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85.それは、猛省だったのです。

 あわてんぼうのサンタクロース、クリスマス前に、やってきたー♪


 今日はクリスマスイブなのです!

 終業式で「この後、デートなんだ♪」と浮かれまくりの玉名さんと駅で別れた私は、いつもとは違う電車に揺られています。傍らには、スーツ姿で合流したトキくんが立っていたりします。


 そう、スーツ!

 よく考えたら、トキくんのスーツ姿なんて初めてみるのです。高校生でありながら、会社で働いているトキくんなので、スーツ姿でもおかしくないとは思うのですが、そこはそれ、荒事専門の部署に所属しているせいか、スーツ姿はお目にかかっていなかったのです。


「珍しいですよね、スーツなんて」

「あ? ……あぁ、オッサンに言われてな」


 スーツ姿のトキくんと、制服姿の私。知らない人の目から見たら、どんなふうに映るのでしょうか。


「ところで、ミオ。アンタ、毎回、じいさんに通知表見せに帰ってるのか?」

「? 今日は特別です。おじいちゃんから来るように言われたのです。私も進路の話をちゃんとしないといけないと思ってましたし、丁度良かったのですよ」

「……やっぱりか」


 やっぱり? やっぱりってどういうことなのでしょう。


「あ、トキくん。この駅なのです。降りますよ」

「……あぁ」


 ちょっと沈んだ様子のトキくんと、バスに揺られること二十分、さらにバス停から数分歩いて、無事到着なのです。あぁ、あの蛇に警戒せずに実家に帰れるなんて、素晴らしい解放感なのですよ!


「あれ? 誰か来ているのでしょうか? この車……」


 見知らぬ車が門の中に止まっています。おじいちゃんは公民館の剣道・柔道教室で指導しているので、地元に顔が広かったりするのです。もしかしたら、その関係で誰かが来ているのかもしれません。


 玄関のインターホンを押して、応答を待たずに引き戸を開けます。予想通り、おじいちゃんのものではない靴が並んでいるのです……が。


「トキくん。イヤな予感がするので帰りませんか?」

「……たぶん無理だな」


 揃えられていたのは、紳士用の革靴、ローヒールな婦人靴、そして子供用の運動靴でした。この組み合わせ、来客の想像がつきます。というか、この靴に見覚えのある時点で、もう確定ですよね。


「ミオお姉ちゃん、お帰り!」


 玄関まで迎えに来てくれたのは、天使な笑顔のレイくんなのです。それなら、残り二人は考えるまでもないですね。


「レイくんも今日、ここに呼ばれたのですか?」

「うん。じーじに会いに来たの」


 おじいちゃん、いつの間に「じーじ」呼びを刷り込んだのでしょう。まぁ、連れ子でもちゃんと受け入れているということは、嫌と言うほどに伝わる呼び方ですね。


 レイくんに連れられて居間に行くと、難しい顔をしたおじいちゃんと、無駄にニコニコしているお母さんと、何故か表情が強張っているように見えるドゥームさんが待っていました。


「おじいちゃん。お久しぶりなのです。今回も無事に5段階評価のうち全て3以上をキープできたのですよ」


 なんだか微妙な雰囲気だなぁと思いつつ、一番上座に座っているおじいちゃんに通知表を渡します。


「おぉ、そうか。今回も頑張ったんだな。よしよし」


 受け取ったおじいちゃんは、中に目を通して、うんうんと頷いてくれます。


「よし、ミオも来たことだし、レイ、じーじと一緒に散歩に行こうか」

「え?」


 それは、どういうことでしょう?


小兵衛こへえ平蔵へいぞうを連れて、な」

「犬の散歩! うん、行く!」


 レイくんが満面の笑みで頷いています。

 えぇと、何でしょう。この流れ。何やら不穏なものしか感じないのですが……


「ミオちゃんは、ちょっと進路についてのお話があるから、残ってねぇ?」


 あれ、お母さんが微笑んでいるのにブリザードを背負っている気がします。あれ、私、お母さんを怒らせるようなこと、しましたっけ?


