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93.【番外】それは、外堀だったのです。

「三丁目の商店街に、怪人反応です! ウェザライド、出動!」

「ラジャー!」


 天候戦隊ウェザライドは町の平和を守るヒーローです。

 熱血リーダーのサニーレッド、クールなレイニーブルー、皮肉屋のクラウディブラック、メカ担当のウィンディグリーン、紅一点のスノーウィホワイトが、日夜現れる謎の怪人と死闘を繰り広げるのです!


 え? 私ですか?

 私はウェザライドの本部でオペレーターを勤めるしがない非戦闘員なのです。


「さて、今のうちにオーダーの確認をしないと……」


 ウェザライドの皆さんが舞台の上で戦っているのを横目に、無事に出番を終えた私はホールの方へと急ぎました。


「お、モモちゃん、出番終了?」

「はい、Jさん。今のうちにオーダーの確認をしようと思って来たんですけど」

「今日はそれほど混んでないから、急ぐこともないよ」


 オーダー表の画面を見せてくれたJさんはニカッと笑ってくれました。


 はい、ここはカフェ・ゾンダーリングです。

 無事にオウランとしての役どころを終えた私は、今は端役のオペレーターとして週1ぐらいの頻度で出勤しています。受験生だから、というよりは……徳益さんのプレッシャーに負けたといいますか。いえ、最初にプレッシャーをかけたのはトキくんなのでしょうか? こっちのバイトがある日も、結構温めるだけにしておいたご飯を作ったりしているので、毎日おさんどんをしているのは変わらないのですけど、トキくんはこっちのバイトに出勤するのをあまり快く思っていないみたいなのです。


「なんか、すっかり落ち着いちゃったね?」

「何がですか?」

「いやー、春休みの時期はすごかったのにね?」

「……前役の話はご法度なのですよ」


 つい、素の口調に戻ってしまいました。今回の役どころは、素の口調に近いので、ちょっと油断するとすぐに洩れてしまいます。端役といっても、これはいけません。


「もう、あの頃のことは思い出したくありませんから」


 丁寧口調ながら、朗らかな声のトーン。それが今回のオペーレーター・モモです。この仮面はうっかり剥がさないように注意しましょう。


――――春休みの頃は、本当に地獄でした。

 私と同じオウラン役の同僚は、冬休みに稼げるだけ稼いで、春休みは国外へ逃亡……じゃなかった、旅行に行ってしまったので、結果的に私がオウランとして舞台に立ち続けることになってしまったのです。

 世の中に、どうして『ヤンデレ』なんて言葉があるのでしょうか。本当にこれはニーズがあるのでしょうか。何だか深淵を見た気がするのです。覗いてはいけない深淵なのです。


 冬休み前後は、すっかり影の薄くなっていたメインヒーローのシンルーでしたが、店長とシナリオ担当のテコ入れによって、生まれ変わりました。……ヤンデレに。

 正直、『ヤンデレ』という言葉は聞いたはあっても、その意味はよく知らなかったので、最初に話を聞いた時には「へぇ、そうなのですか」ぐらいにしか思っていませんでした。相手に執着するあまり、常軌を逸した行動に出るという話だったので、それを受け止めるのはシャオリン姉様だけだと思っていたのです。

 甘い考えでした。

 カルメ焼きぐらいに甘い考えだったのです。

 ヤンデレシンルー様は、敵認定したオウランやカショウに、全く容赦しなかったのです。

 それまでは、オウランのことを、かわいいシャオリンの妹としか思っていなかったのですが、自分を慕うあまりにシャオリンとの仲を妨害していることに気付いてからは……。さらに恋敵であるカショウと協力していることにも気付いて……。


 結局、女性客には大人気だったのですけれど、男性客からはちょっと不評だったみたいなのです。まぁ、稀に「ボロボロになったオウランがイイ!」とかいう謎の意見もいただいたのですけれど。


「オウランは僕が好きなんだよね?」

「もちろんですわ、シンルー様!」

「そうか。でも、僕が好きなのはシャオリンなんだよ?」

「そ、それは分かっています。でも、わたくしのことも見て欲しいんです!」


 普通、この流れだったら、「ごめんね、君のことは妹にしか見えない」とか、やんわりと断りますよね?

 ヤンデレに覚醒したシンルー様は怖かったのです!


「そんなの、無理に決まってるよ。だって、君はシャオリンの妹でさえなければ、塵一つ分の価値もないんだから。むしろ、僕とシャオリンの仲を邪魔するなんて、害虫以下だよね」


 こんなセリフをにっこり笑って言い放つのです。

 シンルー役も二人いるのですが、えぇ、どちらも怖かったのです。本当に!


「いい子にしてれば、ミドリムシぐらいには見てあげるよ?」


 そう言ったシンルー様に、オウラン役の私はへなへなと座り込むことしかできなかったのです……。『ヤンデレ』は怖いのです。

 結局、手段を選ばない覚醒シンルー様に、悪役ヒールのはずのカショウは、経済的にも精神的にもボロボロに。悪役が不憫になるってどういうことなのでしょうか。悪役がヒーローを精神的に追いつめる話は聞いたことがありますが、ヒーローが悪役を精神的に追いつめるっておかしいですよね?

