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48.それは、二日目だったのです。

「あらぁ、カワイイわぁ、ミオちゃぁん♪」


 文化祭二日目は保護者など校外からのお客さんを迎えての一般公開日なのです。

 まさか、うちの母が来るとは思わなかったのですよ。


「ミオおねえちゃん?」

「はい、なんでしょう、レイくん」


 内緒話をしたい、と口の前でちっちゃい両手で筒を作るのが可愛らしいのです。レイくん、本当に天使のようです!


「あのね、おねえちゃん、かわいい」

「ふふ、ありがとう、レイくん」


 ヒソヒソ話すようなことでもないのに、ちょっと照れたように褒めてくれるレイくんが天使過ぎます! 一時は「蛇の子は蛇?」と恐れおののいたものですが、こんな天使が蛇なわけありませんよね!


「日本のハイスクールは初めて見たけど、あっちと随分違うね」

「そうなんですか? よければゆっくり見て行ってください」


 うちのクラスの喫茶店の一角が、妙にキラキラしくなっています。主にドゥームさんとレイくんのおかげで。


「ちょ、ちょっとミオ!」


 注文を裏に伝えに行った私を、ホール当番の玉名さんが引っ張って来ました。その隣には津久見さんもいます。今の時間帯はこの二人がホール当番なのですが、私は自主的にお手伝い中です。結局、「(表)羅刹とミオの文化祭周遊プラン」「(裏)羅刹による他クラス妨害作戦」が頓挫したわけですから。


「あれ、ミオの知り合いなワケ?」

「はい、母と、母の再婚相手と、その連れ子です」


 津久見さんが顔の下半分を抑えながら、親指を立てています。あぁ、可愛いモノが好きなのですか。レイくん、いいですよね。


「はァ? ミオってば、あんなにキラキラしい家族と同居してるワケ?」

「いえ、その、ちょっと事情があって一緒には住んでいないのですけど、たまに顔を見せには行きますよ?」

「何モッタイナイことしてんのよ! アタシだったら絶対に何があろうと一緒に住むのに! おはようからおやすみまで見つめられたいわ!」


 どこの百獣の王マークの会社ですか、玉名さん。

 概ね同意したいところではありますが、何しろ、中身が蛇なのですよねぇ……。


「で、羅刹は?」

「フケました。やっぱりこの雰囲気が合わないそうです」

「……ま、そうかもね」


 パウンドケーキと紅茶・コーヒー・オレンジジュースをトレイに乗せた私は、再びホールへ戻りました。


「お待たせしました」


 キラキラしい親子三人連れに注文の品を渡したところで、再び裏に引っ込もうとしたら、レイくんにエプロンの裾を掴まれました。

 うぅ、この上目遣いに勝てる人がいたら、見てみたいのです。

 仕方なく、レイくんの隣に座ります。

 あれ、普通、ちっちゃい子供って母親の隣に座るものではないのですか?

 あぁ、お母さんとドゥームさんの間には実の息子と言えども割って入れないのですね。分かりました。


「よいしょ、と」


 ……だからって、膝の上に乗ってくるのはどうかと思うのですよ! レイくんは私を萌え殺す気なのですか!


「おやおや、レイは本当にミオちゃんが好きだね」


 いやいや、ドゥームさん。そんな微笑ましいものを見る目でこちらを見ないでください。油断すると鼻血が出そうなぐらいに悶えているのですよ。


「ミオおねえちゃん、ボク、重い?」

「ぜんっぜん大丈夫なのですよ!」


 さらっさらの金髪の隙間から上目遣いの青い瞳が覗いたりすると、きゅんきゅんとときめいてしまうのです。うぅ、本当にレイくん天使なのですよ。


「この後、どこかに行く予定はあるのですか?」


 できるだけ膝の上の天使を正視しないように向かいに座る親に尋ねると、「まだ決まってないのよぉ~」とお母さんが紅茶を傾けながら答えてくれました。


「だったら、メリーゴーランドがあるのですよ」

「メリーゴーランドって、遊園地にあるあれのことぉ?」

「はい。正確にはメリーゴーランドではなく、コーヒーカップなのですけどね。四席ぐらいなのですが、人力で回るのですよ」

「あら、面白そうねぇ。―――ダーリン、行ってみたいわぁ♪」

「リコがそう言うなら。レイも楽しめそうだし、いいんじゃないかな」


 はいはい、ラブラブな空間を作らないでください。同じものを目にしているはずなのに、レイくんは一人オレンジジュースをマイペースで飲んでいます。きっともう、慣れっこになってしまっているのですね。可哀想に。


「おねえちゃんも一緒?」

「う、いえ、その、残念ながら私は当番があるので、行けないのですよ」


 これはちょっと嘘なのです。

 昨日の『羅刹、3年G組に現る!』の報が一日で学校中を巡ってしまったらしく、「お願いだからウチに来ないでください」という懇願を色々なクラス・部活の人からされてしまったのです。我がクラスの文化祭実行委員の二人もやっぱり色々な人から頼まれたらしく、二日目のコースプランはお蔵入りになったみたいです。

