95.【番外】それは、お目付け役だったのです。
ハヤト視点で、ちょっと序盤の話でも。
俺の職場には、年下の同僚がいる。
大卒で入社したし、もう今の職場になって何年だ?ってぐらいになるから、当たり前もことだけど、そいつの年齢が、全然当たり前じゃない。
言い方を変えればいいのかな?
俺がサポートしている同僚は年下だ。
うん、俺の出世が遅いみたいだな。これでも他のヤツらに比べれば随分と早いんだけどな。
まぁ、俺が戦略事業部に配属になったとき、既にコワモテのオッサンどもに(色んな意味で)可愛がられてたあいつが、義務教育期間中、ってことを伝えれば、俺の驚愕っぷりも納得してもらえると思う。
(助けて、ここの職場、労働三法が息してないんだけど!)
とんでもねーブラックだと思ったのは、今となっては内緒だ。
「……えぇと、それマジ? 幻覚とかじゃなく?」
「幻覚が筆記用具貸すかよ」
コワモテのオッサンに揉まれたこいつも、今や高校生。その鋭すぎる眼光で、クラスメイトからはドン引きされまくってるって聞いたんだが。
中間試験で度胸試し感覚で筆記用具をパチられた年下の同僚―――トキに同情しないわけじゃないが、それよりも、クラスメイトの女子に筆記用具を貸してもらえたって所の方が問題だ。
笑えることに、陰で「春原高校の羅刹」とか渾名されてるこいつから逃げずに、自分から話しかけてくるとはね。ずいぶんと、肝っ玉の太い女子高生がいたもんだ。
それが、俺のミオちゃんへの第一印象だった。
そんな中間試験の笑える話から1ヶ月ぐらいした頃だったかな、彼女を直接見ることになったのは。
あの日は、佐多隊長のしごきが、いつも以上にえげつなかったから、正直、トキが逃げたのも仕方ないと思ってる。隊長直属の濃いオッサンどもに揉まれて、さすがにトキもキレた。いや、半分以上いじめみたいな訓練もどうかと思うんだよ。隊長には言えないけど。三十路四十路の歴戦潜り抜けたオッサンに、若さと体力と将来性だけのトキが勝てるはずもねぇし。俺はもっと無理だし。
で、俺は逃げたトキを探すように言われたけど、電話しても出ないし、それでもコールしてたら電源切られるし、電源切られたから探知もできないし、あれはヒドかった。
仕方なしに、訓練場所の近所か、マンションの近所で網を張るしかないか、と地図を広げて絞り込んだ。
トキが訓練に飽きて逃げるときは、だいたい人気のないところでボンヤリしてるか、裏通りで適当な誰かをボコってるから、そこを重点的に探せば、そう時間はかからず見つけられるはずだ。
誰をどこに向かわせるかな、と考えながら、つながるはずもない電話を鳴らしたところで、何と、呼び出し音が聞こえた。曲げたヘソがもう戻ったか、と耳元に集中すると、ぷっ、と呼び出し音が止まる。
「――てめぇ、トキ! どこほっつき歩いてんだこのバカ!」
『……あ、あの、すみません』
「あぁん? 誰だテメェ」
なんだ。とうとうトキはスマホをポイしたのか。それとも、悪い女にでも捕まったのか。目つきはともかく、見た目は悪くないからな。好き物の女に拾われた可能性もある。それなら、脅してすかして自分から手放すように持っていくだけだ。そういうのは俺の得意分野だしな。
『こ、このスマホの持ち主に遭遇した者です。ケガが痛そうで声をかけたら、なしくずしに私が電話を受けることになってしまいまして。……その、迎えに来てもらえたりとか、しますか?』
と思っていたが、そんな心配はなかったらしい。小動物が震えているような印象を受けるが、善良な人間がうまいことトキに遭遇してくれたようだ。
「あぁ? 歩けねぇほどのケガなのか? そこドコ?」
『駅南口の柿原公園というところなのですが』
柿原公園……あぁ、マンションの方に戻ろうとしたのか。ここからもそう遠くないし、俺の絞込み方も間違ってなかったな。
「りょーかい。十分でそこ着くから、悪いんだけど、そいつ捕まえておいて」
有無を言わせず電話を切って、運転役を引き連れて現場に向かってみると、公園のベンチに座るトキと、見たことのない女を見つけた。たぶん、あれが電話に出た親切な女なんだろう。