 我が家で怒らせてはいけない筆頭は、おばあちゃんでした。日頃は優しいおばあちゃんですが、一度火がついてしまえば、そこは針山&釜茹での地獄に変わるのです。

 そして、次点はお母さんなのです。そこはおばあちゃんの実の娘ですから、怒り方はそっくりなのですよ。あ、おじいちゃんはアレコレと口うるさいところはありますが、教育的指導をスパンとして終わりなのです。慣れればそれほど怖くありません。


 おじいちゃんとレイくんが手を繋いで出て行くのを見送ると、お母さんが大きくなったお腹を押さえながら、「さて」と椅子に座りなおしました。和室に一脚だけ椅子があるのは、立ったり座ったりしにくい妊婦のお母さんを気遣ってなのでしょう。おじいちゃんが用意したのか、ドゥームさんが用意したのか知りませんが。


「ミオちゃん。正座なさい」


 もちろん、その声に逆らえるはずもありません。少し崩していた足を戻して、素直に座りなおします。あれ、どうしてトキくんまで並んで正座を、……ドゥームさんまで?


「ダーリンから、ぜぇんぶ聞いたわ。ミオちゃん?」


 何が逆鱗に触れたのか、ようやく分かりました。あれだけお母さんを気遣っていたのだから、そのまま黙っていてくれるかと思っていたら、つるっと洩らしたのですね。それとも、もう心配はいらない、という意味で説明したのでしょうか。

 ドゥームさんは、お母さんを甘く見ているのですよ。もう宮地さんについては心配ない、と伝えたかったのでしょうけど、お母さんがそれだけで納得するはずがないでしょう。恋は盲目で弱ったことはありますが、もともと、あの宮地さんと対等に渡り合っていたのですよ?


「えぇと、お母さん。あまり興奮すると、お腹の子が癇の強い子になってしまうので―――」

「黙りなさい」


 まずいのです。激おこなのです。お母さんの背後に閻魔様えんまさまのオーラが見えるのです。

 もしかして、今日、トキくんが付いて来たのも、ドゥームさんがここにいるのも、お母さんのお説教のためなのでしょうか。


 私は従順に「はい」と返事をしながら、ひたすらにお母さんのお説教を聞き続けたのでした。



 ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇



「ただいまー!」


 思う存分、わんことの散歩を楽しんだレイくんが帰って来た時、居間には足の痺れに悶絶する私、トキくん、ドゥームさん、そして優雅に麦茶をすするお母さんがいました。


 えぇ、どうして当事者であるお母さんに内緒で蛇を駆逐したのか、というところから始まり、自分をおとりにした私へのお説教、救出までに丸一日以上もかけたドゥームさんとトキくんへの糾弾へと続き、さらには二度とこんなことをしないようにとギュウギュウに絞り上げられました。


「ボク、ヘイゾウのリード持ったんだよ! ……あれ? どうしたの?」

「良かったわね、レイ。あぁ、そうだわ。持ってきたフィナンシェを開けましょ? お父さん、お湯沸かしてくれるぅ?」


 苦笑したおじいちゃんが台所に消えます。残されたレイくんは不思議そうに私たち三人を見ながら、焼き菓子の箱を開けてくれました。


「ねぇ、ママ。パパとおねえちゃんと―――」

「レイ、気にしなくてもいいのよ?」

「……うん」


 あぁ、レイくんが空気を読んだのです。うぅ、小学生にして空気の読めるレイくんは、将来かっこいい男の人になると思うのですよ。


 とりあえず、正座に慣れていた私が、一番早く回復したので、おじいちゃんを手伝うために台所に向かうことにしました。え、ドゥームさんとトキくんですか? まだ痺れと戦っているのですよ……。


「フェイナンシェなら紅茶の方がいいですよね。確か開けてない缶があったはずなのです。お母さんはどうしますか?」

「カバンの中に麦茶のティーバッグが入ってるから、それ使って?」

「分かりました」


 お母さんのバッグからノンカフェイン麦茶のティーバッグを取り出すと、台所に向かいます。おじいちゃんは苦笑して迎えてくれました。


「こってりやられたな」

「はい」

「反省したか?」

「おじいちゃんにも心配かけたのです。ごめんなさい」


 ぺこり、と頭を下げます。すると、わしわし、と頭を撫でられました。


「あまり自分を粗末に扱うんじゃないぞ?」

「はい。……でも、おじいちゃん? 私、後悔はしていないのです。だって、あの蛇を追い払うためには、あれぐらい必要だったと思うのですよ」

「すまん。本来なら、その役目は―――」

「違うのです。おじいちゃん、実は、スッキリしたのです。その、ドゥームさんや佐多さん、トキくんの力を借りてはいましたけど、自分の力であの人に引導を渡せたのです。あの人から受けた迷惑を思えば、どれだけ仕返しをしても足りないのですよ!」

「ミオ、お前は母親似だな」

「え?」


 私、あそこまで恋愛脳のお花畑なおつむではないのですよ?