 まぁ、トキくんと一緒でなければ、大丈夫だという話だったのですけどね。そこは、連帯責任かな、と私も文化祭の出し物巡りを自粛しているのです。

 ちなみに、コーヒーカップは恩田くんや玉名さんから話を聞きました。面白いと評判なのですが、ちょっと待ち時間があることと、調子に乗って自分たちのカップを回したらヒドイ目に遭ったらしいです。


「それじゃ、あまり長居するのもなんだからぁ、そこに行ってみるわねぇ?」

「はい、楽しんで来てください」


 私はレイくんに別れを告げ、教室を出て行く三人を見送りました。すると、お母さんが何故か一人でこちらに戻って来たのです。


「……ねぇ、ミオ」

「何でしょう?」


 まさか、蛇がお母さんを尾行して来ているのでしょうか。あの人なら十分やりかねません。


「佐多くんは、どうしたのぉ?」

「……この雰囲気が好きでないみたいで、どこかで昼寝でもしていると思いますよ?」

「ふぅん? こういう時こそイチャつくチャンスじゃないのぉ?」

「何を勘違いしているのか知りませんが、私はまだお母さんがあの書類にサインしたこと、まだ許していませんから」


 どこの世界に、ホイホイと未成年の娘の婚姻届にサインする親がいるというのですか。


「ふぅん? 佐多くんは本当にいい男になると思うんだけどねぇ? あの父親見てても分かるし~。まぁ、いいわ。ミオちゃんの人生だものね」

「……お母さん。佐多くんのお父さんを知っているのですか?」

「そりゃもちろん。……って、いけない、ダーリンとマイエンジェルが待ってるから、行くわねぇ~」


 考えてみれば、ドゥームさんとも知り合ったわけですし、佐多くんのお父さんと知り合っていてもおかしくないのです。……うぅ、蛇のことを思い出したら、ちょっと気分が悪くなってきました。


「ミオー? なんだかシッブい顔になってるけど、ヘーキ?」

「……玉名さん。ちょっと抜けても大丈夫なのですけ?」

「なーに言ってんの。元々、ミオは当番じゃないんだから、別にイイっての」

「そうそう、むしろ眼福頂戴しましたって、須屋さんにお礼言いたいぐらいよ」


 笑顔の玉名さんと津久見さんに見送られて、私はカチューシャとエプロンを付けたままフラフラと教室を出ていきました。

 このまま一人で文化祭を巡るのも悪くないのですが、出禁をくらっている身であることを思い出して、売店の隅にある自販機でお茶のペットボトルを買うと、なんとなく階段を上りました。

 昨日のことがあるので、周囲を歩く人を何だか警戒してしまって疲れます。昨日の今日で似たようなアクシデントが起こるとは考えにくいのですけど、どうしても思い出してしまいますし。


 人の流れを避けるように目的の場所まで来た私は、そっとドアノブに手をかけました。ガチャガチャと音を立てるばかりで、鍵はきっちり掛けられているようです。まぁ、生徒立ち入り禁止の場所ですし、仕方がありません。


ゴンゴン


 私はダメで元々、ノックをしてみました。金属製のドアは重い音を響かせます。


「トキくん、いますか?」


 そっとドアの向こうに声を掛けても返事はありません。今日は別の場所でフケているのでしょうか。

 仕方がありません。教室に戻って、隅に置かせてもらいましょ―――


「どうした?」


 ガチャリと音を立てて開いたドアの向こうから、真っ黒な瞳が見下ろして来ていました。


「ちょっと、休憩したいのです。入れてもらってもいいですか?」

「……構わねぇよ」


 快く迎え入れてくれたのを幸いに、私は屋上に出ると、日陰にちょこんと座りました。ペットボトルに力を入れると「ぷしっ」と音を立てて開きます。


「何かあったって顔だな」

「何もないのですよ」

「嘘つくな」

「……嘘ではないのですよ」


 別に、お母さんがドゥームさんとレイくんと一緒に来たからって、それが「何か」に当たるわけではないのです。


「強いて言うなら、ちょっと気疲れしただけなので、すぅ?」


 ひょいっと持ち上げられた私は、足を投げ出して座ったトキくんの膝の間に座らされました。すっかり慣れた囲い込みスタイルですね。本当は慣れてはいけないのですけど。


「気疲れするようなヤツでも来たのかよ?」

「……いえ、昨日のことがあったので、ちょっと誰も彼もが何かやってくるのではないかと、ついつい気を張ってしまうだけなのです」

「外のを手引きしようなんてヤツらは、あの二人ぐらいだろ」

「……そうだとよいのですけど」


 ごきゅごきゅとお茶を飲んで「ぷはぁ」と息を吐きます。タバコは溜息をごまかしてくれる、なんてセリフがありましたが、お茶を飲んでたって、溜息はごまかされるのですよ。


「アンタ、今まで何やってたんだ?」

「? クラスのホールの手伝いしていたのですよ? あ、さっきまでお母さんも来ていたのです。もちろんドゥームさんとレイくんと3人で。人力コーヒーカップの話をしたら、早速行ってみるって言ってました」


