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75.それは、水族館だったのです。

 さかなさかなさかな~♪ さかな~を~たべ~ると~♪


 そう、目の前には、色とりどりの魚! 魚! 魚なのです!


「おい」


 あたまあたまあたま~♪ あたま~が~よく~なる~♪


 はぁ、ひらひらと泳ぐパッションな色をした南国の魚もよいのですけど、やはり私としてはこちらの回遊魚コーナーで泳ぐ銀色の魚の方が大好きなのです!


「そんなにべったり張り付いて、そんなに面白いか?」

「……そういうトキくんは面白くないのですか?」

「いや、アンタを見てると飽きない」


 んん? それ、水族館そのものは面白くないって言っていませんか?

 私がじとん、と見上げていることに気づいたのか、トキくんは「なんだ?」とばかりに見返してきました。


「でも、トキくんが水族館って言い出したんですよね?」

「あぁ? アンタが先に高校生らしい付き合いって言ったんだろうが」


 ……言いましたっけ?

 言われてみれば、言ったような気がしなくもないのです。


「買い物っつっても、アンタは物欲ねぇし、映画も見たいと思うもんがなかったからここにしたんだが」

「……えーと、すみません? って、いたたた、痛いのです! 頭蓋骨がへこんでしまうのですよ」

「自分の言葉を忘れるたぁ、いい度胸だな?」

「ですから、申し訳……っぷ」


 あれ、これ、何の羞恥プレイでしょうか。何かこう、最近トキくんのスキンシップが過剰ではないですか? しかも今はお外ですよ。公共の場! いいいい、いきなりチューとかしないでいただきたいのです!


「トキくん?」

「なんだ?」

「その、最近、こういうスキンシップ多くないですかー……?」

「普通だろ?」

「……えーと、あまりこういう人目のあるところで、チューとか」

「人目?」


 トキくんが視線をめぐらせるのに合わせて、私も周囲を確認します。平日の夕方の水族館はそれなりに人が……


「あれ? さっきまでいました、よね?」

「そうか?」


 少なくとも、私がこっそり「さかなのうた」を歌っていたときには、反射する水槽の向こうに、親子連れがいたと思うのですけど。


「ちょうど人の流れが途切れたんだろ」

「う、うぅ、そうなのでしょうか」


 って、何で後ろから人のこめかみに口を寄せてくるのですか! ぎゃ! 耳、今、舐め……!


「もう! 今日び子供だっておとなしくお魚を見られるのですよ?」

「ガキじゃねぇから、こういうことするんだろーが」

「ちょっ! タンマ! ストップ! ウェイト!」


 後ろから抱き込もうとするトキくんを、ぐぐぐっと押し返します。


「そういうオプションは! なしの方向で! お願いしたいのです!」

「嫌だ」

「トキくん……」


 ぐ、ストレートに返されると、逆に何も言えないのです。


「別に猥褻わいせつなことやらかしてるわけでもねぇだろ。これぐらい慣れろ」

「慣れろって言われても、ふわわっ?」


 ひょい、と持ち上げられて視界が変わります。……って、まさかの片腕? いやいやいや、私、重いですよ? こんなミニマムな身長ですが、48kg以下級ではないのですよ? 52kg以下級なのですよ? ここ数ヶ月の良すぎる食事情で、すっかり太ってしまいましたから。


「お、下ろして、くださっ」

「気にすんな」

「気にする、とか、そういう話では、なぁっ……!」


 気づいてしまいました。

 この体勢、羅刹の顔がめちゃくちゃ近いです。ちょ、静まって欲しいのですよ、私の鼓動! どんどこどんどこ太鼓の達人ではないのですから! フルコンボだドン、だなんて誰も求めてませーん!