「リコが怒ったのは、もちろんお前を心配してのことだろうが、自分も引導を渡したかった、というところもあるだろう」

「……あー、それは、そうかもしれないのです。でも、お母さん、妊婦ではないですか。さすがにそれは」

「あぁ、それはリコも分かってるだろう。あれがここに電話したときの剣幕はすごかったぞ。リコは怒っているときだけは流暢りゅうちょうに話すからなぁ」

「……そうなのですよね。日頃はゆったりとしか話していないのに、どうして怒るときはあんなに」


 うぅ、お説教を思い出して体が震えてしまいました。

 ちょうどシュンシュンと南部鉄器の鉄瓶が沸騰したことを知らせてくれたので、私はおじいちゃんに断って、紅茶を入れる仕事を譲り受けました。バイトで培った特技を披露するチャンスなのです!


「ミオ」

「はい」

「よく頑張ったな」

「……はい」


 わしわしと頭を撫でられて、思わず涙腺が崩壊しそうになったのです。慌てて指で目元を拭います。


「これから、もっと頻繁にここに来ますね」

「……そうだな。レイと一緒に来るといい」

「えぇと、それは……」

「ん?」


 あ、マズいのです。私、おじいちゃんにトキくんと一緒に住んでることを話していないのです。この様子だと、お母さんも話していないのでしょう。


「とりあえず、早く紅茶を持っていきましょう? レイくんも待ってると思うのですよ」

「ミオ?」


 ひぃぃ! さすがにお母さんのお説教をくらった後に、おじいちゃんから雷は落とされたくないのです!

 私は手早くお盆の上にお茶の一式を乗せると、おじいちゃんを連れて台所を出ました。


「ミオ?」

「大丈夫なのです! ちゃんと持っていけるのですよ? あ、でも、引き戸は開けてください」


 おじいちゃんの声に不穏なものが混ざっています。うぅ、これはマズいのです!


「お待たせしたのです!」


 私が居間に戻ったときには、ドゥームさんもトキくんも足の痺れから解放されていました。


「お砂糖とミルクはどうしますか?」


 おじいちゃんに口を挟ませる隙を作らず、私は全員の要望を聞きながら一人ひとりのカップを渡していきます。レイくんはミルク&砂糖、ドゥームさんはミルク、おじいちゃんとトキくんはストレート、私もストレートで飲むことにします。あ、お母さんは麦茶ですからね。ちょっと物欲しそうな顔をしてもだめなのです。


「ミオちゃぁん」

「カフェインはあまり取ったらいけないのですよね?」

「うぅ、本当はコーヒー飲みたいのも我慢してるのよぉ」


 もしかして、妊娠初期にそれを隠していたのって、むやみにカフェイン制限されるのを嫌ったとか? お母さんに限ってそんなことは……ありえそうです。


「これを機に脱・カフェインしたらよいと思うのですよ」

「ミオちゃんのいじわるぅ」


 ほんと、さっきまで閻魔様を背負っていたとは思えない通常運転ぶりなのです。


「そういえば、ミオちゃんは来年どうするのかな。確かコース分けがあるんだよね?」

「先日、先生にも相談したのですが文理系コースに行くことになりそうなのです」

「ブンリ?」

「えーと、文系と理系がごちゃまぜになったコースです。文系でも数学や理科が受験科目の大学を受ける人が行くところ、です」

「ということは、ミオちゃんはもう志望校とか決めちゃってるのぉ?」

「えっと、まだ大学は絞れていないのですけど、薬剤師の資格がとれるところを目指してみようかな、と。お母さんを見ていて思ったのですが、やっぱり資格は強いと思うのですよ」

「あたしの資格なんて、そんな大したものじゃないわよぉ。単なる保険の募集人だもの」

「でも、試験とかちゃんとあったではないですか。あれだって、立派な資格なのですよ」


 それに、資格の勉強のほかに、取り扱う保険のことをちゃんと勉強してたのも知っているのです。


「高校を卒業したら、ミオちゃんは同居してくれるかな?」


 ドゥームさん、それNGワードなのです! 慌ててアイコンタクトを取ろうとしたら、にっこり微笑まれてしまいました。……もしかして、台所での私とおじいちゃんの会話を聞かれていたのですか。やっぱりドゥームさんは油断できない蛇な人なのです。蛇のくせに虎視眈々と狙っていたのですね!