明るく栗色に染めた髪に、濃いめの化粧。年齢は、二十前後、か? 目の色に違和感があるのは、カラコンか。随分と飾り立ててるな。フリーターか、学生か。明らかに不機嫌なトキに関わるぐらいだ、まっとうな社会人じゃねぇだろ。でなきゃ随分なお人よしだ。
「キミが、さっきの電話の人?」
「あ、そうです」
こちらを睨み付けるトキの隣で、小さく会釈する彼女は、なんつーか、小さかった。トキの隣に座っているせいか、すごくちぐはぐな印象だ。
「――トキ、人に迷惑かけんなっつったろ、このボケ!」
すぱん、とトキの頭をはたいてから、彼女に向き直る。トキも、自分が大人気ないことをした自覚はあるんだろう。反撃することなく、俺の手を受けていた。
「迷惑かけてスマンね。家ドコ? 送るから」
「いいえ、お気になさらず。それよりも、早く連れ帰って手当てしてあげてください」
立ち上がり、ぺこり、と頭を下げる彼女は、立ってもやっぱり小さかった。身長150センチはないな、なんてことを考えながら、彼女を上から下までざっくりと見る。ついでに手元のカメラでも彼女を何枚か撮っておいた。後で何か揉めても面倒だし、素性を洗っておこう。
犬飼と鬼瀬にトキを車で運ぶように指示すると、彼女は少し安堵したように小さくため息をついた。なんだか、お守りから解放されたって感じだな。まぁ、不機嫌なトキの傍にいるのはツラいだろうからな。当たり前か。
「それでは、私はこれで失礼します」
そのまま彼女を見送ろうとしたら、トキが「待て」と声を上げた。
「ハンカチ弁償するから、連絡先よこせ」
「いいえお気になさらずどうせ安物ですから」
見ているこちらがびっくりするぐらいの早口で言い切ると、彼女はそのままスタスタと去って行ってしまった。あそこまで「係わり合いになりたくありません」と態度で示されると、いっそ清々しい。
呆然としたトキを見たら、思わず吹き出してしまった。いや、こんなトキは初めて見る。よほど彼女のことが気に入ったんだろうな。
年下の同僚のサポーターとしては、短時間ながら随分と気に入ったらしい彼女を探してあげるのは当然って考えた。親であり上司でもある隊長に話を持ちかければ、とてもイイ笑顔で進めるようにと言われたし。あぁ、俺、あんな親の元に生まれてこなくてよかったわ。極々普通の一般家庭だもんな。
フリーターにも見えた彼女は、もしかしたら、トキの精神安定剤になるかもしれない。もちろん、人となりを見てからだけど。状況によっては、俺の負担が減る。万々歳だ。
―――結局、自分で探すのは面倒だったんで、新人研修の一環に使わせてもらうことにした。遭遇した時間、彼女の写真を材料にして、配属された新人の腕試しに使わせてもらう。訓練の合間に、遭遇した曜日・時間帯に絞った張り込みをしていたようだが、どうにも見つからないらしい。新人の目が狂ってるのか、それとも滅多にあの近辺に来ない人間なのか。とりあえず、張り込み先を駅にしてみるよう指示を出して待つこと1週間、彼女はあっさり見つかった。
「ゾンダーリングでバイト、か。それはまた……」
新人が出した調査報告の中に大学時代の後輩が経営しているカフェの名前を見つけた俺は、思わず声を洩らした。
コンセプトカフェを開店するにあたって、いくつか助言をしたことを覚えている。役柄に集中させるために、客からもキャストのプライベートを感じさせたくないということで、通勤時の変装義務化を助言したような気がする。あとはストーカー対策やら何やら……。どうせ、そんないかがわしいカフェなんてすぐに潰れるだろうと思っていたら、意外にも繁盛しているらしい。そもそも働く人間がそんなに集まるかと思っていたら、その後輩、武蔵塚は俳優やら声優やら脚本やらの専門学校にツテがあるらしく、そこから回してもらうこともできるんだそうだ。変な後輩だと思っていたが、意外と商才や人脈はあったらしい。
とりあえずゾンダーリングに赴いて、写真を見せてみると、キャストとして働いているバイトだということはすんなり聞き出せた。
けど、そこからは、面倒臭かった。
彼女の素性を尋ねても、プライバシー保護が重要だと言ったのはお前だろうとばかりに、彼女の個人情報を洩らすことはなかった。頼もしいと感じると同時に、面倒な後輩だ。仕方なく、過去の恩を盾にして、ゾンダーリングからの派遣という形でマンションの方に出向させることを提案し、要求を飲ませた。もっと先輩を敬え、バカ野郎。