 突然、お腹に手を回されてぎゅうっとされたものだから、「ぐぇっ」なんて蛙みたいな声が出てしまいました。


「トキくん、何かするときは一言声を掛けて欲しいのですよ!」


 危うくお茶が逆流するところだったのです、と抗議すれば、何故か頭の上に顎を乗せられました。しかも邪魔だとばかりに猫耳カチューシャを乱暴に外されてしまったのです。


「アンタ、自覚ねぇのか」

「はい?」

「まぁ、その方が囲い込みやすいよな」

「……あの?」

「それともこれが、あっちからの援護射撃か?」

「もしもーし?」


 なんだか独り言モードなのです?

 まぁ、とりあえずお腹をぎゅうぎゅうしている手が緩んだので、あまり気にしないことにしましょう。


「あ」

「なんだ?」


 さっきまで呼びかけても独り言に忙しかったのに、即座に反応するトキくん。どういうことなのですか。


「今日で文化祭は終わりなのですけど」

「あぁ」

「11月の修学旅行は参加するのですか?」

「するわけねぇだろ」


 即答ですか。

 まぁ、参加しても、今回の二の舞になりそうですしね。脅えるクラスメイトが目に浮かぶようです。同室になったら……そうですね、恩田くんや諏訪くんの胃壁が心配です。


「お留守番なのですか?」

「さぁな。もしかしたら仕事が入るかもしれねぇし」


 そうでした。

 最近すっかり忘れていましたが、トキくんは高校生でありながら、既に仕事をしているのでした。部下の方もいるというお話でしたし、きっと私よりもガンガン稼いでいるのでしょう。

 ……でも、上司(=親)が蛇なのですよね。ご愁傷様なのです。まぁ、私も義理親が蛇なので、同病相哀れむという形なのかもしれません。


「トキくん、お土産は何がよいか考えておいてください」

「……なんの」

「修学旅行に決まっているではないですか。話の流れから察してください」

「どこだ?」

「え?」

「行き先」


 えぇと、確か飛行機に乗って……そうでした、沖縄なのです。「ひめゆりの塔」について事前にレポートを課すと言ってたので間違いないのです。昨年にアンケートを取った行き先の選択肢が「広島」「長崎」「沖縄」「北海道」という四択だったのは、教育上の配慮だったのでしょうね。広島・長崎ならおそらく原爆についてのレポートを、北海道なら屯田兵についてのレポートを課されていたに違いありません。


「行先は沖縄なのです」

「泡盛」

「未成年は飲酒禁止なのですよ?」

「シーサー」

「あれって屋根の上に乗せる大きなものじゃ、……あ、でも、小さい置物とかお土産用にあるかもしれませんね」

「ウミブドウ」

「ナマモノ……ちょっと大丈夫か確認してみないと」

「サーターアンダギー」

「トキくん、何気に甘いもの好きですよね」

「アンタの水着姿の写真」

「あー、写真っていいですよね。思い出を閉じ込めておけるっていうか……って、海になんて入りませんよ?」

「ちっ」


 あまりにテンポよく会話が弾んだので、つい何も考えずに答えてしまいました。というか、トキくん、さっきから単語でしか会話してませんよね? しかも徐々に字数を多くしていくトラップまでつけましたよね? え? 考え過ぎですか?


「どんなものが良いか、考えておいてくださいね」

「面倒臭ぇ」


 私はトキくんに囲い込まれたまま、ぼんやりと空を見上げました。

 バイト先と、お母さんのところと、トキくんと、……一応、徳益さんにも買っておいた方がよいでしょうか。ちょっと出費が痛いですが、もうそれほど困窮しているわけではないので、安心なのです。


 ぽかぽかと流れる秋の雲を見上げて、ふと、思い出しました。

 そろそろ、三年のコース進路のアンケートが取られるはずです。卒業後、私はどうなっているのでしょうか。

 ほんの数ヶ月前までは、卒業後は地方公務員に、なんて考えていました。どう考えても進学は無理でしたし。

 でも、今は?

 ドゥームさんは進学を勧めてくれますし、学校も就職斡旋なんて考えてもいないでしょう。トキくんも自分と同じ大学を受けるようにと言ってくれました。

 私、どんな大学に行きたいのでしょう?

 ちゃんと考えないといけない時期に差し掛かっているのでしょうね。

 でも、一つだけ、間違いないことがあります。


 ここから遠く離れた大学に行かないと。


 トキくんにこれ以上ご迷惑をかけるわけにもいきませんし、レイくんには悪いですがドゥームさんと同居なんて考えられません。

 離れた大学で、一人暮らしを始める。これがベストな選択なのです。


 ちょっとだけ、慣れたこの土地から離れるのは寂しいですけど、仕方のないことです……よね?

 なんだか胸が痛む気がしますが、きっと大人の階段を上った証拠なのですよ。……たぶん。おそらく。


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