「なんだ?」

「私、重いですから、下ろして……っ」

「そうか? 軽いもんだぞ?」

「っていうか、これ、左腕じゃないですか! だめです! 負担がかかって……!」

「だから、ケガはもう大丈夫だっつったろ」

「でもですね! ケガはそんな簡単に塞がるものではないのですよ! 表面上は塞がってても、ちょっとしたきっかけで、パックリと……」

「心配症だな。そこまで心配されると、逆にくすぐったくて困る。―――ちゃんと見ただろ?」


 そうでした。

 昨日、心配が過ぎるということで、傷跡を見せてもらったのでした。まぁ、見せてもらった、というか、強制的に確認させられた、と言った方が近いのですけれど。



 ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇



「―――だぁ! うっせぇな。いい加減にしろ!」


 昨晩、お仕事から帰って来たトキくんが汗だくだったので、慌てて体調が大丈夫かと心配したのですけど、返って来たのはそんな返事でした。

 おろおろする私を置いて、とっととシャワーを浴びに行ってしまったのです。さすがに私もそこへ突撃する気にはなれません。お風呂に入る許可も出ていましたから、もう傷口は塞がっていると分かってはいたのですよ? でも、それと心配はまた別ではないですか。

 少しミントの利いたハーブティをお風呂上がりにと準備しながらそわそわ待っていたら、……出て来たトキくんは、半裸でした。いや、その、ボクサータイプのパンツしか履いてない状態でリビングまでやって来たのです。


「と、ととととトキくん! 着替えも一緒に持って入りましたよね?」

「あぁ」

「だったら、どうして着ていないのですかっ!」

「あ? めんどクセェから見せとこうと思ってな」

「わ、私は男子の裸を見て喜ぶ性癖はないのですよ!」


 うー……。私は何も見ていないのです。ボコボコとシックスパックができるようなお腹なんて断じて見ていないのです!

 はんにゃーはーらーみーたーじー、むにゃむにゃ、しきそくぜくう、くうそくぜしき……


「いや、見ろよ」

「見ません!」

「アンタが見るまで服着れねぇんだが」

「お気になさらず!」


 って、ぎゃー! せっかく目を隠してるのに、どうして人の手首を掴むのですか! 誰か! 自分の身体を執拗に見せようとする痴漢が、露出狂が、ここにいるのです!


「いつまでもアンタが見ねぇと、オレが湯冷めしそうなんだが」

「そ、それは、よくないのです。……でも、ちらっと見るだけでいいですよね?」

「阿呆。よく見ろ。アンタが心配してる傷なんてもうねぇって」


 ぐ、そこまで言われてしまっては。

 えぇい、毒食らわば皿まで、なのです!

 私はくわっと目を見開きました。最初に視界に飛び込んで来たのが、ニヤニヤ笑う羅刹なのはちょっと腹立たしいのですが、頑張って見るのです!

 目の前にあるのは、男子の身体ではなくダビデ像! ……にしては筋肉が付き過ぎなので、仁王像ですね。よく大きなお寺の門にいるアレなのです。


「ひ、左側、でしたよね?」

「あぁ、このへんだな」


 左腕を上げてくれたので、仁王像、仁王像、と唱えながら、じぃっとトキくんの脇腹を注視します。真横に走るぽっこりと盛り上がっている赤黒いラインが、きっと傷口なのです。その上下に小さな穴のような痕ができているのは、……ホチキスの痕でしょうか? 最近は、傷口を縫わずにホチキスっぽいので止めるのだと耳に挟んだことがあります。


「触って確かめてみるか?」

「……失礼します」


 人差し指で傷跡らしきものをなぞってみますが、痛がる様子もありません。本当に塞がっている、と思っていいのでしょうか。そういえば、この間、テープが剥がれたとか言ってましたっけ。それがきっと傷の上に貼られていた固定用だか防護用のテープなのですね。