でも、そこからは面白かったから、帳消しにしてやらんこともない。
とりあえず相性でも見ようかな、と思ったアニマルセラピー(仮)のバイト初日、『エリ』と名乗った彼女は、見事にトキを懐柔して見せた。
オオカミに小動物を見せたら、頭から食われるかなーと思いきや、あのトキが手ずからお菓子を与えるとか……っ! 俺の腹筋と表情筋が頑張った。やべぇ、今思い出してもウケる。隣の部屋からこっそり様子を見てたけど、声出して笑いたくなるの超我慢してた。ほんとに頑張った。
ま、時間になって彼女を迎えに行った時に、ちゃんと指差して笑ったんだけどな! トキに殴られたが、後悔はない。それぐらい面白い光景だった。もちろん、隊長や戦略事業部のヤツらに社内メール回しといた。
ただ、予想外だったのが、彼女のスマホに仕込んだ位置情報を定期的に送信するツールが動かなかったことだ。気づかれたのか? おかしいな。そんな危険人物には見えなかったんだが。俺の目を欺くほどの上手か、と彼女に対する評価と警戒度は自然に引き上げられた。―――それも、とんでもない買い被りだと知るまでの話だけど。
そこからは、着々と彼女を囲い込むように動いていった。面倒なのが武蔵塚で、あいつはあいつなりに彼女をカフェで使いたいようで、こちらへの派遣日数を増やそうとするたびに、渋い顔をした。まったく、面倒な後輩だ。早く彼女の素性を調べて直接交渉に持ち込みたいが、彼女自身も尾行に気がついているのか、あれこれとルートを変えたり、駅のトイレとかで変装を戻したりしているようなので、なかなか自宅も掴めない。警戒心が強過ぎるだろう。
そんな日々を過ごしていたら、これまでの仕返しとばかりに、武蔵塚からVIPルームの試験運用をしたいから客になれというメッセージが届いた。
これは、奇貨か?
トキを伴い、誘いに乗ることにした。もしかしたら、『エリ』さんについて、別の方向から情報が得られるかもしれない、と思ってのことだったが。
「……なんだ、こりゃ」
目の前には全身茶色の兎耳をつけた女の子が「ようこそだムー!」なんて言いながら、小首を傾げてお出迎え。
予約していたと告げれば、奥の方から姫と騎士のコスプレした店員が出て来て個室に案内してくれるというサービス。
残念ながら、俺の許容できる範囲を超えていた。武蔵塚、よくこんなカフェを作ろうと思ったな。俺には真似できねーわ。
バカみたいに分かりやすい寸劇を見たり、その寸劇のメインキャストからの挨拶を受けたり、何なんだこれは、というメニューに唖然としたり、あの小一時間だけで、俺の上げちゃいけない経験値がガンガン上がったのは言うまでもない。
へろへろになりながら、トキと別れて職場に戻った。周囲にむさいオッサンどもしかいない職場に、何故かホッとした。あぁ、俺の生きる場所はこういうところだよ。あんな場所じゃねーよ。
夜の7時を過ぎた頃だろうか。何だか焦った様子の武蔵塚から電話があったのは。
『徳益さん! なんか派遣先の客がこっちで出待ちしてるみたいなんですけど、どういうことですか!』
「はぁ?」
『ミ……エリちゃんが今日帰ろうとしたら、ビルの下に待ってるみたいだって――――えぇぇぇ?』
「おい、ちょっと待てよ。客が、って、え?」
なんだ。何があった。つーか、今日行ったカフェのキャストの中に『エリ』さんいなかったろ?
『エリムーを持って? 担いで? カヴァリエ、本当に? ―――エリちゃんがその男に攫われたみたいなんですけど! 今日、VIPルームに連れて来た人が、そっちの客なんですよね?』
あのバカ!
「武蔵塚、とりあえず彼女の安全を確保するから落ち着け。次の出勤には間に合わせるから!」
『ちょっ、ほんとに頼みましたよ、先輩!』
あぁ、久々にこいつの「先輩」って声聞いたな。
そんなことを考えながら、俺はとにかく急いで会社を出た。トキはたぶん、マンションに戻っているだろう。残念ながら、俺は彼女の身柄を確保しつつ説教だ。……これ、残業手当出るよな、隊長?
長くなったので次回に続きます(たぶん)




