魔法を使える人は結構少ないらしい。こうして二人目の心声魔法の使い手に会えるとは幸運だ。


 ボクはよろしく、という意味を込めて軽く会釈する。よろしく、とは何て言えばいいのか後で教えてもらわないと。



『んで、こいつは……記憶飛んでるみたいでな、名前は分からん。

 いいか、変な真似するなよ? 絶対だぞ?』

「―――――――――――――、名前――分からない。

 ――、――――――、―――?」


「―――――名前―――――。

 ―――――。

 ――――――、――。

 ―、――――――――?」



 ウィルクとラティが何かを言い合っている。二人ともボクのほうを時々見て言っているからボクに関することだと思うけど……。



『変なことするなって言ってるだろうが。

 そんなに怖がらせてぇのかよ』

「――――――――――――――。

 ――――――――――」


「お願い、―――――。

 ――――――――――」


『なっ、お前そりゃ卑怯だろ!

 そのことは』

「――、お前―――――――――。

 ―――――――。

 ――、―――――――。

 ―――――――――――――――――――」


「――――、どうなる―――?

 ――――――――。

 ――――」



 途中から心声魔法が聞こえなくなった。時々分かる単語もあるが、流石にそれだけでは話の内容は見当もつかない。


 二人の動きから推察するに、どうやらラティがウィルクに何かを頼み込んでいるみたいだ。だが不思議なことにラティのほうが高圧的でウィルクが下手に出ているように見える。



「ラティ―――――、――――こいつ――嫌う―――。

 ――――――――」


「――――――――――困る。

 ―――――――――仕方がない――。

 ―――ウィルク、――――渡す――」


「―――、泣く――――。

 ―――――――」



 話の決着がついたようだ。そこまでいい終わるとラティは勝ち誇った目でボクを見る。どうやら話はラティが要求を通し、ウィルクが折れる形で終わったようだ。


 というか何でボクを見るの? 普通そこはウィルクに勝ち誇るべきじゃないだろうか。


 ウィルクがうなだれて頭を抱える。



『すまん、弱味を持ち出されて逆らえなかった。

 許せ』



 突然ラティがボクを持ち上げる。そのままボクをラティの膝の上に置いた。



「ふあっ!?」


『ちょっと失礼するねー』



 そしてボクを抱きしめると恍惚とした表情でその……頬擦りを、しだした。



「~~~~~~~~~っ!?」


『キャーーー! お人形さんみたい!

 可愛いーーーーーーー!!!』



 必死に抜け出そうと暴れる。が、拘束ラティのてはびくともしない。


 ボクに出来るのはただただ時間が早く過ぎ去るのを祈ることだけだった。

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