 ただ、気づいてしまったことがあるのです。トキくんのお腹やら背中やら、けっこうな数の古傷が刻まれていることに。


「トキくん。お聞きしても?」

「なんだ?」

「トキくんの仕事って、ケガをすることが多いのですか?」

「あ? あぁ、仕事だけじゃなく、訓練でケガすることもあるが、……気になんのか?」

「だって、こんなにたくさんあるのです……」

「そうか? あー、傷は勲章だってヤツらが多いからな。今まで気にしたこともなかった。―――で、納得したか?」

「?」

「オレの傷。ちゃんと見たろ?」

「塞がっているように、見えるのです」


 徳益さんの口から、銃創じゅうそうがどうの、破片がどうの、と聞いたような気がするのですが、本当に大したことのない傷だったのでしょうか。


「もう半月以上も経つんだ、傷なんて塞がらねぇもんじゃないんだから、アンタは心配し過ぎなんだよ」

「ぐ、で、でも、無理は禁物なのですよ! トキくんはもっと自分の身体を大事にした方がよいのです!」


 私の言葉に、何故か満面の笑みを浮かべたトキくんが、私のことを抱き締めてきたものですから、思わず「ぎゃー」なんて色気も女子力もない悲鳴を上げてしまったのです。


「―――ミオ?」

「ふぇ? あ、えぇ、ちょっと昨日のことを思い出していて」


 ふぅん?と探るように答えたトキくんが、いきなり歩き出したので体勢を崩した私は、慌てて手近なものにしがみつきました。


「ちょっと、トキくん! そろそろ下ろして欲しいのです!」

「……いや、オレはこのままの方がいいな。柔らけぇし」

「に゛ゃっ」


 慌ててしがみついたものから手を離します。じたばたと抵抗すると、舌打ちしながらようやく下ろしてくれました。

 え? どこにしがみついていたか、ですか? トキくんの頭を抱え込むようにしていたのですよ! おかげで胸の脂肪が当たって……って言わせないでください、恥ずかしい!


 顔を赤くしてじたばたしていたら、くつくつと凶悪な顔で笑うトキくんと目が合いました。えぇ、えぇ、小動物が慌てるのはおもしろいでしょうとも。


「はい」

「ん?」


 手を差し出すと、一瞬きょとんとした顔を浮かべましたが、すぐに握り返してくれました。そうですそうです。これが高校生カップルの正しい形なのです。

 授業が終わって速攻で帰って、制服から着替えて、電車だったら数駅先の水族館でデート。ところどころクリスマス色に染まっているのを見ながら、手をつないでたわいもないおしゃべり。……まぁ、このぐらいが普通の高校生のデートでしょう。


「メシ、どっかで食うか?」

「んー……、無駄遣いはよくないと思うのです」

「そうか? この近くに手頃な値段で食える料亭が」

「却下なのです!」


 最近気付きました。トキくんの金銭感覚は会社員のソレです。いえ、詳しく聞いたことはありませんが、毎月、結構な額が給料として懐に入っているように思うのですよ。私も、高校生にしては年間の上限を気にしながら働くぐらいには稼いでいますが、トキくんは、そのさらに上をいっている気がするのです。そうでなければ料亭で、なんていう言葉が出るはずもありません。


「カレイの切り身が冷蔵庫にありますから、煮付けにしませんか?」

「アンタ、まさか水族館に来ると魚食べたくなるクチか?」

「……単なる偶然です」


 すみません。まださかなのうたは頭の中を何回もリピート再生されてます。さ~あ~、み~んなで~ さかな~を~たべ~よう~♪


「足りなそうなら、冷凍庫に入っている焼売シュウマイも付けます!」

「……あー、分かった分かった。アンタのメシは嫌いじゃねぇしな」


 ぽむぽむ、と頭を軽く叩かれたのは、別に私を落ち着かせようとかいう理由ではないですよね?


「なんか土産でも買ってくか?」

「う~ん、近場ですし、つい最近も水族館のお土産は渡したばかりなので、大丈夫なのです」

「最近?」

「修学旅行で水族館に行ったのです」

「あぁ、それか」


 併設するショップをスルーして、トキくんの手をぎゅっと握って歩きます。

 なるほど、手を繋ぐ、というのも悪くないのです。こうして歩けば置いて行かれることもありませんし、無理矢理抱きつかれることもありませんし。

 あぁ、なるほど。高校生らしいお付き合いって、きっとこういうものなのですね。ちょっとくすぐったいです。


「ミオ?」

「なんでもありません」


 私は怪訝な顔を浮かべたトキくんに、にっこりと笑顔で返しました。


さかなは、ぼく~らを~ まって~いる~♪

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