「ミオ、どういうことだ? ミオは今、リコと暮らしているんじゃないのか」

「ミオはトキトくんのマンションで暮らしているんですよ、お義父さん」


 あ、おじいちゃんの手がぷるぷると震えています。

 おじいちゃん、怒ると血圧あがっちゃいますよ。


「リコ、お前は知っていたのか」

「もちろんよぉ。いいじゃない、今時、同棲くらい」

「いいわけないだろぉぉがぁぁぁっっ!」


 あ、レイくんがびっくりしてます。ごめんなさい。おじいちゃん、すっごく声が大きいのです。


「お前もお前だ! しれっと同棲だと? ミオ、とりあえず荷物をまとめて引っ越すように。リコのところが嫌なら、ここでも構わん」

「えーと、ここからだと、通学時間が」

「嫁入り前の娘が何を言ってるんだ! すぐに引っ越せ!」


 あちゃー……。だから言いたくなかったのですよ。このままだと、強制的におじいちゃん家か、ドゥームさんのところか、どちらかに引っ張って行かれるのは間違いないのです。

 蛇との同居回避をとるか、通学時間を取るか、悩みどころなのです。


「あぁ、やっぱりアンタの教育のせいか」


 鬼の剣幕にもケロリとした様子のトキくんが、声を上げました。ぎろり、とおじいちゃんに睨まれてもどこ吹く風なのです。トキくんの心臓は何でできているのでしょうか。鋼鉄製でしょうか、それともよくしなる竹製でしょうか。


「アンタがミオにガッチガチの貞操観念染み込ませてるせいで、全然手ぇ出せねぇんだ」


 トキくーん! 何を言っちゃってるんですか! ここにはレイくんだっているんですよ!

 お母さんも「あらぁ、困ったわねぇ」なんて暢気のんきに呟いてないで、せめてレイくんの耳を塞いでください!


「なん、……だと? ミオ、こいつに襲われそうになったのか」

「あー、えーと、トキくんの言う通り、手は出されていませんよ?」


 押し倒されたことは、まぁ、ありますけど。


「オレがここに来たのは、めんどくせぇが筋を通すためだ」


 顔を真っ赤にして怒るおじいちゃんに、トキくんは自分のカバンからクリアファイルを取り出しました。


「一応、母親の承諾は得ているが、アンタにもこれを飲んでもらいたい」


 クリアファイルに挟まれている書類は、……あれー、見たことありますね。ハヤトさんが預かっていたのではないですか?


「……リコ」


 書類を確認したおじいちゃんが、地獄の底から響くような声を出しました。あ、ドゥームさんが面白がるような表情を見せつつもレイくんをお母さんから引き離しました。グッジョブなのです。


「どうして、これに、お前の署名が、ある?」


 そうですね。未成年の『婚姻届』には保護者の許可が必要ですからね。


「あらぁ、もちろん承諾したからに決まってるじゃない。いやぁねぇ、お父さんたら」


 ころころと笑うお母さんは、おじいちゃんの怒りをさらりと受け流します。

 はぁ、これはもう収拾が付きませんね。とりあえず、戦略的撤退の準備でもしましょう。


「お前は娘をなんだと思ってるんだ!」

「いやぁねぇ、お父さん。あたしがミオちゃんぐらいの年には、もうミオちゃんがいたでしょ?」

「だからといって、軽々しくこんな書類に署名なんぞ―――」

「ミオちゃんが望むなら、止めはしないわよぉ。恋愛は自由だもの。……ミオちゃんが望むなら、よ?」


 そのお母さんの言葉に、ようやくおじいちゃんは私の署名がないことに気付いたみたいです。


「ミオ。お前は、その―――」

「結婚は社会に出て、自分で生計を立てられるようになってから考えるものだと思っていますよ?」


 偽りない自分の考えを口にしたら、隣のトキくんに睨まれてしまいました。そんな顔したってダメなのです。最初からちゃんと言っているではないですか。

 あ、でも、これはまた雷が落ちるパターンなのです。

 とりあえず両耳を塞ぎました。


「ミオの意思も聞かずに、こんなもん用意したのか、このアクタレがぁっっっ!」


 あ、竹刀が出ました。やっぱり居間に竹刀があるのっておかしいですね。いつかちゃんとおじいちゃんに言わないと。


「レイくん、お庭で小兵衛さんたちと遊びましょう」

「う、うん……」


 私はおじいちゃんの怒号をバックに、そそくさとレイくんを連れて避難しました。


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