 覚醒シンルー様の闇を見てしまったオウランは、シンルー様に恋い焦がれるどころか、恐怖を覚える始末。一人、シンルー様の闇をしらないシャオリン姉様が、ある意味では大勝利でした。姉様ってば、一時期は私とシンルー様が仲良く出かけているところを見てショックを受けていたくせに、それも姉様へのサプライズのためとか言いくるめられて、えぇ、幸せモードでした。その裏で妹が脅しつけられているとも知らずに……。

 最終的にシャオリン姉様と覚醒シンルー様は、寸劇開始当初と変わらぬラブラブに戻り、オウランはとても大人しい妹になり、カショウはボロボロに。

 それは、お客様から賛否両論なのも仕方がないと思うのです。




 その反省もあるのでしょうか。今回は戦隊モノということで、勧善懲悪がしっかりしていて分かりやすいし、根強い戦隊モノ人気もあるようなので、滑り出しは上々です。

 お店に置いてあるお客様のご意見ノートは不穏なものもあるのですけれどね。


『赤×緑な展開はまだですかー?』

『戦闘員によるホワイト陵辱の薄い本作りたい』

『やっぱり最終回でブラックは死んじゃうとか……?』


 お客様は、結構な妄想力をお持ちでいらっしゃるのです。逆にシナリオ担当は燃えているようですけれど。


カラン、カラン


「カフェ・ゾンダーリングへようこそ。寸劇があと3分ほどで終わりますので、それまでお待ちくださ……いませ」


 おかしいのです。

 どうしてこっちへの出勤が週1に減ったのに、まだ来るのですか?


「VIPルーム空いてるか?」

「はい、空いております。2名様ですか? チャージは何分にされますか?」


 今日もなぜか、徳益さんを従えて、トキくんが来店なのです。


「今回は前みたいな個別のメニューねぇのか?」

「……メニューについては、個室で説明させていただきます」


 徳益さんがプルプル震えてます。腹筋の筋トレにでも来たのですか? それならとっととトキくんを連れて帰って欲しいのですよ。


―――結局、二人ともオペレーター・モモの元気たっぷりスペシャルコーヒーを注文しやが……してくれたのです。


「このコーヒー飲んで、お仕事頑張ってくださいね♪ モモの元気を注入しましたから♪」


 決めセリフを口にしながら、とりあえず入店拒否できないか店長に確認しようと思ったのは内緒なのです。



 ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇



「お疲れ様です」

「お疲れ、モモ」


 スノウィホワイトに挨拶をして、私は更衣室を出ました。ちょっと蒸し暑いのです。そういえばもうトキくんと一緒に住むようになってから、1年が経つのですね。月日が経つのは早いのです。


「お、モモも上がり?」

「あ、お疲れ様です、ブラックさん」


 クラウディブラックは元・カショウなのです。いつぞやのように、このまま階段下まで一緒に……と思っていたら、ブラックが立ち止まりました。


「あー……、モモ、先に行ってくんね?」

「? 忘れ物ですか?」

「いや、その、なぁ……」


 いつになく歯切れの悪いブラックに、私は首を傾げました。だって、ヤンデレ覚醒シンルー様に一緒に被害を受けた戦友なのです。今更、そんなに言いにくいことでもあるのでしょうか?


「今日も、モモの迎え来てるんだろ?」

「えぇと、おそらく?」

「一緒に下まで行くとさ、ほら、誤解されるし。あれ、モモの彼氏なんだろ?」

「ほにゃゎぁぁっっ!」


 彼氏!

 彼氏認定されていたのです!

 いやその、トキくんとはお付き合いしているので、彼氏と言えば彼氏なのですけれど、やっぱり羅刹のイメージが強いといいますか、私の羅刹が彼氏……じゃなくて、私の彼氏が羅刹というのは、ほら、何といいますか……!


「すっげー睨んでくるじゃん? さすがに怖くてさ」

「……大変申し訳ないのです」


 トキくんに睨まれるのは確かに怖いですよね。私も何回も睨まれたことがあるので分かります! こう、捕食されるというか、あ、もう命なくなったー!みたいな感じがするのですよ!


「えぇと、そういうことでしたら、はい、先に上がります。重ね重ねすみません」

「あぁ、いいってことよ。彼氏大事にな」

「ふぁにぅっ!」


 階段を一段踏み外してしまいました。もう、ドキがムネムネしてます。


「あー、なんだ、気をつけてな」

「はい、ブラックもお疲れ様です」


 ひらひらと手を振ってくれるクラウディブラックに別れを告げて、私は気をつけながら階段を降りていきました。


「……あれ?」


 一応、このバイトは身バレご法度なのですが、トキくんに関しては、バイト仲間からもいつの間にか彼氏認定されているのです。これ、もしかして、よくVIPルームに来るから、なのでしょうか?


「もしかして、トキくん、意図してやってたり、とか、するのでしょうか?」


 まさか、クラスメイトでは飽き足らず、私のバイト仲間にまで威嚇を……?


―――その後、トキくんに問い質し、予想通りだったので懇々と諭した結果、「VIPルームの売り上げが減った!」と嘆く店長さんが居たとか居なかったとか。



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